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汚染少女  作者: 桜町院熾雪
5/11

第参幕:戦火を交えて

 機関車から客車全体に車内放送ができるのは幸いだった。

 手近の兵士に訊いて放送機器のスイッチを探す。

 雪嗣と梅嗣は肩を抱き合って震えている。菊嗣と葵嗣も互いに顔を見合わせたまま呆然と立ち尽くしているし、その他の兵士らはその場にへたり込んでいる。例の少年は突っ立ったまま、生きているのか死んでいるのかも分からない。動けるのは桜乃以外になかった。

「全部隊に告ぐ。撃鉄を起こせ。これは演習ではない。今まさに暴動が起こっている」云いながら、桜乃は放送機器周辺の操作盤を確認する。「非常用」と書かれたプラスチックの囲いの中に、扉の開閉ボタンを見つけた。たぶん動くだろう。

「これより、すべての扉を開放する! 各員、実力でもって暴徒を抑圧、これを押し戻せッ!」

 言い終わるが早いか、桜乃はソケットのふたを開くと勢い良く非常ボタンを押し込んだ。瞬間、けたたましいベルの音が機関車を満たす。と同時に、

 うおおおぉ!

 突撃ーッ!

 怯むなーッ!

 後部車輌の方から無数の怒声と銃器の射撃音が轟く。

「私たちも行こう!」

「りょ、了解です隊長!」

「ええー、きっと危ないよー」

「俺はいつでも……」

 三者三様の反応を横目に、桜乃は弾倉を取り換えて愛銃に装填した。

 これが最後の一本だ。他の者たちも皆、似た状況であろう。貨物車輌を開けなくてはなるまい。桜乃は梅嗣を見やって、

「梅嗣、立てる?」

「え……は、はい」

「貨物車輌を開けてほしいんだ、大丈夫? できそう?

「は、はい……、えっと」

「准尉! しゃんとして。ほら、しっかり立つ!」

「い、イエス、マイ・ロードッ!」

 返答するが早いか、梅嗣が弾かれた玉のように俊敏な動きで操作盤を弄りはじめた。生き残った他の少年らも梅嗣を手伝う。桜乃は次に部下三人を見やった。三人が頷き、桜乃も同じように頷き返した。

「行くぞッ」

『イエス、マイ・ロード』

 三尉官が返答をする頃には、すでに桜乃は彼らに背を向けていた。大股歩きで後方の連絡扉を目指す。

 扉は電子ロックされていたが、内部からなら容易く開閉することができた。

 声がする。きっとこの頑丈な扉の向こうでは何人もの発狂者がいて、桜乃らの新鮮な身体をめあてに今か今かと待ち構えているに違いない。

 一つ深呼吸をしてから、桜乃は思い切って開閉ボタンを押し込んだ。全員で銃を構える。半秒ほどあって、鉄の扉がたいそうげな音を上げてその口を開いた。

 ううぅ……

 ダンダンダン――

 ああぁ……!

 ダンダンダンダン――

 一人、また一人と銃殺していく。

 桜乃と菊嗣が四人ずつ、葵嗣と雪嗣がそれぞれ一人ずつ射殺し終えたところで、四人はようやく一輌目の士官用車輌を抜け出ることができた。

 車輌間の連絡扉を抜けて次の車輌に入ると、「た、隊長殿っ」「三佐! ご無事でしたか!」直属の部下らに出くわした。

「第伍小隊か。他の者たちはどうした?」

「そ、それが――」云いながら部下は足元に寝転んでいた男に照準を合わせると、

 ダンッ

「うあぅ……」

 正確に発砲してその男の頭蓋を撃ち抜いた。サラリーマン風の若い男は最期の唸りを上げると、次の瞬間には完全に屍と化していた。

「分からないのです。我々三人はとにかく先頭車両を目指そうと」

「分かった。我々は五輌目にある貨物車輌を目指している。お前たちも来い」

「「「了解」」」

 兵士らが踵を返して通路を進んでいく。三人を前衛に桜乃らも後に続いた。

 外は依然として騒がしい。機銃や拳銃の銃声が引切りなしに上がっている。一行は貨物車輌を目指した。

 最後の兵員用車輌を進みながら桜乃はさて、と考えていた。

 貨物車輌は前後の車輌からは直接出入りができず、必ず側面の搬入口からでしか中の荷物を取り出せないようになっている。つまり一度、列車の外に出ないといけないのだ。

「さっちゃーん、どうするー?」

「中からじゃ無理だろ」

「どうしましょう、隊長」

 どうやら三尉官も同じことを考えていたとみえる。「どうするも何も、仕方ないよ。次のデッキから外へ出よう」

 云いながら、勿論危険であろうことは分かりきっていた。ホームに降りて、大勢に取り囲まれたら……、という心配は多分にある。しかし、だからといって他にどうする術もない。ただ梅嗣がロックを解除してくれるのを神に祈ることしかできないのだ。

