王都にて 5
お待たせしております。
「帰れ! ここを何処だと思っている!」
案の定、揉めました。
「手紙を渡してくれるだけでいいんだって! こっちは頼まれてるんだよ」
「そんな見え透いた手口で我々を騙せると思っているのか!? これ以上寝言を抜かすとただでは済まんと思え!」
北地区の北西をほぼ占めている巨大な邸宅、その持ち主がこの国で三人しかいない公爵の一人であるウォーレン・アドルフその人だ。王都近郊に領地を持つ公爵は彼一人だけである事実が、その政治的権勢を物語っている。そして国家における重要人物を護るべく、衛兵の皆も精勤に励んでいるわけなのだが……。
予想通りとはいえ、どうしたものか。この衛兵を説得するのは無理だろう。最初からこちらを全く信用していないので、こうなると<交渉>も使えないのだ。あれは交渉の際の技術であって、交渉に入るためのスキルではないのだ。今はまさに取り付く島もないというやつだ。かといって<洗脳>を気軽に使うわけにも行かないしな。
俺に手紙を渡したあのメイドも俺がまさか公爵と一度会っただけのほぼ面識のない冒険者だとは思わなかったに違いない。彼女を責めるのは酷というものだ。普通公爵の意を受けた冒険者という触れ込みなら緊急時に連絡を取り合う手段を確保しておいて不思議はないが、俺にそんな物はない。だからと言ってひたすら押し問答を続ける訳にも行かない。
仕方ない、あまりやりたくはないが、手は考えてある。
俺はこちらを睨んでいる衛兵が持つ槍を掴んで引き寄せる。見た目は15の少年だが、俺は各種スキルの影響で実際の腕力はとんでもないことになっている。たった一人では力比べにもならず、相手は大きく体勢を崩す。するとそれを見た回りの衛兵が慌てて駆け寄ってくる。
「貴様!! 抵抗するか!!」
寄ってきた衛兵は5人か、これじゃまだ騒ぎにはならないな、もう少しなにかやるか。
ほんの少し〈威圧〉を使って集団を下がらせると、彼らは俺を脅威と思ったのか、呼び子を使い始めた。
閑静な貴族街に甲高い笛の音が鳴り響く。いいぞ、人の目が集まってきた。いくら静かとはいえ人は皆無ではない。更に言えば周囲の屋敷だって公爵家で何かあれば知らん顔はできない。なんだなんだと嫌でも人は集まってくる。そしてその頃には、当事者の公爵家も事態の確認に、そこそこ偉い奴がで張ってくるはずだが……あれだな。黒い礼服を着た壮年の男が周囲の人間を引き連れてやってきた。あの服は家令が身につける物であるはずだ。
「そこにおわすは公爵家の家宰殿とお見受けする!私は御家にとり必要な情報を持っている! 願わくばご確認されたい!」
大声で叫ぶと、周囲の注目を集めた礼服の男は落ち着き払ってこちらに返答する。
「私は第3家令に過ぎないが、当家は約束の無い者を通すことはない、立ち去るがいい」
断られたがこれも想定内だ。貴族の屋敷に先触れや連絡なしでいきなりは入れないだろうことはわかっている。ここで引いてもいいんだが、あのお嬢さんに再訪を約束しているのだ。手ぶらで行くのも格好がつかないので、もう少し粘らねばなるまい。
「私は依頼を受けてここに居るわけではない。ここに立つのはただ義侠心のみ! だが、警告する! 目を通さないと必ず後悔する事になる。書状の筆跡に覚えがあるはずだ」
懐から出した封蠟もされてない手紙を俺の前で槍を構える衛兵に差し出す。家令の手に渡った事を確認すると、俺は息をついた。これで彼女からの依頼は完了した。後は公爵家の問題であり俺の関知するところではなくなる。せいぜいあの二人に差し入れでも持って行ってやるくらいだな。
「衛兵諸君、仕事の邪魔をして悪かったな」
