5 最強の泥ミミズ
「なんか……大きくなってますけど……」
「リスと同じ枠だよな……」
私とアレクは、プルプルのチワワに変わったアグリを抱き上げる。
「仕方あるまい!勝手に体が怯えて震えるのだ。だが心は怯えておらぬし、ありがたいことに大きくなった。あとは私が神通力を蓄えるために、食べるのみ!」
さあ、今日のご飯はなんだ?
そういわれて、私は渋い顔をする
「そんなに食料はないんです。とりあえず、畑を今日は耕します。」
昨日、アグリが湖から取り出した汚泥をバケツに入れて私たち二人は、森の中から外に出ていく。
「井戸を中心に畑を耕そうと思うの。水やりが楽でしょう?」
「それなら、ラリアの家の畑から耕すか?俺は泥を撒くよ」
結局、家の時と同じ。
どこから耕してもいいはずなのに、私は、吸い寄せられるように、元々我が家の敷地にあった畑から始めようとする。
「土地が焦げているのは、耕せば復活すると思うの。ただ、あれから土地を放置して、栄養を入れてないのが問題なのよね」
アグリの神の力を含んだ泥を共に畑に撒きながら、アレクにどこまで耕すかを相談する。
その瞬間――
「泥が動いた?」
畑の上に撒いた泥が、まるでミミズのように伸びていく。
「ア、アレク!あの湖から取り出した泥が動いてる!」
いや、動いているだけではない。
巨大ミミズのように細長くなり、焦げた畑を食べ始めている。
「気のせいじゃない!動いてる。これは安全なのか?」
アレクは、持っていた鍬を「えいっ!」と振り上げ、そのミミズのように動き回る泥を止めようとする。
だが――
「分裂した!」
それぞれに分かれた泥ミミズが、再び分かれて土を食べては膨らんでいく。
「ちょっと!アグリ様!泥が土を食べているんだけど?」
自分で言っていて、訳がわからなくなる。
泥が土を食べるって何なんだか?
「いいじゃないか?食べて貰って、排出されたら栄養価の高い土になる」
何が問題なのか?
そんなつぶらな瞳で、チワワアグリは震えながらスタスタとその泥ミミズに向かって歩いていく。
「危ないわよ!アグリ様!」
「なに!泥に過ぎぬ。」
そう言って、スタスタと……いや、そのままその場にハマった。
泥ミミズが歩いた跡はふかふかの土になっており、チワワの短い足でははまりこんで身動きが取れない。
「ダメよ。アグリ様は、足が短いんだから……」
私は急いで、その泥が飛び跳ねた跡を歩いたアグリを引っ張り上げる。
「あら?ねえ、泥ミミズが土を食べた後、排出するだけじゃなくて、更に、飛び跳ねながら畑を掘っているわよね?」
泥ミミズは、丸太ぐらいのサイズになるまで大きく、太くなっていく。
「いや、あれはただ土と私の神通力が戯れているだけだ。元々、この力はこの土地を守るための力だから、土とは友人のような間柄だ。長く親しんでなかったがな……」
「友人……?」
「ふむ、昔は土の妖精がこの辺りを飛び回っておったが……まあ、土地が豊かになればまた戻ってくるだろう。どんなに竜でも、形なき妖精を焼き尽くすことは出来ぬ」
「そうなの?戻ってきてくれるといいのだけど……」
神様が目の前にいるのだ。
アグリ村は、豊かに農作物が育つ村だったから、きっと多くの土の妖精が助けてくれたに違いない。
戻ってきてくれたらきっとお礼を言うわ。
そして、今まで守ってくれたのにごめんねって謝るわね
私は、飛び跳ねては大きくなりながら、あちこちの土に潜り込んでは次の土を目指して跳ねる巨大な泥ミミズを見つめた。
「巨大ミミズは、畑の区画などの区切りはないのね。歩くところもふかふかになったら、アグリ様、常に抱っこになるわよ」
「土地が豊かになれば、また大きくなる。あの湖から掬い上げた泥を、できるだけ広範囲にあちこちに撒いておけ。そうすればそれぞれに、ああやって掘り起こしながら土を食べてくれる。少しは土が潤うであろう。そんなことより……」
アグリは、短い足をバタバタさせる。
「汚れてしまったではないか?綺麗にしてくれ」
「だから、言ったじゃないの!」
私は、眉を下げて、困ったちわわアグリを見つめる。
「井戸の水でいいですか?とりあえず、寒いから、泥だけ落としますよ」
