極点
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それでは、どうぞお楽しみください。
テンペストドレイクの首が限界まで膨らんだ。周囲の砂と枯れ葉が吸い寄せられ、岩壁の細かな亀裂から白い粉が浮く。これまでより広い範囲を崩すつもりだと分かっても、ゼノは退かなかった。
俺たちは支えの手前で身を低くした。追加した板は残り、杭も線を越えていない。ガイウスが調査担当者と対応隊員の前へ盾を傾け、レムスは後方の曲がりへ視線を残す。誰もゼノの隣へ入らない。
巨体と首の亀裂だけを見たまま、ゼノが息を吐いた。
光も音もなく、何かが増えたようには見えなかった。だが、先ほど聞いた言葉のあとから、ゼノの動きから余計なものが削れていた。落石にも俺たちの声にも視線を向けず、一体の敵、一つの傷、一度の決着へ、身体と剣と風を揃えていく。
それまでゼノは、俺たちの位置や退路へも意識を割いていた。今は違う。支えと後方を俺たちへ任せ、テンペストドレイク以外を見ない。その分だけ、周囲の変化への反応は遅れるかもしれない。
「後ろは俺たちが見る!」
声が届いたかは分からない。それでも、役割を言葉にすることで俺たちの位置が揃う。
圧力が放たれる直前、《風装》がゼノの外側へ空気を流した。すべてを防がず、身体へ当たる線だけを薄く外へ滑らせる。《無拍》の踏み込みで咆哮の内側へ入り、前脚が落ちる前に首へ近づいた。
テンペストドレイクが傷を岩壁側へ隠そうとする。ゼノは追うのではなく、その動きで開いた足場へ入り、《重ね断ち》で作った亀裂へ剣を合わせた。違う姿勢から振られた刃が、これまでのすべての斬撃と同じ一点へ戻る。
黒い刃が鱗の奥へ沈んだ。外から見える傷は大きくない。まだ厚い鱗と硬い組織が刃の先に残っている。
「《断空》」
剣が通った直後、同じ軌道へ薄く圧縮された風が走った。遠くへ飛ぶ斬撃ではない。刃が作った狭い道を通り、届かなかった奥だけへ損傷を重ねる。
膨張器官が一度でしぼんだ。集まっていた砂が力を失って落ち、放たれかけた圧力が頭部の近くで崩れる。テンペストドレイクは前脚で石を掻き、巨体を半歩だけ進めた。
尾が道を打つ。俺は支えの板が鳴ったことを確認し、全員をもう一歩手前へ下げた。ゼノは落ちてくる石へ顔を向けない。視線は、まだ一体と一つの傷へ向けられたままだった。
次の瞬間、テンペストドレイクの前脚から力が抜けた。頭部が岩へ落ち、背の板状鱗が順番に地面へ当たる。最後に尾が石を擦り、巨体は崩落地点の中央へ倒れた。
俺たちはすぐに近づかなかった。倒れた身体と、死亡したことは同じではない。ゼノが動かないことと、負傷して動けないことも同じではない。
「全員、返事!」
「ガイウス、動ける!」
「動ける!」
「調査担当!」
「負傷なし。杭を確認します!」
「レムス!」
「後方、別個体なし。音は前方だけです!」
最後にゼノを呼びかけかけて、俺は止めた。今は返事を求めて集中を切る場面ではない。
ガイウスが俺の肩を押して岩の内側へ戻す。
「前は生きてる。お前は後ろを切らすな」
「分かった。支え、今のところ変化なし!」
ガイウス、レムス、調査担当者、対応隊員の声が揃う。支えは狭くなったが、歩いて戻れる。後方に別の大型の動きは確認できない。ただし、不在とは決めない。
致命傷を与えたのはゼノ一人だった。俺たちは攻撃へ加わらず、倒れたあとも自分の役割を守った。
勝ったから近づくのではない。戻せる人数と道を確かめ、ゼノの状態を確認してから、次の一歩を決める。
倒れた巨体の前でも、その順番だけは変えなかった。
あの言葉を呟いてから、ゼノの視線は一度もこちらへ戻らなかった。普段なら落石の音や仲間の声にも反応する。今は一体と一つの亀裂だけを追っているように見えた。
俺は、その代わりに周囲を見る範囲を広げた。支えの板だけでなく、斜面上の枝、後方の曲がり、谷側から上がる風を順に確認する。全部を同じ重さで追わず、まず人へ届く変化と退路を崩す変化を先に拾う。
テンペストドレイクが最後の圧力を集めたとき、枯れ葉の動く範囲はそれまでより広かった。俺は全員を岩の内側へ寄せたが、同じ場所へ重ならないようガイウスと調査担当者の間を空ける。圧力が外れても、飛ぶ石で一度に動けなくならないためだ。
《断空》が通った瞬間、見えたのは薄い風だけだった。大きな斬撃が飛んだわけではない。剣が作った亀裂の中へ、同じ軌道で風が入り、外から届かなかった部分を断った。
膨張器官がしぼみ、集まった砂が落ちる。俺は倒れる方向を見て、支え側へ来ないことを伝えた。巨体は前へ半歩進み、頭から崩落地点の中央へ沈む。地面が揺れ、杭が鳴った。
「全員、止まって。支えを見る」
勝ったという声は出なかった。巨体が倒れたあとに動く危険と、道の変化を先に確認する。杭は残っている。板は少し沈んだが、歩ける幅は消えていない。
ゼノは剣を下ろさず、倒れた頭部を見ていた。周囲への反応がまだ普段どおりに戻っていない可能性もある。俺たちは近づかず、呼吸、前脚、首の器官が再び動かないかを遠くから見た。
一体を倒した瞬間にも、分からないことは残る。死亡したか、別個体がいるか、ゼノが負傷しているか、全員で戻れるか。決着の一撃は終わっても、俺たちの判断まで終わったわけではなかった。
だから、勝利へ走らない。最後の一撃をゼノ一人へ任せたのと同じように、倒れたあとの確認を全員で引き受けた。
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