第50話 禁忌の輝きと、デュアルオーラ
「つーわけで、俺はこれから帝国の式典出立へ向けて準備があるから。あとはよろしくな、カイ隊長。ふぁ~あ。ガキの遊びに付き合わされず済んだぜ」
レグルスは興味なさげに欠伸を噛み殺すと、踵を返した。
その背中は、いつもの無愛想なものだが、どこか空気が重い。
ズンッ……ズンッ……。
歩くたびに、地面が微かに悲鳴を上げている。
カイはその足音の異常な重さに気づき、呆れたように苦笑した。
(……足取りが、以前会った時より重い)
レグルスの背中が一回り大きく見える。
それは筋肉が膨張したからではない。明らかに服の下に、さらなる『重魔鉱』を追加しているのだ。
「口ではどうこう言っても、しっかり触発されてるじゃないですか」
カイの呟きは、誰にも聞かれることなく風に溶けた。
「さて」
カイはレンに向き直り、悪戯っぽく微笑む。
「約束通り、あの重りを奪うための『秘策』……教えましょうか」
「……チッ。もったいぶってねぇで、はやく連れてけ」
レンは不機嫌そうに鼻を鳴らすが、その瞳は期待に揺れている。
カイがレンを連れてきたのは、王城の敷地内にある『王城内魔法訓練場』だった。
石造りの巨大なドーム状の空間には、独特の静謐さと、肌をピリつかせる魔力の残滓が漂っている。
中央では、宮廷魔導士たちが標的に向かって呪文を詠唱していた。
「――炎弾!」
轟音と共に紅蓮の炎が炸裂する。
別の場所では、氷の槍が空を切り、風の刃が岩を切り裂く。
「……すげぇ」
レンの足が止まった。
初めて見る『魔法』という力。
剣とは違う、理不尽なまでの破壊力。その光景に、レンの野生の本能がざわめく。
(あれがあれば……あいつも、倒せるのか?)
「君にはまず、自分の『適性』を知ってもらいます」
カイは訓練場の隅にある台座へとレンを誘導した。
そこには、透き通った巨大な水晶玉が鎮座している。『魔石水晶』――触れた者の魔力に反応し、その属性を具現化する測定器だ。
「こうやって手をかざすんです」
手本を見せるように、カイが優雅な手つきで水晶に触れる。
スゥ……。
水晶の中が白く濁り、次いで深い霧が発生した。
霧は瞬く間に水晶の外へと漏れ出し、カイの姿を揺らめく幻影へと変えていく。
「これが僕の魔法適性、『幻影』です。実体のない霧を作り出し、敵を惑わせる」
「幻影……? よくわかんねぇな」
レンが胡乱げに眉を寄せる。
「はは、今はわからなくていい。さあ、次は君の番だ」
カイは霧を晴らし、場所を譲った。
レンはゴクリと喉を鳴らすと、恐る恐るその手を水晶へと伸ばす。
「……触るだけでいいんだな?」
「ああ、心のままに魔力を流し込んでみてくれ」
レンの指先が、冷ややかな水晶の表面に触れた。
その瞬間だった。
カッ――――!!
水晶の中心で、爆発的な光が弾けた。
「なッ!?」
カイが思わず目を見開く。
通常、赤や青といった単色が浮かぶはずの水晶の中で、あり得ない現象が起きていた。
『神々しい黄金』と『禍々しい漆黒』。
決して交わることのない二つの極光が、激しく渦を巻き、互いを喰らい合うように混ざり合っている。
聖なる輝きと、底なしの闇。
その矛盾した輝きは、美しくも恐ろしい光景だった。
「……なんだこれ?」
レンは首を傾げた。
色がぐるぐる回っているだけで、何も起きない。
期待外れだとでも言うように、つまらなそうに眉をひそめた直後。
パリンッ……。
硬質な破壊音ではない。
それは、乾いた何かが砕けるような、儚い音だった。
水晶にヒビが入るのではない。
サラサラ……と、音もなく崩れ始めたのだ。
「……あ?」
硬度を誇るはずの魔石水晶が、何百年もの時を経た遺跡のように『風化』し、灰色の砂となってボロボロと台座に崩れ落ちていく。
黄金も漆黒も消え失せ、あとに残ったのは砂の山だけ。
いや。
「……バチッ、バチチッ……」
砂塵の中から、微かな音が響く。
そこには、行き場を失った紫色の『雷』だけが、不気味に明滅し、残留していた。
「…………」
レンは砂になった元・水晶を見下ろし、「壊れちまったぞ」とつまらなそうに手を払った。
カイは一度深く瞬きをし、張り付いたような笑みを浮かべたまま、砂の上に残る紫電を指さした。
「……君は『雷』だね」
「雷?」
カイが、砂の上に残る紫電を指でなぞる。
「ええ、自然系属性の1つです。少し力が強すぎて水晶が耐えきれなかったようですが……間違いありません」
「ふーん。ま、強けりゃなんでもいい」
レンにとって重要なのは、目の前の不思議な現象ではない。
強くなること。シルフィーを守る力を手に入れること。ただそれだけだ。
カイの動揺など知る由もなく、レンは砂の山に背を向けて言い放つ。
「御託はいい、秘策を教えろ」




