王都にて 4
お待たせしております。
翌朝は少し寝坊した。やはり寝るのが少し遅かったようだ。
軟らかすぎて寝られない寝台を使わずに敷かれている絨毯の上で寝たのだが、それでも”双翼の絆”亭の俺の寝台より軟らかいという事態に初めは戸惑った。その絨毯も贅沢な代物だっただけなのだが、貧乏人の俺には硬い寝台でなければ眠れないのだった。つくづく自分が貧乏性なのだと思い知った。
既に皆起き出してきており、朝食も終えているようだ。皆が気を遣って起こさないでいてくれたようだがそこは起こしてくれていいんだぞ。
本来このホテルの食事は食堂で取るべきものなのだが、やんごとない身分がいる場合は特別に部屋まで持ってきてくれるようで、寝過ごした俺の分もきちんと残してくれている。皆は既に食後のお茶を飲んでいて朝の挨拶もそこそこに俺は詰め込むように腹に収めていった。
ホテル側が用意した朝食はさすがに豪華だ。高価な卵やバターがふんだんに使われた朝食、しかもなんといってもタダ飯である。階層そのものを借り切っているだけあり、部屋代は一人あたりではなく部屋そのもので徴収される。金持ち相手の商売だからか、ケチ臭いことはしないようだ。そもそも宿代を気にするような人間が最上階を利用するな、ということなのだろう。
もちろん有難く頂戴するが、味わう前にすべて平らげてしまった。
「ソフィア、少し話があるんだが、今大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですけど、何です? そんなに改まって」
可視化したリリィと二人でお茶を飲んでいるソフィアに尋ねたい事があった。少なくとも朝食の場で出す話題ではないと思うが、昨夜の出来事は俺一人の胸にしまうには大事過ぎた。冷遇されていたとはいえ王族の彼女なら何か情報を持っているかもしれない。
「暗黒教団って聞いたことはあるか?」
「……どこでその名前を耳に?」
やはり相当敏感な問題らしい、普段は常に俺に笑顔を向けてくれるソフィアが真剣な顔をしている。
「昨日少しな。何か知っているなら話せる範囲で教えてもらえないか?」
「少々お待ちください。アンナ、サリナ、周囲を」
声を潜めたソフィアがメイド二人に余計な人間の存在を確認させている。この部屋には自分たちの身内しかいないが、俺のほうも<消音>を部屋に展開しておいた。これで<盗み聞き>さえ通さない事になる。
ちなみにレナはまだソフィアが離さない。彼女が身代わりになった際にはふと目を放した隙に消えてしまったようなので物理的に離さないようにしているのだ。ソフィアに言わせれば突然居なくなって、その後レナは貴方の身代わりとなって立派に勤めを果たしました、となったらしい。その気持ちを考えれば二度と手放さないと誓ってもおかしくはない。
しばらくはこのままだろうが、年長の双子メイドにばかり働かせて彼女は恐縮している。だが、二人に言わせればレナの主な役目はソフィアの影武者になることでメイドの仕事ではないそうだ。事実、彼女はジュリアの従姉妹で貴族筋に当たる。初めて会った時は王族の証である蒼い髪をしていたが、今は地毛である金髪に戻している。この髪質がキモらしく、いくら上手く染めても王族が持つ髪の色にはならないのだが、ごく稀に同じ色に染まる髪の持ち主が現れ、その大抵が王族の影として生きることになるらしい。ソフィアとレナは年が実際は一つ違いだが5歳以上離れて見えるので、並んで見ると背格好の違いは明らかなんだが、化粧をして一人で座っていれば見る者も騙せるというわけだ。
双子が戻って周囲に俺達以外いないことを確認してからソフィアは声を潜めて話し出した。
「兄様だからお話ししますが、暗黒教団なるものは公式には存在しません」
ソフィアは幾分ためらいながらも俺に概要を説明する。
「つまり非公式には?」
「とてつもなく古い歴史を持った秘密結社です。上位貴族の間では知られた話ですが、暗黒教団は悪魔信仰を目的とした集団です」
