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王都にて 2

すぐに上げるつもりが、一週間もたってしまいました。3年エタってた奴が言う台詞ではないですがこれからはホント早くします。

 

 ホテルへ戻った俺はまずジュリアにかけていた睡眠の魔法を解き彼女を覚醒させた。数刻は休めたジュリアは魔法による睡眠からの復帰は初めての経験だったようで、記憶の混濁が見られたがすぐに回復した。やはり強制的な睡眠は人体に悪影響を及ぼすのかと思ったが、むしろジュリアは爽快な目覚めに普段の起床もお願いしたいと言われてしまった。


 相棒に俺が不在の間何か変わった事があったか尋ねたが、特に異常はないようだった。取り越し苦労になりそうだが、今日の不寝番を行うことに変更はない。





「では、貴方は一人での活動を続けるつもりなのですか。確かにその実力を鑑みればそこいらの冒険者で釣り合いは取れないでしょうけれど」


「実力云々というより、報酬の問題だな。一日で稼がねばならん金額を考えると一人のほうが実入りは良いから。もちろんパーティを否定するつもりもないよ、俺もこの問題がなければ何処かのチームで見習いから始めるつもりだった」


「貴方ほどの方が見習いですか。私も3年ほど騎士の従者をしましたが、中々に大変でした」



 皆が休んでしまい、残った俺達は二人で会話をしている。ソフィアやメイドたちとはかなり打ち解けてきたがジュリアは御者としての仕事があったのであまり話す機会がなかった。なのでホテルに常備してある高そうな茶を飲みながら話をしていたのだが、二人の共通の話題があるわけでもない、自然身の上の話になってくる。

 そしてジュリアの言葉遣いも改まったものになっている。俺は今までどおりで良いと言ったのだが、ジュリアは頑として受けいれないので諦めた。逆にこっちが砕けた話し方なので俺のほうが偉いみたいだ。実際は子爵家ご令嬢と農家の3男坊なんだが。


 俺の借金の話は既に彼女たちに漏れている。俺はその場にいなかったのだが相棒がさらっと暴露したようだ。リリィはどうやら魔導具の一種らしい魔約定のことを魔法技術に詳しいライカールの人間ということで彼女たちに聞いたみたいだが、現物を出したらそりゃバレる。

 ただ面倒な説明をしなくて良いのは助かっている。俺も好き好んで嘘八百を並べているわけではない。


 俺としては軽く話をした後切り上げて夜の街を出歩くかと考えていたのだが、ジュリアが上機嫌で中々話が終わる気配がない。もしや魔法で覚醒させると何か副作用が? と考えたくなるほど深夜だというのに楽しげだ。


「そういえばもう魔力は回復しているか? もしそうならこいつを<鑑定>してみてくれ」


「ほほう。これは一体どんな毒薬……なんとまあ奇怪なことを。良くぞここまで凝縮したものだ」


 先ほど入手した異常なマナポーションを見せると彼女も驚いていた。

 俺の<鑑定>と彼女のもので何か差異があるのか試したのだが、どうも俺のものと一字一句同じようだった。説明文を誰が考えているのか謎だったので聞いてみても彼女も知らないようだ。<鑑定>は広く公言しようものなら間違いなく国に囲われるようなスキルだ、誰にも相談できなかったのは俺も同じなのでそんなものかとしか思わない。ただジュリアは出てくる単語が古代語に分類される物が多いとだけ話してくれた。


「まあ、その件はいいとしてこいつを手に入れたのは王都の雑貨屋でな、まだ掘り出し物がありそうだから暇を見つけて探しに行かないか?」


「それは是非にでも! ですが、私の魔力では日に5回の<鑑定>が限度なのです」


「そんな馬鹿な。<鑑定>に使う魔力は微々たるものだぞ。おそらく無駄な使い方をしているんじゃないか?」


 それからはジュリアの<鑑定>を鑑定することになってしまった。まず俺が適当なものを<鑑定>してから彼女にも同じことをさせてみる。その結果やはり魔力を大量に無駄使いしていることが判明した。元々彼女の魔力は多く、貴族の子女に相応しいものだ。その後、魔法使いではなく騎士を目指した相当な変り種だが魔力に不足はない。実際、俺と同じ方法を取らせてみれば使用魔力は今までの一割ほどで済んでいる。

 これには当のジュリアが困惑したほどで、俺は異常なほどの感謝を受ける羽目になってしまった。お互い自己流だからこの方法が正解とは言えないが、必要な事はこれで知れるからいいのではないかと思う。



