4 本当に村を守る神様はこっちだ
「ここにあの岩を持ってこい!」
アグリが指差すのは、目の前の小さな湖の真ん中の陸の上に鎮座する両手で抱えられるぐらいの岩だ。
「とりあえず、言うことを聞いてみるか?」
アレクは仕方なく湖をじゃぶじゃぶ歩きながら、その岩を家の近くに持ってきてドンと運んだ。
もう、日がすっかり暮れ始めていた。
「このままじゃ、アレクが風邪をひいちゃうわ」
私は、急いで廃材を持ってきて焚き火をして、湖からの水をお風呂に使い沸かし始める。
結局、寒い中二人で行った今日の井戸掃除はなんだったのか?
下から湯を沸かし始めると、金属でできた風呂はあっという間に温かくなる。
「アレク、これを足元に置いて入って」
金属の風呂はそのまま入ると火傷する。
少し大きめの廃材をそのまま底板に使うことを提案した。
「おおっ!風呂か!」
なぜかアグリが、私も入るぞとアレクの肩に乗っかった。
「ちょっと!この岩どうするのよ?」
「この岩ではない。この村の守り神だ。綺麗に磨き、酒と塩で清めておけ!」
「何よ、掃除してあげるのにえらそうねえ。これからアグリ自身が風呂に入るのに、そんなことする必要ある?」
「ある。それは私の家のようなものだ。さて、本体はしっかり風呂で温めないとな……さあ、アレク、行くぞ」
アレクも、はいはいと軽くアグリをあしらいながら、湖に入ってびしょ濡れな体を引きずって歩き、風呂に入っていく。
「迷惑な神様ね……でも、これが本当に神様なら、村を守ってもらえなくても当然だわ」
私は、幌馬車の中から、棕櫚で出来たブラシを持ってきて、ひたすら岩を洗い始める。
苔がついて、岩が泥で汚れた神様……
ある日、自分に変わって、曰く付きの竜の宝玉がみんなに愛されて、自身の存在は忘れられてしまう。
そして、自分の力がどんどん落ちて、棲家もこんな風に汚れてしまったら……
私は、知らなかったとはいえ、申し訳ない気持ちになった。
1時間は、何度も擦って汚れを落としたり、磨いたりしただろうか?
長い間、放置された岩は少し艶を取り戻していく。
「塩と酒をふりかけてっと……今度は大きな木の下にその岩を置いてあげるわ。雨風が少しは凌げるわよね。ただ……やっぱりすでに神様はいたのに、どうして、父さんは竜の宝玉が村を守ってくれるなんて思ったのかしら……」
私は、岩を抱えて森の大木の根元に置いた。
湖の中で、ポツンとあるより、大木があるだけでスケールが大きな神様にみえるじゃないの!
そう思って、うんうんと綺麗になった岩を見ていると……
「竜の宝玉が崇められた理由?それは、宝玉が人の願いを叶える力があると言われているからだ。実際はどうか知らぬが、魔力を含んでいるのは確かだし、周囲に神だと思わせるぐらいの力があるのも確かだろう」
うわあああっ!
気づけばほかほかの湯気が上がるリス――もとい、アグリが、岩が綺麗になったではないか!と嬉しそうにしている。
私が必死で岩を磨いている間に、もう風呂から出たのか!
突然の会話に驚いたが、アグリが言ったことが気になり、私はどう言うことか問いかけた。
「でも、私たちは?宝玉に触れても魅了されていないわ」
「それは、村が燃やされたことでこの祠にお前たちが初めて疑問を持ったからだ。お前の父は、みんながお参りする神である私のそばに置いておこうぐらいにしか、最初は思ってはおらなかったはずだ」
そうね。
それなら、妙に納得できる。
村がやられるまで、あの祠が私を守ってくれていると信じていたんだもの。
「父さんは、神棚にいろんな神様を祀るような感覚だったってことかしら?」
「まあ、そんなところだ。村にとって良いものを集めるぐらいの感覚だったのだろうが……竜は魔物だからな。魅了するし、侵食しようとするし……」
「そうなのね。ただの岩にしか見えない神様と、如何にもという祠だと祠の方が神様と思っていった人もいたのかも……私が物心ついた時には、完全にこっちが神様だったから」
私は申し訳なさそうに、アグリに悪気はなかったことを伝える。
「済んだことだ。お前も風呂に入るが良い。この後は、アレクの奴に、この岩にかけるしめ縄を作らせておく」
アグリは偉そうにふんぞり返って、ラッキーの藁の一部を、しめ縄に回すように言った。
「全く人使いが荒いな。ご飯を作った後でいいか?パンを焼いて、スープを作っておくよ。ええと、飲み水は井戸まで取りに行くのか……」
アレクはせっかく温まったのに……とゲンナリした顔をする。
「ふっ、お前たちが、その岩の棲家を綺麗にしただけでどれほどの力が復活したか見せてやろう」
アグリは、二本足でスタスタと湖に向かう。
そして、短いリスの手をチャポンと湖の中に沈めた。
「水よ、清き綺麗な時に戻れ!」
そうアグリが叫んだ瞬間、湖からの強い風を受け、アレクと私は思わず目を背ける。
「うわっ!」
立って過ごすのがやっとだが、目の前の水が竜巻のように渦を巻いて立ち上がる。
「あああああっ!」
私は、あまりに高い水の勢いに動けなくなる。
それを見て、アレクが
「危ない!」
私の体に覆い被さり、水から守ろうとした。
だが――
「お前たちが、綺麗な水にして欲しがったんだろうに……こんなことでいちいち騒いでいたら、竜が尻尾を振るだけでお前たちは気絶するだろうな」
ふんっ、貧弱な奴らが!
