序章:スティグマエンカウンター"前編"
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God had gone.ー神代は終わり座は空いた
Was the comer usurping throne?ー新たに座すは簒奪者か
Or you?ー或いは汝か?
It came from ancient time, and leaves for Möbius.ー神代より来たりて、虚構へと還る
[序章:スティグマ・エンカウンター 前編]
2014.5.18 07:45:39 姫ノ舞市
side:白波 月夏
それは夢というにはやけに生々しかった。
身長を刻んでいた大黒柱も、破って怒られて以来触るのに緊張した障子も、周りで倒れ動かなくなっている大人たちも、全てオレンジ色の鮮やかな炎が飲み込んでゆく。
生というものをまるで否定するかのようなその空間を、ただただ逃げるように俺は走っていく。
助けて、助けて、助けて。
声を上げたいのに喉が焼けるように痛い。
足も前に出ようとしているのに思うように前に出ず、まるで子供のように足掻くしかない。
そして、その熱への恐怖のなかであるはずなのに、何か大事なものを忘れてしまっている感覚に襲われ、胸の内を焦がすような焦燥感を加速させる。
何を思い出せない?そもそも今思い出さないといけないのか?
わからない、思い出せない。背後に迫る恐怖も相まってなにも頭が回らない。
でも果たして自分に何ができる?
逃げるだけで精一杯だというのに。
部屋を、廊下を、走れるところを駆け抜ける。
肺に酸素が行き渡らず熱が代わりに全身を焼こうとする恐怖と闘い、ついに外の夜闇が見えた。
その出口に誰かが立っている。髪の長さからして女性だろうか。だが外を向いていてその顔はわからない。
やった、逃げ切れた。きっと助けてもらえる。
そう安堵した胸を嘲笑うかのように、炎が突然追い上げる。まるで意志を持つかのように。
熱い、助けて。
その声は声にならず、まるで獣が捕食するように俺を飲み込んだ。
「うおあっ!」
思わず声が出てベッドの上で飛び起きる。
物寂しさを誤魔化すポスターや、こっちへ引っ越す前に養親と撮った写真を取り付けたコルクボードが目に入り、朝日がカーテンの隙間から部屋の中へ差し込んでいる。
そこはいつも見慣れた借家の部屋であった。
少し呼吸が落ち着いてくると現実が見えてくる。
「最っ悪な朝だ……」
脂汗が浮くほどに嫌な夢だった。まるで自分が経験してきたかのようなリアリティのある夢。
「朝からどうしたの!マムシでも出たのかい!?」
「すいません!!寝起きが最悪だっただけで!!」
閉めきると蒸し暑い時期というのもあり、窓を開けて寝ていたせいか、先の叫びはどうやら隣人にも聴かれていたようで余計に居心地が悪い。
重い頭で昨夜を思い返せば、バイト先の棚卸しの都合で格安で譲ってもらったウイスキーが、空瓶になって床に転がっている。
元々高いブランド酒ではないが、廃盤になり売り場の確保のために追いやられたところへ少し同情して一晩を共にしたというのにこいつにやられたか。とんだ裏切りである。
「うっ、ちょっと吐き気が……」
悪い酒にやられたのとは違う、アルコール量の暴力に内臓たちは悲鳴をあげ、その結果朝からトイレにしばらく篭ることになるのはそう遠い話ではない。
ひとしきり放送事故を起こしたものの落ち着いてきたのでインスタントの味噌汁だけを朝食に啜りながら、ふと今日の夢を思い返す。
にしても、やけに臨場感のある夢だった。
元々見た夢は断片的に覚えていることが多いのだが、時折明晰夢に片足を突っ込んだような状態になることは多い。
なのだが、今日の夢はまるで、自分が断片的にでも体験していたような、そういう生々しさとベタつく感じがある夢。
いや、所詮夢は夢、それを占う人たちやスピリチュアルに傾倒した人が見たら何か言われそうだが俺には関係がない。たまたまそういう巡り合わせだっただけだ。
味噌汁の椀を洗いながら今日の夢を締めくくる。いちいち夢の一つに何時間も割けるほど大学生活というのは暇ではないのだ。
しかし昨日の深酒は中々なブローとして残っており、残念ながらいつもの相棒である原付は留守番コースになりそうだ。
「はぁ……やらかしたな。今日は二限からだからまだバスにゃ間に合うが、バイト上がりは歩きかなぁ……」
思わずぼやきながら、これからはじまる1日へ向けて準備をする。
スマートフォンに流れるニュースを見ながら着替えをしたが、ただ、あの夢だけはやけに脳裏に張り付いたままだった。
今の家は、実はあまり利便性が良くない。
元々養護施設にいたらしいのだが、小学校の頃には養親に引き取られて育ってそれ以降の記憶しかまともには残ってない。
それ以前に関しては養父曰く身につけているロケットペンダントを持って施設の前にいたとのことだが、写真の半分は焼け焦げて親と思しき人の顔は分からずじまいだ。
だが、覚えてもいない実の家族よりも血は繋がらずとも心の親である養親には頭が上がらない。
だがいつまでもヒモのように頼るままではダメだと、奨学金の手続きができるように準備をして、更に家賃の安い地域から大学を選んだ結果、地方の公立にたどり着いたわけなのだが。
その結果、原付なしだと最寄りの大学線のバス停まで40分かかる、坂道の真ん中に立つ古い一軒家が今の家というわけだ。
多分この様をみたら親父殿はクソデカため息をするだろうが一人暮らしの秘密ということにしておこう。
まあそんなわけでしばらく音楽をイヤホンで聴きながら坂を下り、海沿いの道路を歩く。
今日は珍しく薄曇り程度で済んでいるので助かった。これが長雨にでも当たったらバス停についた頃にはヌートリアだ。
光芒の差す諸島部は海も凪いでおり、正に外出日和だ。
ここしばらくはポンチョを着ても首周りや足首がずぶ濡れになる天気ばかりで嫌になってたが、今日に限っては"持っている"のかも知れない、いや最初にド底辺引いてるのでやはり持ってはないか。
反対側の丘陵線には今となっては見慣れて久しい農耕プラントがいくつも直立しており、特有の防護服を着た従事者が今日も忙しそうに動き回っている。
あの服装暑くないのか?と見かけるたびに思うのだが、ファンがついててそこまでではないらしい。
そんな他愛のないことを思いながら、歩を進める。
この辺りは震央から離れていたのもあってか被害は少なかったようだが、やはりまだあの3年前の傷跡が所々に残っている。
崩れて未だ直らない茶色い山肌、道路の壁面に残った水の跡。だがそれも、今では日常と化している。
慣れといえばそうなのかも知れないが、人間とはそういう図太さを獲得したから生き延びているのかも知れない。
と、ふと島と島を結ぶ橋をくぐる船を見ながら歩いていると、謎の違和感に襲われる。
"…きて"
自分の思考の声とは違う、女のような声が頭に流れ込んでくる、なんだ、この気持ち悪さも伴う違和感は。
だがそれ以上の何かを感じることはなく、気付けば耳元にはいつものプレイリストが電子音をかき鳴らしていた。
なんだったんだ今のは、時間にしてもさほどかかってなさそうではあるが……時間?
ふと時計を見る。あと7分。だがこのペースだと10分コースだ。
「やっべ」
思わず駆け出す。さっきの違和感はなんだったのだろうか、ただプレイリストから流れてきたフレーズを聞き取っただけか?それともまたあの夢のような意味深な何かか?デジャヴの一種だろうか?
ただ今それはまだまとまらない。
わかっているのはただ一つ、やはり、今日も運はついてはいなさそうだ。