「待たれよ! もしや君は我が主と面識があるのか!?」
言い捨てて立ち去ろうと踵を返したところで家令から声がかかった。
「レイルガルド商会でお目にかかったことがある。最も初めてお会いしたのは昨日だが」
「やはりそうか! 我が主がお会いになる。入ってくれ給え」
「ガルドさん、正気なのですか!? このような得体の知れぬ輩を屋敷に招き入れるなどありえませぬ」
衛兵たちはしきりに止めるがガルドと言う名の家令はにべもない。断ることは出来そうにないな。
「我が主の意思である。異論あるか?」
そこは権力機構の上部に位置する人間か、その声には反論を許さない力がある。集まった多くの衛兵は即座に居住まいを正して俺のために道を作り、俺は公爵邸へと足を踏み入れる事になった。
さすがは大国ランヌ王国で3人しかいない公爵の大邸宅だ。豪華絢爛の中にも落ち着いた品格がある――何をもって俺がそう判断しているのかはわからないが、それでもこの屋敷は”死んでいる”。
別に使用人が死に絶えているわけでも、草木が枯れて果てているわけではない。それでも静寂とは違う空気が屋敷の中を支配している。他人である俺でさえ、まるで全ての景色が色あせているかのような錯覚を覚えるほどだ。
これだけでもリットナー家で寝顔を見たシルヴィアお嬢様がこの公爵家の中でどういう存在なのかを雄弁に語っていた。
ガルド家令からここで待つようにと案内されたのは豪華な待合室だった。調度品一つとっても売れば金貨になりそうな品で溢れている。少なくとも15歳でFランク冒険者を通す部屋ではないだろう。公爵からの指示なのだろうが、不気味なほどに俺を遇してくれている。
あのホテルの椅子よりのクッションの聞いた椅子に座って待っている間、<念話>でリリィと会話する。今日もすぐには戻れそうもないからだ。
<リリィ、そっちはどんな感じだい? こっちはなんか雲行きが怪しくなってきた>
<へ? 手紙を渡すだけじゃないの? こっちはみんな順調、ジュリアなんておやつ食べながら魔力を循環させるまでになったよ。才能あると思う>
<俺もそのつもりだったんだが、何故か屋敷に通された。しかも公爵が直接会うとかいう話になった>
<何で面会になってんの? メッセンジャーなんでしょ?>
<よくわからないんだ。とにかく少し遅れるかもしれないから警護は油断しないようにな>
<もう敵は大丈夫だと思うけど……一応早く帰ってきてね>
<念話>を終えると誰かが近づいてくる気配がある。かなり待たされる覚悟だったが、意外と早いな。
「ご主人様がお会いになられます。こちらへ」
公爵家のメイドに案内されたのは、まさかの書斎だった。俺の認識では個人の私室というべき場所でほぼ初対面の人間を招くに相応しいとは思えなかったが、話す内容が内容だ。密談の形にする方がいいのかもしれない。
「ご主人様、お客様をご案内しました」
「よろしい。入ってもらえ」
メイドに促されて室内に入ると先客がいたのだが、その男は視線をこちらに寄越さず公爵にずっと平伏している。当の公爵が辟易した顔でこちらを見てきた。なるほど、話が進まないから俺を呼んだのだな。
「よく来てくれた。君が持ってきた手紙は確かにアンジェリカからのものだった。しかし、助力を頼んだとはいえ、昨日の今日でもう結果を出してくるとは驚いたぞ」
「正直に申しあげると、別件を調べていたらこの情報が舞い込んできただけですので。あまり努力したとはいえませんが。それと、もしよろしければそこの彼をご紹介いただけませんか? どうも関係者のようですし」
先ほど公爵がメイドの名前を出したときに明らかに反応があったので間違いないだろう。
