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追放されたA級パーティの雑用係(38歳)、辺境の廃村で気ままに飯を作っていたら最強の村になっていた  作者: 月代


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第6話「獣人の傷と村の柵」


灰谷に来て九日目。


朝食を済ませて、町へ向かった。


辺境のギルド支部がある小さな町。片道半日の距離だ。


日が高くなる前に出発すれば、買い出しをして日暮れ前には帰れる。


「留守中のことはマルトに任せる。何かあったらリーネの氷魔法で対処してくれ」


「了解じゃよ」


「……分かりました」


マルトは飄々と、リーネは少し硬い顔で見送ってくれた。


エルナが包みを差し出した。


「昼食ですわ。昨日の残り物ですけれど」


「ありがとう。助かる」


フォン・クレーリスの聖女様に弁当を持たされるとは思わなかったが、ありがたく受け取る。


道中、森の中を歩く。


獣道に近い細い道だが、足元はしっかりしている。


町に着いたのは昼前だった。


小さな町だ。石造りの家が二十軒ほど。広場に市場が立っている。


まず市場で食材を買い込む。塩、干し肉、豆、小麦粉。種芋と、いくつかの野菜の種。


銀貨が減っていく。残りを数えると、あまり余裕はない。


が、当面はこれで凌げる。畑が育てば出費は減る。


次にギルド支部。


小さな建物だが、手入れは行き届いていた。


受付で開拓届の状況報告を提出する。


「ガルドさん、ですね。お待ちしておりました」


奥から恰幅のいい禿頭の中年男が出てきた。


眼鏡を拭きながら。


「支部長のバロッサ・ドームです。お話は受付から聞いておりますよ」


「わざわざ支部長が?」


「ええ。B級冒険者のガルド・ヘルツさんが辺境で開拓を始めたと聞いて、気になりましてね」


バロッサは柔和な顔をしているが、目は抜け目ない。


元冒険者特有の観察眼だ。


報告書を受け取りながら、バロッサが言った。


「ところでガルドさん。最近この辺りで傭兵崩れのならず者が出ると聞いておりましてね」


「ならず者?」


「ええ。元傭兵団の残党らしいのですが、辺境の旅人を襲って金品を奪っているとか。お気をつけください」


「分かった。ありがとう」


買い出しの荷物を背負って帰路につく。


日が傾き始めている。急いだほうがいい。


森に入ってしばらく歩いた時だった。


異変に気づいた。


道の脇に、踏み荒らされた跡がある。


草が倒れている。土が乱れている。何人かが暴れた痕跡だ。


そして——血の匂い。


足を速めた。


少し先の木陰に、大きな影がもたれかかっていた。


大柄な男だ。


褐色の肌。頭に——垂れた耳。獣人だ。犬系の。


体中に打撲と切り傷。服は破れ、血がにじんでいる。


気を失っている。


俺はしゃがみ込んで、まず脈を取った。


強い。この体格にしては心拍もしっかりしている。


命に別条はなさそうだが、このまま放置すればまずい。


傷口を見る。殴打による傷が多い。刃物の傷は浅い。


集団暴行だ。


バロッサが言っていた「ならず者」か。


薬草ポーチを開いて、出血の多い傷から順に手当てした。


応急処置を終えて、男の肩に腕を回す。


重い。体格が良すぎる。


だが、背負うほどじゃない。肩を貸せば歩けるだろう——意識が戻ればだが。


「おい。起きろ」


軽く頬を叩いた。


男がうめき声を上げて、目を開けた。


金色の瞳。犬系の獣人に多い目の色だ。


「……あ?」


ぼんやりした声。


「立てるか?」


「あんた……誰だ……?」


「通りすがりだ。立て。うちまで連れていく」


「うちって……」


「歩きながら説明する」


半ば引きずるようにして、灰谷まで連れて帰った。


日暮れぎりぎり。


村の入口で、リーネとマルトが待っていた。


リーネが俺を見て、次に担がれている大男を見て、眉を上げた。


「……また拾ってきたんですか」


「人聞きの悪い言い方するな」


小屋に運び、寝台に寝かせた。


エルナが治癒魔法で傷を癒していく。


淡い光が男の体を包むたびに、傷口が塞がっていく。


「骨は折れていませんわ。打撲と切り傷だけです。数日で動けるようになるでしょう」


「ありがとう、エルナ」


「いいえ。これがわたくしにできることですもの」


男が意識を取り戻したのは、スープの匂いが小屋に充満した頃だった。


金色の瞳がぱちぱちと瞬いて、ゆっくり体を起こす。


「いてて……。あー、えーと」


周囲を見回す。


俺、リーネ、マルト、エルナ。


「ここ、どこだ?」


「灰谷。俺の村だ。あんたは森で倒れてた」


「……ああ。思い出した。ならず者に囲まれて、数が多すぎて——」


男が頭を掻いた。垂れ耳がぺたんと倒れている。


