表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
39/50

第38話 殺意の共同生活と、キルオアサーブ

森の奥深くに佇む、ボロボロの木造小屋。

そこは今、世界で最も危険な「戦場」と化していた。


「——死ねッ!」


早朝。まだ鳥も鳴かない薄暗がりの中、殺意のこもった咆哮が、木霊する。

レンは、ハンモックで惰眠を貪る巨体へ向け、上空から奇襲を仕掛けた。

手には、研ぎ澄ましたナイフ。

狙うは、無防備に投げ出された右足首——そこにある、「重り」だ。


完璧な、不意打ち。音も殺した。タイミングも、最善。

もらった。

そう確信した刃が、黒い金属に触れようとした、刹那。


パシィッ。


「……あ?」


レンの体が、空中で止まる。

ハンモックの上、レグルスは大きなあくびをしながら、右手の人差し指一本で、レンのナイフの腹を、軽く押さえていた。


「ふわぁ……。朝っぱらから元気だねぇ、クソガキ」


「離せッ! くそっ、この怪力ゴリラ!」


「おっと、口が悪いな」


デコピン、一閃。


バァァァンッ!


レンの体は枯れ葉のように吹き飛び、小屋の壁を突き破って、外の草むらへと転がっていった。


「いったぁ……ッ!」


全身が砕けるような、衝撃。

けれど、レンはすぐに受け身を取り、泥だらけの顔で、小屋を睨みつけた。

その黄金の瞳は、決して、折れていない。

むしろ、獲物を前にした獣のように、ギラギラと輝いていた。


これが、ここ数週間の日常だった。

ルールは、ひとつ。『24時間、いつ襲ってもいい』。

寝込みだろうが、トイレ中だろうが、食事中だろうが、関係ない。

レンはあらゆる隙を突き、あらゆる罠を張り、死に物狂いでレグルスの「重り」を奪おうとする。

そして、その全てが——あくび混じりに、あしらわれるのだ。


「……くそッ。見てろよ、絶対いつか、その指へし折ってやる」


レンは憎々しげに吐き捨てると、近くにあった桶と雑巾を、掴んだ。

戦いが終われば、次は「労働」の時間だ。


「おい、そこの床! 磨き残しがあるぞ。鏡になるまで磨け」


「うるせぇ! 今やってんだよ!」


この小屋での生活において、家事の一切は、レンの担当だった。

水汲み、薪割り、掃除、洗濯、そして料理。

レグルスは「家賃代わりだ」と言って、何もしない。

普通なら音を上げる重労働だが、レンは文句を言いながらも、完璧にこなしていた。


なぜなら、それもまた「修行」だからだ。

重い水桶を運ぶことで足腰を鍛え、薪割りで背筋を使い、雑巾がけで体幹を練る。

すべては、あの理不尽な怪物を、殺すため。


「レン、あの……私が代わりますよ? 貴方は怪我をしているし……」


その様子を、オロオロと見守る少女がいた。

シルフィーだ。

彼女は約束通り、毎日、王城からこの小屋へ通っていた。

豪華なドレスではなく、動きやすいエプロン姿で。

泥だらけになって床を磨くレンを見ていられず、彼女は手を伸ばす。


「その桶、重いでしょう? 私が水場まで……」


「触るなッ!」


レンは、食いつかんばかりの勢いで、シルフィーの手を振り払った。

弾かれた指先を、シルフィーがそっと胸元へ引き寄せる。


「これは俺の仕事だ。お前みたいな『お姫様』が、手を出していい場所じゃねぇんだよ!」


「で、でも……手から、血が出ています」


「関係ねぇ! 邪魔するなら帰れ!」


レンは再び雑巾を床に叩きつけ、一心不乱に手を動かし始めた。

その背中は、拒絶を叫んでいる。

優しさなんていらない。施しなんて、受けない。

俺は、自分の力だけで生きていくんだ——と。


シルフィーは、行き場を失った手を、そっと胸元で握りしめた。

悲しかった。

けれど、それ以上に……どこか、安堵している自分もいた。


(……目が、生きています)


礼拝堂でうずくまっていた頃の、あの死んだ魚のような目は、もうない。

今のレンの瞳には、明確な「光」が、宿っている。

たとえその源泉が、レグルスへの殺意や、世界への憎しみであったとしても。

「殺すために生きる」という目的が、彼を死の淵から引き戻し、生きる活力を与えているのだ。


ボロボロの服。あちこちに増える、生傷。

それでも、彼は昨日よりも確実に、強く、逞しくなっている。


「……ふふ」


シルフィーは、小さく微笑んだ。

今はまだ、拒絶されてもいい。

彼が前を向いて歩いているなら、今はその後ろ姿を見守れるだけで、十分だ。

たとえその道が、修羅の道だとしても。

私が、絶対に、彼を一人にはさせない。


「……じゃあ、せめてお邪魔にならないように、隅っこにいますね」


シルフィーは小屋の隅にちょこんと座り、エプロンのポケットから、ハンカチを取り出した。

いつか、彼が汗を拭かせてくれる、その時のために。


殺意と、献身。

奇妙なトライアングルの中で、少年は確実に「魔物」へと、進化していく。


そして翌日も、シルフィーは早朝から、厨房に立っていた。

拒絶されても、邪魔者扱いされても。

今の自分にできる、精一杯の「応援」を、届けるために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