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第40話 明かされる枷と、グラビタイト

挿絵(By みてみん)

森の空気が、ピリついている。

レンが意識を取り戻し、体を起こした時、レグルスはすでに定位置の椅子に座り、ニヤニヤと笑っていた。


「目が覚めたか、クソガキ」


その左腕には、いつもの黒いリストバンドがない。

代わりに、足元の地面にそれが転がっていた。


「約束だ。そいつはお前にやるよ」


レグルスが顎で指す。

レンはふらつく足で立ち上がり、口元の血を手の甲で乱暴に拭った。


「……へっ。やっと一つかよ」


強がりを言いながら、レンはその戦利品へと歩み寄る。

見た目はただの黒い金属の筒だ。精々、数キロ程度の鉄アレイ代わりだろう。

レンはそう高をくくり、無造作に手を伸ばした。


奪い取った勝利の証。

これを掲げて、あのクソ男にドヤ顔を決めてやる——。


ガッ。


「……あ?」


持ち上がらない。

レンの指が金属に食い込む。だが黒い筒は、地面に根を張った大木さながら、微動だにしなかった。


「ぬ、ぐ……ッ!?」


レンは両手を使い、全身のバネを使い、顔を真っ赤にして引っ張り上げる。

ミチミチと筋肉が悲鳴を上げた。それでも、浮かない。

ただの腕輪のくせに、岩石よりも重い。


「な、なんだよこれ……ッ! 魔法でもかかってんのか!?」


「あぁ? 魔法なんて便利なもんかよ」


レグルスは鼻で笑い、酒をあおった。


「高密度の『重魔鉱(グラビタイト)』を限界まで圧縮した特注品だ。そのサイズで、重さはだいたい150キロってとこか」


「は……?」


レンの思考が停止した。150キロ。成人男性二人分。あるいは、小型の馬一頭分。それを、腕に? 片腕に?


「嘘だろ……。お前、これを……」


レンは戦慄した表情で、レグルスの全身を見た。

両手、両足、腰、背中、胸。計7箇所。

単純計算で1トンを超える鉄塊を常に身につけ、あの男は生活しているのか?

飯を食い、寝て、そして——あの神速の剣を振るっているのか?


「……化け物が」


レンの背筋を、冷たい汗が伝う。

これが「世界最強」の正体。

見えている頂が、雲の上どころか、天の彼方にあることを知らされた気分だった。


勝てるわけがない。

生物としての設計図が違いすぎる。


普通なら、ここで心が折れる。だが。


「…………」


レンは、持ち上がらないその黒い鉄塊を、愛おしそうに撫でた。

絶望? 恐怖?


違う。


レンの黄金の瞳に宿ったのは、ゆらりと揺らめく「渇望」の炎だった。


(……これを、つければ)


このふざけた鉄塊を自分のものにして、当たり前のように動けるようになれば。

俺は、あの怪物に届く。

誰にも負けない、誰にも奪われない、絶対的な「力」が手に入る。


ゾクリ、と。レンの全身が粟立つ。

未知なる力への、武者震いだった。


「……上等だ」


レンは歯を食いしばり、血管が切れそうなほどの力を込めて、再び重りに挑んだ。


「ず、ぅぅぅぅぅぅ…………ッ!!」


地面が削れる。持ち上げることはできない。けれど、引きずることはできる。レンは、自分の体重の何倍もあるその鉄塊を、一歩、また一歩と引きずり始めた。


「今は無理でも……絶対につけてやる。そして、残り6本も全部……俺が貰ってやるからなッ!!」


その獰猛な笑み。絶望的な壁を前にして、なお舌なめずりをするその姿。

それを見て、レグルスは確信した。


(……あぁ、間違いねぇ。こいつは『本物』だ)


ただの復讐者ではない。強さを貪欲に喰らい尽くす、底なしの器。

俺は今、世界を終わらせかねない怪物を育てているのかもしれない——。


レグルスの背筋に走った戦慄は、決して不快なものではなかった。


——そして、さらに一ヶ月後。


森の小屋から響く金属音は、以前よりも重く、激しいものへと変わっていた。


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