「紹介しよう。リットナー家次男のバーナード君だ、まだ若いが我が国でただ一人しか持ち得ない称号を得た非常に優秀な男だ。君もそろそろ立ちたまえ、そろそろ建設的な話をしようではないか」
「閣下、しかし私は……」
「もうよい、立て。事情は理解した。これからは対策を立てねばならんのだ、その中心に居るお前がそんな有様ではこちらが困るのだ。解ったな」
ふらふらと立ち上がった俺と同じくらいの年の頃の少年を見て、心底驚いた。
強い。今まで見たどんな冒険者たちよりも強者の気配を放っている。今にも死にそうな顔をしている細身の優男なのに、多分昨日倒した悪魔だって片手間に捻れるほどの強さを持っている。
バーナード・サンド・リットナー lv39
ヒューマン 男 年齢 16
職業 <戦士lv58> 称号 暗黒騎士
スキル <戦士lv7> <HPアップLV5><剣術><槍術><棒術><武器熟練><空間把握><頑健>
つい<鑑定>をしてしまったが、戦士のスキルレベルは俺以上だと思う。ほかにステータスも現れるが軒並み高水準だ。現在の王都で一番強い男かもしれなかった。それにしても暗黒騎士という称号が気になる。また悪魔教団絡みなんだろうが、この男からは邪気はなく強者の気配しか感じられない。
「初めまして、ではないんだが、よろしく」
「君が深夜に訪れたという冒険者か、不思議な縁だが閣下が信を置いているんだ、優秀なんだろうね」
暗に僕とは違ってと言いたそうだ、何でこんなに自信なさ気なんだろう。実力は文字通り一騎当千のはずだが。
「優秀かどうかは他者の判断に任せるが……なぜ私が呼ばれたのでしょうか。ご依頼の捜索は完了したはずですが」
「君にも聞いて欲しい話だと判断したのだ。改めて協力を依頼したい」
「閣下! よろしいのですか? この件は……」
驚くバーバードに公爵は首を振った。
「彼は隣国の王女の護衛でもある。おそらく既に王女殿下から大体は聞き及んでいるはずだ、そうだろう?」
「確かに概要は伺っておりますが、あくまでさわりだけです。この件は何も」
知らぬ顔で答えたが、内心では警戒心が最高級に高まっている。たった一日で俺をかなり調べ上げられている。新人の俺が冒険者ギルドに名前が知られているはずがないから他の伝手で調べたのだろうが、それにしてもそっちこそ昨日の今日だぞ。ソフィアが到着した件は王城から知らせが行ってもいてもおかしくはないが、俺の情報まで含まれるか? あの面子から見れば俺なんて召使いの下男としかとられないだろう。
ということは、まさかもっと前からか? レイルガルド商会で声かかけられたのは偶然であるとは思っていなかったが、俺は知らぬ内に何かに既に巻き込まれていると見た方がいいな。
「そう身構えぬでも良い。今の儂はただ一人の孫を人質に取られた無力な爺にすぎん。あまりに手立てがなくこうして力ある者に頭を下げることしかできんのだ」
「閣下、そのような……」
そう言って深く頭を下げた公爵にバーナードは慌てるが、彼も当事者故なにもできずおたおたしている。だが、俺もここでハイ分かりましたと簡単に言う訳にもいかない。俺はまず第一にソフィアの護衛なのだ、それを放り出してこちらの話に首を突っ込むわけにも行かないが、簡単には諦めてくれそうにない。
「とりあえず事情をお聞かせ願えますか? 話はそれからと言う事で」
三人が話すには書斎は手狭でないが、座る場所がなかったので俺達は応接室に移動した。そこには既に饗応が整えられていて、手を付けたら断れない空気だったがそこは後で考えよう。
「美味い……!!」