紐付きバケツを井戸に投げながら、水を引き上げてアグリの元に持っていく。
「なんだ?井戸の壁は石しか残っていないではないか?」
チワワでも石の壁に足をかけると井戸の中が覗きこめてしまう高さしかない。
「屋根と滑車と木枠が燃えちゃって、石の壁の部分だけが残ったんです。でも、水はちゃんと綺麗にしましたからね。飲めるし、足も洗えますよ」
「それで、紐付きバケツか?」
「仕方ないですよ。滑車を作り直すにはお金がかかるし、私とアレクの二人だけですからね」
私は、バシャっとアグリの足に、井戸の水をかけて泥を落とす。
「冷たいではないか!」
「だって、家を移動させてしまいましたから、ここでお湯は沸かせません。これから、私もこのミミズたちと一緒に耕しますから、アグリ様はここで待っていてください」
アレクは、湖からの汚泥を何度も取りに行っては、畑に撒き続けている。
お陰で畑を三つ耕すのにどのくらいかかるかと思っていたが、耕すだけなら10個分くらいの畑をミミズが耕してくれそうだ。
私は家の土台があった石に、首にかけていたタオルを畳んでアグリをのせる。
「ふふっ、本当のわんちゃんみたいだわ。じゃあ、そこでいい子にしててね」
「ふむ、みんなを見守っておるぞ!」
アグリはうるうるプルプルの姿のまま、口だけは偉そうに私に語りながら、「うーむ……」と井戸の方向を睨むように見つめた。
よほど水が冷たかったのかしら?
と思ったところで、アグリに関わっていたら一日が終わってしまう。
私は、アレクの元に急いで合流する。
「アレク、なんか畑がすごいことになってない?」
巨大泥ミミズは、どれも丸太サイズで好き放題に暴れているが……
「今耕せないところまで掘り進んで、肝心の畑が全くなんだよな。」
村全体は、少し焦げた景色が変わり、その代わりに丸い泥サークルがあちこちに出来上がっている。
「これ、泥ミミズに鍬を入れてみたらどうだ?先ほど、分裂したから数が増えれば増えるほど綺麗になるんだよな?」
「えーっ、泥とは言ってもなんか可哀想じゃない?」
私は、生き物のようにニョロニョロ動く泥に鍬を入れるのは可哀想な気持ちになる。
「でも……こんなでっかい泥ミミズが動き回っているのを誰かに見られてみろ。ただでさえ、竜に襲われた村なのに、怪奇現象の起こる村というネーミングまでつくぞ」
アレクは、ドッタンバッタンと楽しそうに暴れて、段々と大木のように太くなっていく泥ミミズを見て、渋い顔をした。
「そ、そうよね……」
肌に良い温泉を売り出す前にそれは困る。
私は、「ごめん!」といいながら泥ミミズに向かって鍬を振り上げ、切断――
分裂!ぷるん!
と言ったかどうかはわからないが、全くノーダメージで、分裂した後、再び、細長く伸びなおしそこから土を食べまくったり掘りまくる。
「これは……」
「耕すより、とにかくこいつらを分裂させて村の土を掘り返してもらおう!」
私たちは、お互いに視線を合わせて「それ一択!」と頷く。
「おりゃーーーっ!」
「とりゃーーーっ!」
ひたすら、泥ミミズに容赦ない鍬の制裁――
ぷるん!
ぷるん!
増えては跳ねる泥ミミズが、増殖していく。
「ねえ!これどこまで増やしたらいいの?」
「分からないけど、基本は泥なんだろう?」
「そうよね!なら、どんどん増やせばいいわよね」
そして、まるで村の土は飲み物ですと言わんばかりに吸収していきながら跳ねては潜り、巨大化する。
それをただ、ひたすら鍬で分裂――
「おい、まずいことになってないか?」
「ちょっと、分裂しすぎじゃない?」
ひたすら、分裂させた結果……村の景色が焦げた土壌から、耕された土壌に変わっていく。
ただし、道も焼け焦げた家の跡も関係なく掘り起こされていくが……
「ねえ、アグリ様!村が生き返ってきてますよ。ただ、ミミズが分裂しすぎて……」
私は、アグリに向かって振り向く。
あれっ?
「アグリ様?」
折り畳んだタオルの上にいたはずのアグリがいない。
その時、ふと視界に入った井戸……
「アグリ様!!」
井戸に落ちたのかもしれない!
私は、井戸に向かって走り出した。




