表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
30/50

第29話 爆走の馬車と、ヴァフェイト

挿絵(By みてみん)

翌朝。

帝都の空が、ようやく白み始めた頃。

王城の裏門には、帝国が誇る最新鋭の「魔導馬車」が、低く唸るように停まっていた。


「おい、早く乗れシルフィー! 日が昇りきっちまう!」


御者台の横で、レグルスが鬼の形相で時計を睨んでいる。

背中には、すでに冷や汗がびっしょりだ。

昨晩の「ヴァルガ襲来(未遂)」によって、彼の精神は限界の縁に追い詰められていた。公式な許可を得たとはいえ、あの激ヤバ女に見つかれば、力ずくで引き留められる可能性は十分にある。


(やべぇ……。奴が嗅ぎつける前に、国境を越えなきゃなんねぇ……)


レグルスの焦りなど露知らず、シルフィーは小さなリュックを背負い、トコトコ馬車へ向かっていた。


——その時だった。


「——シルフィー様!」


朝霧を切り裂くような、切羽詰まった声。

シルフィーが振り返ると、息を切らせた金髪の少年——皇太子アレイシスが、こちらへ走ってくるのが見えた。

寝巻きの上に急いで礼服を羽織ったのか、いつも完璧な彼の襟元が、わずかに乱れている。


「アレイシス様? どうしてここに……」


「見送りになんて来ないでくれ、と言われても無理です! ……本当に、行ってしまうのですね」


アレイシスは馬車の前で立ち止まり、悲痛な面持ちでシルフィーを見つめた。

その瞳は、捨てられた子犬のように潤んでいる。


「……はい。どうしても、やらなければならないことが、あるのです」


シルフィーは真っ直ぐに答えた。

心はすでに、東の空——アルヴァレインの路地裏で消え入りそうな灯火のほうへ、飛びかけている。

一刻も早く行きたい。けれど、ここまで協力してくれたアレイシスに、別れの挨拶もしないのは、人として失礼だ。


「そんな……。寂しいです」


アレイシスが、こくりと喉を鳴らして俯く。

そして、恐る恐る、縋るように問いかけた。


「……また、会えるでしょうか?」


その問いに、シルフィーは即答した。


「ええ、もちろんです! すぐに会えますわ!」


迷いは、一切なかった。あまりにも当然の事実だったからだ。


(アレイシス様は今10歳。もうすぐ帝国の『半成人式』がある)


皇族の半成人式ともなれば、同盟国の要人も招かれる、国を挙げた式典だ。

聖女である自分も、アルヴァレインへ行ったとしても、式典に合わせて一時帰国するか、外交的な招待で彼と顔を合わせる可能性は高い。

再会は、もはや目と鼻の先に確定したイベントなのだ。


「…………ッ」


しかし、その背景を知らないアレイシスにとって、シルフィーの迷いのない「肯定」と「すぐ」という言葉は、恋する少年の脳内で、とんでもない化学反応を引き起こすことになった。


(あぁ……なんてことだ)


アレイシスは衝撃に打ち震えた。

彼女は、一瞬たりとも躊躇わなかった。

「会えるか分からない」ではなく「すぐに会える」と、断言してくれたのだ。

それはつまり——


(僕との未来を、これっぽっちも疑っていないということ……! 再会の約束を、これほど強く信じてくれているんだ)


ドカン、と彼の胸中で、感動のビッグバンが起きた。

違う。そうじゃない。ただの直近のスケジュールの話だ。

だが、恋は盲目。勘違いは加速する。


アレイシスの瞳から、ツーッと美しい涙がこぼれ落ちた。

彼は袖口でそれを乱暴に拭い、燃えるような瞳でシルフィーを見つめ直す。


「……分かりました。貴女がそこまで僕を信じてくれているのなら、僕も誓いましょう」


胸の前で、握りしめた拳が震えていた。


「僕は強くなります。……次に会う時、貴女の隣に立っても恥ずかしくない、立派な男になってみせます! だから……待っていてください!」


「? はぁ、頑張ってくださいね(式典のスピーチ練習かしら?)」


シルフィーはニコリと営業スマイルを返した。

アレイシスの背後に、勇壮な英雄譚の始まりが見えた気がしたが、今のシルフィーには関係のないことだ。


——こうして、未来の皇帝アレイシスの「成長フラグ」は、盛大な勘違いと共に、しっかり樹立された。


「おい、いい加減にしろ! 感動の別れは手紙でやれ!」


痺れを切らしたレグルスが、シルフィーの首根っこを掴んで馬車に放り込む。

直後——遠くの城門のほうから、鼓膜を破るような怒号と殺気が、こちらへ向かって突進してきた。


『レグルスぅぅぅッ! どこ行きやがったァァァァッ!』


野太く、荒々しい、女の咆哮。

敬称などない。獲物を追い詰める肉食獣の声だ。


「来たぁぁぁッ! 出せぇぇぇッ! 全速力だ馬鹿野郎!」


「御意ッ!」


レグルスの悲鳴と共に、御者が鞭を振るう。

魔導馬車は加速の塊となって飛び出し、あっという間にアレイシスの視界から消え去った。


「……行ってしまった」


土煙の舞う道に1人残されたアレイシスは、それでも清々しい顔で、空を見上げた。


「見ていてください、シルフィー様。……僕は必ず、貴女に相応しい王になります」


夜明けの薄青が、彼の前髪に淡く沈んでいく。


     * * *


帝都を出発した魔導馬車は、驚異的な速度で街道を爆走した。

レグルスが「追っ手」の恐怖から魔力を注ぎ込み続けたおかげで、通常の3倍の速度が出ていたからだ。


そして、1日後。


「……着いたわ」


馬車の窓から顔を出したシルフィーの瞳に、雄大な景色が飛び込んでくる。


荒々しい岩山を背にそびえ立つ、難攻不落の巨大な城塞都市。

赤い旗が風にはためき、武骨ながらも活気に満ちた「武」の国。


アルヴァレイン王国。

レグルスの故郷であり、そして——シルフィーが探し求めた「彼」がいる場所。


「懐かしいわ……。この乾いた風の匂い」


シルフィーは目を細めた。

1周目の記憶にある風景と、変わらない。かつて外交や視察で何度も訪れたことのある、勝手知ったる場所だ。

けれど、今回の目的は違う。

表敬訪問でも観光でもない。「奪還」だ。


「まずは挨拶だ。……レオニスの“おっさん”は、ダリウス爺さんほど話が通じる相手じゃねぇぞ」


レグルスが、自国の王を「おっさん」呼ばわりしながらニヤリと笑う。


「あの人は政治の化物だ。損得勘定にはめっぽう聡い。『帝国最強の聖女』が自ら転がり込んできたんだ。外交カードとして利用価値が高いと踏んで、歓迎するはずだぜ」


「ええ。利用されるくらいで丁度いいわ。……こちらも利用させてもらうのだから」


シルフィーは冷静に頷いた。

レオニス国王の政治手腕——ランクS——は、1周目でも周知の事実だ。

彼が「聖女の保護」を国益と判断するなら、そこを突き、交渉材料に変えるまでのこと。


馬車はゆっくりと、王城の大門をくぐり抜けていく。


目的の「彼」がいる路地裏へ行く前に、通らなければならない、最大の関門。

赤い旗が、城門の真上で、湿った朝風を孕んで重く揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