序章:スティグマエンカウンター"後編"
[序章:スティグマ・エンカウンター 後編]
2014.5.18 12:24:36 県立大学姫ノ舞キャンパス
side:白波月夏
「よう月夏!いつもの3倍冴えない顔してやがんな!」
頭も重い中、ギリギリではあったがバスにも間に合い講義も受講し、ようやく酒が幾分か叛逆の意思を抑えてきたのでカツ丼を頬張ろうと箸を手にした瞬間だった。
突発性低気圧、もとい|:大成権 昌樹≪だいじょうごん まさき≫が襲来してきた。
今一番出会いたくない奴と言っていい。
「今日は勘弁してくれ……昨日飲んだ酒が機嫌悪りぃんだ」
「オイオイオイ、珍しいじゃねぇかよ。この間馬鹿みたいに飲んだ時は全然余裕だったくせに」
「うるせぇ体調とかもあんだろ、今響くからどっかいけ」
手であっちにいけと追い払おうとするがこの爆弾低気圧はどうやら台風のように偏西風とともには去ってくれそうにない。
「はぁ〜、ぼっちの月夏君がいたから声かけたんだがなぁ!
ま、それはいいとしてだ。昨日のニュース見たか?なんか県北でかなりヤベェ火事が起きたそうだぜ!」
「火事……?」
ふと、あの夢を思い出す。
99%単なる偶然だろうが、何か感じざるを得ない。
確かに俺には養親に預けられる以前の幼少の記憶というものがない。
それは単にあの家族生活で上書きされたのかと思っていたが、この何か心に引っ掛かる感じはなんだろうか……
「…ィ、オイ月夏!」
「っと、悪りぃなんだった?」
「ずっと左手でロケットペンダント触ってたからな、聞いてなかったんだろ?お前の考え事してる時の癖はすぐ見分けがついて悲しくなるぜ!」
「その前にコンディション悪りぃ中でお前が襲来してきたことよりはマシさ」
「言いやがってこの野郎、とはいえ別の話にしとくか。」
「いや、悪かったな、聞かせてくれ。」
流石に悪いとは思ってるので改めて聞く姿勢は取る。
「まぁいいやろ、許したるわ。それはさておき、星見里運送っていやあここのOBもいるからよ、ブルーバードからそれっぽい人見つけたんだわ。
そうしたらあの山、なんか時々人の出入りがあったらしくてさ!何かあったんじゃね?って今ブルーバードでトレンド入りしてんのよ!」
「あのトレンド欄アルゴリズムやら民度から信用できんだろ」
「今回はガチなんだって!ツテを辿ってそれとなく聞いてくれるか頼んだけど、どうやらマジらしくてな!まあ近くに出るって噂の廃トンネルもあるらしいし、そこへ肝試しに行った奴らかと思ってたみたいだわ」
「相変わらずよくわからん人脈してんなお前……」
「そう褒めるなよ。
兎も角、一度行ってみねぇか?レンタカー借りてさ!」
「行くわきゃねぇだろバカがよ。そんな暇ありゃバイトシフト突っ込むわ」
「おーおー勤労戦士は辛いねぇ。ま、兎も角なんというかきなくせぇ出来事ってのに違いはないから気をつけとけよ!」
「何に気をつけるんだよ……」
言いたいことを言って満足したのか、ハリケーンは去っていった。
だが、山間部の火事があった日にちょうど謎の火事の夢を見たわけで、奴が言っていたこと自体には気になる部分もある。
怪異が出るということ。
養父方の祖母が言っていた昔話を思い出す。
(昔はねぇ、山の主がいたもんだよ。敵意を見せなきゃ襲ってくることもないし、供物を捧げたら寧ろクマもなにも襲ってきたりもしなくなったもんさ。
でもいつ頃だったかぁねぇ……そうそう、あの戦争が終わってからだったかねぇ。全然見なくなったもんさぁ)
ただのボケだと思っていた、だがあるいは何かそういう存在はいるのかもしれない。
「……関係ねぇ、それより、来月の給料日までに稼がねぇと」
思い出を振り払い、目の前の少し冷えたカツ丼へ箸を伸ばした。
その夜。
「今日も今日とてクソがよぉ」
バイトが本来なら10時で上がる予定だったのだが、深夜帯の担当が体調を崩して急遽店長が来るまでの間確変モード入った訳だが、その対価は日を跨いでの帰りとなった。
夕方に小雨が降ったが、今はやんで、雲間から月光が顔を覗かせようとしていた。
もし見れたとしたらいつぶりだろうか。
風情には知見があるわけではないが、月見酒で一杯引っ掛けたいところ。しかし、まだ家までそれなりに距離があるので昨日のこともあり自省。
そんなことを思いつつ、誰も周りにいない暗い住宅街を通りながら空を見上げていた。
