第49話 狂犬の主張と、テンプテイション
カイが懐から取り出したのは、重厚な封蝋が施された一通の羊皮紙だった。
そこに刻まれた紋章を見た瞬間、レグルスのけだるげな瞳がわずかに細められる。
「……帝国の紋章か。また面倒なもん持ってきたな」
「ええ。正式な招待状兼、要請書です」
カイは羊皮紙を開き、事務的な口調でその内容を告げた。
「来月執り行われる、帝国皇子アレイシス殿下の『半成人式』。そこへ聖女シルフィー・エリオス・ルーメリア様の出席を要請する――とのことです」
カイは視線を上げ、真っ直ぐに元上司を見据えた。
「当然、聖女様の正式な護衛である貴方に、白羽の矢が立ったわけです。レグルスさん、シルフィー様の護衛として帝国へ同行してください」
その言葉が落ちた、直後だった。
「――シルフィーの護衛は、俺がやる!」
鋭い声が、二人の間に割り込んだ。
レンだ。
土埃にまみれたまま、その瞳にはギラギラとした敵意と、譲れない執着が宿っていた。
「俺が一番近くにいる。俺が守る。……それ以外は認めねぇ」
自分の縄張りを荒らされるのを嫌う、野生動物さながらの剣幕。
だが、レグルスはレンを見ることすらせず、鼻で笑った。
「却下だ」
「あ!?」
「鏡見てこい、クソガキ。今のテメェなんざ、ただの荷物だ」
レグルスは冷酷に、事実だけを突きつける。
「ガキがガキのお守りしてどうすんだ? 何かあった時、テメェはシルフィーを守る盾になるどころか、俺が守らなきゃならねぇ『足手まとい』が増えるだけだ」
「ッ、ぅ……!」
レンは喉の奥で獣のような唸り声を上げた。
反論しようと口を開きかけるが、言葉が出てこない。
悔しいが、レグルスの言う通りだ。今の自分は、この男に指一本触れることすらできていない。圧倒的な実力差。それがレンの言葉を無力にしていた。
殺気だけは一人前に膨れ上がるが、それを裏付ける力が足りない。
ギリ、と奥歯が砕けそうなほど強く噛み締めるレン。その拳は白くなるほど握り込まれていた。
その様子を静観していたカイが、ふと口元を緩めた。
面白そうな玩具を見つけた子供のように、あるいは獲物を見定めた策士のように。
「……なら」
カイが滑るようにレンの側へと歩み寄る。
「その『護衛』ができるだけの実力、僕が身につけさせてあげましょうか?」
「……あ?」
レンが睨みつけるようにカイを見上げる。
「誰だよお前」
「僕はカイ。カイ・ルシェルド。宜しくね。さっきの動き見たけど、君の素質は素晴らしい。ですが、今のままではレグルスさんの言う通り、守るどころか共倒れだ。……僕なら、君をもっと効率的に強くできる」
甘い誘い文句。
だが、レンにとってそれは屈辱の上塗りだった。
自分以外の誰かに力を借りるなど、己の誇りが許さない。ましてや、ついさっき現れたばかりの優男に。
「指図すんな!」
レンはカイの手を振り払うように叫んだ。
「俺は俺のやり方でやる! 誰の手も借りねぇ。俺の力で強くなって、俺がシルフィーを守るんだよ!」
キャンキャンと吠える狂犬。
他者を拒絶し、孤独に牙を研ごうとするその姿に、カイはかつての師匠――レグルスの面影を重ねていた。
(なるほど、扱いにくいわけだ)
だが、同時にカイの中にある確信が芽生える。
この少年は、ただの餌では釣れない。ならば、もっと強烈な匂いのする餌が必要だ。
カイは拒絶されてもなお、涼しい顔でレンの耳元へ顔を近づけた。
そして、悪魔の囁きのように、声を潜めて告げる。
「……そうですか。残念ですね」
カイはチラリと、レグルスの腰にある『重魔鉱』に視線を流してから、再びレンを見た。
「君に、あの『重りを奪う秘策』を教えてあげようと思ったのですが」
ピクリ、とレンの肩が跳ねた。
「……なんだと?」
「レグルスさんに一泡吹かせたくはないですか? 君のその『やり方』に、僕の『知識』を足すだけです」
カイはニッコリと、人好きのする――しかしどこか底知れない笑みを浮かべた。
「ついて来てください。君が欲しがっている『答え』がある場所へ、案内しますよ」