 そもそも彼女たちは魔力を鍛錬することを知らないようで、持って生まれたものが全てだと思い込んでいる。魔力の有無が貴族の優位性を保つ方便に使われているもは知っているが、レベルアップによる増加さえ認めないのは頑迷にすぎる。魔力の鍛錬は幼少期が一番延びるみたいだが、ジュリアもまだライルとほとんど変わらぬ齢だ。まだ充分上昇が見込めるだろうから、セラ先生のところで教わった簡単な鍛錬法を教えておいた。


「魔力を増やすなんて! さすがは妹が選んだ御方! 祖国の長老(エルダー)たちに自分達の無能さを見せつけてやりたい!」


「その言い方だとその長老たちとなんかあったのか?」

 

 ソフィアは比較的魔力が乏しいらしいが、それを彼女を快く思わない連中が母親の身分が低いことを理由に揶揄したらしい。実際、王族の平均からすると低いようだが、<鑑定>で見たときには一般の魔法使いとは比較にならぬ魔力量のだった。これはただ単にソフィアを攻撃したい理由付けに過ぎないな。

 

 むしろ俺が驚いたのはソフィアの母御、ヒルデガルドさんがただの騎士爵の娘だということだ。ジュリアの親、ペンドライト子爵家に仕える家に生まれ、その関係もあって子爵家が後ろ盾になってくれたそうだ。

 そのペンドライト家はかなりの規模の商圏をもつ商業都市を持つものの、王都からかなり遠い東方に位置していた。例え権勢を誇る辺境伯であっても王宮じゃ田舎者扱いが世の常だ。俺が知る限りでは陰謀渦巻く宮廷で生き残るには多数派を握れる数とある程度の醜聞を握り潰せる力が必要だったはず。王都から遠い子爵家など数も力も及ばない。

 王妃は複数の公爵や侯爵が後ろにいるのに側妃には下級貴族一家だけじゃあ相手にもならん。ソフィアも随分苦労をしたに違いない。だが先代の王様もよく娶る気になったなと思う、正直原因の大部分は彼にある。

 いくらなんでも身分が違いすぎるし、そりゃ色々弊害も起きるわ。ソフィアに罪は全くないが、先代の国王には思うことがある。自分の力で護りきれない事が判りきっていたはずだからもっと考えて決断すべきだった。国王の立場になれば好いた惚れただけで済む話じゃなくなることは当たり前だ。その結果、自分の娘が国から命を狙われる未来を予想していたのだろうか。親の勝手で被害を受けるソフィアが不憫でならない。

 

 せめて俺ができることはソフィアにとってこの国の居心地が少しでも良くなるようにしてやることと、賢しらな連中が横から要らぬ口を挟めないように「魔法王国」の王女に相応しい魔力に底上げしてやることくらいか。


「明日からその鍛錬を始めるといい。大人より子供のほうが効果は大きいようだからすぐに結果が現れるだろうし、君なら魔力の増加を<鑑定>で確認できるだろう」

 

「あの子も言葉にはしませんが、深く悩んでいた様子でした。とても喜ぶでしょう」


 さすがは大英雄、とか言い出したので慌ててその話は終わらせた。しきりに俺を持ち上げるのは辟易するが、ジュリアとは普通に会話できるような間柄にはなれたと思う。



 その後、俺達は万が一のことを考えて対策を施した。具体的にはここ最上階にたどり着くためには階段か魔導具昇降機を使う必要があるので、まず魔導具から魔石を抜き、ただの機械にした。その後階段に障害物を積み上げて簡単に通れなくする。そしてこの部屋は硝子窓がふんだんに使われているから、そこからの出入りを防ぐために窓にタンスやらチェストやらを動かして入って来れないようにした。

 二人で深夜に行うような作業ではないが、<アイテムボックス>を使えばいれて任意の場所に出すだけの簡単な仕事だ。ホテルの従業員には朝になるまでけして上がってくるなと言い含めてあるので、ホテルからの裏切りがあっても全力で叩き潰せるし、魔導具の魔石や障害物などは夜明け前にでも戻しておけば問題ない。

 いまだホテルの周囲で張っている連中に害意はないと思うが、もし攻めてきてもその対応は時間を稼ぐだけで彼女たちから手出しはしない。ソフィアはまだこの国での立場が明確ではないから下手に反撃したら他所の問題をこっちに持ち込んだと見做されてはたまらない。襲撃があればリリィから俺に一報が入るだろうし、その時は二度と逃げ隠れできないように俺が思いっきり派手にやってやるつもりだった。