昼も口にした菓子だったが、職人の腕の差でここまで変わるのか! 衝撃的な美味さに語彙がそれしか出ない自分に腹立たしくなるほどだ。―――いや、そんな場合じゃない。
「気に入ってくれたようで何よりだ。さて、事情を話したいが教団については何処まで聞き及んでおる」
「悪魔崇拝を目的とした古い結社であること。何故かこの世界の貴族たちに持て囃されているくらいです」
公爵相手に物怖じしない俺にバーナードが逆にハラハラしているみたいだが、君に関係ないだろう、美味い菓子でも食って気を落ち着けろよ。うーん、俺一人がこれを食べたとなれば絶対に怒られるな。俺とリリィは繋がっているのでこの菓子を食べた事は向こうにも筒抜けだ。リリィがずるいずるいと感じているとわかった。さらにはソフィア達にも告げ口済みだ。帰るのが怖いから何とか持ち帰れないだろうか。
「別に皆好き好んで所属しているわけではない。奴らの秘術が為政者にとって不可欠なほどに便利なのだ。例えば今この情報を新大陸のベスタ王国に伝えるとする。普通の手段では船便で2ヶ月はかかるが、太古の技術を秘匿している連中は今日中に届けてくれる。統治者にとってこの恩恵は計り知れぬ。奴等は技術を、我等は庇護を与えて互いに利用している関係だ。無論、表立って語られる内容ではないから貴族の中に仲立ちをする家が必要になる。我が国ではそれがリットナー伯爵家だ」
視線を受けたバーナードが俯きかけるが、覚悟を決めたのか口を開いた。
「我が家は教団に阿ることなく祭祀を執り行う権利を有しているんだが、その最も大きな儀式が二年に一度の大悪魔召喚だ。その儀式で―――」
「ちょっと待ってくれ! 悪魔を召喚? 本気でやってるのか? だから地下に悪魔?」
ちょっと混乱してきたぞ、本気でホテルに戻ってみんなと駄弁っていたくなった。
「勿論真似事だよ。そもそも悪魔なんて存在するわけないだろう? それでここが重要なんだが、召喚の儀式にはお決まりの生贄が必要なんだ」
「ああ、なるほど。誘拐の件は解りましたよ。それならそれで連絡を入れれば済む話ですよね」
「面倒なのはここからなんだ。僕は手順を踏んでシルヴィアお嬢様とメイドを連れ出した。これが伝統なんだ、そんな顔をしないでくれ」
諸悪の根源はお前かいと顔に出すと公爵も助け舟を出した。
「誘拐の件は承知しておった。数日前から予告状は来ておったし、連れ去られた後も部屋に例年通りの書置きがあった。それに孫が選ばれるのはほぼ確定じゃった。生贄役は最も高貴な家柄の幼年者が選ばれるしきたりで、むしろ我が子が選ばれるために親同士の暗闘が繰り広げられるほどじゃ。権勢を競う家同士では序列が周囲によって決められるようなものじゃからの。儂も幼少の頃経験したし、国王陛下も選ばれた事がある。」
故郷の精霊祭りの巫女みたいなもんか。細かい手順があるところもそっくりだ。規模や配役の大小はあってもやってることは変わらないんだな。彼らの表情も例年の行事だと言っていて、後ろめたさなどかんじられない。本当に『悪魔教団』を使った地域行事を行っている感じだ。
はあ、貴族は貴族でも見得の張り合いがあるというころか。勢力争いが本業である貴族にとって明確な序列が現れる機会は逃せないか。好敵手の家同士だったら大変な事になるからわからんでもないが。
「首尾よく二人を連れ出して、家に戻ったとき……我が家には丁度”奴”がいた」
バーナードの声は震えていた。固く握られた拳には血が滲んでいる。堪えきれない殺気が部屋の中に渦巻くが、それで戦くような者はここにはいない。
