第52話 見抜く瞳と、インスティレディ
「カイさーん! 面白いことあるって聞いたから、飛んできたよーん!」
重苦しい空気を物理的にぶち破るように乱入してきたのは、内や外にぴょんぴょんと跳ねたくせっ毛のボブを揺らす少女だった。
王族らしからぬ活発で動きやすいドレスを翻すその姿は、さながら嵐の擬人化だ。アルヴァレイン王国第三王女、ナタリー。
(誰だ、このやかましい女は)
レンは眉間に深く皺を寄せ、怪訝そうに少女を睨みつけた。
だが、カイは先ほどまでの困り果てた顔を瞬時に引っ込め、いつもの優男らしい穏やかな笑みを浮かべた。
「やあ、ナタリー。相変わらず元気そうだね。……聞いたよ。国王陛下から推薦された近衛の護衛候補たちを、皆断ったそうだね?」
「そうだよ! だっておもっしろく無い奴ばっかなんだもん!」
ナタリーはぷくっと頬を膨らませて不満を爆発させた。
「どいつもこいつも『王女殿下をお守りするためなら命に代えても!』とか、テンプレみたいなことしか言わないし! 顔は堅いし、冗談は通じないし! あんなの連れて歩いてたら息が詰まっちゃう! ねぇ、カイさんが私の護衛やってよ!」
「僕は無理だよ。これでも騎士団の統括を任されている身だから、一人の専属になるのは難しいな」
カイが苦笑しながらやんわりと躱すと、ナタリーは「えー」と露骨に唇を尖らせた。
「つまんなーい! 最悪、護衛なんていらないわ! ただただ、私は面白ければそれでいいんだけど!」
自由奔放。ワガママ全開。
レンにとっては到底理解できない価値観だ。「面白ければいい」などという甘っちょろい思考で生きている人間がいること自体、彼の住む弱肉強食の世界からはズレている。
(……くだらねぇ。帰るか)
魔法の習得にも失敗し、やかましい乱入者まで現れた。
これ以上ここにいても時間の無駄だと、レンが踵を返そうとした――その時だった。
「そうだね」
カイが、ニッコリと満面の笑みを浮かべた。
それは、厄介事を丸投げする策士の顔だった。
「じゃあ、とびきり『面白い子』を紹介するよ。ほら、この子。レンっていうんだ」
ドンッ、と。
カイの容赦ない手がレンの背中を押し、ナタリーの目の前へと突き出された。
「……は?」
レンは目を丸くし、間抜けな声を漏らした。
さっきまで「魔法の論理的思考がどうの」と高説垂れていた優男が、いきなり自分を王族に売り飛ばしたのだ。
想定外のパスに、さすがの狂犬も完全に虚を突かれた形になる。
突き出されたレンを、ナタリーはチラッとだけ見て、呆れたように息を吐いた。
「……子供じゃない。それだけで面白いと思ってるとか、カイさん笑いのセンス老け……」
つまらなそうに言いかけたナタリーの言葉を、カイが絶妙なタイミングで遮る。
「ちなみにこの子、あの『最強』のレグルスさんから、重魔鉱を2本奪い取ってます」
「――えっ?」
ピタリ、と。
ナタリーの動きが止まった。
ゆっくりと視線を戻し、その大きく見開かれた翠玉の瞳が、今度はレンの姿を上から下まで舐め回すように観察する。
土埃にまみれた粗末な服。
華奢な手首にはめられた、不釣り合いな漆黒の重魔鉱。
そして何より――こちらを見上げるその瞳の奥に宿る、決して飼い慣らされることのない獣の飢えと、剥き出しの殺気。
ただの子供ではない。
この王城にいる綺麗に整えられた騎士たちとは対極に位置する、純粋で危険な『異物』。
ゾクッ、と。
ナタリーの背筋を、悪寒にも似た強烈な歓喜が駆け抜ける。
彼女の直感型センサーが、最大級のアラートを鳴らしていた。
(……やだ、何この子)
ナタリーの顔に、みるみると満面の笑みが広がっていく。
それは新しいオモチャを見つけた無邪気な子供のようであり、同時に獲物をロックオンした肉食獣のようでもあった。
「……何この子! 最高に面白いじゃない!」
ナタリーはバッと両手を広げ、レンをビシッと指差した。
「決めた! この子はもらったわ! あんた、今日から私の護衛になりなさい!」
高らかに宣言された指名。
それは、一国の王女が下した『絶対の勅命』だった。
突然の理不尽な宣告。
周りの空気が一瞬にして凍りつく中、突きつけられた決定事項に対して、レンの奥底で怒りが急膨張していく。