「はい、委細承知しました。私には感じ取れないですが、周囲の者達はまだ?」


「ああ、二人一組で四方にいるよ。頻繁に交代が来ているようだが、こっちの内情を調べる様子はないね。多分この国の連中だが、油断はするなよ」


「解っています。そちらもお気をつけて」


 彼女の言葉に頷いて俺は一番高い位置にある窓から飛び降りた。周囲にこのホテルほど高い建物はほとんどない。この窓から侵入するのは空を飛びでもしなければ不可能に近いし、すぐに荷物が置かれて塞がれた。


「さて、とりあえずは南地区かな」






 夜の帳が下り、酔漢さえ眠りこけるような深夜2時過ぎ、俺は一人で南地区の倉庫街にやって来ていた。リリィからの連絡はいまだ何もない。

 港から大量に運ばれる品を保管する倉庫街は、海が近いからか潮の匂いが強く残っている。その独特な匂いを不快に感じる人間もいるが、俺は決して嫌いではなかった。


 俺が倉庫街にやってきた理由は大したものではない。レイルガルド商会もこの地区に大きな倉庫を持っていて、様々な商品を保管していると聞いたからである。

 というのも、先ほどのジュリアとの会話でレイルガルド商会の話題が上がったのだ。

 今回ソフィアたちがレイルガルド商会を利用して海路を利用できた理由を話してくれたのだ。聞けばなんとレイルガルド商会が密貿易に手を染めており、中継地点としてジュリアの実家の都市を利用していたという。ペンドライト子爵家もその事実を早い段階で掴んでいたが、それを告発するより何かに利用出来ないかと企んでいた。そして今回、その事実をちらつかせて他国の商会の船に無理矢理同乗するという無茶に成功したというわけだ。


 ジュリアたちもどのような品を隠れて貿易していたのか知らされておらず、首都に品物を溜め込むとは豪気なことだと言っていた。俺達の依頼主セドリックもこの王都に向かっているのは間違いなく、その品物はここに集っているようだ。ならば、せっかくなので足を延ばしてそのお宝を拝見させてもらおうと思ってここまで来たというわけである。

 

 レイルガルド商会が密貿易を行っているならばそのブツはどこに隠すのか? と考えるとはやり定番の倉庫ではないかと浅い考えでやってきたのだが、思った以上に入り組んでいる。大通りにあるような街灯などあるはずもないし、月明かりも届かない暗闇では<マップ>がなければ確実に迷っていたな。レイルガルド商会はこの倉庫街にわざわざ分散して小規模な倉庫を数多く持っているようで、スキルの表示の上でも相当な数に及んでいる。もし事が露見したときに被害を最小限に抑えるためだろうが、このやり方を見ても自分達が後ろ暗いですと証明しているようなものだ。


 一つ一つ確認するのは面倒だなと思っていたら、不意に<マップ>に反応が出た。こんな深夜の倉庫街に人がいるようだ、俺も人のことを言えた義理ではないが猛烈に怪しい。

 

 

 背後からその人影を伺うが全く気配を感じないから<隠密>スキル持ちと考えられる。<隠密>はいつの間にか持っていたというソフィアのような例外もいるが、スカウトレベルが4以上であれば取得できるはずだから相手はスカウトだと思われる。

 <隠密>は単純な<マップ>を掻い潜れるが、熱源は生物が生きている限り隠しようがない。熱源探知も行えるよう俺の強化されまくった特製<マップ>は謎の人物をはっきりと捉えていた。


 俺も<隠密>と<消音>を使い、背後から近づいていく。相手は灰色の装束に身を固めており、とある倉庫を見張っているようだ。どうやら俺と目的は同じな気がするが、ここは一つ相手の情報を手に入れてみよう。


「動くな」


 俺は<消音>を消すと同時に<威圧>を行い、相手の動きを止めた後で相手の首にナイフを押し当てた。


「何!?」


「動くなと言った」


 我ながら実に酷薄な声が出ている。相手はさぞ不気味に聞こえるだろうが、<威圧>で上手く相手の動きは制限されているようだが、精神状態は驚きつつも平静を保っているな。腹の据わり方が尋常ではない、間違いなくこいつも玄人だ。


「貴様、商会の手の者か!?」


 俺は首筋のナイフを押し付けた。切れはしないが、意図は相手に伝わったと思う。しかしやはり目的は同じのようで、しかも硬い声だが女の声だ。


「質問は俺がしている。お前は何者だ」


「私はユーリという者だ。訳あってこの倉庫を探っていた」


 これまた随分とあっさり吐くじゃないか。倉庫街を探っていた動きからみて相当の手練だが……何かあるのか? 俺はこいつを<鑑定>する。



 ユウナ・アレンスカヤ lv49

 ヒューマン 女 年齢 24  

 職業 <スカウトLV56> 称号 氷牙

 

 HP 220/220 MP 96/96

 スキル <狩人LV3><スカウトLV5><鍵開け><忍び足><盗み聞き><隠密><罠抜け>

        



