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追放されたA級パーティの雑用係(38歳)、辺境の廃村で気ままに飯を作っていたら最強の村になっていた  作者: 月代


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第2話「廃村に客が来た」


灰谷に来て、二日目の朝。


誰にも起こされずに目が覚めるというのは、こんなにも気分がいいものなのか。


寝台から体を起こす。


窓の隙間から朝日が差し込んでいた。


昨日の疲れが筋肉に残っている。背中と腕が痛い。


だが、嫌な痛みじゃない。自分のために鍬を振った痛みだ。


顔を洗いに井戸へ向かう途中、昨夜の気配を思い出した。


森の方から感じた、微かな魔力。


気になる。


少し寄り道するか。


畑の脇を抜けて、村の入口に向かった。


朝露に濡れた石垣。その向こうに、崩れかけた門柱が二本。


——そこに。


誰か、倒れている。


石垣にもたれかかるようにして、小さな体がくずおれていた。


銀色の髪。ぼろぼろの衣服。


子供——いや、少女か。魔族は見た目で歳が分からないと聞く。


駆け寄る。


少女の顔を見た瞬間、目に入ったのは頭部の角だった。


二本あるが、右側の角が根元から折れている。


傷口は塞がっているが、折れた断面が痛々しい。


角。


魔族だ。


手を額に当てた。冷たい。低体温だ。


息はある。浅いが、ある。


衣服の破れ具合から見て、ずいぶん長い間逃げ回っていたんだろう。


足の裏は傷だらけで、靴はとっくに駄目になっている。


魔族だろうが何だろうが、目の前で倒れてる奴を放っておくのは寝覚めが悪い。


少女を背負い上げた。


軽い。驚くほど軽い。


俺の小屋に運び、寝台に横たえた。


暖炉に火を入れる。朝の空気はまだ冷える。


毛布を二枚重ねて掛け、白湯を沸かした。


薬草ポーチから傷薬を取り出す。


足の裏の傷、手の甲の擦り傷、額の打ち身。


一つずつ薬を塗って、布で巻いた。


角の折れた跡は——触らない方がいいだろう。古い傷だ。俺が手を出すものじゃない。


しばらくして、白湯をスプーンで少しずつ口元に運んだ。


少女の唇が微かに動いて、水を飲み込む。


——よし。意識はある。


朝日が高くなる頃、少女の目が開いた。


紫色の瞳。


俺と目が合った瞬間、その瞳がぎゅっと鋭くなった。


少女の右手が跳ね上がる。


空気が一瞬冷えた——氷魔法か。


だが、何も起こらなかった。


手のひらの先で白い霧がちらついて、すぐに消える。


魔力が足りないんだろう。


枯渇寸前だ。


少女は自分の手を見つめて、顔を歪めた。


悔しさと恐怖が、その表情に同居している。


俺は動かなかった。


一歩も近づかず、一歩も退かず。


「落ち着け。敵じゃない」


低く、ゆっくり言った。


二十年間、パーティで新人や怯えた依頼人を相手にしてきた経験が口を動かす。


怖がっている相手には、まず声の高さを下げること。


少女の紫の瞳が、俺をじっと見つめた。


何秒か。長い沈黙。


少女の手が、ゆっくり下がった。


「……あなたは」


かすれた声。


「わたしが魔族だと、知っても追い出さないの?」


「追い出す理由がない」


俺の返事は短かった。


だって、本当にそうなんだから。


目の前にいるのは、ぼろぼろの服を着た、角の折れた少女だ。


魔族排斥令がどうとか、魔王軍の残党がどうとか、知ったことじゃない。


少女がしばらく黙って、それから小さく口を開いた。


「……リーネ。わたしの名前です」


「ガルドだ」


「ガルド、さん」


「ああ。腹、減ってるだろ。少し待ってろ」


立ち上がりかけた俺を、リーネが引き止めた。


「待って。……先に、言っておかないといけないことがあります」


紫の瞳が真っ直ぐに俺を見た。


「わたしは——元魔王軍第七幹部です」


……なるほど。


角の折れ方、魔力の質、この年齢に見える外見で幹部を名乗れるということ——納得できる材料は揃っている。


嘘をつく理由がない。隠しても角で分かることを、自分から明かすのは正直者の証だ。


「そうか」


「……驚かないんですか」


「驚いてるよ。一応」


正直、少しは驚いた。


だが、それ以上に思ったことがある。


「元、って言ったな」


「……はい」


「魔王軍は三年前に潰れた。今は元も何も、ただの一人だろ」


リーネの唇が震えた。


