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追放されたA級パーティの雑用係(38歳)、辺境の廃村で気ままに飯を作っていたら最強の村になっていた  作者: 月代


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第7話「子供の魔力と大人の責任」


灰谷に来て十一日目。


朝、畑に出ようとして足を止めた。


柵の外側、地面に足跡がある。


小さい。大人のものじゃない。


子供だ。


昨夜のリーネの言葉を思い出した。


「村の周りに小さな気配がありました。人間の子供だと思います」


彼女の感知能力は正確だ。元幹部の魔力感知をこういう形で活用できるとは思わなかったが。


足跡を辿った。


柵の外を回り、森の入口へ。


落ち葉の上に、点々と続く小さな靴の跡。


方向は奥——森の中だ。


一人で追うか。


少し考えて、リーネに声をかけた。


「一緒に来てくれ。子供の足跡を追う」


「……はい」


森に入る。


足跡はすぐに見えなくなったが、リーネの感知がある。


「あちらです。三十歩ほど先。生体の魔力反応があります」


便利だな、その能力。


リーネに導かれて進むと——木の根元に、小さな影が座っていた。


黒髪の少年。


大きな目がこちらを向いた瞬間、怯えの色が走った。


立ち上がろうとして、膝が笑っている。立てない。


痩せている。顔色が悪い。何日もまともに食べていない顔だ。


服はぼろぼろ。靴底に穴が開いている。


「待て。逃げなくていい」


声をかけた。低く、ゆっくり。


怯えた相手への声のかけ方は、もう何度もやっている。


少年は木の幹に背中を張りつけて、俺を見ていた。


大きな目に、涙が溜まっている。


体が震えている。恐怖だ。


俺は——それ以上近づかなかった。


代わりに、腰の袋から握り飯を取り出した。


朝食の残り。出がけに握っておいたものだ。


少年の足元に、そっと置いた。


「腹、減ってるだろ」


少年の目が握り飯に吸い寄せられた。


ごくり、と喉が鳴った。


恐る恐る——手が伸びた。


握り飯を掴んで、かぶりつく。


がつがつと、噛むというより呑み込むように食べた。


よほど腹が減っていたんだ。


食べ終わった少年が、ようやく俺の顔をまともに見た。


「……おじさん、だれ?」


おじさん。まあ、三十八だしな。間違ってない。


「ガルドだ。この先の村に住んでる。お前は?」


「……フィオ」


「フィオか。一人で森にいたのか?」


少年——フィオは、頷いた。


「どこから来た?」


「……孤児院」


声が小さい。消え入りそうだ。


「孤児院を出てきたのか」


「追い出された……です」


語尾に「です」がついた。それが精一杯の丁寧さなのだろう。


「なぜ追い出された」


聞くべきか迷ったが、聞いた。


フィオの体がびくりと震えた。


服の裾を、両手でぎゅっと握りしめている。


「ぼく……壊しちゃったんです。孤児院の壁を」


「壁を?」


「魔力が——勝手に——」


声が震える。


「ぼくが怖い夢を見たら、朝起きたら壁がなくなってて。みんなが怪我して——ぼくのせいで——」


涙が溢れた。


「みんなが言いました。お前は怪物だって」


怪物。


十歳の子供に向かって、か。


俺の腹の奥に、静かな熱が生まれた。


怒り——とは少し違う。


ただ、許せないと思った。


だが、今ここで怒っても仕方がない。


目の前にいるのは、怯えた子供だ。


「怪物じゃない」


