表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
58/75

第57話 旅立ちの雨と、プルヴィアロード

挿絵(By みてみん)

灰色の分厚い雲が、アルヴァレインの王都をすっぽりと覆っていた。

冷たい雨が石畳を打ち据え、しとしとと憂鬱な音を立てている。


「シルフィーちゃん。道中、お気をつけて」


「はい。レオニス国王陛下も、どうかご健勝で」


王城の正面ゲート。

立派な天蓋のついた巨大な魔導馬車の前で、シルフィーは雨除けの結界を張りながら、見送りに来てくれたレオニス王やカイたちに深く頭を下げた。


一通りの挨拶を終え、シルフィーは馬車に乗り込む。

ふかふかの座席に腰を下ろすと、彼女は真っ直ぐに窓の外――見送りの列を見つめた。

だが、そこにあるはずの小さな影を探しても、見つけることはできなかった。


(レン……。やっぱり、来てくれなかったわね)


シルフィーは寂しげに目を伏せ、小さく息を吐いた。

冷たい雨のせいではないだろう。きっとあの子は、自分が見送りに来れば、寂しさのあまり引き止めて迷惑をかけてしまうと、子供心に我慢しているのだ。

あるいは、置いていかれる孤独に耐えきれず、どこかの部屋の隅で膝を抱えて震えているのかもしれない。


(可哀想に……。でも、私がいない間、少しでも自立する練習になればいいのだけど……)


完全な親心、あるいは保護者のエゴである。

本物のレンが、そんな健気な理由で見送りに来ないわけがないのだが、シルフィーの脳内では完全に「いじらしい迷子の仔犬」として美化されていた。


「行ってきます、レン。……すぐに戻るから」


窓ガラスにそっと手を触れ、シルフィーは祈るように呟いた。

そんな彼女の感傷をぶち壊すように、対面の座席で大男が盛大な欠伸を漏らす。


「ふぁ~あ……。かったりぃが、顔合わせだけ済ませてとんぼ返りだ。面倒事はさっさと終わらせるに限る」


レグルスが窓枠をバンッと叩くと、それを合図に御者が魔導器を起動させた。

低い駆動音と共に、車輪が静かに回り始める。


動き出した馬車の窓から、シルフィーは名残惜しそうに城の壁面を見上げた。

視線の先にあるのは、西塔――第三王女ナタリーの私室がある区画だ。

せめて無事を祈ろうと、雨に煙るバルコニーの一つを見つめた、その時だった。


「――っ!?」


シルフィーの黄金の瞳が、限界まで見開かれた。

馬車の角度が変わり、西塔のバルコニーの様子が一瞬だけ、クリアに見えたのだ。


そこには、二つの人影があった。

一人は、満面の、それはもう悪役そのものの凶悪な笑みを浮かべた、ナタリー。

そしてもう一人は――ナタリーに背後から細い布のようなもので首をギリギリと絞め上げられ、手足をバタバタとさせて暴れ狂う、レンの姿だった。


(首を、絞められて……!?)


遠目からで声は聞こえない。

だが、もがき苦しむレンの必死の抵抗と、それを楽しむように布を力いっぱい締め上げるナタリーの姿は、シルフィーの目には『悪逆非道な暴走王女が、いたいけな仔犬を笑いながら処刑している』という凄惨な光景にしか見えなかった。


「れ、レグルス!! レンが! レンがナタリー様に絞め殺されてるわ!?」


シルフィーは窓ガラスにベタンッと張り付き、悲鳴を上げた。


「止めて! お願い、馬車を止めてぇぇっ! 今助けに行かないと、あの子が死んじゃう!」


「あー? 何寝ぼけてんだおチビ。ほら、もう塔なんて見えねぇぞ。大人しく座ってろ」


シルフィーは窓ガラスに爪を立てた。


「嫌ぁぁ! レン! 今戻るから! 耐えて! なんとか息を止めて……いえ、息はしてぇぇっ!」


レグルスの太い腕に首根っこを掴まれ、座席に引き戻されるシルフィー。

無情にも魔導馬車は加速し、激しくなる雨の中、王都の門へ向かって走り去っていく。


帝国での「半成人式」という重圧。

それに加え、背後に残してきた仔犬が「文字通り」首の皮一枚の命の危機にあるという、致命的なストレス。

シルフィーの胃痛の種は、出発の瞬間に最大級の爆発を起こしたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