第一章第一節⑥ I say NO
[I say NO]
2014.5.19.22:33:44 白波月夏宅(半壊)
side:白波月夏
鴉那の鉤爪が奴の左胸を貫く。
謎の化け物は甲高い断末魔を上げ、動かなくなった。
「やった……のか?」
「わからない、確実に仕留めるからまだ拘束してて」
反対の鉤爪で首を掻き切るが、ドス黒い液体が滴り落ちるだけで、反応はもうなかった。
その瞬間、どっと疲労感と、そして眩暈が押し寄せる。内潤卦が切れたのだろう、これが代償ってわけか。
「大丈夫?」
少しバランスを崩したせいか、心配そうに鴉那が声をかける。
「大丈夫だ。ってうおっ!」
鴉那が左胸を貫いた鉤爪が、もう1センチで俺にも突き刺さるところだと気がつき変な声が出た。
「オイオイ、間違えて刺したりはしないでくれよな」
ちびってはないが、念の為に釘を刺しておく。
「月夏は助けてくれたもん」
先ほどまでとは打って変わって口調も戻ってきたようだ。緊張こそまだ解けないが、とりあえず襲撃は単独だったらしい。
「ったく……どうすんだこの家……」
玄関は崩壊しており、おそらく他の部屋も衝撃で大ダメージだろう。少なくとも住める状態にないのはもう想像すらしたくない。
いや、それよりもだ。
「なんでこんだけヤバいことが起きてるのに……」
あたりを見渡すがやはり周囲は電気すらまともについてない。
「野次馬も警察も、いや、近隣住民をふくめて、人の気配がないだと……?」
この不穏な状況を考えそうになる中で、鴉那がポツリと言う。
「……もう、ここにはいられないね」
顔を伏せているので表情は窺えないが、声色は震えていた。
「こんな化け物に追いかけられてるんだもん、ふつうなんて、望んじゃいけなかったのに……ごめんなさい、ごめんなさい……」
その声はあまりにか細く、今にも消えてしまいそうだった。
……だんだん腹が立ってきたな、一般人を巻き込むこの化け物の主人も、何もかも自分のせいだと背負い込もうとする少女の態度にも。
思わず肩を掴む。
「……請求に行くぞ」
「えっ……?」
目に涙を堪えていたのか、すこし目尻に涙が煌めいたが、それを吹き飛ばすように腹の底の怒りをぶちまける。
「この家の修理賃を、こいつらの親玉に請求しに行くんだ。突然押しかけて苦学生にゃ払えねぇ借金を背負わせたのは奴らだろ?
ならそのツケを払わせに行かなきゃならない。違うか?」
勢いに気圧されたのか、コクコクと頷く鴉那。
確かにここで見捨てるのも選択かもしれない。
だが、先程の感覚も含めてになるが、力になれるのにそれを見殺しにするほど人間性は腐っちゃない。
だがその押し売りをすれば鴉那は黙って1人で立ち去るだろう。
なら、別の理由がありゃいい。半分は本心だが。
大学は……まあここまでは概ね安泰コースなので今期も2週間休む程度なら単位も落とさず行けるだろう。最悪昌樹にレジュメだけ貰っておいてもらおう。
「でも……」
「なんだ?俺じゃ……力不足か?」
役不足と言いそうになる、あの言葉現代の地雷過ぎると思うのは俺だけだろうか。
「そんなわけ!でも、危ないし、いつ帰れるかも……」
「なら俺はこのまま残って、この家の賠償をしろってのか?」
我ながら嫌な聞き方ではあるのだが、ここは心を鬼にする。
「これは俺の意思で決めたことだ。お前についてきてって言われたんじゃない、俺が決めたことだ」
半ば自分に言い聞かせながら、言葉を選ぶ。
「それでも、ダメなのか?」
「ッ……」
言葉を詰まらせる鴉那。
ちょっと押し過ぎたか?
「わ、悪い……ちょっと強く言い過ぎたか?」
「ううん、ちがうの……ありがとう」
その顔は、一番柔和だったかもしれない。
いつ次の襲撃が来るかもわからない。
40秒とはいかないが、急いで必要そうなものをまとめる。
あの惨劇から一足だけ生き残っていたスニーカー、財布、身分証、スマホと電池式充電器……ショルダーバッグに入るものだけ詰めていく。
服も着替え、一応無事だった洗濯機にそのまま入れておく。
「県北までの往復旅行だ、たまにゃそのくらい許してもらえるだろ」
バイト先にも連絡を入れようとするが、何故か一向に繋がらない。うーむ、明日改めて連絡するか。
ノック音が聞こえる。恐らく別部屋で着替えをしていた鴉那だろう。
「月夏……その……」
「なんだ?考え直しはしないからな」
先手を潰されたか、少し言い淀みかける。
「えっとね、うん、ぶんどろうね!」
「おっ、やる気出してきたな。ちょっと県北までの往復旅行だ。気負わず行こうぜ」
少しずつだろうが、鴉那が変わってくれている気はする。
それで十分だ。
「そうだね……うん、今度は帰ってこよう。師匠と、3人で」
「ああ、そうだな」
荷物もまとめ終え、家を振り返る。
決して長い期間ではないが、それなりに共にしてきたその部屋は、仮に戻ったとしても建て替えて間もなく無くなっているだろう。
……ちょっと感傷的になりそうだな、進もう。
「さて、行こうぜ。星見里とやらへ」
「うん!」
そして、俺と鴉那は旅路へと一歩踏み出した。




