3 目の前に見える現実
「眩しい!」
しばらくは、目も開けられない。
手にその水晶玉を掴んだまま、恐々と目を開けた時には、目の前にいたのは……
私は、ゴシゴシ目を擦る。
リス?
先ほどまでは、動物一匹すらいなかったのに……
今の音と光で、驚いて出てきてしまったのだろうか?
「なんだ、見えるのか?」
リスが、明らかに口を動かした。
「リ、リスが喋った!」
しかも、ぷりんとしたふさふさ尻尾をゆらゆらさせて、二本足でトコトコ目の前を歩いていく。
「うそでしょ!」
自分の目がおかしくなったのではないかしら?
思わず頬を掴む。
痛い!痛いわ!
いや、本物だ!
「お前たち、こんな厄介な物持ってきて……ひたすら崇め奉ったかと思えば、石なんて投げてさ。大事にしたいのか奉りたいのかどっちなんだよ」
私のそばにそのままスタスタやってきて、止まったかと思うと、怒ったように、私が掴んでいる水晶玉を見る。
「どっちって……コレ厄介なものなの?怒りのやり場がなかったから、つい当たったの。でも、祠の中には神様はいないと思っていたから……もしかして、コレが神様?」
私は、先ほどとんでもない光を放った水晶玉を見つめた。
「何が神様だ。神は私の方!それはただの宝玉。そんな物を勝手にここに持ってくるから、私の本当の祠をみんな見なくなるんじゃないか!」
リスは、手を自分自身に指差すように向けて、ぷいっと私から顔を背けた。
その視線の端には……
「あれ?湖の中心にあるあの岩?」
あんなところに岩なんてあっただろうか?
今まで、毎日のようにこの湖にきていたのに、その記憶がない。
「そう、せっかくあそこから、村を守ってやっていたのにさ、その宝玉をみんなで祀りだしてから、みんなそっちに夢中だ」
リスは、しっぽをたらんと下げた。
「し、知らなかったもの。あの岩は移動できるの?」
「ああ、水が入り込んで湖になっただけで、最初はみんなが行き来できる場にあったからな。別に移動してもらって構わない。むしろ、そんな状況に陥っても誰も気づかないんだから」
そう言われると申し訳ない気持ちになる
「そうなの……ええと、にわかには信じがたいんだけど、こうやって動物と話せる段階で普通じゃないのよね?」
恐る恐る仁王立ちしたリスのもとに膝をついて、屈んで聞いてみる。
「これは、仮の姿だ。森で過ごすにはこれが違和感ないし、そこの祠のものも食えるしな」
なるほど……この自称神が、祠のものを食べたわけか……
ん?いえ、本当に村の神様なら食べてもいいのかも……
「じゃあ、あなたがここの守り神?ねえ、どうして?どうして竜から、村を助けてくれなかったの?あなたのことをみんなが祀らなかったせい?」
その答えを聞いてみたかった。
リスは、少し迷ったように私をみたが、自分は悪くないとばかりに、再びきっぱりと私に伝えた。
「関係あると言えばある……祈りの力は、私の守れる範囲と直結している。長く人からは忘れられて、私のことを忘れずにいるのはここの森の動物だけだ。だから、守れたのはこの周辺だけだ」
私は、そっと森の木々の隙間を見つめる。
姿はないが、おそらく鳥や小動物など森の動物達もいるのだろう。
守り神を忘れずに慕った彼らは、守られた……
「…………知らなかったの。みんなこの祠が神様だって思い込んでたの。あなたのことを忘れたわけじゃないの。守ってくれるのは……ここだって思ってた」
「知っている。この厄介な竜の宝玉を持って帰った時、ご丁寧に、私の近くに祀って、村を守ってくれるとお前の父が祠を作ったんだからな。」
「竜の……宝玉……って……」
竜という言葉に、思わず顔が凍りついた。
「竜って……ここは竜に襲われたの。もしかして……その竜のもの?」
「だろうな。私の力は徐々に弱まり、竜は、この森の宝玉の気配を感じて村を燃やした。だが、皮肉にもその宝玉のあるこの場所は、私によって守られていた。だから、見つけることなく、村だけ燃やして去った……」
これが村を滅ぼした元凶だなんて……
私は、手の中に収まる水晶玉をもう一度見つめた。
適度な重さと澄んだどこまでも透明な世界が広がる水晶玉。
竜のものと言われなければわからない。
早くここから離してしまいたい。
なんで父さん、そんな大変なものを持って帰ってきたの?
みんなそれで……
父さんも母さんもみんなも、それで死んだのよ!
