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第69話 婚約発表と、エンゲロチン

挿絵(By みてみん)

レグルスと共に「トイレ休憩」という名の裏庭散歩から戻ったシルフィーは、再び煌びやかな大広間の熱気の中に身を投じた。


式典はいよいよクライマックスを迎えていた。

神官たちが詠唱する神聖魔法により、天井から光り輝く粒子が雪のように降り注ぐ。

幻想的な光景に、会場中から感嘆の溜息が漏れる中、皇帝ダリウスがゆっくりと壇上へと進み出た。


「皆の者、静粛に」


威厳に満ちた低い声が響くと、さざめいていた会場は瞬く間に静まり返った。

ダリウスは会場に集まった着飾った少年少女たち――王族・貴族の未来を担う子供たちを見渡し、深く頷く。


「本日は、我が孫アレイシスをはじめとする、次代の者たちの半成人式に、遠路はるばる集まってくれたこと、感謝する。……さて、この佳き日に、皆に伝えねばならぬ極めて重要な発表がある」


皇帝の言葉に、貴族たちの空気が変わる。

ただの祝辞ではない。大陸の覇者が放つ、何か大きな政治的決定の予感に、誰もが固唾を飲んだ。


「この半成人式での発表にしては、いささか早すぎると思われるかもしれないが……」


ダリウスは一呼吸置き、力強く宣言した。


「我が孫、第一皇子アレイシス・ルーヴェルトと、この帝国で育まれし世界唯一の奇跡――聖女シルフィー・エリオス・ルーメリアの正式な婚約を、ここに発表する」


シーン……。


一瞬、会場から音が消えた。

あまりに衝撃的な内容に、誰もが理解するのに数秒を要したのだ。

そして。


「おおおおおおおッ!!」


「なんと! 聖女様と第一皇子が!?」


爆発するような歓声と、どよめきが会場を揺らした。

それは純粋な祝福の声だけではない。


「帝国が聖女を完全に手中に収めた」


「パワーバランスが決定づけられた」


――そんな焦りや困惑、打算が入り混じった、混沌とした叫びでもあった。


「結婚の儀は、シルフィー嬢が20歳を迎える15年後を予定している。……皆、二人の未来を祝福してやってほしい」


ダリウスが手招きをする。

舞台袖で控えていたシルフィーは、騒がしくなった会場を見つめ、一つ小さく息を吸い込んだ。


(……行きましょう)


心臓が早鐘を打つ。

けれど、彼女の足取りに迷いはなかった。

彼女が願うのは世界の安寧。そのために必要な道がこれであるなら、彼女はどこまでも歩いていける。


シルフィーはドレスの裾を摘み、優雅な足取りで壇上へと進んだ。

隣には、緊張と喜びに顔を紅潮させたアレイシスが待っている。


「シルフィー……」


アレイシスが震える手を差し出す。

シルフィーはその手に、そっと自分の手を重ねた。


「おめでとうございます、アレイシス様」


花が咲くような、慈愛に満ちた微笑み。

その瞬間、会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。


パチパチパチパチパチパチッ!!


万雷の拍手。

アレイシスは、隣で微笑む最愛の婚約者の手が、ひんやりと冷たいことに気づいてはいなかった。

彼はただ、憧れの聖女と並び立てる幸福に酔いしれ、誇らしげに胸を張っていた。


「おめでとうございます! お似合いですぞ!」


「帝国に栄光あれ!」


貴族たちが口々に祝福の言葉を叫ぶ。

飛び交うのは賛辞と、計算高い視線。

それらすべてを、シルフィーは柔らかな微笑みで受け止めていた。


光の粒子が降り注ぐ中、二人は並んで立ち尽くす。

アレイシスにとって、この拍手は輝かしい未来への祝福の音。


鳴り止まない喝采が、二人を飲み込んでいく。

その煌びやかな光の中で、少女の微笑みだけが、硝子細工のように美しく、そして静かに凍りついていた。


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