 ”氷牙”の異名を持つウィスカ所属の一流スカウト。普段は冒険者ギルドでギルド専属スカウトとして活動する。仕事はギルドの不利益をもたらす存在の調査。潜入の腕は世界トップクラスで彼女自身も絶大な自信を持っている。Aランク冒険者。歳の離れた兄が一人いて現ウィスカギルドマスター。

 仕事がないときはギルドの受付としても働いており、その冷酷な態度が一部で人気を博している。



 まさか、冷酷なギルド受付嬢ってあの黒髪の人じゃないのか? そういえばこの依頼を振ったのもこの人だったな。しかもギルドマスターの妹とか……おいおい、色々と話が転がってきたじゃないか。最後の一文にはもう突っ込まないことにする。


「そうか、ユウナ・アレンスカヤさんだな。どうぞよろしく」


 相手が文字通り震えているのがわかる。本名までバレてたら偽名を名乗った意味どころか、作戦そのものが筒抜けだと考えていても不思議ではないからな。それにしてもギルマスの妹なのか。であるなら俺のこの規定クエストもギルマスの指示である可能性が出てきたな。

 くそ、変だとは思っていたのだ。今回の依頼は他が全てパーティなのに俺だけ一人なんだからな。無理矢理押し込んだとか丁度いい規定クエストがなかったとか言ってたが、もっと疑って掛かるべきだったか。

 いや、全ては俺の経験不足だ。普通の冒険者としての経験がないから異変に気付けなかったんだ。普通に何処かのパーティで下働きから始めていれば違ったのだろうが、今更言っても詮無いことか。

 今はこの女から情報を抜けるだけ抜くとしよう。


「くっ、何をどこまで知っているの?」


「大体は。一応ネタ元はあんたの所じゃないって事だけいっておく。そっちのマスターの名誉のためにもな」


 俺の大嘘にすっかり観念したのか、ユウナの体から力が抜けたのがわかる。抵抗が無意味だと理解したのだろう。

 このままナイフ突きつけて話すのも面倒だな、<威圧>はまだ掛かっているから大して動けないだろうし、開放してから色々聞くか。

 俺は彼女の首筋に当てていたナイフを戻した。訝しんだ彼女が振り向いて更に驚いたようだがあまり表情が変わらないから解りにくいな。


「あ、貴方だったのですね……」


 ユウナの声音には安堵の色が濃い。さっきは流石に観念したようだしな。


「どうも。手荒な真似をしてすまないね。その姿で受付嬢をしているあんたを連想するのは難しかったんでな」


「私の背後を取るなんて、やはりただの新人ではなかったようですね」


「だからこそ、このクエストに俺を放り込んだんだろう?」


 無言になってしまった相手に俺は畳み掛けた。


「あんたが知っていることをすべて話してもらう。今更黙秘が許されると思わないことだ」




 流石に深夜の倉庫街にいつまでも居続けるわけにもいかない。俺たちは場所を変えることにして、彼女の案内で一軒の酒場に入ることになった。こんな時間にやっている場所だけあって客層も堅気には見えない連中ばかりだ。どうやら非合法のスカウトギルドが存在し、その関係者があつまる酒場だという。俺が完全に場違いじゃないかと思うが、ユウナ曰く気味が悪いほどに違和感がないそうだ。人を何だと思っていやがる。


 騒がしい場所ばかりだった他の酒場とは違い、ここは暗色の光を用いた静かな雰囲気の空間だった。

 王都の隠れ家的な店なのだろうが、なかなかいい趣味をしている。奥まった二人掛けの卓についた俺たちは差し向かいで座る。

 色々と注文すると、ユウナは改めて俺を見つめてくる。初対面の時から思っていたが、まさに凍りつくような美貌という表現がふさわしい女だ。俺と相対してもほとんど表情を変えない。”ヴァレンシュタイン”のナダルとは正反対のタイプだな。あの人は多くの情報を相手に与えて本当の自分を惑わせるやり方だ。



「この一件にそちらはいつから気付いていたんだ?」


 敬語使うべきだったかな――まあいいか。俺達の関係がどうなるかわからないしな。

 俺のわざと固有名詞を抜いた言葉にユウナは素直に返答した。自分からレイルガルド商会や密貿易の言葉を出すとそれに沿った話を作られる可能性があった。嘘を見抜けるようなスキルがあれば話が早かったのだが、そう都合の良い物はない。


「ウィスカが、というより冒険者ギルドが彼らの抜け荷に気付いたのは3年ほど前になります」


 もっと抵抗するかと思ったが、意外と従順だった。反応も俺に敵意を抱いてはいないようだが油断はできないな、一流のスカウトは一流の暗殺者を兼ねるだろうし。微笑みながら人を殺せる技術を持っていると考えるべきだ。


