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第48話 砕けた自負と、ブロープライド

乾いた土埃が舞い、汗と鉄の匂いが充満する修練場。

レンの呼吸は荒く、肺が焼けるような熱さを帯びていたが、その瞳だけは凍てつくように静かだった。


対峙するのは、規格外の怪物――レグルス。

その怪物は、あろうことか訪問者と談笑していた。


「よォ、総隊長サマがこんなむさ苦しい場所に何の用だ?」


「ご挨拶ですね、レグルス隊長。相変わらず……空気が張り詰めている」


現れたのは、白銀の甲冑に身を包んだ優美な青年。

カイ・ルシェルド。

かつてレグルスの副官を務め、彼が聖女護衛の任に就いた後、その座を受け継いだ現・騎士団総隊長だ。

整った顔立ちには柔和な笑みが張り付いているが、その眼光は鋭く、隙がない。


しかし、レグルスは露骨に嫌そうな顔をして、ハエでも追い払うように手を振った。


「……元、だろ。今の俺はただのガキのお守り役だ」


けだるげに吐き捨てられた言葉には、隠居した老人のような覇気のなさと、現状への不満が滲んでいた。


(今だ)


レンの思考が瞬時に弾けた。

かつての上司と部下が視線を交わし、レグルスの意識がわずかにカイへと向いた、その一瞬の空白。


ドンッ!


レンの小さな体が弾丸のように射出される。

狙うのはレグルスの首ではない。その腰――そこにぶら下げられたままの『重魔鉱(グラビタイト)』だ。


鋭い踏み込み。

レンの指先が鈍色の鉱石に触れようとした、その刹那。


「……気が早ぇんだよ、クソガキ」


ヒュンッ。


レグルスの体が陽炎のように揺らぎ、レンの手は虚空を掴んだ。

そのまま勢い余って地面を転がるレンを尻目に、レグルスは鼻を鳴らす。


だが、その光景を見ていたカイの表情から、笑みが消え失せていた。


「……はは、相変わらず容赦がない」


カイは呆れたように肩をすくめ、砂まみれで起き上がるレンの方へと視線を流す。


「あんな怪物育てて、後継者でも見繕って隠居でもするつもりですか?」


冗談めかした口調で問いかけながら、カイの視線がレンの両腕に止まる。

そこには、華奢な手首にはあまりに不釣り合いな、重厚な輝きを放つ黒い金属の輪が食い込んでいた。


カイの笑顔が、凍りついた。


「……冗談、ですよね?」


震える声で、カイはかつての上司に問うた。


「その腕のやつ……重魔鉱(グラビタイト)じゃないですか。まさかレグルスさんからのプレゼントですか? 5歳の子供に?」


「あ?」


レグルスはあくびを噛み殺しながら、ニヤリと口角を吊り上げる。


「あげるほど『軽い』モンじゃねぇよ。こいつ、1年足らずで俺から2本奪いやがった」


「――――は?」


カイの思考が停止した。

世界が回るようなめまいと共に、過去の記憶が脳裏を焼き尽くす。


(ありえない……!)


カイ・ルシェルドは『天才』と呼ばれていた。

王国史上最年少で騎士団入りし、その才能は誰もが認めていた。

そんな彼でさえ、レグルスの部下としてしごかれていた20歳の頃、この『重魔鉱』を奪うのに3年かかったのだ。

死ぬ気で挑み、血を吐き、泥を啜り、3年かけてようやく3本。それが限界だった。


それを、この子供は。

まだ5歳。

しかも1年足らずで、2本?


(……バケモノか?)


カイは呆然とレンを見つめた。

ただの子供ではない。その小さな体に秘められた、底知れぬ狂気と執念。


瞬間、カイの脳裏にトラウマがフラッシュバックする。

レグルスの理不尽な暴力。終わりのない組手。限界を超えてもなお強要される鍛錬。

筋肉が断裂し、骨が軋む音。自分の嘔吐物の匂い。


「っぷ……」


カイは口元を抑え、思わず後ずさった。

あまりの衝撃と過去の恐怖の再燃に、強烈な吐き気が込み上げてくる。

『天才』という自負が、目の前の5歳児によって粉々に砕け散る音が聞こえた気がした。


「おいおい、情けねぇ顔してんじゃねぇぞ、総隊長」


レグルスが愉悦を含んだ声で笑う。


カイは何度も深呼吸を繰り返し、乱れた呼吸を無理やり整えた。

心臓の鼓動はまだ早鐘を打っているが、彼は努めて冷静な仮面を被り直す。これ以上、元上司の前で無様な姿は見せられない。


彼は居住まいを正すと、スッと瞳の色を変えた。

先ほどまでの個人的な動揺を切り捨て、騎士団総隊長としての冷徹な顔へと戻る。


「……どうやら、私の認識が甘かったようです。この少年がただの子供ではないことは、十分に理解しました」


カイはレンを一瞥し、そしてレグルスへと向き直る。

その纏う空気が、ピリリと肌を刺すような緊張感に変わった。


「昔話はここまでにしましょう、レグルス隊長」


カイが懐に手を伸ばす。

その仕草は、単なる旧交を温めに来たかつての部下ではないことを告げていた。

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