 通路を急ぎ足で進む。そこここの四人がけボックス席にはたくさんの亡骸が埋もれている。そしてそれらを無心で貪っている発狂者の姿も……。

「構わないで、無視しよう」

 桜乃は、半分は部下たちに、半分は自身に言い聞かせるつもりで小さく指示した。食事に夢中でこちらに気がついていないのであれば、不用意に彼らを刺激しない方が得策だろう。なるだけ弾薬も節約したいし。

 ダダダッダダダダッダダダダダダダ――

 機関銃の掃射音が聞こえる。この音が聞こえなくなる前に味方と合流しなくてはならない。気のせいだろうが、先ほどと比べて格段に銃声が少なくなっている。

「ええいッ、邪魔だ!」

 桜乃は焦りを眼前の発狂者にぶつけた。眼窩に一発。銃弾を食らってOL風の若い女が後ろに倒れた。

 いる。まだいる。連絡扉の向こう、狭いデッキに三人の人影が見える。半透明のプラスチックにその姿がはっきりと映っている。

「困ったねー」「どうする、桜乃」「隊長……」

 三尉官らと素早く顔を見合わせつつ、「私が先行する。三尉、一緒に来て。二尉は援護射撃、准尉は背後を警戒。お前たちも私を援護しろ」

『イエス、マイ・ロード』

 部下たちの冷静かつ単調な返答の声を受けつつ、桜乃は内心は緊張していた。自分で先行するとは言ったものの、勿論恐怖心がないわけでは決してない。彼らは尋常でないほどの怪力を持っている。そんな連中が三人も潜んでいるのだ。いや、ひょっとしたらもう二、三人、見えていないだけで左右に隠れているやもしれぬ。

(大丈夫。いける、きっと)

 連絡扉に歩み寄る間の数秒が桜乃には数分、いや数十分もの長さに感じられた。手を伸ばす。無論、銃を構えるのを忘れない。ノブに手をかけた、まさにその時――

「ううぅッ!」

「――ッ!」

 目の前の扉が少し開く。そのわずかな隙間から男の太い腕が伸びてきて、瞬間、桜乃の左腕を掴んだ。

「いっ、た……」

あまりの怪力に大声が出そうなのを何とか堪えて、桜乃はとっさに右手の愛銃を構えた。しかし、変な方向に左腕を掴まれていて、なかなか銃口がその男を捉えない。その間にも伸びた腕はこちらを捕え、桜乃の身体はずるずると向こう側へ誘われる。

「バカヤロー! さっさと振りほどけって!」

「たっ、たいちょ! お下がりくださいッ!」

「「「桜乃さま!」」」

 後ろでは葵嗣が吠え、雪嗣や部下たちが心配げな声を上げている。今まさに命の危険が差し迫っているというのに、桜乃はなぜだか悠長に彼らの声に耳を傾けていた。

どうしてこれほどの近距離であるのに、銃の照準が定まらないのだろう。もしかして震えている?

「危ない!」

 誰かが大きく叫んだ。幾人もの叫声が上がる。「うおあぁ!」刹那、腕の主が一際大きく唸ると、先ほどまでとは比べものにならないくらい強力な力で桜乃を引き寄せた。

(喰われるのかな、私)