「わざわざ冒険者ギルドが関心を示したのは、商会の弱みを握りたかったのか?」


「それもありますが、一番はギルドマスター同士の争いです」


 ギルマス同士の問題だと? 確かにこれは王都の問題であってウィスカが関わるのか不思議だ。目の前のユウナもいくら中継地点とはいえウィスカから王都に出張ってくるのも無理がある話だな。


「ウィスカのギルドマスター、ジェイクと王都のギルドマスタードラセナードの仲は険悪です。私はジェイクからの指示で王都ギルドの醜聞を探り出す任務を受けました」


「随分と口が軽いな? 俺が騙せると思ったか?」


 <威圧>を込めて凄んでみても彼女の態度は変わらなかった。うーん、判断に迷うな。


「貴方は私より遥かに強いので、抵抗することの無意味さを知っているだけです。初めて会ったときは実力を隠していたのですね。ここまでの<威圧>を受けたのは生まれて初めてです。

 それに、貴方は私の敵ではないようなので。もし貴方がその気ならば私はあそこで倒れていたでしょう」


 そういわれてしまうと、こちらも返す言葉がない。こちらも彼女を害する気はさらさら無かったからそれを読み取られているのかもしれない。


 そこまでわかっているならば話は早い。お互いの持っている情報を出し合うことにした。


 情報をまとめるとウィスカ側が密貿易に気づいたのは3年前の今頃らしい。今回と同じような護衛の最中に偶然発覚し、その冒険者が直接ギルドマスターに報告した。これは王都のギルドも気づいていない話のようなのでウィスカのギルドマスター、ジェイクが王都の連中を出し抜いてやろうと探索を開始したらしい。確かに王都のギルドにしてみれば自分の縄張りで犯罪が行われ、それを他から指摘されるどころか証拠まで抑えられたらいい面の皮である。

 完全に動機が私怨な気がするが……だから身内である彼女だけを動かしているのか。

 

 尤も、レイルガルド商会でもその扱いは慎重を極めており、なかなか尻尾が出さなかったようだ。

 解っていることは年二回、春と秋にウィスカを中継点として王都に品物を運んでいること。ごく小規模の商隊に相当の護衛をつけること。普段は店からほとんど動かない番頭が陣頭指揮を取るほど重要な仕事だということだけだ。

 この国が輸出入を禁止している物はいくつかあるが、ギルド側が考える密輸品は三等級以上の魔石か宝珠ではないかと見ているようだ。

 彼女に聞いて初めて知ったのだが、ダンジョンモンスターや魔物が落としたり体内に生成する魔石にはその魔力の内容量でいくつかの等級に分けている。コブリンやコボルトなど最下級で10等、俺が倒した10層のダンジョンボスは5等に当たるようだ。そして3等以上になると国家管理か、所持届出が義務付けられている。実際は一流冒険者などはその等級の魔石を手にすることもあるそうだが、届出を行うことは非常に稀だ。だが所持するだけならともかく売りに出す時はそういった煩雑な手続きを踏まねばならない。そういう場合などこの密輸が良く使われるという。

 3等以上の魔石を持つ魔物などそれこそ伝説級だが、有名所では霜の巨人(アイス・ジャイアント)魔神狼(ハイエンド・ウルフ)などがそれにあたる。御伽噺で聞いたことがあるような奴等で信憑性に欠けるが、ユウナは実際に2等級の魔石を目にしたことがあってその内包する魔力だけで圧倒されたそうだ。

 

 そして宝珠も高価な宝石に魔法を宿してある魔導具の一種で言葉を唱えるだけでほとんど魔力を使わずにその魔法を使えるという代物だ。太古の技術を用いて製作され、今では魔法王国を名乗るライカール王国しか生産出来ないという。勿論、王国が厳重に管理していて市井に出回ることは今となってはありえない。

 言われてみれば確かにそれらしい石を運んでいたな 荷馬車が倒壊した時落ちていたのはおそらくその宝珠だろう。そんな石を大量に積んでちゃあそりゃ馬車も壊れるだろう、アレはわざと壊してソフィアを引き離す口実もあったのだろうが。


 ウィスカのギルド側も王都側に黙って調査していたから非効率を覚悟の上で信頼できる彼女一人だけで行動していたようだ。どうもこの事実を知っているのはユウナとギルドマスターだけのような節もあるが。

 そのユウナも商隊の車列が来る前に今回は何処の倉庫を使うのか調べ、アタリをつけるために色々と動き回っていたようだ。商会は取引ごとに使用する倉庫を変えて発覚する可能性を下げている。