声を、できるだけ穏やかにした。


「ただ力が強いだけだ」


フィオが俺を見上げた。


涙で濡れた大きな目。


「嘘です。ぼくは壊すことしかできない」


「壊すことしかできないかどうかは、これから確かめればいい。今決めるな」


フィオが口を閉じた。


反論する言葉が見つからないのか、それとも——わずかでも、信じたいのか。


どちらか分からない。


だが、泣くのは止まった。


「来い。飯を食わせてやる」


フィオをゆっくり立たせて、灰谷に連れ帰った。


小屋に入ると、マルトとエルナとドランが揃っていた。


全員の目がフィオに集まる。


フィオが俺の後ろに隠れた。服の裾を掴んでいる。


「子供だ。腹を空かせてた」


それだけ言えば十分だった。


エルナがすぐにフィオの前にしゃがんだ。


「まあ。こんなに痩せて……。診せてくださいませんこと?」


柔らかい声と穏やかな笑顔に、フィオの警戒がわずかに緩んだ。


エルナが治癒魔法の淡い光を手にまとわせて、フィオの体を診る。


「体は栄養失調以外は健康ですわ。ただ——」


エルナの表情が一瞬真剣になった。


「魔力が体の中で……かなり不安定ですわね」


リーネが俺の横で小声で言った。


「この子、魔力量が異常に高い。人間の子供でこれほどの……見たことがありません」


リーネの声に驚きがあった。元魔王軍幹部に「見たことがない」と言わせるほどか。


「危険か?」


「すぐにどうこうはないと思いますが、制御できていないのは確かです」


なるほど。


つまりこの子の魔力暴走は、力が強すぎて器から溢れているようなものか。


怪物なんかじゃない。ただ、入れ物が追いついていないだけだ。


飯の時間にした。


野菜と豆の煮込み。今日はドランが畑から根菜を掘ってきてくれたおかげで具が多い。


フィオの前に椀を置いた。


小さな手で椀を持つ。


一口——。


「おいしい……」


ぽろぽろと涙が落ちた。


この反応、何度目だ。


「飯で泣くのは何人目だ」


言ってから、リーネの方を見た。


リーネが即座に反応した。


「わたしは泣いてません」


「泣いてたぞ」


ドランが横からにやにやした。


次の瞬間、ドランの頭に小さな氷塊がぽとりと落ちた。


「冷てえ!」


リーネが素知らぬ顔で椀を傾けている。


マルトが「ほっほっほ」と笑い、エルナが「まあまあ」と仲裁する。


フィオが——泣きながら、少し笑った。


笑えるなら大丈夫だ。


その夜。


フィオは俺の小屋の予備の寝台で寝かせた。


子供一人を別の小屋に置くのは気が引ける。


毛布を掛けて、灯りを落として、俺も寝台に入った。


夜中。


異変を感じて目が覚めた。


空気が——震えている。


小屋全体が、微かに振動していた。


フィオだ。


寝台で丸くなっている少年の体から、目に見えるほどの魔力が漏れ出していた。


白い光の粒が、体の周囲をちらちらと舞っている。


悪夢を見ているのか。


表情が苦しそうだ。額に汗が浮いている。


うなされている。


魔力の揺らぎが大きくなっていく。


このまま放っておいたら——壁が吹き飛ぶ。


孤児院で起きたのと同じことが。


考えるより先に体が動いた。


フィオの寝台に膝をつき、その小さな手を握った。


「大丈夫だ」


声をかけた。


「ここにいる。大丈夫だ」


俺の手がフィオの手を包んだ瞬間——。


魔力の振動が、すっと鎮まった。


白い光の粒が、一つ、また一つと消えていく。


フィオの表情が穏やかになった。


呼吸が落ち着いた。


……何が起きた?