やはりあれは悪魔だったのか。いやしかし、本当に悪魔かぁ。一気に話が胡散臭くなってきたな。しかし悪魔信仰ねぇ……地下にいた人間? が悪魔に変貌したのはそういうわけなのか。しかし何が悲しくて悪魔なんぞに魂を売るんだか…………俺の借金がチャラになるなら考えても、いやないわ。地下に寝かされていた奴らにしても死体と区別がつかないような有様だった。そこまでして人間捨てたくはない。
「そんな異常な集団を知っているなんて、もしかしてソフィアもその一味なのか?」
「私自身は全くその気はないですけれど。ライカールでも貴族の上層部は同志のようでしたし、多分この国でもそうだと思います」
マジか!? そんなに皆悪魔が好きなのか? おいおいどんだけ広まっているんだ。唖然とした俺にソフィアがあわてて付け加えた。
「誤解のないように申し上げておきますが、貴族で悪魔など信じているものはおりませんよ」
いや、実物見たんだが――なにより<アイテムボックス>に10体まだ入ってるんだが。
彼女が言うには暗黒教団とやら歴史は教会よりも古いらしい。大陸を越えた広大な情報網を持ち、貴族たちの社交場として大いに活用されているという。リリィも共に頷いているから本当のようだ。
だがそこはもちろん秘密結社だから存在は公にされていない。教会がその勢力を拡大した頃には完全に地下に潜っていたそうだが、何かと教義が堅苦しい教会と違い、土着の風習などが多く残る暗黒教団はかなり大らかで融通が利く存在だそうだ。また、機密の維持には地下に潜った方が何かと都合がよい事もあるだろう。
貴族たちにとっては国を越えて交流できる格好の場のようなのだ。そこまで聞けば多くの貴族が入信しているといわれても納得できる。教会でも似たような事はできるが、こちらは教義だの何だのと制限が多すぎて全く浸透せず、専ら暗黒教団を利用しているそうだ。
「悪魔信仰など本気で行っているのは教団本部の限られた人間だけですよ。実際、各地で行われている儀式という名の行事の中身は夜会や遊戯の催しです。私が参加したのは陛下に連れられて行った8歳のときだけでしたが、その内容は仮面舞踏会でしたから」
「へえ、本当に社交界なんだな」
「世界各地で活発に行われている秘密のサロンという認識でいいと思います。教会権力は世俗との関わりが強すぎて貴族間の秘密共有には向かないと聞いています。ただ、知らされているのはおそらく伯爵以上の者に限られているのではないかと」
ソフィアはジュリアに視線をやるが、彼女は俺達の会話の内容に全く心当たりが無いようで、一人せっせと魔力鍛錬を行っている。ジュリアも歴とした子爵家の子女だか詳細は知らされていないのだろう。限られた上級貴族間の世界を股にかけた交流と見るべきなのだろうか。
じゃあ、あの悪魔は一体なんだったんだ? 貴族の社交界には絶対に不要な産物だ。
「暗黒教団そのものの目的は悪魔崇拝なんだっけか」
「建て前はそうなっているようですが。悪魔なんて想像上の生き物ですし、聖典で悪事を唆す存在として描かれているだけでしょう?」
そうなんだよなぁ。それに悪魔が実在するなら天使だっていることが逆説的に証明されてしまう。
「それが昨日見かけてな、人間がいきなり悪魔に変化して襲ってきたから返り討ちにしたんだが。10匹くらいいたかな」
「…………は?」
リリィとソフィアは共に固まっている。とても珍しい光景であるが、本当なんだから仕方ないだろう。<アイテムボックス>に死体ごと放り込んであるから、証拠として出してみようか。
「絶対に止めてください!!」
「やめてよ!! 悪魔なんて<アイテムボックス>に入れないでよ!!」
こんなに声を荒らげたソフィアははじめてだ。後ろで目を輝かせているジュリアのことはもう放っておくことにした。俺だってこんなのと出くわすなんて想定外だよ、英雄がどうとか関係ないだろう。
「兄様がいろんな意味で規格外だとは理解していましたが……そうですか、悪魔は現実の存在なのですね」
「レッサーデーモンとかいう奴だったな。魔法効きにくいとか言ってたが、まあ雑魚だったよ」
「うーん、悪魔の洗礼を受けた人間が濃密な魔力を受けると悪魔に受肉するってのはあるみたいだけど……私も実際に見たことないからよくわかんない。それよりそれ、さっさと捨ててよね」
そういえば、意識失ってたから回復魔法かけたらいきなり悪魔化したな、魔力ってそれかな?