 俺もジュリアから聞いた話をユウナに伝えていくが、特に目立って話すようなことはない。気付いていたものが自分達以外にもいたというだけの話でしかないからだ。


 だが、ここまで聞いた所で俺が関わる理由がいまいちわからないな。あの護衛依頼は俺以外は皆ランクD以上で受注にもランク制限があったとザックスは言っていた。お前は色々特別なんだろうと笑っていたが、これは規定クエストだからという言葉では納得できない、何かあるな。


「事情はわかったが、何故俺を巻き込む必要が? ド新人の規定クエとやらに使われるような依頼じゃないだろう、他のメンバーも不思議がってたぜ」


「それは貴方の本当の実力を知るためです。貴方がギルドに現れてからというもの、我々の話題の中心はとある新人冒険者に関するものばかりでした」


「なんだと!? そんなに目立っていたのか?」


 買取だって礼儀正しく待っていたし、リリィがお約束がない! って叫んでた先輩冒険者からのイジメも無かったはずだが、ユウナは無表情を変えないまま深くため息をついた。

 

「どこの世界に登録したばかりの新人冒険者が、よりにもよってウチのドロップアイテムを一人で持ち込むんですか。しかも抱えきれないほど大量に」


 やはり、目立っていたようだ。


「始めの内、上層部は貴方が王都から送り込まれた間諜(スパイ)なのではないかと考えていました。我々、受付側からすれば貴方の無知さからそれはないと判断しましたが、やはり上が信用しきれなかったようでした。そのため貴方の実力を測る為のクエストを受けさせろと言われたのですが、貴方は買取に現れるだけで一向にクエストを受ける気配がなかったもので」


丁度密輸のための護衛依頼が出ていたので渡りに船だったというわけだ。


「決め手は貴方が持ち込んだレイスダストでした。あの塵はレイスを魔法で倒したときだけのみ手に入る限定アイテムで入手確率は1%以下と言われていますので」


そんなに低いのか!! だから金貨10枚も価値があるんだな。あ、俺10個近く持ち込んだ気がする。


「貴方はあの短期間で単純計算ですがレイスを千匹近く討伐した事になっていますよ」


 俺は思わず頭を抱えたくなった。もう少しこの世界の常識を得てから稼ぐべきだったな、いくらなんでもやり過ぎた。ただでさえ魔法を使える人物は常に歓迎される程貴重なのに、レイスはその魔法でしか効果のない相手だった。実際は魔法剣や付与魔法で攻撃を加えることは出来るが、全くドロップが期待できない相手の為、大抵は素通りするのは普通だそうだ。ああ、そりゃ目立つわな。


「貴方がかつてないほどの魔法使いであることが判明した後、我々が貴方をこの依頼に組み込むことに決めました。どれほどの力を持っているのか見極めるのが目的でもあります」


もっとも、貴方の力は私では測れない次元にあるようですが、と値踏みするような視線を送ってくる。


「つまりあんたらは冒険者に伝えるべき依頼内容を隠していたことになるな。これは重大な規約違反ではないのか?」


「その通りです。その件に関しては申し開きもできません」

 

 ふむ、言い逃れしないのは褒めてやる。なので少し減額してやろうか。


「よし、じゃあ慰謝料金貨50枚で手を打ってやる。俺が優しくてよかったな」


「あ、あまりにも法外ではありませんか!? 金貨一枚は王都で一家四人が不自由なく暮らせる額なのですよ」


「俺にとってはそうでもないし、そっちだって払えない金額じゃないはずだ。確かあんたは俺の事情を知っているだろう? 初めて会った冒険者登録の時も担当はあんただったはずだ」


ユウナは本当に覚えていないようだった。魔約定を取り出して見せてようやくあのときの冒険者だと思い出した。


「あの時とは雰囲気が違いすぎです。しかしあの魔約定が本物だったなんて……」


「おいおい、その後にもギルドに確認に行ったぞ。その時はあんたがギルドは新人に手間をかけるほど暇じゃないと言われたんだが」


「それは……すみません。他の業種から流れてきた半端に経験のある新人がこちらの不備をついて金銭を要求することは偶にあることなので、その時は手引きに従った回答をしたのかと」


 くそう、マジか。俺の抗議は一顧だに価しないというわけか。


「本当にギルドはこの契約に関わってないんだろうな? 返答によっては相応の考えがあるぞ」


「それは誓って無関係です。今は違いますが、当時の我々が貴方にそこまでの金額を背負わせる意味が見出せません。第一にそんな悪い冗談みたいな額を用意できませんから契約そのものが成立しません。その魔約定だって用意するだけで金貨何枚必要になるのか……」


