6 契約
「そういうわけで、新たな任務を受けてリゲルの移送のためにアル・サフィア孤児院に向かったのですが、そこで襲撃を受け、脱出ポットからヌーラーンの地表へ。ザフランの森でミリシアに捕まり……その後は以前お話したとおりです」
ジスが話し終わると、ラウンジにイシュマール号の低いエンジン音だけが響いた。
ウェンが最初に沈黙を破った。
「マジかよ……。いや、まだよく話の内容を上手く消化できてないんだが」
「ジスが僕の命を救ってくれたんだね!」リゲルは少し涙ぐんでいた。
「いいえ、私ではなかったと思います」
「そうだわ、だって暗殺部隊はもう既にやられてたんだもの。もしかしてリゲルのもう一人の……」
「ううん、ニールじゃないと思う。彼がしたことは全部覚えてるから」
「ああ、そうだったわね。この体で体験したお互いの記憶にはアクセスできるんだったわ」
エイカは思い出したように納得した。
「でもよ、よくわかんねぇな。んじゃあ、リゲルみたいなのがもうひとりあそこに居たってことか?」
ウェンが眉間にシワを寄せて言った。
「確かに、いい質問ですね! そう、チェンバーはもう一つありましたよ!あ、でも……そっちは空っぽでしたね」
ジスが景気よく言ってみたものの、真相には全く繋がらない虚しさに、一同は「はぁー」と声になるほどの大きなため息を漏らした。
「とまあ……、それはそれとしてですね。まずは、先程のお伝えした秘匿内容をサクッと理解していただいたうえで、更に契約内容をササッとお読みになり、それらすべてにまるっと同意してサインをいただければ、今すぐにでも一時的なESIAのIDを発行しますよ。さあ、どちらから始めますか?」
さながら、人を騙す詐欺師か何かのように、ジスは軽やかな笑顔でそう言った。
「よし!じゃあ俺──」と、さっそく餌に魚が食いついた。
「──だめよウェン! ちょっと待ちなさい。あなたちゃんと契約内容を読んでないでしょう?」
エイカが素早くウェンのUNIを取り上げた。
「おい、なにすんだ! さっきも言った通り、こんなチャンスは二度とやってこないだろうが。そもそもこんないい話に乗らない人間がこの宇宙のいったいどこに……イテッ!」
エイカがUNIの角でウェンの頭を叩いた。
「一日、考えてから決めます」彼女はそう言って、寝室に帰っていった。
「な?! あいつロックしやがった。おい、俺のUNI返せ!」
ドアの前で締め出されたウェンが、ドアを叩きながら叫んだ。
「イーシアって、なんかかっこいいね。僕もエージェント?」
リゲルは目を輝かせて言った。
「いいえ。残念ながらあなたは移送任務の対象者ですからね。エージェントにはなれません」
「そうなんだ。がっかり」
彼の顔が暗くなったのを見て、ジスが優しく「しかし」と続けた。
「リゲルは大事なお客様ですからね、ある程度のご要望にお答えするのも私の任務ですよ」
ジスが微笑みながらUNIの画面を見せると、リゲルの表情がすぐに明るくなった。
「これって、もしかしてゲームもできるの?」
「おお? リギー・リゲール! なんだ? ひとりだけでゲームやるつもりか?」
ウェンがドシンッとリゲルの隣りに座った。
「リギーってなにそれ、僕のこと? 変なのー!」リゲルは照れ笑いした。
「一緒にゲームしたい?」「当然だろ? なにがある? 格ゲーか? シューティングか?」
ジスはそれを見てホッと胸をなでおろした。「私はまだやることがあるので、操舵室にいます。二人とも、あんまり遅くならないように、いいですね?」
「はーい、ママ!」
二人はふざけてそう返すと、ジスは呆れ顔で操舵室へ続く階段に消えていった。
「にぎやかな旅になりそうね」こっそりと廊下から二人の様子を見ていたエイカが、フフフと小さく笑った。
それは嬉しさだけではなく、過去にウェンとなし得なかったことへの後悔のため息も混じっていた。