それにしてもリリィの悪魔に対する当たりが想像以上に酷いな。相棒はどんな生き物にも扱いというか、評価が一定だと思っていた。極端な話、人間とゴブリンでも嫌悪感はあるこそ命に対して平等だった。悪く言えば全ての命に興味がないんだとさえ思っていただけに悪魔に対する強い拒絶反応に意外さを覚えた。
「そういえば新大陸の地下迷宮に悪魔が現れたという話があります。居合わせた冒険者たちで討伐されましたが、あまりに非現実的なので現地でも偽物や類似の魔物ではないかという話があるそうです」
サリナがお茶のお代わりを入れながら重要な情報をくれたが、なぜ一介のメイドがそんな話を知っているのか不思議だが、メイドの嗜みですからと笑顔で告げられた。嗜みなら仕方ないな(思考放棄)。
「そもそも昨日はどちらに行ってらしたのです? たしか倉庫街で商会の不正を暴くという話では?」
「それは大体片付いた、そっちはもう二度と関わらない方がいい、俺はそう決めた。その時に別件の情報を聞いてな、リットナーとかいう貴族の屋敷で見た」
ソフィアは後ろのサリナを見た。彼女は暗記してきたのであろう情報をすらすらと語り始めた。
「リットナー伯爵家はランヌ王国における祭祀を取り仕切る家柄です。王国の初代から遇される歴史ある名家です」
博識を褒めるとメイドの嗜みですと返ってくる。さては好みの言い回しだな。今までは緊張の連続だっただけに安全圏に入って余裕が出てきたのかもしれない。それはそれで良い事である。
「話が逸れたな。それで、ソフィアはその他の儀式に出たことはあるのか?」
「申し訳ありません。私は他の家族から疎まれていましたので、それらの催し物に参加したのはその一度きりなのです。それも陛下にお骨折りを戴いてわざわざ地方にお越しになられたからこそ参加できたようなもので」
「そういえばほとんど王都にはいなかったんだっけな。じゃあ、兄貴がわざわざ会いに来てくれたのか」
現国王とソフィアは良好な関係にあるようだ。だからこそこの国への留学という名の脱出も可能になったのだろう。控えていたサリナが口を挟んだ。
「陛下はむしろお嬢様以外のご兄弟とは不仲でした。他の皆様はそれぞれ同じ母からお生まれの兄弟で纏まっており、お一人だったのは陛下とお嬢様のみでした。その境遇もあり、特別にお嬢様に目をかけて頂けたものかと」
それで現国王になったら嫉妬深い皇太后が兄弟を粛清の嵐か。ソフィアは国王の計らいで国外に出されたが、皇太后の執拗な魔の手が伸びてきたのが今回の一件というわけか。しかし皇太后とやらはとんでもない人間だな、性格的にもドギツいらしく息子である国王くらいしか最早御せないようだ。
今回でかなり力を削げたようだが、油断は出来ないな。
「ただ王都などでは悪魔への生贄を捧げる儀式が行われるとか。私も漏れ聞いた話なので詳しくないですけど」
今、聞き捨てならない言葉があったな。昨日の伯爵家屋敷で聞いた話とも合致する。
「今、生贄って言ったか? 本気なのか?」
「もちろん真似事だと思います。もし本当なら大騒ぎでしょう。生贄役は良家の子女という話ですし、もし殺されていたら影響が大きすぎます」
生贄役は最も身分の高い者が選ばれるのが通例でソフィア自身も昔は候補に上がったことがあるようだった。もちろん、皇太后一派の横槍が入り話は流れたそうだが。様子を聞くと生贄役というのは子供たちの劇で主役を張るみたいな空気だ。観客は上級貴族ばかりとあっては確かに見栄を張れると思うが、何故舞台が暗黒教団になるのか非常に疑問だが当事者たちがそういうものと受け入れている。俺が横からどうこう思う話ではないか。
「あまりお役に立てませんで、すみません」
「いや、参考になった。詳しい話は本職から聞けばいいしな。それに朝からする話題じゃなかった」
どうせ昨夜メイドの女の子から受け取った手紙を渡さなければならないのだ。詳しい話は当事者からも聞けるだろう。正直な所、この件に深入りするかまだ迷っている。今の俺の任務はソフィア達が王城に上がるまでの護衛であり、かなり時間は余っている状況だ。あちらが拒絶すれば話は別だが、こっちの打算もあり手を貸すのもやぶさかでないと考えている。