「先ほど話した教団じゃが、儂らはあくまで支援に留めており運営は教団の本部連中に委ねておる。向こうが干渉を嫌ったし、我等も技術があれは良かったからの。基本没交渉じゃったが、そうなったのは奴らの本性にある。奴ら、教団本部は本気で悪魔を信仰する気狂いどもが多いのじゃ」
「本気で? そんな連中が牛耳る組織で大丈夫なんですか?」
いくら便利でも運用者が危ない奴じゃおちおち任せても居られないだろうに。
「勿論、そういった過激派はごく一部で全て閑職に飛ばしておる。本部の最高司祭もこちら側の常識人じゃ、抑える所は完全に抑えておったのだが、奴の出現が全てを変えてしまった」
「それがグレンデル高司祭だ。普段は本部に詰めて勢力拡大に勤しんでいるだけど、なぜかこのタイミングで家に現れたんだ。しかも、奴は上機嫌に儀式を自分が執り行ってやろうと言い出した。本部の高司祭に儀式を行ってもらえるのは建て前上は名誉だからね。断れば奴はランヌ王国が叛意ありと言い出して自分達の都合の良い人物を送り込むだろう。その後はサインツ公国の二の舞さ」
サインツ公国とは百年前に滅んだ大陸北方の小国だ。”狂乱のサインツ”は吟遊詩人の鉄板ネタで、慈君といわれた王が突然豹変して周囲に戦争を吹っかけて自滅したらしいが、それに教団が関わっていたのか。
「公国の祭祀を乗っ取った教団はこちらが手をこまねいている間に政治にも口出しを始めた。気付いたときには全てが手遅れになっていた。国王が操られ、世界を相手に滅ぶまで戦争を続けた。それ以来各国は教団が国に関わる事を厳禁とし本部の締め付けを強めたが、過激派を完全に消し去る事はできなかった。突如現れたグレンデルは各地の弱小勢力を己が腕一本で纏め上げると本部に乗り込み、瞬く間に一大勢力を築くに至った。そして奴が本部の要職に座るまで時間はかからなかった。我等も抵抗したが、国家間の足並みが揃わず奴の跳梁跋扈を許してしまっている」
ふむ、説明が続いたが何とかまとめると、頭のイカれた奴が無理強いをしてきた。従うと孫娘が殺されるが、断ると国が滅びかねないと。
これ、詰んでないか?
さらに各国との協定で国が教団に乗っ取られたと判断した段階で、周辺国が問答無用で攻め寄せてくるらしい。本当に孫の命か国の命運かという二択を公爵は迫られているようだ。ちなみに国王は孫娘を助けろの一点張りで逆に公爵を苦しめている。自分の所業で国が滅んだなどと言われたら確かに堪らないな。
「話は理解しましたが、まず確認させてください。まず、そのグレンデルとかいう高司祭に儀式をさせないとして、こちらが受ける不利益は先ほど仰った叛意がどうとかいう話だけですか?」
俺の問いに公爵はため息をついた。
「告発されるだけならなんとでもなる。本部の手の者が送り込まれてもサインツの轍は踏まない自信もある。じゃが問題は奴が秘術を管理する部門を牛耳っている事だ。正直、貴族側としてはこれで首根っこを押さえられた様なものじゃ。なんとしても我等で保持すべき権益だったが、前任者が不審な死を遂げた後釜に奴の手の者が滑り込むのを防げなかった。本部内で政治闘争されるとこちらはどうしても後手に回るでな」
なるほど、国として奴を正面から敵に回せないのか。そういえば昨夜のメイドはお嬢様の素性も知られていると言っていたから替え玉を用意するのも無理な話か。
「連絡が今日になった理由は? 直ぐに話が伝われば初動は大分変わったかもしれないが」
「グレンデルが連れている側近共は既に人を辞めている。奴等は5日間活動し、一日休息を取るサイクルで生活している。僕は常に見張られていたから奴らの目を逃れて閣下に報告するのは無理だったんだ。今日になってようやくその機会が訪れたんだよ」
そりゃまたけったいな生態してんな、便利そうではあるが。
