実戦
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それでは、どうぞお楽しみください。
八歳になってから、修行の内容がまた変わった。
「今日から山の外へ出る」
朝食を終えたゼノが突然言った。
「町?」
「違う」
「鉱山?」
「もっと違う」
ゼノは剣を腰に差した。
「魔物を狩る」
手が止まった。
魔物。
存在は知っている。村にいた頃にも、大人たちが話していた。鉱山へ向かう途中、一度だけ遠くに見たこともある。
だが、戦ったことはない。
「今までのは全部訓練だ」
ゼノが俺を見る。
「今日から実戦を教える」
◇
山を二時間ほど歩いた。
ゼノはほとんど喋らない。俺も喋らない。
腰には短剣。背中には、八歳の身体に合わせてゼノが削った短めの木剣ではなく、初めて持つ本物の剣。
重い。
何より怖かった。
これで斬れば、生き物が死ぬ。
「止まれ」
ゼノの声。
足を止める。
「前方、三十メートル」
見る。
木。草。岩。
何もいない。
《観察》を意識する。
葉の揺れ。枝。地面。
いた。
茂みの奥。緑色の小さな身体。尖った耳。手には錆びた短剣。
「ゴブリンだ」
ゼノが小声で言う。
初めて間近で見る魔物だった。身長は俺より少し低い。
「一匹?」
「自分で調べろ」
またそれだ。
周囲を見る。
一匹。
いや。
左の茂み。何か動いた。
二匹。
さらに奥。
三匹。
「三匹」
「正解」
ゼノが剣に手を掛ける。
「見てろ」
一歩。
消えた。
そう見えた。
次の瞬間、一匹目の首が落ちた。
二匹目が振り返る。
遅い。
ゼノの剣が胸を貫く。
三匹目が逃げようとした。
ゼノが石を蹴る。
石が後頭部に当たった。
倒れる。
三秒もかからなかった。
俺は何も言えなかった。
強いことは知っていた。
でも、魔物を殺すゼノを見るのは初めてだった。
「怖いか?」
「……少し」
「それでいい」
ゼノが剣の血を拭う。
「怖くなくなったら危険だ」
◇
さらに森を進む。
三十分後。
ゼノが止まった。
「今度はお前だ」
見る。
一匹。
ゴブリン。
木の棒を持っている。
心臓が速くなる。
「俺が?」
「ああ」
「危なくなったら?」
「助ける」
少し安心する。
「ただし」
ゼノが続ける。
「死なない保証はしない」
安心が消えた。
「実戦では俺が間に合わないこともある。俺がいるから大丈夫だと思って戦うな」
分かった。
剣を抜く。
手が震えている。
ゴブリンがこちらに気づいた。
「ギィッ!」
走ってくる。
速い。
いや。
ゼノより遥かに遅い。
見える。
右手。
棒。
振り上げる。
俺は左へ避けた。
棒が地面を叩く。
踏み込む。
剣。
身体が止まった。
斬る。
生き物を。
一瞬。
本当に一瞬だけ、迷った。
「ギャッ!」
ゴブリンの棒が横から来た。
「っ!」
腕に直撃。
剣を落とした。
痛い。
ゴブリンがもう一度棒を振り上げる。
避ける。
転がる。
立つ。
剣は三メートル先。
ゴブリンが間にいる。
まずい。
「どうした?」
ゼノの声。
助けない。
まだ危険ではないと判断している。
ゴブリンが来る。
俺は構えた。
剣はない。
拳。
棒が振られる。
見る。
肩。
肘。
手首。
避ける。
懐へ。
腹に拳。
「ギッ!」
効いた。
でも倒れない。
もう一発。
拳。
ゴブリンが腕を振る。
避ける。
足を掛ける。
投げる。
ゴブリンが地面に倒れた。
俺は走った。
剣を拾う。
振り返る。
ゴブリンも立ち上がる。
目が合った。
怖い。
でも、今度は迷わない。
走る。
ゴブリンが棒を振る。
避ける。
剣を両手で握る。
踏み込む。
斬った。
肉を切る感触。
剣が胸に入る。
ゴブリンの身体が震えた。
力が抜ける。
倒れた。
「……」
動かない。
俺は剣を握ったまま立っていた。
《ゴブリンを討伐しました》
《経験値を獲得しました》
《剣術の習熟度が上昇しました》
表示が出る。
嬉しくなかった。
「最初はそんなもんだ」
ゼノが隣に来た。
「……殺した」
「ああ」
「何もしてなかったのに」
「お前を見つけた時点で襲ってきた」
分かっている。
それでも、変な感じがした。
ゼノは俺から剣を取らなかった。
「慣れろとは言わん」
俺を見る。
「ただ覚えておけ。剣を抜くなら、斬る覚悟をしてから抜け」
頷いた。
◇
その日は三匹と戦った。
一匹目。
腕を打たれた。
二匹目。
剣で倒した。
三匹目。
ほとんど攻撃を受けなかった。
三匹とも同じゴブリン。
でも動きは違った。
一匹目は右から攻撃することが多かった。