「追放された者同士だな」


その言葉は、計算して出したわけじゃない。


ただ、そう思っただけだ。


「……追放?」


「俺もつい最近、二十年いたパーティを追い出された。おあいこだ」


リーネの紫の瞳が揺れた。


何を考えているかは分からない。


だが、その目から少しだけ——ほんの少しだけ——警戒の色が薄れた気がした。


「飯、作る」


それ以上は何も言わず、台所に立った。


昨日掘った根菜を洗って刻む。


裏手に自生していた野草も摘んできた。


鍋に水を張り、塩と干し肉の端切れを入れて火にかける。


コトコトと煮込む間に、根菜を追加。野草は最後に入れる。薬草学の知識だが、野草は煮すぎると栄養が逃げる。


滋養のあるスープに仕上げたい。体が弱っている相手には、まず温かい汁物だ。


——前のパーティでもそうだった。


ダンジョンから傷だらけで帰ってきた連中に、まず温かいスープを出す。


それが俺の仕事だった。


いや。


今は違う。


これは仕事じゃない。


椀に注いで、リーネの前に置いた。


「飲めるだけでいい。無理するな」


リーネが椀を両手で包んだ。


湯気が、銀色の前髪を揺らす。


一口、口に運んで——。


リーネが、目を見開いた。


「……おいしい」


声が震えていた。


椀を持つ手も震えている。


そして——涙が。


頬を伝って、椀の中に落ちた。


一粒、二粒。


リーネはそれを拭おうともせず、ただスープを飲み続けた。


声を殺して、肩を震わせながら。


俺は何も言わなかった。


自分の分の椀を手に取って、静かに飲んだ。


何か気の利いたことを言えるような器用さは、俺にはない。


ただ、同じ物を同じ場所で飲んでいるだけだ。


それでいい。


椀が空になる頃、リーネの涙は止まっていた。


目が赤い。鼻も赤い。


それでも顔を上げて、俺を見た。


「……ここにいても、いいですか」


「好きにしろ」


即答した。


「ただし飯は手伝え」


リーネの顔が——ほんの微かに、緩んだ。


笑った、と言えるほどじゃない。


でも、表情が変わった。それは分かった。


「……はい」


午後。


隣の家屋の修繕を始めた。


二人いるなら、もう一軒必要だ。


屋根の板を剥がして、使える材だけ選んで張り直す。


壁の穴を泥と石で塞ぐ。


リーネは体力が戻っていないから、軽い作業だけ頼んだ。


泥をこねて渡してもらう、それだけだ。


「ガルドさん」


「ん?」


「……この村に、他に人は?」


「いない。俺一人だった。昨日まで」


「……そうですか」


作業を続ける。


夕方、リーネが畑のそばで立ち止まっていた。


折れた角の付け根を、右手で隠すように触っている。


顔は畑を向いているが、目は何も見ていないように見えた。


「角のことが気になるなら、帽子でも作るか」


声をかけた。


リーネが肩を跳ねさせて、手を下ろした。


「……別に。気にしてません」


目を逸らした。


嘘だな、とは思ったが、追及しない。


誰にだって触られたくない傷はある。


俺だって、前の人生の話なんか誰にもしたことがない。


夜。


二人で夕食を食べた。


朝の残りのスープに、新しく根菜を足したもの。


質素だが、温かい。


リーネは黙々と食べた。


おかわりを一回した。いい傾向だ。


食べ終わって、食器を井戸端で洗った。


水が冷たい。星が綺麗だ。


隣の修繕した小屋からは、もう灯りが消えていた。


リーネはすぐ寝たらしい。


当たり前だ。あれだけ消耗していれば、飯を食えばすぐに落ちる。


洗い終えた食器を棚に戻し、暖炉の火を弱める。


「“輝きの剣”の連中……今頃どうしてるかな」


ぽつりと、口をついて出た。


未練じゃない。


二十年も一緒にいた奴らだ。気にならないと言えば嘘になる。


まあ、俺がいなくてもなんとかなるだろう。ヴィルマは優秀だし、セルディオの腕前はA級だ。


そう自分に言い聞かせて、寝台に入った。


明日は井戸の周りを補強する。畑の畝をもう二列増やす。


やることが多いのは、悪くない。


今度は、全部自分のためだ。


目を閉じた。


——この時の俺は、まだ知らなかった。


遠い王都のギルド本部で、一枚の報告書が掲示板に貼り出されていたことを。


「A級パーティ”輝きの剣”、D級ダンジョン探索にて全員重傷」


その報告を。

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