「バーナードの言葉は事実じゃ。ワシも伯爵家に事情説明の使者を送ったが、見知らぬ異様な男たちに追い返された。何か異変が起こっているとは思っていたが、まさかグレンデルが直接乗り込んできているとはな」
「確かに公爵家の使者を追い返すなんて尋常ではないですね。家を断絶されてもおかしくない。そもそも何でそのグレンデルとかいう奴はいきなり現れたんでしょうね、目的が見えない」
「この件は初めから奴が仕組んだと見るべきじゃろう。生贄に我が孫が選ばれる状況、お前の兄の司教への推挙、教団本部から引き連れてきた逆洗礼を受けた異形者どもは我等、ひいてはバーナードへの牽制じゃろう。そして本来ならばお前の兄が取り仕切る儀式への介入、あまつさえお前が我が孫を連れて行った当日に王都入りするなど、いくら何でも出来過ぎておる」
言われれば確かにこちらを狙い撃ちしたかのようだが、どうにも運の要素が強すぎる気もする。だが、大事なのは相手の目的だ。
「兄上が司教に昇進すれば高司祭のグレンデルは大陸南部に手が出しにくくなる。ここは比較的本部の干渉が薄い地域だから、奴は兄を追い落としたいのだろう」
「つまり、敵は公爵に孫娘を生贄にさせたくなければ司教昇進を諦めろ、ということですか?」
「それで済むのならまだましだ。まず間違いなく息のかかった人間をこちらに送り込んでくる。そして真綿で首を絞めるようにじわじわと侵食してくるはずじゃ。実際、西方の遠い国では祭祀に関わる人間の半分が本部の人員という国もある」
ここまで詰んでるなら殺るしかないだろ。不幸な事故にあってもらうしかないんじゃ?
「そのグレンデルとやらを暗殺しない理由はなんです? おそらく”出来ない”んでしょうけど」
確かにあまりほめられた手段ではない。王国はいくらかの不利益を蒙るかもしれないが、周辺各国は内心喜んで協調してくれるだろう。そいつがいなくなれば教団本部だって簡単に切り崩せるだろう。貴族たちがこの考えに辿り着かない筈がない。権力闘争は貴族の本業だ。その手管は俺など及びもつかないだろう。
「過去何度も暗殺者が送り込まれ、毒殺も数限りなく行われたはずだ。しかし奴はその全てを返り討ちにして逆に送り込んだ側を破滅させてきた。勢力を拡大したあとは本部に篭もりきりになり滅多に姿を見せないが、それ以来各国は暗殺に及び腰じゃ」
「暗殺者を返り討ちですか? 聖(?)職者が? 毒殺まで防ぎきるなんてそれ人間じゃないでしょう」
俺の言葉に公爵はお前が言うなという顔をした。多分ライカールの連中の件もバレてそうだな。
「グレンデルは既に人間を辞めている。おそらく史上初めての逆・洗礼の成功者だ。その名声を以って己が勢力を一気に拡大させたのだが、その力は疑いようがない」
「逆・洗礼、ですか? 悪魔水でも振りかけてもらうんですか?」
気になる単語が出てきたので、軽い気持ちで尋ねたのだが……予想外の返答が帰ってきた。
「何が入っているかよく解らない禍々しい色の液体を飲み干すんだ。その殆どは人間である事を辞めてしまう失敗だが、ごく稀に超常の力を持った存在になれる。それがグレンデルが連れている側近たちだ。それでも表情も感情も無い化け物だ。命令がなければ一日中でも突っ立っているまさしく人形だよ。その化け物だけでも面倒なのに、グレンデルはそれ以上になってしまった」
「今の奴は自由意志を持つ怪物じゃ。魔物の力と人間の頭脳を持ち合わせた厄介な存在になっておる。奴自身は不死の悪魔になったと嘯いておるほどじゃ」
「今日出て来て良かったのか? ここに来る事も気付かれるだろうに」
「今日は奴一人しか活動してないから大丈夫さ。奴自身はこっちにほとんど関心を示さないんだ。お嬢様に会ったのもその一度だけだし」
