4 続行
2937年2月6日 早朝
ジャンナト惑星上空
ジスはシャトルをオートパイロットに設定し、メインディスプレイに映る人物に向かって報告していた。
「しかし、エディソン局長、1ヶ月掛けて彼が接触したと思われる6人の人物、3つの企業、2つの施設を調べましたが、未だ手がかりなしです」
ヘレナ・エディソンは画面越しに静かに彼を見つめていた。淡いベージュのスーツにシワひとつなく、首元に控えめな花柄のスカーフを巻いた57歳の彼女は、威厳と疲労が同居する表情をしていた。
「エージェント・ジセリオス・ラムダ、これはエクレシアにとって内部の機密安全性が問われる事件の一つです。透明性の観点から事件自体は公表されていますが、できれば内々で解決することが望ましい。この件をあなたに任せている理由も、あなたが信頼に値する人物であると私自身が確信を持っているからです」
「評価していただき光栄です」ジスは深々と頭を下げた。
「では、引き続き任務にあたってください。今まで通り、報告は私に直接してください。よろしく頼みましたよ」
「了解しました」
通信が切れると、外部カメラの映像に切り替わった。澄んだ青空が広がっている。
「コンピューター、ジャバル・アル・ザーラ山岳地帯にあるこの座標付近に向かってください」
〈了解。航行時間は4時間10分です〉
シャトルは方向を変え、南へと降下していった。
メモリカードとドクター・ヴェガのUNIから得られた共通の座標データの一つが、ジャバル・アル・ザーラ山岳地帯内を指していた。地図上では急峻な斜面しかないはずの場所だった。
ジスはシャトルをその地点から1キロメートルほど離れた平地に着陸させ、念のため小型パルスガンを腰のホルスターにセットして徒歩で調査に向かった。歩き出してすぐに太陽が昇り、気温も急激に上がり始め、数分で40℃を超え始めていた。
「さすがに暑いですね」
アルタリといえども、この気温では発汗を抑えられない。ジスは片手で目を庇いながら周囲を見渡したが、岩と崖ばかりだった。UNIのマップで現在地を確認した瞬間、違和感を覚えた。
「変ですね……地形マップと合わない箇所が……?」
崖の下2メートルほどの場所に、大きな岩がどこな不自然だった。
岩に手を伸ばすと、それは陽炎のように揺らめき、奥が透けて見えた。
「面白い。ここまで高品質なホログラムは珍しい」
ジスがホログラムの岩を通り抜けると、そこは人工的なトンネルになっていた。少し先に気密カーテンが見える。
「入口の大層なクローキング技術にしては、セキュリティが1人も見当たらないのは妙ですね……あれは!」
ゲート付近に人が倒れている!
ジスは即座にパルスガンを構え、慎重に近づいた。その倒れた死体は上半身を数発撃たれ、血だらけで仰向けだった。さらに額に一発、撃ち込まれていた。
(堅牢なことで有名なテナント社製の防弾ベスト着用している。それをこんなふうに貫通するなんて……一体どんな武器で……しかも暗殺スタイルだ)
ジスは目を上げると、1人、2人、それどころではない。10人以上の同じような状態の死体が、通路の奥にまで続いていた。
セキュリティは最初3人ほどで、残りは白衣を着た非武装の研究員のようだった。
進むにつれて、室内の調整された冷ややかな風が額の汗に触れる。ジスは少しずつ体温が下がっていくのを感じた。
床には数人の軍用のブーツの跡が規則正しく奥に続いており、これらの惨劇が躊躇なく冷酷に実行されたことを示していた。
通路の先の気密ドアは器具で開けたまま固定され、ディスプレイに警告が表示されている。部屋の上部にあるバイオハザード用の黄色い警告灯が激しく点滅していた。そして、ここにもいたるところに死体が転がっている。
「酷い、ここでいったい何の実験を⋯」
生化学実験ラボのような装置と、人間が入るような透明なチェンバーが見えた。それは開いた状態になっており、体を固定するための器具と点滴用のチューブが垂れ下がっていた。
その奥には、エアロックのハッチのような大型の気密ドアがあり、その小窓から別のチェンバーが見えた。
ジスは足元の死体を丁寧に移動させ、ロックされた気密ドアに触れると、シューッという圧縮された空気が漏れる音とともにドアが開いた。
部屋は消灯しておりとても暗く、小窓から見えたチェンバーがスポットライトを浴びたように光り輝いていた。
中に入ろうと足を床におろしたその時、ヌルっと彼の靴が床を滑った。と同時に、人感センサーが反応し、部屋の照明がオンになった。
「うっ!」むせ返るような鉄の匂いにめまいがした。
あたりは血の海だ!
だが、よく見るとそれは研究員たちのものではなかった。血で赤黒く光っているが、全身特殊装備を身にまとった数人の兵士たちの残骸だった。
ジスはバイオモニターに表示されたバイタル音に気が付いた。その音は小窓から見えていたチェンバーからだった。床の血で滑りそうになりながら、ゆっくりと近づいていく。最初は光がガラスに反射してわからなかったが、更に近づくとチェンバーの中にはまだ人がいることに気がついた。まさか……
「子供じゃないですか……!」
(まだ、生きている?)
モニターを見るとバイタルも安定している。薬で眠らされているだけのようだった。ジスがチェンバーに触れると、ロックが外れガラスのドアが左右に開いた。丁寧に彼の腕に刺さった点滴針を抜き、ゆっくりと固定装置を外した。そして優しく少年を抱きかかえると、ジスは急いでラボを後にした。