 前回と同じ理由だが、確かに頷ける話ではある。俺だって金を搾り取るならこんな田舎者ではなく良家のお坊ちゃんを狙うからな。この借金があったからこそ俺はダンジョンで金を稼ぐべくあれだけのスキルを手にしたわけだし。逆説的だが、俺はこの借金の対価として強くなったようなものだ。


「とにかく俺の事情は解ってくれたな。あんたにその判断か出来なくてもギルドマスターと話を付けるさ」


 上には俺を敵に回すよりも美味い話があると伝えておいてくれ、とだけ言っておいた。


「あんただってこんな任務乗り気じゃないだろう? ただギルドマスターの弱味を握るだけであんたに旨味があるわけでもない」


「任務ですから」


「真面目だねぇ。とにかく商会側は大番頭のクライブまで委細把握しているでかい案件だ。さらに今回の指揮を執ってる番頭のセドリックはヤバいブツまで抱え込んでる。今不必要に手を出すとレイルガルドとまともに敵対しかねないぜ」


 叩き潰すのならともかく、弱みを握るくらいならば止めとけと告げると流石のユウナも顔色を変えた。


「そこまで掴んでいるのですか」


「ああ、隣国の姫様なんてもん掴まされてんだ。今回は相当あちらさんも敏感だぞ、過剰反応を呼び起こしかねない。最悪ライカールまで絡んでくる可能性まであるからな」


「ソフィア姫がこちらに到着されたとの報は届きましたが、逆に彼女たちを狙っていたロッソ一味の足取りが完全に途絶えてしまっているようで、こちらのスカウトギルドでも警戒していますが………」


 そういえばそんな名前だったな。彼らはもう永遠に行方不明だから心配する必要はない。


 俺達が一足先に王都にいる事実を考えたのか、ユウナは無表情の中にも呆れが見えた。


「彼らはあの国が誇る精鋭中の精鋭なのはずですが……」


「まあいいじゃないか、もう過去の話だ。それより聞きたいんだが、いくらレイルガルドが大きな商会といっても後ろ盾無しにこの王都で密貿易できるとは思えない。背後は調べてあるのか?」


 俺はこれ以上奴らの話を続けるのが面倒なのでさっさと話題を変えることにした。


「ええまあ。彼らの後ろにはウォーレン公爵家の影が見えます。元々公爵家には非合法の品を扱う闇オークションの噂がありました。尤もその情報はごく最近手に入れたものですので、すっかりやる気が萎えてしまいました」


 ユウナはそこまで告げると不意に口元をゆがめた。


「だから俺にこうまで簡単に情報を寄越したのか。くそ、そっちの策に乗せられたな」


「いえ、私は今非常に心強く思っています。この上ない”共犯者”ができましたので」


 俺は無言で卓の上の酒を流し込んだ。僅かに感じる樹の香りと酒精が喉を焼くが気分は全く優れず暗澹としたままだ。


 ユウナは調べる内に自分が危険な領域まで踏み込んだことを理解したのだろう。その時点でこれ以上の調査をほぼ諦めていたはずだ。そこに何も知らぬ俺がノコノコと現れたというわけだ。そして降参したふりをして危険な情報を俺にも押し付ける。

 晴れて興味本位で知らなくていいことを知った愚かな共犯者が出来上がりというわけだ。


 くそ、引き際を間違えた。つい面白そうだと知りすぎてしまった。この件は密貿易なんかじゃない。下手を打つと公爵家、ひいてはこのランヌ王国を敵に回しかねない。お膝元の王都でやっているってことはそういうことだ。


「公爵家というと――アドルフ公爵の所であっているのか?」


「この国で公爵はあの方だけですよ、あとの二人は臣民公爵です」


 常識でしょう? という顔をするユリアを前にまた無知を晒してしまった、この国についての勉強もしておくべきだな。どれだけ思わせぶりな言葉を使って場を支配しようとも所詮俺は最近まで田舎の少年に取り付いていた霊体に過ぎず、この国の情勢など解るはずもない。この場の主導権など既に俺にはない。


 ちなみに公爵は王家の係累がなるものだ。臣民でも比類なき偉大な功績があれば公爵になれるがその際は臣民公爵と呼ばれ、一つ格が落ちるが平民にしてみれば天上人に変わりはない、ということを教えて貰った。


「あそこはあそこでなんか今問題があるらしいが」

 

「公爵の孫娘であるシルヴィア様が行方不明らしいですね。冒険者ギルドにも高ランク専用クエストで出ていました。公爵にとってはただ一人のご家族ですのでなりふり構っていられないようです」


 さすが凄腕のスカウトは耳が早いな、この件についてユウナは何か情報を持っていないだろうか?


