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第67話 最強の中座と、レジェンダリリーフ

挿絵(By みてみん)

翌朝。

ルーヴェル帝国の空は、昨日までの静寂が嘘のように、爆発的な祝祭の熱気に包まれていた。


第一皇子アレイシス・ルーヴェルトの「半成人式」。

それは単なる10歳の通過儀礼ではない。帝国の威信を内外に示す一大イベントであり、世界中の要人たちがこの帝都に集結していた。


煌びやかなシャンデリアが輝く大広間。

優雅なワルツが流れ、色とりどりのドレスや正装が波のように揺らめく中、その「波」の中心には、ひときわ小さな白い花が一輪、咲いていた。


「お初にお目にかかります、聖女シルフィー様。この度は遠路はるばる……」


「ええ。お会いできて光栄ですわ、カナン公爵」


公爵が驚いたように目を見張る。


「なんと! 私の名前を知ってくださっているとは」


5歳のシルフィーを取り囲むのは、各国の王族や大貴族たち。

彼らの視線は熱烈であり、同時に「歴代最高の聖女」とはどれほどのものかを見極めようとする、鋭い観察眼を含んでいた。

帝国と手を組む価値があるのか。この幼い少女に、世界を救う力があるのか。

無数の視線が、シルフィーの全身に突き刺さる。


「聖女様、我が国にもぜひ一度ご訪問を……」


「聖女様、こちらの特産品を……」


次から次へと押し寄せる人波。休む間もない挨拶の嵐。

それでもシルフィーは、一人ひとりの言葉に耳を傾け、慈愛に満ちた笑顔で丁寧に応え続けていた。

1周目の経験があるとはいえ、まだ5歳の小さな体には過酷な重労働だ。

それでも彼女は、自身の疲労をおくびにも出さず、聖女としての責務を全うしようと懸命に立ち続けていた。


だが、その健気な姿と、限界を迎えつつある体力を見逃さない男が一人だけいた。


「――はい、ストップ」


突如、貴族たちの列に太い腕が割り込んだ。

驚いて目を丸くする貴族たちの前に、気怠げな表情のレグルス・バーンが立ちはだかる。


「あ、あの……レグルス殿? まだ挨拶の途中ですが……」


「わりぃな、貴族の皆さん。ここらで俺のトイレ休憩だ」


レグルスはシルフィーの小さな手を強引に掴むと、親指で出口の方を指した。


「トイレ……ですと?」


「ああ。漏れそうだ。で、あいにくこいつの護衛は、この会場に俺一人しかいなくてね。俺がトイレに行くってことは、こいつも連れてくってことだ」


あまりの暴論に、貴族たちがポカンと口を開ける。

会場には数えきれないほどの帝国近衛兵がいるのだから、護衛がいないなどという理屈が通るはずがない。

だが、「剣帝」の圧倒的な威圧感を前にして、「それはおかしい」と口を挟める勇者は誰一人としていなかった。


「ちょ、レグルス!?」


「行くぞ、おチビ」


レグルスはシルフィーの抗議も聞かず、彼女を小脇に抱えるようにして大広間を後にした。

背後でざわめきが起こるが、彼は一度も振り返ることなく、重厚な扉を抜けて裏手の通路へと進んでいく。


パタン、と扉が閉まる。

途端に、あの耳鳴りがするほどの喧騒が嘘のように遮断された。

ひんやりとした石造りの通路には、静謐な空気だけが満ちている。


「……ふぅ。やっと静かになりやがった」


レグルスは大きく息を吐き出すと、乱暴に頭をかきむしった。


「ったく、これだからパーティってのは嫌いなんだよ。着飾った人間どもの群れなんざ、ゴブリンの巣窟のほうがまだ可愛げがあるってもんだ」


「レグルス……」


シルフィーは繋がれたままの手を見つめ、クスリと笑った。


「ありがとう。私が疲れているのを、察してくれたんでしょう?」


「あぁ?」


レグルスは嫌そうな顔でシルフィーを見下ろした。


「自意識過剰だぞ、おチビ。俺は本当にトイレに行きたかっただけだし、ついでに厨房でつまみ食いでもしようと思ってただけだ」


「ふふっ。そうですか。……じゃあ、そういうことにしておきます」


シルフィーはレグルスの大きな手に、ぎゅっと自分の手を握り返した。

言葉は乱暴で、態度は不遜。けれど、その掌から伝わってくる体温と不器用な優しさは、張り詰めていた彼女の神経を柔らかく解きほぐしてくれる。


「……じゃあ、レグルスがトイレに行って、ご飯を食べている間……少しだけ、お昼寝でもしようかしら」


「おう、そうしろ。その辺のベンチで寝てても、俺が見張っててやるからよ」


ぶっきらぼうな英雄の言葉に守られ、二人は人気のない回廊を奥へと進んでいく。

窓から差し込む日差しは穏やかで、遠くから聞こえる式典の音楽が、今は心地よい子守唄のように響いていた。


大広間の喧騒から切り離された、ほんのひと時の安らぎ。

二人はあてもなく、城のさらに奥深く――普段はあまり人が近づかない、静かな区画へと足を向けていた。


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