アグリは、そのトルネードから泥やゴミを取り出して水だけ戻す。
湖は一目でわかるほど透明感がある綺麗な水に変身した。
私とアレクは、抱き合った形であることに気づき、パッと離れてお互い気まずい顔をする。
「ほら!これでこの湖の水全て飲み干しても大丈夫だ。ついでにその泥は私の神通力が混じっているからな。畑に混ぜたら栄養満点になる。しっかり働いてやったぞ!スープとパンを私にもよこせ。腹が減っては戦はできんわ」
そう言って、アグリは綺麗になった岩ではなく、我が家の玄関を開けて、すたすた中に戻っていく。
「あれって……私たちと一緒に同居するってことよね?」
「だな……とりあえず、風呂はなかなか良かったぞ。もしかして神通力の込められた湯だったりしてな」
アレクと私は顔を見合わせて、あまりにも人間臭いアグリにぷっと噴き出した。
◇
「ちょっと!!アグリ様!神様!」
私は、リスのアグリの前で土下座した。
「あなたは神様!間違いないわ!!」
「どうした、ラリア?」
風呂から出た途端、豹変した私の様子にアレクは驚いて目を見開いた。
「アレク、あなたはお肌がツヤツヤだから気づいてないけど、あのお風呂のお湯は温泉レベルよ!ほらみて!」
私はツヤツヤになったほっぺを、アレクに触れと迫る。
「ええっ?そう言われたら肌が少ししっとりしたのかな?」
「しっとりなんてもんじゃないわ。だって、ガサガサの肌だったんだもの」
普段から、陽に当たり、風にさらされた肌は、乾燥してがさがさで真っ赤な頬だ。
それが、ガサガサが消えてしっとりとした頬になっている。
無理やり私に頬を触らされたアレクは、うーんと首を傾げた。
「元々の肌を触ってないからわからないよ」
「アレク、これはとても重要なことよ。もし、肌が綺麗になったり、怪我が治るような温泉がこの村にできたらどうなるかしら?」
「そりゃ、騎士団の奴らは傷が絶えないし、魔物退治で怪我をしたり後遺症がある人は……そうか、入りに来るんだ!」
「そう!入りに来るなら宿泊所が必要でしょ。そして、食事をしたり、買い物ができる場所もいるのよ」
「そして、食事をするなら、食材も必要!」
ナーイス!!
私とアレクは、アグリの前で正座する。
「どうか、お力をお貸しください!」
「腹減った……先ほど張り切りすぎた。祠の飯も無くなったし、まともなご飯を長く食べておらん……」
アグリは、尻尾をてれっと下げる。
アレクが急いで、焼いたパンと持ってきた食材で作ったスープを出すと、パンにスープを浸しながら、小さな手で食べ始めた。
「とりあえず、リスからもう少し大きな体にならないと、栄養補給も出来ぬ」
「サイズが変えられるってこと?最後はどのくらいの大きさになるつもりなの?」
「そりゃ、龍よりデカくないとダメだろう。自分よりちっぽけな体の奴に竜が従うとは思えない」
アグリは、口をいっぱいに膨らませて、パンをほっぺに溜め込んでいく。
「みんなに、アグリによって守られている村と思わせたら、ここの村は守られて、温泉も作れて、人も寄りつくのよね」
「ただ、温泉っていってもそれだけの設備がいるぞ。ただ穴を掘ればいいわけじゃないもんな……」
私とアレクも、先立つものをまず作らないとダメなんだよな……と肩を落とし、夕ごはんにする。
「やっぱり、まずは手堅く畑を耕して、芋や豆など長期保管が可能なものを作って、王都におろすほうがいいよな」
「二人でやるんだったら、小麦用の畑と芋と豆の三つかしら?」
「あとは、自分たちが食べる用を少しつくるぐらいしかないよな……」
手広くやりたいなら人を雇わなければならない。
だが、そんなお金もないし、彼らが安心して居住できる場所がない。
「そうだ!ここに、小さい風呂を作って、俺がその効果を騎士団に広めたらどうだ?みんなも事情を知っているし、初回は10コール、二度目からは50コールで入ってもらったら……」
「私も思いついたわ!夢枕にアグリが立ってここに風呂を作れと言われたと言えばどう?そうしたら、みんな効果を感じてアグリを拝んで帰ってくれるわよ!」
ナーイス!
私とアレクはそれだ!と手を叩き、とにかく金を貯めて、風呂を作る計画を立てる。
「まずは、少しでもアグリの力をパワーアップするために俺はしめ縄を作るぞ」
「じゃあ、私はしめ縄と共に飾る紙垂を作るわ」
そうして、藁を叩き編んだしめ縄と村の帳簿のために持ってきた紙を使って紙垂を岩に取り付けた結果――
「おおっ!一晩でパワーアップしたではないか!」
だが、力強い言葉と裏腹に、つぶらなお目目で、プルプル震えながらそこにいたのは、チワワだった。




