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追放されたA級パーティの雑用係(38歳)、辺境の廃村で気ままに飯を作っていたら最強の村になっていた  作者: 月代


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第4話「老剣士の最後の旅路」


灰谷に来て、四日目。


朝食を済ませて、リーネと南の森に向かった。


目的は薬草の採取。


ポーチの中身がだいぶ心もとない。傷薬の材料、解熱に使える草、虫除けの葉——全部減っている。


灰谷の南に広がる森は、思っていたより深かった。


木々の隙間から朝日が差し込んで、苔むした地面が緑に光っている。


空気がいい。王都の埃っぽさとは別世界だ。


足元を見ながら歩く。


お、早速見つけた。


ウロコ草。擦り傷と切り傷に効く。葉の裏に鱗のような模様があるからこの名前だ。


根元から丁寧に摘む。


「リーネ、この草が分かるか?」


「……苦い草ですか?」


「よく知ってるな」


「魔王軍でも傷薬に使っていました」


なるほど。薬草の知識は種族を問わないらしい。


二人で黙々と薬草を採っていく。


ユキノシタ、カラス葉、ネジレ根——ポーチが膨らんでいくのは気分がいい。


三十分ほど歩いた時だった。


足を止めた。


「どうしました?」


リーネが俺の顔を見上げる。


「……先客がいるな」


地面に焚き火の跡があった。


まだ温かい。灰の下に赤い熾火が残っている。


つまり、ついさっきまでここで火を焚いていた誰かがいる。


周囲を見回す。


岩陰に——人影があった。


白髪の老人だ。


痩せた長身の男が、岩にもたれて座っている。


服は旅装だが、くたびれている。何日も野宿を続けてきたような風体だ。


右膝を伸ばしたまま投げ出している。曲げられないのか、曲げたくないのか。


老人がこちらに気づいた。


「ほう」


穏やかな声だ。


顎に白い髭を蓄えた顔が、こちらを向く。


「この廃村に人が住んでおるのか」


警戒する気配はない。殺気もない。ただ純粋に驚いている目だ。


俺は老人の全体を見た。


腰に古い長剣を帯びている。柄の巻き革が擦り切れているが、鞘の手入れは行き届いている。


この男、ただの老人じゃない。


剣の携え方。体の軸。座った姿勢でも崩れていない重心。


——見覚えがある。


いや、直接会ったことはない。ギルドの資料で見た——戦闘報告書の挿絵だ。この構え方をする剣士を。


「あんた」


声が出た。


「もしかして——鉄嵐のマルトか?」


老人の眉が上がった。


「ほう。わしを知っておるのか」


やはり。


S級冒険者「鉄嵐のマルト」。


三十年前に大陸最強の剣士と呼ばれた伝説の男。十年前に引退してから消息不明——確かそうだったはずだ。


「冒険者をやっていた。名前くらいは」


「ふむ。元冒険者か。見たところ、かなりの手練れじゃのう」


「買いかぶりすぎだ。俺はただの雑用係だった」


「雑用係ねえ」


マルトが顎髭を撫でた。


この人、なんでこんな辺境の森にいるんだ。


「こんなところで野宿か?」


「通りがかりじゃよ。あてのない旅をしておってな」


「あてのない旅」


「死に場所でも探しておるのかと聞かれたら、否定はせんがのう」


軽い口調だった。


だが、右膝を伸ばしたまま動かさないその姿勢と、この場所にいるということ。


本気半分、冗談半分。


そんな声色に聞こえた。


「飯、食っていくか」


言った後で、我ながら呆れた。


また世話を焼いている。


だが、この人をこのまま置いていく気にはなれなかった。


マルトが少し驚いた顔をして、それから穏やかに笑った。


「ふむ。ならばご馳走になろうかのう」


灰谷に連れて帰った。


マルトは右膝をかばいながら歩いた。歩けないほどではないが、明らかに痛そうだ。


それでも足取りは安定している。体の使い方を知っている人間の歩き方だ。


小屋に入ると、リーネがすでに暖炉に火を入れていた。


マルトがリーネを一瞥した。角に目が行ったはずだが、何も言わない。


「お客さんだ。飯を作る」


「……分かりました」


リーネは警戒した目でマルトを見ていた。折れた角の付け根を右手で隠している。


三人分の食事。


今朝採った山菜と、昨日の残りの根菜。干し肉はもう切れたから、代わりに渓流で見つけた小魚を三匹焼いて身をほぐした。


それを全部鍋に入れて雑炊にする。


塩加減を見る。うん、悪くない。


三つの椀に注いで、テーブルに並べた。


「いただこうかのう」


マルトが椀を手に取り、一口すすった。


——手が、止まった。


「……これは」


「どうした?」


「支援魔法か?」


俺は眉をひそめた。


「は? ただの雑炊だが」


「いやいや。体の芯から力が湧いてくる。ただの飯ではあるまい」


何を言ってるんだ、この爺さん。


「米と出汁が良かっただけだろ」


「ふむ……そうかのう」


マルトは首を傾げながらも、雑炊を食べ続けた。二杯おかわりした。よく食う。


リーネが小さく口を開いた。


「……わたしもそう思います」


「何が?」