彼がそう言うならこちらが心配しても仕方ないか。
それにしても不死だと。馬鹿馬鹿しい、死なない生物など存在しない。頭を潰せば生物は死ぬし、無理なら心臓か核を、それでも無理なら全身を灰にしてしまえばいい。殺せぬ存在などありはしない。
それに悪魔か。昨日見たアレはなんだったのか。
「そもそもその洗礼は何のためにやるんですか? 皆さんも経験者なので?」
さすがに質問が悪かったようだ。二人は思い切り気分を害したが、俺の無知ゆえの暴言と聞き流してくれた。
「洗礼を受けるような奴は確かにいる。より強い力を得るため、教会を憎んで復讐のために受けたがる奴もいる。だけど、その代償は人間をやめることなんだよ。僕達のように教団を便利使いしているほうからすれば狂気の沙汰でしかない。肉体が既に人間じゃなくなるから教会が張る結界にも引っかかるしね。仮にも貴族の俺たちが教会の敷地にさえ入ることができなくなるんだ。逆・洗礼なんて受けるのは行き場をなくした連中か、全てを捨てて悪魔になりたがるような狂人だけだ」
もし失敗すれば歳も取らず延々と眠り続けるだけの存在だという。それだけで既に人間を辞めているのが解るが、そうか、昨日地下で見たのはその失敗作か。成功はほぼ皆無、運がよいと何も起こらず、失敗するのがほとんどのようだ。その失敗の処理が大変らしい。傷つけてもたちどころに直るが、意識はなく延々と眠り続けるだけの荷物になってしまう。各国の祭祀を担当する貴族家はそういう失敗作をかなり抱え込んでいると言う。昔の教団本部が逆・洗礼をある程度行う事を推奨していたからだ。殺す事も滅ぼす事もできない厄介な物体を抱え込むとは面倒だろうと聞けば、ただ放置するだけでいいらしいが。
「なるほど。状況は理解しました」
「力を貸してもらえるだろうか。我等では孫を見殺しにすることしかできんのだ」
俺としては異論はない。この国の最高権力者に近い公爵に貸しを作れそうな機会など二度とないだろうし、色々と恩恵も狙えそうだ。問題なのはソフィアの護衛の依頼と重複することだが、リリィが聞いてくれた所によると構わないと言っている。王都内にソフィアの敵は残っていないようだから、そこは一安心だ。
さて、手を貸すのはかまわないが、この一件をどう処理するかだな。むしろ公爵たちがどう幕引きしたいのか聞いてみるか。
「微力ではありますが、お嬢様をお救いする力添えは厭いません」
「おお!! 感謝する! 百万の味方を得た思いじゃ」
公爵とあろうものが俺の手を取って頭を下げるのはやめてほしい。隣のバーナードの視線が痛い。
「始めにお聞きしますが、皆さんはこの件の最終目的をどのように考えておいでですか? それによってこちらの行動も変わってきます」
「それは、もちろんシルヴィアお嬢様の救出だよ、それ以外ない」
「儂も孫が無事に戻れば今はそれ以上何も求めぬ」
「しかしそれでは、グレンデルの脅威は残ったままでは? お孫さんを取り返すのに結果として不本意な取引するにもやぶさかでないと」
「それはできん。ウォーレン家は王家に忠誠を誓っておる。国に不利益を与えるならいくら我が孫といえども……」
公爵は押し黙る。聞いた話じゃ公爵の家族は孫娘一人のようだし、代わりなどいないだろう。しかし、貴種の義務として国を過つわけには行かないと苦渋の判断を下す覚悟もあるようだ。
「皆さんの話を伺って考えたのですが。最善策はグレンデルの殺害以外ないでしょう。幸い向こうからこちらに出向いているのです、まさにおあつらえ向きではありませんか」
