第23話 護衛指名と、レイジーレギオン
4歳の私、シルフィー・エリオス・ルーメリアには、あの夜から決めていた計画がひとつある。
「最強にして最低な“足”」を一本、手に入れること。
聖女管理区画という名の鳥籠を抜け出して、あの人を探しに行くには、品行方正な帝国騎士では話にならない。彼らは「守る」を口実にして、結局は私を部屋へ閉じ込めるのが仕事だからだ。
必要なのは、強くて、適当で、何より「権力者の言うことを聞かない」男。
「さぁシルフィー様、この中からお好きな護衛をお選びください」
皇帝ダリウス陛下の声に合わせ、銀色の鎧が一斉に頭を下げる。帝国の精鋭騎士団だ。
だが私の視線は、彼らの遥か後方へ流れていた。来賓席の末席。退屈そうに大きなあくびを噛み殺している、黒ずんだ赤髪の男。
アルヴァレイン王国・王聖総団長、レグルス。
1周目では、聖女としての私に「堅苦しいのはパスだ」と毒づきながらも、誰よりも長く背中を預けてくれた護衛だった。誰よりも自由で、誰よりも強く、そして誰よりも面倒事を嫌った男。
(待っていたわ、レグルス。貴方が来るのを、ずっと)
私は愛らしい幼児を完璧に演じきり、銀の列を素通りした。トコトコと一直線。最短距離で彼の前まで歩いていく。
そして、その太ももにギュッと抱きついた。
「このおじさんがいい!」
「「「はぁぁぁぁぁぁぁッ!?」」」
謁見の間に、大人たちの素っ頓狂な声が、波打って跳ね返った。
一番驚いたのは、油断していたレグルス本人だ。彼は半開きだった瞳をぱちりと見開き、自分の太ももにへばりついた小さな白銀の頭を、信じられないものを見るように見下ろした。
「……あ? 俺?」
低い声に、戸惑いが混じる。
それを玉座の側で受け止めたダリウス皇帝は、グラスを取り落としそうな勢いで身を乗り出した。
「な、なっ……シルフィーよ!? 彼は帝国の騎士ではないぞ。同盟国アルヴァレインの軍トップだ。しかも、その……彼は少々、性格に難が……」
歯切れの悪い言葉を、私は最後まで聞かなかった。
頬を膨らませ、目に涙を溜める。幼児特有の最強奥義「駄々こね」、発動。
「やだ! このおじさんがいいの!」
声を張り上げ、ぐりぐりとレグルスの脚に額を擦りつける。
「兵隊さんたちが言ってたもん!『世界で一番強いのは、大剣を持った獅子みたいなおじさんだ』って! 聖女を守るなら、一番強くないとダメでしょ!?」
(ごめんね兵隊さん。そんなこと一言も言ってないけど、子供の純粋な勘違いってことにしておいて)
私の正論に、ダリウス皇帝が頭を抱えた。
とはいえ、歴代最高の魔力量を誇る幼き聖女のご機嫌を損ねれば、すぐさま国益の問題になる。
「ぐぬぬ……しかし、レグルス殿には彼の任務が……」
——その時だった。
レグルスの胸ポケットに収まっていた通信魔道具が、勝手に起動し、淡い光を放った。
『——カッカッカ! 面白いではないですか。貸しましょう、ダリウス殿』
空中に立体映像が浮かび上がる。豪快に笑う男は、アルヴァレイン国王、レオニスだった。
頭をかきむしりかけたレグルスが、勢いよく振り仰ぐ。
「おいレオニス! 勝手なこと言ってんじゃねぇぞ! 俺は休暇で来たんだ!」
吠える剣帝に対して、映像越しのレオニスは涼しい顔のままだ。グラスを揺らし、瞳を細める。
『良いではないか。聖女殿に泣かれるよりマシだ。それに貴様、昨日の通信で「帝国の飯は美味いが、会議が退屈すぎて死ぬ」と嘆いていたではないか?』
ぐ、と言葉に詰まったレグルスが、舌打ち混じりに言い返す。
「そりゃ言ったけどよぉ!」
『聖女の護衛なら、会議も免除だ。頼んだぞ、我が国の“顔”としてな』
ブツン、と通信が切れる。
残されたのは、外堀をすっかり埋められた最強のサボり魔と、勝利を確信して見上げる4歳児だけだった。
「……はぁ。マジかよ。子守なんざ一番苦手なんだがな」
レグルスは頭をガシガシと乱暴に掻きながら、ようやく私の前にしゃがみ込んだ。視線の高さが揃う。その瞳は「面倒くせぇ」と雄弁に語っていた。
最高だ。その「聖女を特別視しない」態度こそ、私がずっと欲しがっていたもの。
「おい、おチビ。俺は厳しいぞ? お守りなんてガラじゃねぇんだ。泣いても知らんぞ」
私は答える代わりに、彼の首にそっと両腕を回した。
柔らかい白銀の髪が、彼の耳元をくすぐる。
「(ねぇ、おじさん)」
声量を、彼以外には届かない位置まで絞る。
「(私を選べば、偉い人のお話を聞かなくて済むよ? 毎日お菓子も食べ放題だし、お昼寝してても、私が『一緒に遊んでた』って言ってあげる)」
レグルスの肩が、ぴくりと跳ねた。眉が一拍遅れて持ち上がる。
この4歳児は、ただのワガママではない——彼の中で、警戒の針が小さく振れた手応えがあった。
「……あ?」
低い相槌の温度が、わずかに変わる。
「(私、退屈なお部屋を抜け出したいだけなの。……利害、一致してるでしょ?)」
私は唇を彼の耳から離し、幼児らしくない笑みを、彼の瞳の奥へ差し込んだ。
レグルスは数秒、私の瞳をじっと見つめ——やがて、口の端をゆるりと吊り上げた。
「……ハッ。ませたガキだ」
大きな掌が、私の頭をワシャワシャと乱暴に撫でる。痛い。けれど、嫌な痛みでは、ない。
「めんどくせぇ……が、しょうがねぇな。堅苦しい会議よりはマシか。——食い扶持分は働いてやるよ、クソガキ」
「うん! よろしくね、レグルスおじさん!」
私はパッと体を離し、わざとらしいほど無邪気な笑顔をつくった。レグルスは「やれやれ」と肩をすくめ、のっそり立ち上がる。
これで、「最強の盾」と「自由への合鍵」が、両方とも私の手に転がり込んできた。
レグルスとなら、どこへでも行ける。
(待っていて。もうすぐ、この鳥籠を出るわ)
謁見の間の高い窓から、薄青の光が一筋、私の白銀の髪の先へ落ちた。
それは1周目で見上げた空とは、たぶん同じ色のはずなのに——少しだけ、息がしやすい色をしていた。