 桜乃はその時、人生で初めて死を覚悟した。

 今まで聖騎兵としてたくさんの任務に従事してきたし、銃剣を用いた戦闘にも幾度となく参加してきた。

 三等園佐という階級に就けたのもすべて、それらの実績と功績が認められてのことだ。今年度、教会騎士侯という称号を賜わったのも、日頃の功労が報われてのことだ。

 死線を越えるというと大仰だが、過酷な戦闘に関わったことは一度や二度ではない。それらの時でさえ、今この瞬間ほどに死を覚悟したことはない。

 なるほど自身は今、心の底から怯えているのか。桜乃は独り納得した。そうして静かに両の瞳を閉じてみた。震えが止まった。

 刹那、

 ――――…………。

「…………」

「…………」

 卒然、左腕の痛みが和らぎ、やがてその拘束が解き放たれた。

 桜乃は瞬時に目を見開くと、今度こそ狙いを定めてトリガーを引き絞った。撃音が響き、女がゆっくりと後ろへ倒れる。

 その半秒の後、桜乃は勢い良く手動扉を開けて、デッキに佇む発狂者二人を撃ち殺した。デッキの右側に潜んでいた二人は菊嗣が射殺した。

「馬鹿じゃないの」ややあって、菊嗣が呟くように云った。背後の五人は口々に安堵の言葉を交わしていて、菊嗣の声は届かない。「馬鹿だよ、桜乃は」

 擦れた声で菊嗣は云った。「ごめん」桜乃は謝罪の意を述べた。「…………」それに対して菊嗣は無言だった。

「三尉、良く咄嗟に。見直しました!」

「良くやった菊嗣。あのアッパーは効いたな」

「お見事です、三尉殿」

「お怪我はありませんか、お二人とも」

「菊嗣さま、天晴れです!」

 背後の連中が口々に称賛の言葉を言い合う。次の瞬間には三尉はいつもの菊嗣に戻っていて、

「あははー、思わず手が出ちゃった! もっと褒め給え、諸君」などと調子の良いことをのたまう。

「いやはや素晴らしい。今日ほど三尉を尊敬した日はありません」

「雪嗣の言う通りだ。菊嗣、本当に良くやった」

「何か失礼しちゃうなー、その言い草」

 皆が笑っている。張りつめた緊張が解け、強張っていた肩も楽になる。菊嗣のおかげだ、すべて。

「菊嗣」桜乃はその名を呼んだ。

『…………』

「……なあに」

 一同が沈黙する。菊嗣はこちらに背を向けたままだ。

「ありがとう」

 桜乃は、今度は謝罪の言葉を口にしなかった。代わりに感謝の礼を述べた。「どういたしまして」振り返り、しっかりと桜乃の目を見て云ってくれた。

「さて」咳払いをした葵嗣が、「談笑はいつでもできる。時間は待ってはくれないぞ」

「そうですね。先を急ぎましょう」雪嗣がそれに同調した。

「行くぞ、二人とも」

 葵嗣が先頭に立った。後に雪嗣らが続く。ステップを降りたらしい葵嗣が早くしろと急かしてくる。

「ボクたちも行こうよ」

「うん」

 二人も急ぎホームに飛び降りた。




『三佐、貨物のセキュリティを解きました! あとはダイヤルの錠前を!』

 頭上から梅嗣の声が降ってくる。その放送を聞いた時には、桜乃はすでに貨物車輌の搬入口の前に来ていた。

「各員、所属部隊にこだわるな! 隊伍を組め!」

「壁だ、弾幕の壁を! 天幽院三佐をお守りしろ!」

『イエス、マイ・ロード!』

 搬入口の電子ロックはすでに梅嗣の手によって解かれている。あとは戸を縛っている錠前さえ外せば中の武器を取り出せるのだ。

 四桁のダイヤル式の錠などどうということはない。多少、手こずったものの、「よし。いいよ、葵嗣!」桜乃は二尉に命じて搬入口の戸を開けさせた。桜乃と、後ろから雪嗣も手伝ってくれる。菊嗣は隊列に交じって発狂市民に弾丸を食らわせていた。

「秋風院三尉! 指示を出せ!」桜乃が命じた。同時に真新しい機関銃を一つ、差し出した。

「了解!」

 素早く受け取った菊嗣はセーフティを外しつつ、「第弐小隊、撃ち方止めッ! 一曹、二曹、伍長、先に武器の配給を受けろ!」

「「「イエス、マイ・ロード」」」

 菊嗣のかけ声で三人の兵士が即座に動く。その間にも菊嗣は機関銃の弾倉を確認して撃鉄を起こす。ややあって発砲し、三兵卒もすぐさま射撃に合流した。

「夏風院二尉だ、第壱小隊! A分隊、先に銃を受け取れッ」続いて葵嗣が大声で怒鳴り、集まった少年少女に順繰りに銃器を手渡していく。

 桜乃は二尉と副官にその場を任せ、車輌の奥を物色することにした。たしか軍用の散弾銃が何丁かあったはずだ、この際それを使おう。

「フィボナッチ第参小隊、行くぞ! 続け!」

「第参小隊に後れを取るな! 第伍小隊、前進ッ!」

「ゲゼル隊の残存兵は集合しろ! 我らもフィボナッチ隊に続け!」

「パブロフ隊、私に続けッ! 駅舎を奪還するのだ!」

『イエス、マイ・ロードッ!』

 銃火器の支給を受けた部隊から順に威勢を取り戻していく。このままその流れで敵を圧迫殲滅してくれれば良い。せめてこの駅から追い出してくれれば。

 無論、桜乃も戦列に加わる気でいた。散弾銃に専用弾を込める。予備の弾薬を制服の外ポケットに詰め込み、忘れずに愛銃の弾倉も交換しておく(二、三本予備で持っておこうか)。

「たいちょ!」雪嗣が顔だけ覗かせて叫んでいる。

外では凄まじい銃撃戦がはじまっている。雪嗣の吠え声も微かに聞こえる程度で、注意して耳を貸さなくてはならないほどだ。

「夏風院二尉と、秋風院三尉がお待ちです! 隊長も戦われるのでしょうッ?」

 副官の質問に「もちろん!」桜乃は即座に答えて、瞬間、散弾銃の銃身に薬莢を装填した。カシュッという小気味良くも鈍い音を聞いて桜乃は、自身の身体の内なるところから力がみなぎって来るのを感じた。

「……よし!」

 次の瞬間、桜乃は車輌から飛び出していた。

「お前たち、続け!」

 桜乃の号令は銃撃の中でも良く通った。雪嗣は一際凛々しい顔を、菊嗣と葵嗣は半ば呆れた顔で笑っている。

 桜乃は皆の先陣に立った。トリガーを絞ると弾丸が発射された。銃身の先から火花がほとばしる。瞬間、桜乃の首元の鉄十字が眩く光を照り返した。



〈第参章・終〉






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