「それができれば苦労はない――もし暗殺が成ったとしても教団に対しなんと説明するのだ。最悪秘術の提供停止もありうる。そうなれば我が国は立ち行かなくなり、周辺国に攻め込まれるだろう。亡国の道筋を作ったといわれたくはない」
公爵はこちらの話を聞いていたのかという顔をしているが、こういう行き詰った時は発想を転換させるものだ。
それに後は奴が消えればどうとでもなるような問題だろう。やはり最適解は抹殺だな。
「お言葉を返すようですが逆に大義名分さえあれば殺害してもよいという事ではありませんか? 教団に対しぐうの音も出ない理由を用意できれば大手を振って始末できますよ」
部外者の俺が手を下す必要もない、ここには自分の手で始末を付けたそうな奴が揃っていることだしな。
「何か腹案がありそうじゃな。よければ聞かせてもらおう」
「今はあくまで行動の指針に過ぎませんが。このままでは皆さん、亡国覚悟でお孫さんを救出するか、泣く泣く見殺しにするかの二択だったので他の選択肢をご用意しようかと」
「それが思い付かなかったから苦労しているんだけどね。話を聞かせてよ」
「改めて前提を確認させてください。暗黒教団は悪魔崇拝をしている。その悪魔になるための手段として逆・洗礼がある。成功率は皆無で、成功と言えるのはグレンデルだけで他は化け物みたいな何かになってしまう」
順を追って話し出す俺を二人は黙って聞いてくれるが、時折補足が入る。
「本部で見た統計じゃ何も起こらないときが六割以上だったね。失敗が残りの4割でグレンデルとその最側近は例外中の例外だよ」
「その失敗作も果たして失敗といえるのかどうか。ある程度の魔力を浴びるといきなり悪魔化するとか、危なっかしくて君の家でも置いとけないだろう?」
二人が固まった。あれ、最近なんかこういうの多いな。
「人間の悪魔化だと!? そんなことありえるはずがない! 閣下はご存知なのですか!?」
「馬鹿な。教団の存在意義じゃぞ、そんなに易々と行えたら苦労はない。それに教団に関する話はお主らリットナー家の者が一番詳しいはずじゃ、おぬしが知らねば儂に解るはずもなかろう」
「君の家の地下にその失敗した奴等がいただろう? 知らなくて調べてみたら悪魔に変化してな。深夜に暗闇の中いきなりだぜ? 参ったよ」
不法侵入の件も併せて謝ったがどうも信じていないようだな、仕方ないので公爵に許可を取った上で応接室内部に<結界>を張り、<アイテムボックス>からマジックバックに移した悪魔を一匹取り出した。
「こ、これは、まさに伝承にあるとおりの悪魔そのものではないか!!」
「こんな事が有り得るなんて、信じられない……」
二人は悪魔に視線が釘付けだが、問題はそこではない。
「これを上手く使えば、楽しい事になりそうですよ」
俺は全く意図していなかったが、随分と悪い顔をしていたようだ。後に公爵から儂と同じ顔をしておったと言われたが、お互い様だ。
孫を理不尽に奪われそうになった公爵も悪魔だって逃げ出す凶悪な顔で嗤っていたからだ。
残りの借金額 金貨 15001032枚
ユウキ ゲンイチロウ LV117
デミ・ヒューマン 男 年齢 75
職業 <村人LV132〉
HP 1993/1993
MP 1371/1371
STR 331
AGI 307
MGI 323
DEF 290
DEX 256
LUK 195
STM(隠しパラ)555
SKILL POINT 465/475 累計敵討伐数 4339
楽しんでいただければ幸いです。
主人公が即殺傾向にありますが、これは前世の思考回路に沿った行動になります。
次も急ぎます。目標は今週中。(追い詰められないとストック消化にさえ時間かかる奴)




