7 通行禁止
イシュマール号はヌーラーンの月の裏側を優雅に通り過ぎ、宇宙に浮かぶ巨大な立方体へと向かっていた。
「あれが……GATEWAY CUBE?」
操舵室のメインディスプレイに映る真っ黒な立方体を、少年リゲルは食い入るように見つめている。
「CUBEを見るのは初めてですか?」操舵席に座るジスが静かに答える。
「……うん。ずっと昔からあって、確か、いつ誰が作ったかわからないんだよね?」
リゲルはそのことを確かめるかのようにジスに言った。
「ええ。実際にああして宇宙にぽっかりと浮かんでいるのですが、その質量も一体何で作られているのかも未だに解析不能なんです。そもそも別の宇宙と繋がっているので、あれを物体と定義していいのかも──」
「ねぇ二人とも! 今すぐニュースを見て!」
ラウンジから駆け上がってきたエイカが声を上げた。
ジスが素早くパネルを操作すると、ディスプレイが緊急ニュースに切り替わった。
《これは、1時間前のテラ・ゲートウェイ・キューブ付近の映像です。ご覧ください、一隻の未登録の貨物船がゲート付近にゆっくりと近づいています。そして──》
キャスターの後ろの映像がフルスクリーンになる。貨物船の中腹部が強い光を放ったかと思うと船体がぐにゃりと歪み、無音のまま爆発した。爆発による電磁波で映像に激しいノイズが走り、粉塵と破片がカメラに衝突して画面が消えた。やがて映像は女性リポーターに切り替わった。
《現時点で情報は錯綜しており、これが事故なのか、それとも……》
「まずいですね、よりによってこのタイミングで。今すぐに本部に確認してみます」
ジスとエイカは急いでラウンジに降り、眠気眼のウェンも顔を出した。
「どうした? 二人ともそんな顔して」
「ニュース見て。とんでもないことになってる」
リゲルがUNIをウェンに渡した。
「……なんだよこれ。おいおい、テロの可能性もって言ってるぞ!」ウェンはすっかり目が覚めてしまった。
「僕たち、地球に行けるのかな?」
「いいえ、局長からも皆さんにお話があるそうです。ラウンジのディスプレイにつなぎます」
スーツ姿の中年の女性が映し出された。
「はじめまして、皆さん。私はエクレシア・テラ・地球本部局長のヘレナ・エディソンです。まずはリゲル、あなたを保護するためだと言うのに大変な目にあったわね。それに、ミスター・カーマイン・ウェンと、ドクター・エイカ・サガラのお二人のご協力に心から感謝するわ」
エディソン局長は落ち着いた声で続けた。
「先の事故に伴って、テラ側のCUBEのすべての船舶の通行が禁止されています。これはテラ政府が安全対策として一時的に講じた措置で、今は我々としても成すすべもない状態です。実はこの通信も政府の許可を得て、通信内容の検閲に同意したうえで行っています。今後のプランについてはジスに一任してありますから、ことが落ち着くまでの間、彼に従って行動してください。私からは以上です。では幸運を」
通信が切れると、ラウンジに重い沈黙が落ちた。
リゲルはテーブルに映るニュース映像を見ながら、胸の内で思った。
(どうしてこんなわけがわからないことばかり起こるんだろう……。もしかして、全部僕のせい? 僕がこっちに来なければこんな事は起こらなかった?)
「また、これも自分のせいだって思ってるのか?」
ハッとしたリゲルが顔を上げた。
「いいか? いろんな事が起こったし、これからもいろんな事があるだろう。けど、それは絶対にお前のせいなんかじゃないからな! いいか? 俺達みんな一緒だからな、大丈夫」 そう言ってウェンはリゲルの肩に優しく手を置いた。
リゲルはウェンに「エヘヘヘ」と笑って見せた。
「何言ってのよ、全然大丈夫なわけ無いでしょ? このまま宇宙を仲良く漂流するつもり? 食べ物とか着替えとかどうするのよ?」
現実主義のエイカが口を挟むと、ウェンが(なんでお前は)と目で言い返した。
「必要品購入のためにも、タングクの『タイタン・セジン・リング』に向かおうと思っています」
そこへ操舵室で誰かと通信をしていたジスが、ラウンジに戻ってきた。
「おお、『タングク・ハンル』か! いいね、あそこは飯がうまいんだよな」
ウェンが身を乗り出して言った。
「悪くないわね。リングの市場なら備蓄品や足りない医療物資なんかも揃えられるし」
「へぇ~、どんなところか楽しみ!」リゲルの元気もすっかり回復したようだった。
イシュマール号はぐるっと弧を描いて反転し、タングク・ハンル国につながるCUBEの表面を目指して、軽やかに速度を上げていった。