「このスープ——雑炊には、何か普通じゃない力がある気がします」


「気のせいだ」


二人して何を言ってるんだ。


俺の飯はただの飯だ。いい材料を丁寧に調理しただけ。支援魔法なんぞ使った覚えはない。


食後。


マルトが立ち上がろうとして、右膝を押さえた。


顔は平静を装っているが、一瞬眉が寄った。痛みがあるんだろう。


「膝、診せてみろ」


「ん? いや、大した事では——」


「いいから」


半ば強引に右膝を診た。


膝頭の下、靭帯の位置に古い傷がある。皮膚の上からでも分かる、深い損傷の痕跡。


「靭帯をやったのか」


「……十年前にな」


「十年もこれを放置してたのか」


マルトが苦笑した。


「治癒魔法でも靭帯の完全再生はできんのじゃよ。お主も知っておろう」


知っている。


だが、放置していい傷と、せめて痛みを抑えるべき傷は別だ。


薬草ポーチを開く。


さっき森で採ったばかりのネジレ根を潰して、ウロコ草の汁と混ぜる。


「完治は無理だが、痛みを和らげることはできる。湿布だ」


膝に巻いてやった。


マルトが何度か足を曲げ伸ばしして、息を呑んだ。


「おお……。ずいぶん楽じゃのう」


「毎日替えれば、もう少し良くなる。根本的な治療は無理だがな」


「……お前さん、冒険者にしておくのは惜しい男じゃのう」


「もう冒険者じゃない。ただの農民だ」


その夜、マルトは「一晩だけ」と言って空き家の一軒に泊まった。


翌朝。


五日目。


マルトがまだいた。


朝食を作っていると、のそのそと小屋に入ってきた。


「もう一日だけ厄介になろうかのう」


「好きにしろ」


リーネが横から言った。


「ガルドさんの料理は中毒性がありますから」


真顔だった。


「毒は入れてない」


「毒の話じゃないです」


どういう意味だ。


三人で朝食を食べた。


昨日採った薬草を使った野草粥。


マルトは三杯食べた。


食後、マルトがリーネの角に目をやった。


「魔族の娘か。それも……元幹部じゃな?」


リーネの肩が強張った。


折れた角の付け根に手を伸ばしかけて、止める。


「安心せい」


マルトの声は穏やかだった。


「わしは老いぼれの隠居じゃ。誰かを狩る気力も興味ももうない」


リーネがしばらくマルトの目を見つめて——小さく息を吐いた。


警戒が、少しだけ緩んだのが分かった。


六日目。


マルトが来て三日目の朝だ。


マルトが腰を上げた。


「そろそろ行くとするかのう」


背中を向けて、森の方に歩き出そうとした。


「行ってどうする」


俺の口が勝手に動いた。


マルトが足を止めた。


「あてのない旅に戻るのか? 死に場所を探す旅ってやつに?」


振り返ったマルトの顔は笑っていたが、目は笑っていなかった。


「……老い先短い爺がどこで野垂れ死のうと、構わんじゃろう」


「構わんかどうかは知らん。ただ——」


言葉を探す。


正しいことを言おうとしたんじゃない。


ただ、思ったことをそのまま口にしただけだ。


「死に場所を探す旅なんて、飯がまずくなるだけだ」


マルトの目が見開かれた。


「ここにいればいい。飯は俺が作る。膝の薬も替える。畑の手伝いは強制しないが、暇なら付き合え」


長い沈黙。


森の鳥が鳴いている。風が木の葉を揺らしている。


マルトが——ゆっくりと、腰を下ろした。


「……ふむ」


顎髭を撫でる。


「では、もう少し厄介になるとするかのう」


その声は、かすかに震えていた。


目が潤んでいるのが見えたが、俺は気づかないふりをした。


こういう時、何か言うのは野暮だ。


三人目の住民ができた。


午後、マルトがリーネに声をかけた。


「娘よ。基礎体術は学んだことがあるか?」


「……多少は」


「ふむ。少し付き合え。体の動かし方を教えてやろう」


元S級冒険者が元魔王軍幹部に体術を教えている。


すごい光景だな。


俺は横で畑を耕しながら、それを眺めていた。


鍬を振り下ろす。土が割れる。


「うちの村、なんか強くなってないか……?」


独り言が漏れた。


ここに来た目的は、静かに畑を耕して暮らすことだったはずだが。


まあいいか。


賑やかになるのは、嫌じゃない。


夕食後。


暖炉の火を眺めながら、マルトが聞いた。


「お前さん、この村をどうするつもりじゃ?」


「どうもしない。静かに暮らすだけだ」


「ふむ」


マルトが顎髭を撫でた。


「じゃが、ここには居場所をなくした者が集まってくる気がするのう」


「大袈裟だな。まだ三人だろ」


「三人もおれば十分じゃよ」


マルトは笑って、借りた小屋に戻っていった。


俺も寝支度をする。


——翌朝。


七日目。


畑に出ようと小屋を出た瞬間、リーネが走ってきた。


この子が走るのを見たのは初めてだ。


「ガルドさん」


息を切らしている。


「村の入口に——誰か倒れています」


「またか」


呆れ半分で駆けつけると——。


白い法衣を纏った女性が、石垣の前で意識を失っていた。


聖女の法衣。


王国教会の紋章が、朝日に白く光っている。

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