表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
汚染少女  作者: 桜町院熾雪
6/11

幕間研究Ⅰ:テロ活動における生物兵器の有用性

 本校の公式ウェブサイトへようこそ。

 神学校・飛騨稲荷支部校は全国に十ある支部校の一つとして、画一された学習教育と均一な神学教育を土台に、様々な特色ある学校教育に取り組んでおります。

 それでは実際に、本校の特色ある授業実践の一例と致しまして、高等部一年次における選択講義「戦争学概論」の授業成果をご紹介致します。次に掲載のレポートは、実際の受講生の提出物です(本人承諾済み)。

 東西冷戦が、ソ連の崩壊という形で終焉を迎えて早二十余年。世界各国は平和と安定を手にするどころか、恐ろしくも不安定な世界を生きることを余儀なくされた。すなわち、テロとの戦いの時代の幕開けである。

 このような不安定な国際社会を生きる我々は、しっかりとテロの危険性を認識し、またテロは常に起こりうるのだということをいつも、頭の片隅に置いて都市生活を営まねばならない。

 帝国国防総省(1915)は、近年の「国防白書」において、テロリスト等非国家主体による大量破壊兵器(NBC : Nuclear Biological and Chemical)のテロ行為への利活用を強く懸念しているが、残念ながら大量破壊兵器による攻撃に対応する部隊の拡充は依然としてほとんど進んでいない。

 ソ連の崩壊によって、ソ連内の核開発担当の高官・技術者が中東地域等に亡命し、そのため国際テロ組織や警戒が必要な国家等への核弾頭、及び核開発技術の拡散等が強く懸念されている昨今ではあるが、それにも増して警戒が必要な兵器の一つに生物兵器(Biological weapon)が挙げられよう。

 NBC兵器の一つである生物兵器は、(一)安価であること、(二)製造が容易であること、(三)製造機材の偽装工作が簡単であることなどから、同様の類似性を持つ化学兵器と並んで、テロリスト等非国家主体の取得・使用が強く懸念されている(国防総省, 1914)。

 ところで、生物兵器はこれまで一般的には、「生物・化学兵器」としてほとんど同列に扱われてきた。しかし、生物兵器と化学兵器(Chemical weapon)の大きな違いは、潜伏期間の有無である。

 通常、生体が何らかの伝染病に感染したとしても、速やかに発症に至るわけではなく、各病原体に固有の潜伏期間を経てはじめて病状が出現する。ウィルス・病原菌を用いる生物兵器においても同様で、曝露から感染、発症までの間には何ら自覚症状がなく、保菌者は自在な行動を取れる。この点において、生物兵器は化学兵器とはその本質的性質をまったく異にしているといえよう。また、被攻撃者側における生物兵器使用の認知は非常に困難であるという点も、大きな特徴の一つとして挙げられる。

 さて、ではテロリスト等のテロ活動における原動力とは一体何なのだろうか。

 特定の思想・主義・宗教の下に活動するテロリストにとっては、テロ活動や行動そのものに意味があるように思われる。それは戦術的勝利とは別次元の話題であろう。行動自体が自分たちの正義なのであり、信ずるもののためならば喜んでその身を捧げんとする。すなわち死は、彼らにとって、究極的な終わりを意味しない。従って、最悪の可能性としては、テロリスト等が当該生体の体内に直接生物兵器を用い、当該生体自身が本兵器を曝露、拡散させる事態も生じうる。

 先述したように、生物兵器の化学兵器に勝る拡散性の魅力により、国内外のテロ組織等が生物兵器を使用する可能性は十二分に考えられる。

 移動手段の急速な発展は、現代社会に生きる我々に早くて快適な航空移動を約束したが、それに伴って、感染症もまた早くて快適な移動手段を約束されたのである。毎日何百、何千万もの人々が世界中を行き来する現代において、すべての航空旅行者を血液検査し、検疫するのは実際のところ無理がある。所詮、空港の検疫所では必要最低限の伝染病・感染症の検査しか行わない。

 だが、むしろそこにこそ生物兵器の魅力がある。生物兵器の意義は、紛れもなくこの無差別攻撃性にこそあるのだ。

 生物兵器は化学兵器に比べて、一定の潜伏期間を有しているということ。保菌者の自在移動による汚染の拡大。またそれに伴う一般市民の心理的恐怖及び都市経済活動の混乱が多く見込めるということ。このような観点から、生物兵器の有用性の高さは自明のものである。

 テロ等非国家主体が今後、我が国内において生物兵器テロ事案を生じせしめる可能性を完全に棄却できない以上、政府はこのような事態に直面しうることを憂慮すべきであろう。

 我が国内における伝染病・感染症研究機関は国立感染症研究所を最高峰とするが、天幽院(1916c)の指摘するように、たとえばエボラウィルスなどWHO基準レベル5相当のウィルス・病原菌研究に対応できうる研究機関は現状、存在しない。欧米圏では特例として疾病対策研究であれば許容されるものが、我が国ではまかり通らない。感染症法がそれを許さない。

 確かに世論の理屈も分からないではない。「そんなものを研究することこそ悪だ」、「そんなものを研究すれば、いつか軍事に悪用される。よって不必要である」、そういった言い分がまったく理解できないわけでは決してない。

 だが、不都合な物・事には蓋をし、目を瞑ってやり過ごした結果がかつての戦争ではなかったか。先の大戦の責任をすべて軍事に押しつけ、あたかも軍事それ自体が悪しきものであるとして日本学界から排斥し、少しでも軍事に繋がりうる研究分野・領域はことごとく抹殺された。人々の目に触れないことが、問題解決の唯一の手段であると誤解しながら歩んできたのが、我が国の歴史だ。

 しかし、政府はそうであってはならないはずで、世論と同じ次元で物事を判別してはならない。先述のように、隠し、包み込み、蓋をしたからといって非国家主体が生物兵器テロを実施しないとどうして言い切れよう。

 従って、可及的速やかに感染症法改正、法定感染症の規制緩和に向けて政府及び関係各機関、のみならず立法府も行動に移るべきである。このことを最後に明記して、本論文を終了するものとする。



高等部・軍学科一年  天幽院桜乃 




〇参考文献

・国防総省 (1914). 国防白書 伏見行政出版 pp120-135.

・国防総省 (1915). 国防白書 伏見行政出版 pp125-137

・天幽院桜乃 (1916a). 感染性出血熱の比較研究 戦争学概論・課題受付番号160511

・天幽院桜乃 (1916b). 生物・化学兵器の戦術的役割 戦争学概論・課題受付番号160911

・天幽院桜乃 (1916c). 現行帝国国防方針における対テロ想定の脆弱性 飛騨稲荷学生研究, 21(2), 127-136



〈幕間研究Ⅰ・終〉

 本論文中の「帝国国防総省」は我が国の「防衛省」を、「国防白書」は「防衛白書」をそれぞれ言い換えております。本論文における記述はすべて筆者の随想にすぎず、一定実社会に即してなされてはいますが、不確かな記述箇所も多々あるかと存じます。ご了承願います。なお、「参考文献」の五文献に関してはすべて創作であり架空の文献です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