二匹目は距離を取った。
三匹目は突然石を投げてきた。
同じ相手でも、同じ戦い方はできない。
「分かったか」
帰り道、ゼノが言った。
「何が?」
「俺との訓練だけじゃ駄目な理由だ」
少し考える。
「ゼノの動きに慣れるから?」
「それもある」
ゼノは前を向いたまま歩く。
「一人だけと戦い続ければ、そいつに対しては強くなる。だが世界には何万という戦い方がある」
剣。
槍。
弓。
魔法。
魔物。
人間。
獣人。
知らない攻撃。
知らない能力。
「だから経験しろ」
ゼノが言った。
「そして生き残れ」
◇
小屋へ戻った。
身体は疲れていた。
でも、いつもの修行をする。
拳。
足。
投げ。
相手を想像する。
今日のゴブリン。
棒。
右から。
避ける。
拳。
次。
石。
避ける。
踏み込む。
繰り返す。
そのときだった。
《条件を満たしました》
拳を止める。
《関連技能の習熟を確認》
《拳打 Lv5》
《投げ Lv2》
《組み外し Lv1》
《体術 Lv5》
文字が続く。
《技能統合が可能です》
「……統合?」
初めて見る表示だった。
説明を見る。
《技能統合》
《同系統の技能が一定の習熟条件を満たした場合、複数技能を上位技能へ統合できます》
《統合された技能の技術・習熟度は失われません》
なるほど。
拳打が消える?
少し迷う。
《統合しますか?》
《はい/いいえ》
ゼノを呼んだ。
「これ」
表示を見せる。
「ああ、来たか」
「知ってる?」
「当然だ」
ゼノが座る。
「技能は増え続けるわけじゃない。似た技能を身につければ、一定の段階で一つの体系としてまとまる」
「拳打がなくなる?」
「表示上はな」
ゼノが俺の拳を指す。
「お前が何万回も振った拳を忘れるわけじゃない」
それなら問題ない。
「統合した方がいい?」
「基本的にはな。上位技能は、個別技能より広い動作に補正が働く」
俺はもう一度表示を見る。
選択する。
《はい》
一瞬、文字が消えた。
《技能統合を開始します》
《拳打》《投げ》《組み外し》《体術》を統合。
《新規技能の習得条件を満たしました》
《格闘術 Lv1》
ステータスを開く。
《拳打》。
ない。
《投げ》。
ない。
《組み外し》。
ない。
《体術》。
ない。
代わりに。
《格闘術 Lv1》
拳を構える。
忘れていない。
投げの動きをする。
できる。
何も失っていない。
ただ、今まで別々だったものが一つになった。
「これからも増える?」
「増える」
ゼノが答える。
「剣術にも斬撃、刺突、受け流しなんかがある。魔法も同じだ。だが一定まで育てれば、より大きな技能へまとまっていく」
少し安心した。
何十個も技能が並ぶのは面倒だと思っていた。
「上位技能同士がまとまることもある?」
ゼノがこちらを見る。
「ある」
「その先も?」
「ああ」
ゼノは少し笑った。
「剣術を極めた者が【剣聖】に至ったなんて話もある。もっとも、俺もそこまでは行ってないがな」
剣聖。
覚えておく。
◇
翌日。
また森へ入った。
今度は五匹倒した。
その次の日。
七匹。
少しずつ実戦にも慣れてきた。
一週間後。
俺は一人でゴブリン三匹を倒せるようになっていた。
強くなっている。
そう思い始めていた。
だから。
油断した。
その日。
森の奥。
《観察》が何かを捉えた。
大きな足跡。
ゴブリンではない。
「ゼノ」
返事がない。
振り返る。
いない。
さっきまでいたはずなのに。
その瞬間、森の奥から低い唸り声が聞こえた。
身体が固まる。
木々の間。
巨大な影。
四本脚。
黒い毛。
俺より遥かに大きい。
二メートルを超えている。
狼。
いや。
違う。
額に一本の角がある。
口から涎が落ちている。
「……魔物」
そいつが俺を見た。
本能で分かった。
ゴブリンとは違う。
勝てない。
逃げる。
そう判断した瞬間。
魔物が消えた。
違う。
速い。
「っ!」
横へ飛ぶ。
直後、爪が胸を掠めた。
服が裂ける。
血が飛ぶ。
地面を転がる。
痛い。
立て。
立て。
魔物が振り返る。
俺を見る。
ゼノはいない。
助けを呼ぶ時間もない。
逃げられない。
戦うしかない。
剣を抜く。
手が震える。
怖い。
今までとは違う。
これは訓練じゃない。
負けたら。
死ぬ。
魔物が地面を蹴った。
《不屈の習熟度が上昇しました》
表示が浮かぶ。
俺は剣を構えた。
そして初めて。
師匠のいない場所で、自分より遥かに強い敵と向き合った。
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