だが、今日はまず護衛の仕事が先だ。皆を連れて王都観光をする予定なのだ。勿論本当は目標が出歩いて残っているかもしれない残存勢力を炙り出すのが目的だ。少なくとも俺が王都を離れるときには彼女たちが安心して過ごせる環境を作らなければならない。例え敵が潜伏していても必ず探し出して始末する。必要ならば王都の暗殺者ギルドとも連携して当たることもあるかもしれない。
俺はウィスカに戻った後この中の誰かが命を落としたなどという話は聞きたくはない。そのためには偏執的なまでに疑う必要があるし、その手間を惜しむ気はない。待ちに入った暗殺者はそれほど面倒な相手だった。
そのために昨日雑貨屋で購入した王都観光地図が皆の前に広げられている。ソフィアとリリィとレナは今もそれを覗き込んでここに行こうと話し合っている。
もちろん、昨日の雑貨屋にも顔を出す予定だ。逃避行を続けていたソフィア達は身の回りの物を極力減らして移動していたがマジックバックを手にした今、荷物の過多は問題にならない。
逆に色々な物を必要とするだろうから、雑貨屋では昨日安価で巻き上げたマナポーション分は買ってやらなくてはな。それに色々<鑑定>してみたいし、ジュリアもそれに備えて未だ魔力鍛錬中だ。鍛錬法を皆にも伝えたようだが半信半疑だったので実践して見せるようだ。己の所持魔力を増やす方法など誰も見つけていないから怪しんで当然だな。俺も誰彼構わず教えるつもりはない。ジュリアにも身内以外には教えるなと釘をさしてある。
「そろそろ出かけようか。最初に向かう場所は決まったか?」
「決まった。でも問題ある。姫様の警護、人込みでは不完全かも」
アンナが珍しく発言する。今日は敵を呼び込むために馬車も使わず徒歩で移動するつもりだ。無論、待合馬車などは使うが、混雑している通りでの護衛に不安があるのだろう。当然対策は考えている。
「<結界>というスキルがあるんだが、個人用にまで小さくできる。やってみるから強度を試してくれ」
ソフィアにかけられた<結界>の端にサリナは本気の一撃を加えたが、最上級の<結界>は強度の他に粘度で衝撃を吸収する。サリナがナイフで攻撃を加えた箇所は重い膠を叩き切ったようにぐにゃりと変形したが直に元の形に戻った。サリナもこの効果が一日中続くと聞いて一安心だ。俺も<マップ>で警戒するし、抜かりはない。そもそも居るかも解らん敵なので、そこまで警戒心丸出しで行くつもりもない。周囲の観察者たちもいるしな。
そうして出発した俺達だが、俺は女性陣の買い物と言うものを侮っていた。長い、あまりにも長く、そして終わらないと思えばこちらに意見を求めてくるから油断できない。
どちらがよいかと聞かれたら、どちらが良いなどと答えてはならない。彼女たちは意見を求めているのではなく、共感を欲しているのだ。なので欲しい物があれば両方買ってしまえばいいのだ。マジックバックがあるのだから荷物持ちの必要もない。メイドの三人も欲しい物があれば買い求めればよいと伝えると楽しそうに散っていったが……まさか代金は俺がもつのか? 借金もちだが、全てを返済に当てているわけではないので所持金は常に白金貨一枚と金貨50枚は保持しているから問題ないが、そもそも報酬山分けしたからみんな金持ちのはずなんだが。
妖精であるリリィは買い物に参加できないが、旺盛な食欲で他の皆に負けていない。珍しい甘味を見つけると俺を連れて突撃してゆき、両手で抱え込めないほど買い込んでゆく。<アイテムボックス>に保存できる俺ならではの荒業で、店主たちに嬉しい悲鳴を上げさせている。
結局、観光巡りではなく買い物になってしまったが、目的は王都をぶらつくことなので問題はない。ホテルの周囲にいた連中もこちらに移動してきているから、間違いなくこの国の手の者だろう。彼らが周囲を警戒するような状況になっている。王女であるソフィアも今は町娘と変わらない格好をして、メイドたちも仕事着ではないから傍目には仲の良い友人の一団に見える。当然目の醒めるような綺麗所が揃っているので周囲の視線を集めているが、俺が番犬なので誰も近づかせはしない。