その雲間から、まさに月が顔を出そうとしていた時だった。
その月を遮るように、見慣れない何かが横切ったのは。
「は?」
思わず声が出る。
グライダーというには生物的な見た目。そして鳥というには明らかに違う輪郭。
そう、まるで天使やハーピーのような、有翼の人型のようなシルエット。
かなり大きく映ったのでおそらくそう遠くはないとは思うのだが、いかんせん街灯も少ない田舎の闇に紛れては見失いかねない。
ふと、昼間のことを思い出す。
(化け物、か……)
生まれて初めて見たそれが本当だったのか、或いは見間違えだったのか、それを知りたいだけだと自分に言い聞かせ足を早める。
いた。
それは誰もが寝静まった街を彷徨うこと10分、ついにそれと思しき存在を遠くから確認した。
電柱に背を預けて俯いていたのを見て思わず通りの角に身を隠しながら確認する。
ぱっと見は女性だろうか。肩で息をしているように見えるが、いかんせん距離がそれなりにあるので、うっすら動いているようにしか見えない。
青い髪が表情を隠しているが、一番目を引くのはやはり背中から飛び出た翼と、鉤爪のような右手。
あれは、人ではない。
直感だが、頭の中で非常ベルのようにここから立ち去れと警告が鳴り響く。
思わず踵が半歩後ずさったら、まるでスケートのように足が滑り出した。
その足に従うままワンブロック先の点滅信号を超え、後ろを振り向くが追ってくることなどはなく、ただ静かな夜の街で息を切らせた汗だくの大学生が立っているだけだった。
(……きて)
あの夢がフラッシュバックする。
まるでこちらにやって来いと言わんがばかりに。
デジャヴのようなめまいを覚えつつ、呼ばれるようにまた先ほどのT字路に戻ってきてしまった。
こうなりゃ腹を括るしかない。
震える右手を誤魔化すかのように、ポケットに入ってた硬貨を握りしめてその化け物がいた道路へ飛び出した。
が、そこには何もおらず、何かがいた形跡も、残ってはいなかった。
その一件がしこりのように胸に引っかかった帰り道での坂道。
坂の上にある借家故に、どうしてもこの坂は登らないとならない。
とはいえ、今みたいにあれこれ考えそうになる時は頭を冷やせるのかもしれないが。
その中程にある一社の神社。
普段はなんてこともなく通り過ぎるはずのそこを通った時だった。
(こっちにきて)
明確に、鼓膜に、脳裏に、その言葉が張り付く。あの夢と同じ声で。
思わずその鳥居の先を見る。
月の光は再び雲に隠れた、電気もない夜の神社。
丑三つ時ではないが、もう丑の刻ではある、そんな時間帯。
並大抵のメンタルでは跳ね返されるような重々しい空気が張り詰めていた。
(こうなりゃ毒をくらわば、だ!)
どうせここまできたんだ、鬼が出ようが蛇が出ようが、覚悟を決めてその一歩を踏み込む。
一歩、また一歩。
左手が思わずロケットペンダントを握りしめる。
そうして鳥居をくぐった先、明かりのない社の脇で誰かが倒れ込んでいた。
「お、おい大丈夫か!?」
思わず一気に駆け出したがあと10mのところで月明かりが神社を照らし、その姿が見えた時、足が金縛りにあったように動かなくなる。
(さっきの女だ!)
翼や鉤爪などはなかったが、その特徴的な青く癖のある髪が、そしてズタボロの姿が、月明かりに照らされる。
だが相手に敵意があるならとうに襲ってきているはずだ。
そう自分に言い聞かせ、一歩、また一歩と歩みだす。今度は逃げ出さないために。
その女……いや、まだ20前だろうか。
化け物というには、今にも息が止まりそうな、弱々しい少女だった。
「おいあんた、大丈夫か!?救急車を……」
スマホを取り出そうとポケットに手をいれると、その少女は少しだけ、か細い声で
「ダ……メ……」
ダメってなんだよ。お前はそんなにボロボロじゃないか!
「おね……が……い……」
そう言い残すと、意識を失ったのか、頭がだらりとする。息はちゃんとあるので事切れたとかではないのは幸いか。
しかし、救急車は呼ぶな、だがこの状況で見捨てるほど人として終わっちゃいないと俺は自分を信じている。
「……ああくそ、わかったよ!こうなりゃいくところまでいってやらぁ!」
少女を背負い、神社を後にする。
もう、あの声は聞こえなかった。
序章お読みくださりありがとうございます。
今日の本編はここまで、続きはまた明日!
おまけTIPSもあるので読んでいただけると嬉しいです。




