3 騒ぎ
「あのドクトール、最初に見かけたときから、なんか妙にビクついててな。店に来るなり一人で奥のテーブルに、必ず入口が見える向きで座ってたんだ。モリーナによると支払いはきちっとしてたらしいぜ、俺と違ってな。ガハハ」
マイクはグラスを傾けながら続けた。
「いや、とにかく、あの日はいつも以上に挙動不審な様子だったからよ、入口のデカ男ヨルゲンも気にしてたな。あ、あのデカ男に聞いても無駄だぜ。あいつはな~んもしゃべらねぇ」
マイクはちらっと入口の巨大な影に目をやった。
「いつもならやつぁ、他の客とも一切話さずに1時間ほど店にいるんだが、あの日は30分もしねぇうちにUNIを取り出して、誰かと話し始めたんだ。しかも、かなり怒鳴り散らしていて、奴のあんなでけぇ声、俺ぁそん時初めて聞いたぜ。それを察したヨルゲンが彼に近づいてったんだが、あのドクトール、急いで店を出てっちまった。そしたら、外でドンパチが始まってな……」
マイクはしわと血管の浮き出たやせ細った右手でグラスを掴み、残りの酒を一気に飲み干した。ブルッと体を震わせて、ボトルに手を伸ばそうとしたが、その手が震えていることに気づいてとっさに拳を握った。
「ヨルゲンは店の客たちを裏に避難させて、製氷機の裏からでけぇ銃を持って店の外に向かったんだが、俺も酔いが回ってたのか恐怖よりも興味ってやつが湧いて、やつの後ろについて行ったんだ。だが、その頃にはドンパチはすっかり終わっちまってた」
彼はその時のことを思い出したのか、さっきまでの薄ら笑いは消えていた。
「あ、あんとき道端には何人かの死体が転がってたんだが、その中にドクトールは居なかった。だが、路地裏で物音がしたもんだから、そのあとヨルゲンと一緒に確認しに行ったら、この壊れたUNIを見つけたってわけよ」
マイクはジスに渡したUNIを指さした。
「それほどの騒ぎで警察はなにか言ってましたか?」
「そういや一応警察も来ていたんだが、死体だけ片付けてさっさと消えちまいやがった。事情聴取すらしなかったぜ。まぁここの連中は、警察に聞かれても何でも話すようなタマじゃねぇけどな」
イヒヒヒヒとタバコ脂で茶色くなった歯をこちらに見せて下品に笑った。
「私にはいいんですか?」
「そりゃタダじゃねぇからな。それにあんたぁ愛想よくしてくれたしな?」
マイクはもう半分になったボトルをゆらゆら揺らしながら言った。
「ありがとうございました。マイク、助かりました。あまり長居してもモリーナに迷惑がかかるでしょうから、そろそろ退散します。彼女によろしく、それからあまり飲みすぎないように」
ジスはそう言って入口に向かい、ドアに進もうとしたそのとき、壁際でまるで彫像のように直立していた大男の用心棒、ヨルゲンが突然立ちふさがった。
「これ、持っていけ」
彼は巨大なグレーのスーツの内ポケットから青く小さな半透明のメモリカードを差し出し、その体格に見合った太く低い声を響かせた。そして、再び壁際の彫像に戻り、早く消えろとジスに目配せした。
「助かります」ジスは小さく礼を言い、〈ナダルの滝〉を後にした。
ジスはシャトルに戻ると、すぐに座席の横にあるリーダーテーブルに二つのデバイスを置いた。一つはヒビの入ったドクター・ホルヘ・ヴェガのUNI。もう一つは用心棒のヨルゲンが渡してくれた青く半透明のメモリカード。
「コンピューター、まずメモリカードから読み込んでください」
リーダーが青く光り始め、大量のデータが瞬時に解析され始めた。しかし、一部は強力に暗号化されており、〈復号化に失敗しました〉というメッセージが何度も表示される。
ジスは軽くため息をつき、ヒビの入ったUNIを右手で掴んだ。そして左手をリーダーテーブルに載せる。
UNIの半透明ディスプレイがゆっくりと青く光り出し、ジスの左手からデータが直接読み取られ始めた。
しかし、ヒビの入った部分から白い煙が上がり、データの転送が急に止まってしまった。チップがショートしたようだった。
「残念。けれど、この程度のエラーなら復元可能でしょう。それにいくつかのデータは無事のようですね」
ジスはそう言って、取り出したファイルを瞬時にマッピングし直し復元してしまった。
「コンピューター、2つのデバイスから取り出したデータをクロスサーチして、関連する情報をリストアップしてください」
1秒足らずで解析が完了し、ホログラムディスプレイに複数の項目が並んだ。
「これら全てを調べるには時間がかかりそうですね。コンピューター、このリストからジャンナトのみに絞ってください」
絞り込みが完了し、十数個の関連データがリストアップされた。
「……なるほどこれでも多いですね。仕方ない。一つずつ当たりますか」
ジスは静かに、息を吐いた。




