第53話 秘策の取引と、フォービドンパクト
突然の理不尽な宣告。
一国の王女が下した『絶対の勅命』という逃れられない重圧に対し、レンの奥底でドス黒い怒りが急膨張し――ついに弾けた。
「――ふざけんな!!」
レンの咆哮が修練場に轟いた。
周囲の空気がビリッと震え、遠巻きに見ていた宮廷魔導士たちが何事かと振り返る。
「てめぇの護衛なんかならねぇ! 俺はシルフィーを守るんだ!」
王族への不敬など関係ない。レンにとっての世界の中心はシルフィーだけであり、他の誰かの盾になるつもりなど微塵もなかった。
牙を剥き出しにして威嚇するレンに対し、ナタリーは怯むどころか「あはは! いいねいいね、その目!」と手を叩いて喜んでいる。
一触即発の空気を割るように、カイがスッと間に入った。
彼は困ったような、しかしどこか計算高い笑みを浮かべて、猛る狂犬の肩に手を置く。
「君の気持ちは痛いほどよくわかる。だけど、レグルスさんも言ってただろ? 今の君じゃ『無理』だと」
「うるせぇ! だから強くなる方法を教えろっつってんだろ!」
カイは動じない。
「力だけあればいいわけじゃないんだよ、護衛って仕事は」
カイは声のトーンを落とし、冷徹な事実を突きつける。
「シルフィー様はいずれ国を背負い、各国の要人と渡り合う立場になる。そんな彼女の隣に立つ人間が、今の君のように無教養で、礼儀作法の一つも知らず、ただキャンキャン吠えるだけの狂犬だったら……どうなると思う?」
「ッ……」
カイが、声をさらに落とす。
「周りは君を排除しようとするし、何より、そんな無作法に暴れる君の姿を見たら、シルフィー様が悲しむんじゃないかい?」
ピタ、と。
レンの動きが止まった。
『シルフィーが悲しむ』。
その一言は、どんな鋭い剣撃よりも正確にレンの急所を貫いた。
(……あいつが、悲しむ……)
脳裏に浮かぶのは、自分に手を差し伸べてくれた、あの慈愛に満ちた聖女の笑顔。
自分のせいで、あの顔が曇るのだけは絶対に嫌だ。
カイはレンの表情の変化を見逃さず、すかさずとどめを刺す。
「王女殿下の護衛になれば、最高峰のマナーと護衛術、そして魔法の扱いまで、王城のあらゆるリソースを使って学べる。ここでしっかり学べば、5年後……シルフィー様が『本成人式』を迎える時には、正式に彼女の隣に立てるかもしれないよ?」
「…………」
悪魔の囁き。いや、完全な理詰め。
シルフィーの隣に立つためには、ただ強いだけの怪物では駄目なのだ。
レンはギリ、と奥歯を噛み締めた。口の中が血の味がするほど強く。
「…………わかった」
絞り出すような、ひどく不本意そうな声。
自分のちっぽけなプライドなど、シルフィーの未来に比べればどうでもいい。そのためなら、この胡散臭い優男の策にも、やかましい王女のワガママにも付き合ってやる。
「承諾したね? よかった」
カイは涼しい顔で受け流し、ナタリーの方へと振り返る。
「ということで、契約成立です、ナタリー殿下。この子は護衛としてお預けします」
「やったー!」
ナタリーはピョンと飛び跳ね、満面の笑みでレンを覗き込んだ。
「馬鹿なのはいただけないけど、まあ仕方ないわ! ちゃんと見るとすごく面白そうだわ! 私の護衛、決定ね!」
「……チッ」
ナタリーが顎に指を当てる。
「でも、その汚い身なりとマナーの悪さはどうにかしないとね。よし!」
ナタリーはポンッと手を叩き、悪戯っぽい笑みを深くした。
「マナーの悪さと馬鹿さは、私の担当メイドの『アリス』に教育させるわ!」
不満げに顔を歪めるレンをよそに、とんとん拍子に話が進んでいく。




