第10話 予定を見直す将校
王国軍は、日が高くなる前に北街道を塞いだ。
ポンプ場から馬で数分の石橋。その両端に荷車が横付けされ、工兵が杭と縄で通行止めを作っている。
ホーコンたちが着いた時には、商人の荷車が二台、すでに引き返していた。
「補給物資まで止めるつもり?」
アズが低く言う。
同行したブレントは、昨日出した仮居住許可を掲げた。
橋の中央にいた将校がこちらへ歩いてくる。
二十代後半ほど。外套も靴も泥で汚れているが、襟章だけは正しい位置に留めていた。
「王国軍補給将校、ルアヴエル。北部第四補給隊の道路管理を任されている」
「交易局監督官ブレントです。この施設には七日間の仮居住許可が出ています」
「確認します」
ルアヴエルは紙を受け取り、封蝋と日付を見る。
「真正ですね」
「では封鎖を解いてください」
「それは別件です」
即答だった。
「居住を禁じる命令ではありません。北街道からエッダへ入る軍需品、燃料、機材、人員を検査します。徒歩の住民と最低限の食料、飲用水は通します」
アズが眉を上げた。
「兵糧攻めじゃないと?」
「百二十人を飢えさせれば、こちらが百二十人を収容することになる。補給担当として得がありません」
声に皮肉はなかった。
ホーコンは兵の配置を見た。
二列。橋を壊す準備はない。荷車を退ければすぐ通れる。
「予定を変える前提で組んでいるんですね」
ホーコンが言うと、ルアヴエルは彼を見た。
「予定は、状況が同じ間だけ有効です」
その時、橋の下から川音が消えた。
ホーコンは反射的に谷を見る。
橋脚に刻まれた番号が、上から一文字ずつ欠けていく。石の灰色が抜け、向こう岸の兵の声まで薄くなった。
「全員、橋から離れろ!」
ホーコンが叫ぶ。
ルアヴエルも同時に腕を上げた。
「両岸へ退避! 荷車は捨てろ!」
兵が走る。
だが、橋の中央部が先に消えた。
石片も粉塵も落ちない。ただ十数歩分が、初めから存在しなかったように抜け落ちる。
向こう岸に九人。
こちら側に十七人。
さらに谷底近くの保守足場へ降りていた工兵三人が取り残された。
「ロープを下ろします!」
一人の兵が叫ぶ。
「待て」
ルアヴエルが止めた。
「固定点が消え始めている。三人まとめて吊れば壁ごと落ちる」
工兵が青ざめた。
「自分が橋脚の異常を見落としました」
「違う」
ルアヴエルは谷から目を離さない。
「橋脚は壊れていない。橋そのものが消えた。原因の分類を間違えるな。反省は生きて戻ってからでいい」
ホーコンは測量鞄を開いた。
北街道は閉鎖測量の対象だ。昨日までに橋台、路肩、谷幅まで測り、両岸の境界杭も残してある。
「崩れる前の橋を戻せます」
ルアヴエルが振り向く。
「戻す?」
「十二年前の状態を今ここへ重ねる。ただし起動には地下の万年カレンダーを使う。全員を境界から退けてください」
「往復に何分」
「馬を借りれば八分」
「七分で戻してください」
「無茶を言う」
「八分で影がどこまで広がるか分からないので」
ルアヴエルは自分の馬の手綱を差し出した。
「第一班、両岸を十五歩空けろ。第二班、谷の三人へ合図。動くな。橋の欠落位置を一分ごとに記録しろ」
「将校、こいつを信用するんですか」
兵が尋ねる。
「今ある案で三人を救える確率が一番高い」
*
ホーコンは馬を飛ばした。
地下制御室へ駆け込み、万年カレンダーの表示窓に両岸の境界杭番号が灯っていることを確認する。
日付は十二年前。事故前、橋が完全だった日。
針を固定し、起動レバーを倒す。
黒い油が計量管を落ちた。
すぐに地上へ戻る。
橋へ着いた時、両岸の兵が声を上げていた。
消えた中央部へ、古い石橋が重なっている。
欄干の補修跡まで十二年前のままだ。
「渡れ!」
ルアヴエルが命じる。
向こう岸の九人が走る。
谷の三人には縄梯子が下ろされた。召喚された古い橋脚へ固定できる。
一人。
二人。
三人目が登り切る直前、黒い欠落が橋の下面へ触れた。
補修年の刻印が一字、また一字と消える。
「全員、境界外へ!」
ホーコンが叫ぶ。
三人目の工兵が欄干を越えた。
「退避完了」
ルアヴエルが確認する。
ホーコンは再び馬へ飛び乗った。
地下制御室へ戻り、起動レバーを上げる。
十二年前の橋が消えた。
*
救助された工兵の人数を確認し終えると、ルアヴエルは携帯卓を開いた。
午前、北街道封鎖。
正午、エッダ搬入口検査。
午後、燃料搬入量制限。
彼は三本とも横線で消した。
「封鎖は一時停止します」
ブレントが目を見開く。
「命令違反になりませんか」
「道路を管理する命令は受けています。道路そのものを消す現象を無視して検問を続けろとは書かれていない」
ルアヴエルは新しい欄へ書く。
第一、消失範囲の確認。
第二、兵員記録の照合。
第三、原因調査。
「ホーコン」
「何です」
「あなたを拘束する予定は、今のところありません」
「今のところ?」
「状況が変われば見直します」
淡白な声だった。
「こちらも同じです。あなた方を味方と判断したわけではない。ただ、あれが橋だけで終わる保証がない」
ルアヴエルは谷の欠落を見る。
「封鎖より先に、消える理由を調べます」
その時、谷底から白いものが舞い上がった。
一匹。
二匹。
モンシロチョウだった。
群れは街道の西に広がる平原へ流れていく。
ホーコンは測量鞄を閉じた。
次に測る場所が決まった。




