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第11話 侵略のサイレンと、パニッシュメア

挿絵(By みてみん)

パリーン、パリン、パリリンッ……!


終わらない破砕音が、王都の空に響き渡っていた。

平和の崩壊を告げる、断末魔のファンファーレだ。


見上げれば、つい先ほどまでダイヤモンドのように透き通っていた「硝子の空」が、もう、ない。

北の空に空いた巨大な風穴。そこから、黒い染みのような奔流が、間断なく溢れ出している。


——魔物の群れだ。

ガーゴイル、ワイバーン、下級魔族の軍勢。

かつて結界の外側で、指をくわえて餌場を見ていた捕食者たちが、いま、雪崩のように降り注いでくる。


「ヒッ、あ……ああああっ!」


「逃げろ! 魔物が来るぞぉッ!」


「嫌だ、嫌だぁ! 聖女様、助けてぇッ!」


祭りの熱狂は、瞬く間に、阿鼻叫喚の地獄に塗り変わった。

屋台が踏み潰され、逃げ惑う人々が将棋倒しになる。

空を埋め尽くす黒い影が、頭上の月光を遮り、王都を絶望の闇に沈めていく。


「——騎士団、前へ! 市民を守れッ!」


広場警備にあたっていた王宮騎士団の分隊長が剣を抜き、声を張り上げた。

磨き上げた鎧に身を包んだ、王国の精鋭たち。

彼らは勇猛果敢に、降り立った巨大な狼型の魔獣へ斬りかかった。


「おのれ、聖都を汚す害獣め!」


鋭い剣閃が、魔獣の首筋を捉える。

勝負あった。誰もがそう思った、一撃。


ガキンッ!!


硬質な音が響き、——剣が、弾かれた。

魔獣の皮膚に、傷ひとつ、ついていない。


「……は?」


呆然と、騎士の口から声が漏れる。

その隙を、魔獣は見逃さない。

振り上げられた剛腕が、騎士の体を、鎧ごと紙屑のように吹き飛ばした。


「ぐあぁッ!?」


「な、なんだ!? 剣が通らないぞ!?」


「体が重い……! いつもの力が、出ないッ!」


動揺が、稲妻のように連鎖した。

彼らは、気づいてしまった。

——自分たちの強さが、己のものではなかったことに。


これまでは、常にシルフィーの「常時身体強化(オートバフ)」が、結界内全域へ等しくかかっていた。

剣を振れば岩をも砕き、走れば風より速く、多少の傷は即座に塞がる。

それが「当たり前」だった。

だが今、結界の中枢が砕かれ、その恩恵は、消えた。


ただの人間の腕で、魔界の怪物に勝てるはずがなかった。


「う、嘘だろ……?」


「俺たちは、こんなに弱かったのか……?」


平和ボケした騎士たちは、足をすくませて、震えるだけの肉に成り下がる。

その目の前へ、——魔獣の牙が、迫った。


     †


「——ッ! 皆さん!!」


バルコニーで惨状を見ていたシルフィーが、悲鳴に近い声を上げた。


(結界を! 早く、結界を張り直さないと!)


震える両手を空にかざし、必死に魔力を練り上げる。

だが——。


「だめ……! 術式が、固定されない!」


指先から放たれた光は、形を結ぶ前にほどけ、散っていく。

ハードウェアである「世界結界の核」が砕かれた今、世界規模の結界を一から立ち上げ直す術は、彼女の手にも、ない。


「どうして……どうして、こんなことに……!」


涙が、ぼろぼろと頬を伝う。

自分の無力さが、許せない。もっと強ければ。もっと早く気づいていれば。

眼下では、逃げ遅れた小さな子供の上に、魔物の爪が、ふっと振り下ろされようとしていた。


「シルフィー! ここじゃ無理だ!」


パニックに陥りかけた肩を、アレイシスが強く掴んだ。


「結界の核が壊されているなら、それを修復するか、代わりの媒体を用意するしかない! 『天空の祭壇』へ走るんだ! 現地に行けば、応急処置ができるかもしれない!」


「はっ……はい、そう、ですね……!」


涙を拭い、頷く。

泣いている場合では、ない。

自分は、聖女なのだから。


アレイシスに手を引かれ、駆け出そうとした——その時。


広場から、人の断末魔が、ひと声、突き上がってきた。


「——ッ!!」


シルフィーの足が、止まる。

見捨てられない。

祭壇に辿り着くまでの数分。その間に、人が死んでいくのを、自分が黙って通り抜けるなんて、——できない。


「シルフィー!?」


「ごめんなさい、アレイシス様。……少しだけ、無茶を、します」


シルフィーは足を止め、両手を、ふわりと広げた。

結界が張れないなら、守り方は、ひとつしかない。


(私の魔力で、直接、皆さんの命を繋ぐ)


体内の魔力回路を、全開にする。

リミッター解除。自分の生命を魔力に変換する、禁忌の領域。


——広域聖方陣《天使の抱擁エンジェリック・ヒール》・全域展開!!


カッッッ!!!!


シルフィーの体から、爆発的な光が放たれた。

結界のような外側の壁ではない。

逃げ惑う民衆、立ち向かう騎士たち。その一人ひとりの体に、直接まとわりつく「黄金のオーラ」だった。


「うおっ!? 力が……力が湧いてくるぞ!」


「傷が、治った!?」


「剣が、軽い! これなら戦える!」


騎士たちの剣に金色の光が宿り、魔獣の硬い皮膚を、紙のように斬り裂きはじめる。

子供の上に振り下ろされた爪は、肌に触れた瞬間、ふっとほどけて、消えた。

街じゅうに、「聖女の奇跡」が降りそそぐ。


——けれど、その代償は。


「が、はッ……!」


シルフィーの口から、どす黒い血が、吐き出された。

鼻からも、目からも、赤い筋が、ひと筋ずつ伝う。

世界の人口、数億の人間への「身体強化」「自動治癒」「恐怖耐性」の同時付与。

それを、媒体である魔石を介さずに、生身でやってのける。

自殺、というのが、いちばん近い表現だった。


「シルフィーッ!! 馬鹿な、魔石なしで世界全域支援(極大バフ魔法)なんて……死ぬ気か!?」


「だい、じょうぶ……です……」


アレイシスの腕の中で、シルフィーは血に濡れた口元で、ふっと笑った。

視界が霞む。頭が割れるように痛い。

——でも、悲鳴が、止んだ。

皆が、戦えている。


「行きましょう、アレイシス様。……私が生きている限り、一人も、死なせません」


その姿は、痛々しいほどに尊く、——あまりにも、危うかった。


アレイシスは広間の隣の控え室から、万が一のために用意しておいた魔剣とオリハルコン製の鎧をひと息に身に着け、彼女の細い体を抱え上げる。


「あぁ、急ごう! ……君を、死なせてたまるか!」


二人は、王城の階段を駆け上がりはじめた。

目指すは、最上階の、破壊された祭壇。


——背後の空のいちばん高い場所。

裂け目の奥の、もっと奥。

ザワッと、大気を撫でる圧が、ふたつ、みっつ、と、頭上に重なっていく。


侵略のサイレンは、まだ、鳴り止まない。

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シルフィーの自己犠牲がやばい! 魔王が祭壇に!?
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