手を握っただけだ。それ以外は何もしていない。


安心して、暴走が止まったのか。


子供ってのはそういうものなのかもしれない。


フィオの手を離さず、そのまま寝台の横に座っていた。朝まで。


——翌朝。


十二日目。


フィオは昨夜の暴走を覚えていなかった。


「よく眠れたです」


「そうか。よかったな」


朝食時。


マルトが俺の横に座って、小声で言った。


「お前さん」


「何だ」


「昨夜、支援魔法を使ったな?」


「は?」


「あの子の魔力が暴走しかけた時。お前さんが手を握った瞬間に、支援魔法の波動があった。わしの感知でも分かるほどのな」


「何を言ってるんだ。ただ手を握っただけだが」


マルトが顎髭を撫でた。


「ふむ。自覚がないのか」


「自覚も何も、使ってないものは使ってない」


「お前さんの料理にも同じ力を感じておるんじゃが」


「だから、それはただの飯だと——」


「まあよい」


マルトは穏やかに笑って、それ以上追及しなかった。


何を言ってるんだ、この爺さんは。


俺の飯はただの飯だし、手を握ったのはただ手を握っただけだ。


それ以上のことは何もない。


——多分。


午前中。


フィオに魔力制御の基礎を教え始めた。


俺には攻撃魔法の適性がない。


だが、支援魔法の理論には精通している。二十年間、パーティの支援を一手に引き受けてきた。


魔力の流れ方、集め方、散らし方。


全部分かる。自分では攻撃に使えないだけで。


「魔力は呼吸と同じだ」


フィオの前にしゃがんで、目を合わせて話す。


「吸って、吐いて。それを繰り返す。暴走するのは——息を止めてるのと同じだ。溜め込みすぎて、一気に吐き出してしまう」


「息を……止めてる?」


「ああ。だから、少しずつ流す練習をしよう。溜めないで、ちょっとずつ出す」


フィオが真剣な顔で頷いた。


服の裾を握る癖が出ている。緊張しているのだろう。


「怖がらなくていい。失敗しても、俺がいる」


リーネが横にいた。


いつの間にか来ていた。


「わたしも手伝います」


そう言って、氷魔法で手のひらサイズの的を作った。


丸い氷の玉。地面に三つ並べる。


「これを狙って、魔力を少しだけ放出してみて」


的があった方がいいか。なるほど。


フィオが両手を的に向けた。


顔が強張っている。


「……こわい」


「大丈夫。小さくていい。ほんの少しだけ」


フィオが目を閉じて——。


手のひらから、小さな光球が生まれた。


蛍のような、淡い光。


それが——ぽん、と的に当たった。


氷の玉が割れもせず、少しだけ揺れた。


それだけ。


それだけだが。


フィオの目が見開かれた。


「できた——ぼく、壊さなかった!」


声が弾けた。


さっきまで小声だった子供が、目を輝かせて叫んでいる。


「ああ。よくやった」


首の後ろに手をやった。柄にもなく、嬉しい。


リーネがフィオの頭に手を伸ばして、そっと撫でた。


フィオが見上げる。


「お姉ちゃん……」


リーネの手が止まった。


紫の瞳が一瞬揺れた。


「……好きに呼べばいい」


目を逸らした。


だが——手は離さなかった。


フィオの黒髪を、不器用に撫で続けていた。


夕食。


六人で食卓を囲んだ。


フィオが俺の隣に座った。リーネがフィオの向かいに座った。


マルトが椀を受け取りながら笑った。


「家族みたいじゃのう」


「家族って柄じゃないだろ」


否定した。


が、六人が一つのテーブルでスープを食べている光景は——確かに、どこかの家の食卓に似ていた。


食後。


暖炉の前で一人になった。


マルトの言葉が頭に残っている。


支援魔法を使った、と。


自覚はない。


だが——。


「自分のために生きる」。


そう決めて、ここに来た。


なのに、いつの間にか六人になっている。


矛盾しているか?


いや——違うな。


この子たちの飯を作って、畑を耕して、ここを守ることが。


それが今の俺の「自分のために生きる」なのかもしれない。


まだよく分からないが。


寝る前に伝書鳥が届いた。


辺境ギルド支部のバロッサからの手紙だ。


封を切る。


読んだ瞬間——表情が変わったのが、自分でも分かった。


「王都から二つの一行がそちらへ向かっている。一つは王国教会の異端審問官。もう一つは、A級パーティ”輝きの剣”のリーダー・セルディオ。気をつけられたし」


教会の追手。


そしてセルディオ。


手紙を折りたたんだ。


窓の外、夜の闇を見た。


面倒なことになりそうだ。

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