今は、洒落た喫茶店で一休みだ。卓の上は戦場の様相を呈しているが。相棒が伝説の『甘い物全部!』を注文したのだ。残っても持ち帰るので本当に遠慮がない。次々と運ばれる甘味を次々と楽しんでいる。それに蜂蜜をこれでもかとかけて食べているのだから、俺の食欲が逆に減退してしまった。さらには赤茶にまで蜂蜜を入れて飲んでいる。みんな、良くこんな甘いもの食べられるな、口の中が甘ったるくならないのだろうか。
「いや、私は鍛錬で疲れており、甘いものを欲しているので」
「リーヴの食事も中々ですが、この蜂蜜は素晴らしいです。こんなまろやかな味わい深い物は初めてです」
「その通りです。ここまで高品質の物は初めてです。ご相伴に与り大変うれしゅうございます」
「全く同意。ハニートーストは至高。感謝」
「もうこれさえあれば何もいらないです…」
蜂蜜の解禁を宣言したリリィも満足そうだ。数が相当目減りしたはずだが、不敵に微笑んでいる。おかしい、今迄なら蜂蜜がー、と狼狽していたはずだが。
一休みした後は雑貨屋にも顔を出した。俺が5人も女性を連れて店を訪れた事に驚いた店主のライドだったが、俺が召使いのような振る舞いに徹したので関係性を悟ったようだった。ソフィアは普通の格好をしていても近くに寄ればその雰囲気で只者でないのはわかるだろう。態度も自然とそういったものになる。
「これは、お嬢様。今日はお忍びで?」
「ええ、家の者が良い店を見つけたと言っておりましたので」
「このようなむさ苦しい場所においでいただき感謝の極みです。この店は宮廷魔術師を勤めた曽祖父が始めた物です、古いものでしたらきっとお嬢様のお気に召すものもあると存じます」
そう言ってライドは店の奥に引っ込んでいった。どうもとっておきの品を出すと息巻いていたが、そのそもひい爺さんが魔法使いだったのか。それも宮廷魔術師! となれば昨日買ったマナポーションもあの異常な凝縮はそのひい爺さんが手に入れたのかもしれないな。
「では、見て回ります」
ジュリアが決闘を挑むかのような真剣な表情で店を回り始めた。実は、この店に入る前に勝負をしたのだ。内容はどちらが価値のある掘り出し物を見つけるか、敗者は勝者に何でも一つ言う事を聞くというものだ。ちなみに、条件を出したのはジュリア本人である。俺は特に何かを考えて勝負を持ち出したわけではないのだが、彼女が一人燃えている。だが俺も負けて変な命令をされてはたまらない、本気でかかるとしよう。
さて、勝負といってもそこまで広い店内ではない、所狭しと品物が並んでいるが15メトル四方くらいの店だ。一つずつ見ている時間はないので、大雑把に<鑑定>してゆくがほとんどは日用品ばかりだ。
それでも根気よく探していけば、あるところにはあるものだ。
神樹の枝 価値 金貨 5枚
樹齢千年を超えた木には良質の魔力が宿ると言われ、その枝は魔法使いの杖の最上の素材になるとされている。特にエルフの森で育った木には最良の魔力が宿るとされ、非常に価値が高い。
この枝が10本ほど束になって俺の手にある。薪代わりに使えると見て売っているようだが、これは掘り出し物だ、借金返済の足しにしよう。他にもないかと探したら、どう見てもただの石しか見えない置物があった。だかこれも値打ち物みたいだ。
魔道具 透明化 価値 金貨 20枚
古の文明が作り出した魔道具の一つ。魔力を籠めると籠め続けた間だけ自らの体を透明化できる。
あまりにも使い込まれて滑らかな石にしか見えないが、ちゃんとした魔道具でまだ現役らしい。この値打ちは銅貨5枚にされていた。そもそもただの石過ぎて売り物なのかどうかも怪しいが昔から店にあるらしく、ライドもどう扱っていいのかわからないらしい。彼にしてみれば石が銅貨に変わったわけだから儲けものなのかもしれないが、一番得したのは俺だろう。
その他に気になるものは燭台の魔導具だ。これは蝋燭の減りが半分以下になる効果があった。王都では灯火の魔導具が比較的安価で販売されているので、ガラクタ扱いだ。これに金貨一枚出すならもう少し頑張れば灯火の魔導具が手に入るしな。
だが、ライルの生まれたような寒村では重宝されるだろう。ろくな防犯もしてない田舎では高価な魔導具などすぐに盗難に遭うだろう。田舎で高いものを持っている方が悪いという価値観だから、最早どうしようもない。
そこへいけばこの燭台は丁度良い。高価そうに見えず、蝋燭の節約効果も大きい。いつか、故郷に顔を出す時の土産にしよう。