「俺はドランだ。ドラン・グレイブ——いや、グレイブはもう使えねえか」


「傭兵団か?」


「よく分かるな」


「グレイブは傭兵団の団名だ。辞めたなら使えないだろう」


ドランが苦笑した。


「辞めたっつーか、追い出されたんだが。元傭兵団”黒狼団”の副団長だったんだけどよ」


声が暗くなった。


「団長が——ギルドの金を横領してやがった。で、そのツケを俺に着せて追放した」


「濡れ衣か」


「ああ。ギルドから手配はされてねえが、傭兵としての信用はゼロだ。行く当てがなくてよ。この辺をうろついてたら、ならず者に絡まれてこのザマだぜ」


自嘲気味に笑った。


だが、目は笑っていなかった。


エルナが差し出したスープを、ドランが受け取った。


一口飲んで——。


「うめえ!」


声が大きい。


小屋が揺れた気がした。


そして——尻尾が。


ドランの背後で、茶色い犬の尻尾が激しく左右に揺れていた。


本人が気づいて、慌てて手で押さえる。


「見るな!」


「いや、見てないが」


見てた。全員見てた。


リーネが口元に手を当てている。笑いを堪えているのかもしれない。


マルトが「ほっほっほ」と声を出して笑っている。


エルナが優雅に微笑んでいる。


ドランの耳がさらに垂れた。赤面しているのが褐色の肌越しに分かる。


「行く当てがないなら、ここにいるか」


言ってから、また自分に呆れた。


何人目だ。これで五人になるぞ。


ドランが驚いた顔をした。


「俺みたいな濡れ衣野郎を?」


「ここにいる全員、どこかに捨てられた奴だ。一人増えても変わらん」


ドランの金色の瞳が揺れた。


目が赤くなっている。


「泣いてねえぞ」


声が震えていた。


マルトが横から言った。


「泣いておるのう」


「泣いてねえって言ってんだろ爺さん!」


尻尾がまた揺れている。今度はさっきより大きく。


ドランは翌日から、別人のように動き始めた。


大柄な体を惜しみなく使って、村中を走り回った。


聞けば、傭兵団時代に野営陣地の構築を担当していたらしい。


建築の知識がある。しかも力が強い。


俺が三日かけてやるような作業を、半日で終わらせていく。


柵の設置。


屋根の葺き替え。


井戸の石組みの補強——俺がやったものを、さらに丈夫に組み直した。


「すまん。俺のより頑丈だ」


「へへ、まかせとけ!」


ドランが胸を張った。尻尾が揺れた。本人は気づいていない。


ドランがリーネに話しかけているのを見かけた。


「お前さん、魔族だろ? 俺は獣人だから、人間にいろいろ言われてきたぜ。気持ちはわかるさ」


リーネが少し驚いた顔をした。


「……分かるんですか」


「ああ。でもここじゃ関係ねえだろ。あのおっさん、誰が何族でも気にしねえもんな」


おっさん言うな。まだ三十八だ。


リーネが——小さく頷いた。


「……そうですね」


その声は、ここに来た初日より柔らかかった。


夕食。


五人で食卓を囲む。


ドランの食事量に驚いた。三人前を平らげて、まだ物欲しそうな顔をしている。


「畑、もう少し広げないとな」


「わしも手伝おう」


マルトが名乗り出る。膝はエルナの治癒のおかげで大分楽そうだ。


「わたくしは薬草園を作りたいですわ。治癒魔法だけでなく、薬草が常備できれば安心ですもの」


エルナの提案は理にかなっている。


「わたしは——」


リーネが口を開いた。


「何をすればいいですか」


「お前は見張りだ」


即答した。


「この村で一番目がいいだろ。耳もいい。何か異変があったら、お前が一番先に気づける」


リーネの目が——少し明るくなった。


分かりにくいが、確かに。紫の瞳に光が差した。


役割を与えられたことが嬉しいのだろう。


居場所があるだけじゃ足りない。自分が「ここにいる意味」がある、と思えることが大事だ。


——前のパーティじゃ、その「意味」を俺自身が感じられなかったわけだが。


皮肉なもんだ。


食後。


村の外周を歩いた。


ドランが建てた柵がぐるりと畑を囲んでいる。見張り台の骨組みもできている。


修繕された家屋に灯りが点いている。


五人分の灯り。


「村、か」


まだ村と呼ぶには小さい。


だが、確かに形になりつつある。


一人で始めた場所に、五人の暮らしがある。


足元に目をやると、俺の手が——前の人生の言い方をすれば「土に汚れた」手が見えた。


この手は二十年間、誰かの装備を磨き、誰かの飯を作り、誰かの傷に薬を塗ってきた。


今もやっていることは変わらない。


だが、一つだけ違う。


ここでは——全部、俺が「やりたくてやっている」ことだ。


命令でも義務でもない。


「悪くない」


二度目のこの言葉。


少しだけ、意味が変わった気がする。

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