6 テイムってなんですか?
「アグリ様!」
私は井戸を覗き込む。
なまじチワワでも石積みの壁の縁に届いてしまうのがいけなかった。
「って……アグリ……様?」
目の前に紅と黒と白の立派な模様の鯉が、井戸の中を泳いでいる。
私に気づくと、顔だけ出して、錦鯉が怒鳴る。
「気づくのが遅いわ!神だから溺れなくて済んだようなものの魚にパワーアップ出来なければどうなっていたか!」
「チワワがパワーアップしたら、錦鯉なのか?」
私とアレクは目を見合わせた。
「どうするかな?湖に放つか?」
アレクはめんどくさそうに、紐のついたバケツに入るようにアグリに伝えて引き上げようとする。
「み、水がなければ息ができぬではないか!」
アグリは慌てて、水を入れろとうるさい。
「そうなの?じゃあ、引き上げた瞬間チワワに戻ったら?」
私は、なんて面倒くさいと腰に手を当てて、水ごと運ぶのは無理と告げる。
「そんなに何度も体を変えることはできぬ。今日は、村の土地が少し潤った。だから魚に姿を変えただけのことよ!」
「ええっ!それならもう少し小さい錦鯉になってくれたらいいのに……そもそもなんで井戸に?」
なんで手のかかる神様……
私は思わず額に手を当てる。とりあえず死なないように、頭だけ水に突っ込んだまま、湖まで運ぼうかしら?
「お前たち!今、面倒だとか思わなかったか?私は、この井戸のことを真面目に考えてやったんだぞ!ちょっと石積みが崩れてしまって落っこちたが……」
井戸の石積みは無事だったが高温で焼かれたこともあり、脆くなったところも多い。
一から積み上げなおして固定した方が良いだろう。
「井戸のことを考えたって……なにか、この井戸にあるのか?」
アレクは困惑したように聞く。
アグリが入っていることで、この井戸水もパワーアップしたこと間違いなしだろうが、そもそもこの井戸水は飲み水にできるようにしておいたはず。
あと何が考えることがあるんだ?
アレクの疑問ももっともだった。
「お前たち、畑を耕してどうする?」
「どうするって……」
私とアレクは、どうするもこうするもやることは一択だよなと顔を見合わせる。
「この後は、肥料と種を蒔いて、毎日収穫まで水を撒くわ」
「その小さなバケツでか?」
魚の姿勢でふんぞり返ることは難しいらしく、尻尾でバッシャバシャと井戸水を叩き水飛沫を上げる。
「だから、最初は三つの畑に小麦と豆と芋と、私たちの食べ分だけ……」
「たわけーーーっ!」
アグリが大きく尻尾でバシャっと水を叩き、私とアレクはその水をもろに食らう。
ボトッボトッ……
なんで、こんな目に遭わねばならないの?
そう疑問には思うが、アグリの力を借りたいので、素直にすいませんと謝っておく。
「そんなペースで、私の体が竜以上になるのはいつのことだ?どんなにここが復興されても、また砲撃を受ければ一瞬でお前たちもここも焼け野原だ。水ぐらいの問題で諦めるな!」
「は、はい!」
アレクと私は、そのアグリの勢いに圧倒され、井戸の前でビシャ濡れのまま直立不動で返事をする。
「だが、良い案は思いついた。おい、お前たち二人!明日は、ブルースライムをテイムしにいくぞ!」
「ブルースライムを……」
「倒すんじゃなくて……」
テイム??
「とにかく、ご飯だ。ああ、ちゃんとパンは湖に投げ込んでくれよ。綺麗に浄化するから汚れることはない。安心しろ!」
「は、はい」
私たちは仕方なく、愛馬のラッキーの上に大きな桶に水とアグリを詰めて乗せて、湖まで運んだのだった。
◇
「おそらく、ブルースライムだから怪我する可能性は少ないと思うが……」
その晩、アレクと私は、ブルースライムを探すために短剣や長剣の準備をした。
「私、魔物は倒したことないのよ」
ただの農村の娘が、魔物退治などすることはなかった。
それは男たちの仕事だったし、村の入り口は、鉄製の柵を作っていたので魔物が入ってくることもない。
それを乗り越えて入ってくるような大きな魔物が近くの村を訪れた時だけ、火を焚いて煙で寄せ付けないようにしたり、弓矢で倒すぐらい。
それでも、男たちが鍬や鎌で倒す魔物は、猪サイズぐらいまでだ。
「倒すだけなら、俺一人で行ってくるんだけど、テイム……なんだよな?正直、聞いたことはあるけど、やったことがある人を見たことがない。」
「そもそも、テイムって何?」
私は聞いたことがない言葉に、首を傾げた。
「魔物を従属させるんだよ。言ってしまえば、ラリアの指示に従わせるという……」
「ブルースライムが私の言うことを聞くの?」
私は、何それ?と驚いてアレクの顔を見つめる。
そんなことができるのなら、パワフルな愛馬がたくさんいるようなものじゃないか!
「だけど、テイムができる人はそれを職業にできるような人しかいないし、どうやってスライムをこの村に連れてくるかだよ、普通は、専用のテイムの容器や檻とかに魔物を入れるもんだ」
「アグリ様にそんな雰囲気なかったわよ。出来て当然ぐらいの勢いだったけど……テイムするってことは、殺しちゃダメなのよね?きっと……」
「死んだ後、命令に従うなら、それはもうゾンビだろ」
アレクも困ったように眉を下げた。
「そうよね……アグリ様の当たり前と私たちの常識はなんか違う気がするから心配なのよね」
アレクから、研がれた短剣を渡され、これを明日どう使えば良いんだか……と肩を落とす。
「ラリア、まずはしっかり疲れをとって眠ることだよ。昨日も今日も肉体労働だ。気が張って、倒れたらその方が困る」
アレクは私がずっと動いていることを心配しているようだ。
「ふふっ、このくらいは楽勝よ。繁忙期は、こうやって走り回っていたもの」
そう言って腕についた筋肉をモリモリと見せる。
何を言っても、アグリが泳いでいる湖の水は恐るべき美容効果と疲労回復が高く、むしろ今までより元気なぐらいだ。
「すごい筋肉だな」
アレクも、腕を捲って筋肉自慢大会を始めた。
すでに、最初アレクが心配したような男女が一つ屋根の下で過ごすという色気のある空間はそこにはない。
お互いにポージングを取りながら、腹筋は何パックかを見せ合い、アレクの動く胸筋を見ては大喜びする私――
そんな中、部屋の暖炉の廃材がはぜる音がパチッパチッと響く。
すっかり、廃材というより木炭のようになってしまったものもあるが、まるで村の人が寄り添ってくれるかのような暖かさと、その筋肉自慢大会が楽しくてお互い笑っている間に、気づけば二人とも、眠りについてしまった。