これらの戦利品とは別に怪しまれないために普通の品もいくつか手に会計を済ませるが、ジュリアはまだ選んでいる最中だった。なので俺はライドから秘蔵の品を勧められているソフィアの元へ向かう。彼女にはリリィが付いて物の真贋を見極めているはずだ。
「良い出物はございましたか?」
声をかけながら近寄ると、ソフィアの前には大きな宝石が輝いている。しかもその内部には大きな魔力が蓄えられており、宝飾品とも魔導具としても使えそうだ。リリィはランドの前で会話できないので<念話>を使ってきた。
<宝珠みたいだね。中に入っている魔法は大したことない幻惑系の魔法だけど、宝石自体はサファイアだって。<鑑定>じゃ金貨5枚の価値なんだけど店主は金貨10枚で売りたいみたい>
中々大きな隔たりだ、これは簡単には妥結しなそうだ。
俺も品物を覗き込むと、青玉の中に瑕や不純物が見られ、これが<鑑定>が低い理由だろう。この世界の宝石は大きさが全てな面があり、輝きや傷は二の次にされがちだ。だが宝珠は俺自身初めて見た。中身がどんな魔法なのかわからないが、手に入れてみてもいいかもしれないな。
「ライドさん、中に籠められた魔法はどんなものなんです? お嬢様もその中身によっては購入を検討されておいでですが」
「それが、よく伝わっていないんだ。曾爺さんが王宮から持ち帰った品なんだが、俺も親父の魔法の才能は遺伝しなくてなぁ、幸いウチのガキどもには上手く伝わったみたいだが魔法の中身までは解らないんだ」
中身がわからんものを金貨10枚で売るなよと思わなくもないが、俺も<鑑定>で調べてみる。
宝珠 価値 金貨5枚
サファイアの原石に幻惑系の魔法が籠められた宝珠。宝石としては深い青色をしており価値が高いが、中にカーボンが入っており、減点対象。宝石自体の価値は金貨5枚。宝珠としては珍しく再利用可能。
ふむ、確かに<鑑定>額は金貨5枚だ、全てサファイアの価値だな。魔法は<鑑定>の金額として反映されないようだ。ここも<鑑定>スキルの限界かもしれない。もし中身が強力な回復魔法なら目が飛び出るような価値になるだろうからな。
問題の籠められた魔法だが、何とかして調べることはできないだろうか。集中しより注意深く<鑑定>すると、不意に文字が浮かび上がった。
身代わりの羊
幻惑系中級魔法。目の前の相手に自分と同じ姿をとらせる事ができる。かかった相手はしばらく身動きが取れなくなる。効果は半日ほど。
ああ、駄目なやつじゃないか。効果からしてお偉いさんが逃げるときに不幸な誰かを身代わりにするんだろうな。王家から払い下げられたのも納得できる。不幸な誰かにされる前に廃棄したんだろう。遣い所次第で化けるとは思うが、ソフィアがそのような選択をするとは思えない。
だが、宝珠としては再利用可能とある。使い終わった後で俺が強力な魔法、さっき言ったような回復魔法や攻撃魔法を籠めればいざというときの保険になるな。
俺はリリィとも相談の上、再利用可能という文字に賭けた。未だ悩んでいる振りをしているソフィアの代わりに購入を決断する。と言っても、リリィが既にソフィアに伝えてあるのだが。
「買いましょう。代金は金貨10枚ですね」
即金で金貨10枚を出した俺にライドは驚くが、俺が会計係だと思っているようで、上客の出現に喜んでいる。俺は手にした宝珠が本当に再利用可能か試したかったが、ジュリアはまだ品定めの途中だった。かなりの回数の<鑑定>を使用しているが、魔力枯渇の兆しが見えないことにソフィア達は驚いており、早くホテルに戻って鍛錬を始めたそうなアンナをレナが抑えている。
だが、いつまでもここに居るわけにも行かない。俺もこの後公爵邸に向かう予定だから、そろそろ切り上げてくれと頼もうとしたとき、新たな人物が店に現れた。
「父ちゃん……」
声の主は年の頃7か8の少年だった。だがその姿は泥にまみれ、あちこちすりむいたのか、血も滲んでいる。後ろにはもう少し小さい女の子が泣いているが、その子は綺麗なままだ。
「アラン! どうしたんだ―――じゃない! お客が居るんだ、こっちから入ってくるな!」
親の怒鳴り声に身を小さくした二人は泣きながらも店の裏に回ろうとするが、そのときにはソフィアが既に男の子、アランの手を引いている。メイド3人も当然のように後ろに付いてゆく。