「そういえば小耳に挟んだのですが、最近リットナー伯爵家が騒がしいそうですね。あの家は王国の祭祀を司る家なのですが最近は目立った行事も無いはずなのに、3日ほど前には様々な人間や資材が屋敷の中に運び込まれたとか」


 思わせぶりな発言だなぁ。でも3日前ってことはちょうど時間的にも一致するな。俺自身はもしそのお嬢様がいるならばこの倉庫街が一番怪しいかと思っていたくらいなんだが。


「既にクエストになっているんだろう? その情報はあんたが独占できる類のものではないはずだ」


「一介の冒険者風情では伯爵家の中まで入って探ることはできませんから」


 なるほど、指を咥えてみているしかないってことか。だが公爵家に問い合わせるくらいはして当然だし、公爵の方も情報を受けた当日に当然確認しているだろう。さては何かあるんだな。


「そんな情報を俺にくれてもいいのか? 俺は田舎者だが良い情報は無料じゃないこと位は知っているぜ」


 ユウナは艶然と微笑み、俺は思わず虚を突かれてしまう。美貌を誇る彼女だがこんな表情もできるとは思わなかった。流石は超一流のAランクスカウトというところか。


「貴方を敵に回すよりも味方につけたほうが得だと判断したもので。それに貴方はまだウィスカで活動するのでしょう? 恩を売っておくのも悪くないかと」


「なるほどね。だが、ありがたく受け取っておくよ。あんたはもうウィスカに戻ってギルドマスターにさっきの件を伝えておいてくれ」


「そうもいきません、マスターにどう報告するにせよ商隊が王都に到着するまでは滞在します」


 もし緊急連絡が必要な場合のやり取りをした後、卓の上に大銀貨を一枚置いて立ち上がった俺をユウナが呼び止めた。


「最後に一つだけ聞かせてください。私は今まで自分は強いと思ってきましたが、貴方に会ってその自信が打ち砕かれました。その強さの秘密は何なのですか?」


「特にはないが、ダンジョンに一人で潜ってりゃあ、嫌でも勝手に強くなるよ」


 あそこにいれば敵には困らないしな。多すぎる気もしなくはないが。

 俺はスキルに大いに助けられているが頼ったつもりはない、と思う……たぶん、そのはずだ。

 最近も完璧だと思ったスキルの思わぬ落とし穴に嵌ってばかりだ。今も使っている<マップ>だって全てを指し示してくれるわけではない。あの誤発動したクロスボウは全く把握できなかった。<鑑定>も<隠蔽>も然りだ。

 スキルはあくまで技能に過ぎない、使いこなす人間の腕が最も重要だと思う。といいつつ件のリットナー家を<マップ>で探していれば説得力はないか。


「本当にウィスカのダンジョンにソロで潜っているのですね――信じられない」


 もう驚くのは止めてひたすら呆れることにしたらしい。


「俺の魔約定を見りゃわかるだろ? 仲間を募ろうにも分け前用意すると借金が減らずに利子だけ増えていくんだよ」


 俺だって仲間を集めてダンジョン攻略してみたいよ。いつか借金が返し終わったら考えてはいるが……今は夢物語だ。


「戦闘奴隷を買う選択肢もあるにはあるのですが、なにせ先立つものが必要ですね」


 そうなんだよと笑った後で俺は店を出た。

 意外な人物と親交を深めてしまったが、これでウィスカの冒険者ギルドともコネができたと考えていいかもな。あとは俺の要望をゴリ推すためにギルドマスターへの土産でもあれば言うことなしだ。




 夜は更けたが、リットナー伯爵家に足を伸ばしてみようか。

 深夜は潜入するには適した時間帯だし、たとえ空振りでもそれはそれで公爵には悪いが、俺にはあまり関係のない話ではある。

 寝ているリリィに<念話>で遅くなると伝えて北地区にあるリットナー伯爵邸に向かうことにした。



 残りの借金額  金貨 15000732枚  


 ユウキ ゲンイチロウ  LV115


 デミ・ヒューマン  男  年齢 75


 職業 <村人LV130〉

  HP  1943/1943

  MP  1341/1341


  STR 326

  AGI 299

  MGI 315

  DEF 283

  DEX 249

  LUK 192

  STM(隠しパラ)540


  SKILL POINT  452/465     累計敵討伐数 4329

<念話>は留守電機能もある超便利スキルです、しかし実際使うには非常に繊細な作業が必要になります。一切手続きなして言葉を使わず会話するのですから。デメリットはひたすら無言になってしまうくらいです。彼らが難なく行える理由もいずれ。とにかく今は急ぎます。

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