「か、返すわよ!知らなかったんだもの」
「返して済むならいいが、あの竜は自我を完全に失っておる。竜の心みたいなもんで、普通は宝玉は竜の体についているんだ。竜から奪えるとは思わないから、何らかの理由で宝玉が落ちて、それを拾ったんだろうな」
「そんな……巣にそっと戻すのではダメってこと?」
「それで構わないが、そっと戻せるような巣ではないということだ。ところで、お前、また元のところに家を建てて、竜に襲われたら私は守ってやれん。こっちに家を移せ」
「移せって?もう一度建て直すお金なんてないわよ。それに、村を全部再建しようと思っているの。」
リスの姿をした神様は、そんな私の話など全く聞く気がないようだ。
この辺かな?と比較的、広い湖の横の野原を見つめる。
「建て直さなくて良い。移動させるだけだ」
パチン
リスが指を弾く。
その瞬間、
ドスーーン!
砂埃と共に現れたのは……
「家!」
「わああああああっ!」
慌てて馬房から飛び出てくるのはアレクだ。
「ラリア!ここは??えっ?あれ、ここどこ?」
驚いてきょろきょろしている。
「……あの、どこから説明したらいいのか……このリスが神様だっていうんだけどね……」
私は慌てて、ドヤ顔しているリスを指差す。
「え?ラリア?何言ってるの?」
「だから、訳わからないと思うんだけど、このリスが神様らしくて……」
どう言えば伝わるのか?
違うのよ!私がおかしいんじゃないのよ!
そう、説明をしようとする。
だが……
「リスって、ここにいるのは、君とラッキーだけだ。リスはいない」
「え?もしかして……アレクには見えないの?コレよ!コレ!」
どういうこと?
「ああ、私は神だからな。先ほどからリス、リスというが、仮の姿、名前はアグリだ。私の名前から、この村の名前はつけられたのだから」
「アグリ?」
村の名前が、この村の守り神の名前だったの?
私は、アグリからもっと話を聞こうとする。
「先に、そこの男にも姿を見せてやらねば。その宝玉を握らせてみろ。すごい力を持った球だけあって、竜の魔力を受け取れるだろう。そうすれば、私の姿も見えるはずだ」
私は、事情を話し、アレクに水晶玉を渡す。
すると――
激しい光が前と同じようにアレクに注がれる。
「うわああああっ!本当にリスが仁王立ちして話している!」
先ほどまで、何も見えなかったアレクの前で、
「おーい、私の存在がちゃんと見えるか?」
そう言いながら、手を振るアグリがいた。
◇
「……で、ここで暮らせというのか?」
アレクは、納得できない気持ちはあっても、人の言葉を話すリスがいるのは事実で、どうしたものかという顔をした。
「言っておくが、竜が宝玉を見つけられなかったのは、私の素晴らしい結界のおかげなのだ!」
えへん!
自慢げに、鼻をふんっとすすりながら、アグリは語り出す。
「いっそ見つかっていた方が良かったんじゃないの?回収されたらさっさと帰ってくれた可能性だってあったんじゃないの?」
「それは無理だ。逆恨みされるのがオチだ。ただ、竜にそれを返す方法がないわけじゃない」
ふふんとドヤ顔されても、アグリの胡散臭さといったら……
アレクは腕組みをして、ひょいっとつまむ。
「家を移動するのはすごいとは思うぞ。だけど、本当にお前が神かどうかは俺たちにはわからない」
「お前!神に何をする!」
アレクに摘み上げられたアグリは空中でバタバタと暴れ回る。
「お前たちが、村を元通りにするのも、元凶の宝玉を返すのもすべては私の力にかかってるんだからな!もっと大事に扱え!」
キーっと神っぽいことを叫んでいるが、どうみても大きめのリスが暴れているようにしか見えない。
「私の力にかかっているって何か打つ手があるの?」
私は、藁に縋る勢いで、宙吊りとなったアグリを凝視する。
「だからつまむな!簡単なことよ、私が強くなって結界の範囲を広げられたらいい」
アグリは、小動物を掴むように扱うアレクをギロリと睨む。
だが、全く威力がない。
そんなアグリを無視して、私たちは、首を傾げてどういうことだ?と呟く。
「リスとしては十分な大きさだよね?」
「人間サイズのリスになるのか?」
そう聞く私たちに、「違う!!」とアグリは再び叫ぶ。
「仮の姿だと言っただろう。残念ながら、竜の魔力とこの森の動物たちの支持だけだからな。まずは、お前たち二人が私を神だと認めろ。そして、信じろ。私の力が強くなれば、誰がリスの姿なんかでいるものか!!」
「それって、信じるものが増えたら、守れる範囲も広がるということ?」
「そうだ。悪くない話だろう?私はこの宝玉のせいで弱体化させられた。村を復興することで、再び強大な力を手に入れる。お前たちは、村を復興して前のようにここで暮らせる。そして……」
「そして?」
私は、ごくりと息をのんでアグリの話を聞く。
「私が力を持った時には、この宝玉の持ち主の竜の頭にゲンコツを入れてやろうじゃないか?竜のくせに私に勝てると思うなよ!」
力強くアグリは言う。
だが、その姿は、アレクに摘まれたままのただのリスだった。