「男の子が泣いては駄目ですよ。さあ、泥を落としましょう、女の子もいらっしゃい」
「そんな、お嬢様がなさる事ではありません、勿体ねぇ!」
「私、皆さんが思うほどお嬢様ではないですよ、さあ行きましょう」
いや、隣国の王女様ですが……メイドだちもジュリアも何も言わない所を見るとよくある光景なんだろう。俺も続くか。
「ライドさん。水を使って良い場所に案内してください。綺麗にしてしまいましょう」
「ああ、解った。しかしお客にしてもらうわけには……」
渋る店主を急かして裏庭に回った俺達は水魔法でアランの泥を落としてゆく。あちこち擦り剥いて血がにじんでいるが、赤の他人に回復魔法はマズイな。王都にも治癒師ギルドは絶対にあるだろうから目をつけられたくない。やっすいポーションでもないかと探すと、ウィスカのダンジョンの2層で見つけた外れポーションがあった。効果もショボくて価値が銅貨2枚という微妙すぎる品で、売るに売れず忘れていたのだが、ちょうど良いからここで使ってしまおう。
「目を閉じてろよ」
頭の上からポーションをぶっ掛けると擦り傷が見る見る消えていった。おそらく地面で擦り剥いたのだろう、結構痛そうな傷もあったが全部消えている。これでただの濡れ鼠になったわけだ。湯で流したので震えてはいない、茶色の髪を持つ何処にでも居そうな子供だった。
「今のはまさか、ポーションを使ったのか! そんな高価なものを!」
「いや、今のはダンジョンで見つけた外れポーションだ。使い所がなくて死蔵してたんで、ちょうど良かったくらいさ」
「それでもポーションはポーションだろう」
驚く、というより恐縮しているライドに金は取らんと告げたが余計に悪いと思わせてしまったようだ。ここはあれだ、施しは貴族の義務的な良い話で収まらないだろうか。
「兄ちゃん、もしかして冒険者なのか?」
微妙な空気を変えてくれたのは、少年の一言だった。
「ああ、そうだ。まだ駆け出しだがな。王都には依頼で来ているんだ」
「僕とあんまり歳変わらないのにもう冒険者なんだ。凄い! 僕も大きくなったら冒険者になるんだ!」
俺を見て興奮した様子のアラン少年だが、親のランドは渋い顔だ。王都で店を開くという人生の成功者から見れば何故冒険者などになりたがるのかと思うのもわからぬでもない。冒険者なんて基本食い詰め者か半端者がなる仕事と言うのが世間の評価だ。ライルだって故郷で食えなくてウィスカに来たから、その評価は間違っていない。
それに何よりこの兄妹には別の才能がある。そちらを延ばすべきだろう。
「君たちは魔法の勉強をすべきだな。せっかく才能があるんだから、そっちを先に学んでからでも遅くないぞ」
「あ、あんたにも解るのか。二人とも魔法の素養があるんだ」
ランドが嬉しそうだ。自分になかった才能が我が子二人共に受け継がれるのいうのは――――良いものだな、非常に羨ましい。………いや、何故羨ましい? 俺は魔法が使えるだろうに。
「ああ、俺が使った魔力の動きを目で追えたからな。才能がなければ出来ないことだ。それよりも、お前さんは何でこんな事に? 転んだにしては全身に傷があったな」
「わからないんだ。いきなり突き飛ばされて、気付いたら泥まみれだった」
「子供を突き飛ばして謝罪もなしとは、大人の風上にも置けぬ輩だな」
ジュリアが怒るが、ランドはその相手に心当たりがあるようだ。
「最近、変な奴等がいやがるんでさぁ。王都の城壁の外から紛れ込んで入る奴らに素人とは思えない奴等が居るって噂になってます」
「多分何かから逃げていたんだと思う。その後直にリノア姉ちゃんの店の人たちに捕まってたもん」
「それに巻き込まれたのか。そいつは災難だったな。そのリノアって子の店に話をつけたほうがいいのかい」
「止めといた方がいいよ。あの店は美味い料理を手頃な値段で出す評判の店なんだが、何故か腕自慢の連中が集う事でも有名で、すっかりここらじゃ顔役さ。みんな感謝してるのさ」
へえ、腕自慢ねえ、なるほどな。
「じゃあ、お前さんを突き飛ばした連中は今頃お仕置き中だな。だが、突き飛ばされたにしては全身泥まみれだったな」
普通に考えれば、もう少し怪我が少なくても良かったはずだ。さっきまでは自分から泥水に突っ込んで言ったような有様だったが。
「兄ちゃん、あたしをかばってくれた…」
くまのぬいぐるみを持った妹の少女がつぶやいだ。頬に涙の後がある歳の頃は5、6歳の金髪の幼女だ。青い瞳を持つ何の変哲もない少女だが、その内包する魔力は現在のアンナに匹敵する。相当の魔法の才が感じられる将来が楽しみな子だった。
「そうか、偉いぞ。よくやったな」
俺に続いてランドからも褒められてアランははにかんだ。兄貴は妹をどんなときでも守るものだからな。アランは実に正しい事をしたわけだ。
その後、俺は機嫌が良かったのでつい、冒険の話をして欲しいというアランの願いに安請け合いしてしまった。これが初依頼とは言えずまた今度と言う事で誤魔化したが、何かネタを仕入れなければならなくなったな。
更に悪い事に、ジュリアとの勝負に負けてしまったのだ。金貨70枚の価値があった俺のアイテムに敵う訳はないと高をくくっていたが、ジュリアが持ち出してきた鍵の付いた小箱を<開錠>してみた所、なんと白金貨が一枚入っていたのだ。更に剛毅な事にジュリアはそれを受け取れないとランドに進呈したのだ。
正直、俺と人間の器が違うなと尊敬の念を覚えたほどだが、勝負は俺の負けになってしまった。ゴネればひっくり返るかもしれないが、それも格好の悪い話だ。
そして、勝者の権利である願い事は時が来るまで保留とされた。猛烈に嫌な予感がするのは俺だけか?
アランと妹のリインに再訪を約束して帰途に着く。俺達の宿泊場所を告げると流石に驚いていた。何か出物があればいつでもと伝えたが、目的は品物ではなく二人の兄妹だ。あれほどの魔法の才能を逃すのは惜しい。進呈した白金貨でランドは優秀な教師をつけてやれると喜んでいたし、時がたてばソフィアの優秀な味方になってくれるだろう。魔法使いにとっても成り上がるためにコネクションは大事だ。実力と地位で互いに補い合ってくれれば最高なのだが。
日が大分傾いてきたころにホテルへ戻った俺達だが、女性陣は早速魔力鍛錬を開始するようだ。特にアンナが燃えている。先ほど出会ったリインがあの歳で自分ほぼ同量の魔力量と聞いて対抗意識を燃やしている。ジュリアから概要を聞いて試しているが、皆悪戦苦闘中だ。
やはり魔力の流れを掴むのに苦労しているようだ。彼女たちに言わせると自分の体に流れる血流を把握しろと言っているに等しいという。俺も元が霊体だから出来たようなものだ。実体がない所謂アストラルなんちゃらに属していたお陰で息を吸うように魔力制御ができると言うのがリリィの弁だ。
つまり、簡単に言えば昔の俺は魔力制御によって存在を維持していたようなものだ。魔法を十全に扱えるものその背景があってこそだということか。
結果として、俺は全員と手を繋いで魔力の総起こしをする羽目になった。他人に魔力をかき回されるのは中々難儀なようだが、向こうが望んだことだ。そこは頑張って堪えてもらうしかない。
皆が苦労して行っている魔力鍛錬だが、俺は一日中やっている。文字通りの一日中だ、寝ている時も無意識の内にやっているし、今現在も体内を循環させている。ダンジョン内で己の魔力を伸ばして階層を探索する方法も、言ってしまえばこれの延長線上の技術に過ぎない。体内のものを外に出すのでえらく魔力を消費するのだが、俺は直に回復するので問題ない。
皆の様子をリリィに見てもらっているので、俺は今度こそ公爵邸に向かうことにした。
昨晩受け取ったシルヴィアお嬢さんのメイドが書いた書状を渡しに行くのだが、今の俺を客観的に見ると『行方不明のご令嬢と共に消えたメイドからの手紙を持った、若い不審な男』かぁ。
こりゃあ一筋縄でいくはずもないな。揉めるのは間違いない。俺は夕焼けを背に受けながら、ため息をつきつつも北地区にある巨大な邸宅を目指して歩を進めた。
残りの借金額 金貨 15001032枚
ユウキ ゲンイチロウ LV117
デミ・ヒューマン 男 年齢 75
職業 <村人LV132〉
HP 1993/1993
MP 1371/1371
STR 331
AGI 307
MGI 323
DEF 290
DEX 256
LUK 195
STM(隠しパラ)555
SKILL POINT 465/475 累計敵討伐数 4339
次も急ぎます。
楽しんでいただければ幸いです。




