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第7話 子猫の覚悟(アニマ・リベロ)

「琴乃、遠くで嫌な気配が二つ現れたぞ。ラベスというやつではないか?」


 突然そのようなことを言い出すノワールに椎名しいな琴乃ことのは顔を引き攣らせながら答える。


「へ、変な冗談言わないで。何で貴方がそんなのわかるの?」

「知らん。とにかく感じるのだ。…かなりの速さで移動してるな。人を襲わずに移動しているところを見ると、どこか目的地があるのやもしれん」


 冷静な声色で状況を説明するノワール。琴乃の表情に恐怖が浮かぶ。


「…、だ、大丈夫、ティオリアさんも察知してるはずだ。すぐに対処してくれると思うよ」


 コーセー(夜久輝星)は必死に笑顔を作り、琴乃を励ます。


「……、二人とも、すぐ移動しろ。奴らが二手に分かれた。一体がこちらに向かって来ている。このスピードじゃすぐに目の前に現れるぞ」

「ひ…」


 琴乃の口から小さな悲鳴が漏れる。肩がカタカタと震えている。

 コーセーはそれを見てすぐに行動を開始。広げていたノートを琴乃のカバンに入れ、黒猫ぬいを取っ手から外して握りしめ、琴乃の手を取って立ち上がる。


「行くよ椎名さん! なるべく遠くへ逃げるんだ!」

「う…うん…」


 コーセーに手を引かれ、琴乃はゆっくりと立ち上がる。しかし…。


「きゃあああああ!」「なんだあれ!」「逃げろおお!」「でかいぞ!」


 遠くから悲鳴が聞こえてきた。

 二人がその声の方を見ると、そこには巨大な野犬が仁王立ちし、周囲をキョロキョロ見渡す姿があった。伸ばした首の先は人の頭を優に超える高さにある。とんでもないサイズだった。


(でかい…! あんなのが暴れたらこの辺がめちゃくちゃになる…!)


 ちらっと琴乃を見る。琴乃は恐怖で顔を歪め、ガタガタと身体を震わせている。


(抱えて逃げる…、いや、俺の筋力じゃ咄嗟に動けなくなる。身体強化魔法を使えばいけるか…、ダメだ、ティオリアさんの話じゃラベスは魔力に反応する。きっと魔法を使ったら狙いを定めて追って来る。……追って来る…か)


 早くなる鼓動に引っ張られ焦らないように、冷静に、ゆっくり息を吐く。そして琴乃に声を掛ける。


「椎名さん、俺、あの犬がこっちに来ないように誘導してくるから、動けるようになったらすぐに走って逃げて。魔法は使わないようにね、きっと魔力に反応して追って来るから」

「やっ君!?」


 琴乃が驚愕の表情でコーセーを見るが、コーセーは覚悟が決まった表情をしている。止めても行く気だろう。


「輝星よ。生き残る算段はあるのか?」

「わからないよそんなの。俺は喧嘩みたいなのはしたこと無いんだから。でも足だけは自信あるから、おーが(日色凰我)が来るまで全力で逃げ回るさ」


 コーセーは苦笑いを浮かべつつ琴乃の手を優しく離し、その手に黒猫ぬいを持たせる。


「ノワール、椎名さんをよろしく。じゃ、椎名さん、行ってくる」


 そしてコーセーは巨大犬のところへ走り出した。


「やっ君!!! やだ! 行かないで!!!」


 手を伸ばすが、足に力が入らず動けない。

 遠くでは巨大犬がうろうろと動き出し、スマホで動画撮影していた野次馬を追い回し始めていた。

 コーセーがそこに石を投げ、巨大犬の注意を自分に向けるとこれ見よがしに身体強化魔法を発動。魔力で巨大犬の誘引を狙う。

 巨大犬はコーセーの誘いに乗り、凄まじい速さでコーセーを追い回し始めた。

 身体強化魔法を使ったコーセーは人間離れした動きで巨大犬を躱すが、全く余裕が無い。あのままではすぐに捕まってしまう。


「琴乃よ、いつまでそうしているつもりだ? 逃げるなり加勢するなりしたらどうだ」

「そ、そんなこと言ったって…。あ、足が…動かない…」


 ガクガク震える足は辛うじて直立を維持しているが、少しでも動けば崩れるように転倒してしまう。


「このままでは輝星は死ぬぞ。黙って見ているつもりか?」

「やだよ…!!! そんなの…見たくない…!!! でも…でも…!」


 琴乃の瞳に涙が浮かぶ。

 その潤んだ瞳にコーセーが巨大犬に殴られ転倒し、巨大犬が歩み寄ろうとする光景が映る。


「やめてええええ!!!!!」


 琴乃は咄嗟に身体強化魔法を全力で使い、周囲に強い魔力を振り撒いた。

 巨大犬はすぐさまその魔力に反応し、琴乃を凝視する。


「し、椎名さん…! 何で…!」


 コーセーも琴乃の魔力を感じ、あんなに震えていたのに自ら巨大犬の注意を引いたことに驚愕した。


「ひ…」


 ゆっくり近づいてくる巨大犬に威圧され、ついにぺたんと座り込んでしまう琴乃。頬には涙がぼろぼろと伝う。


 すると握っていた黒猫ぬいがスィーと浮遊し、琴乃の目の前まで上がってきた。


「……琴乃よ、がんばったではないか。お前の覚悟、確かに感じたぞ。我も本気を出そうではないか」


 そして近くまで来ていた巨大犬の目の前にスィッと飛んで割り込む。

 次の瞬間、ぶわああああ!!!と、黒猫ぬいから凄まじい威圧感が放たれ、巨大犬に叩きつけられた。


「ぐぅ…!」


 威圧感を叩きつけられた巨大犬は尻尾を下げ後退し、とんでもない威圧感を放つぬいぐるみを警戒し、様子を窺う。


「ふははははは!!! 見てみろ琴乃よ!!! お前の中の"野生"に犬っころが怯えているぞ!!!」

「…え…? え…?」


 突然いきり出したノワールと、そのノワールを警戒する巨大犬に困惑する琴乃。


「琴乃よ、よく見ろ。怖いのはお前だけか? この犬っころも怖がっているぞ? 向こうで転がっている輝星も恐怖を感じつつもお前を逃がそうと戦ったのだぞ? そしてさっきお前も恐怖を感じながら輝星のために力を使ったではないか。ふはははは! 皆同じことをしておるな!」


 ノワールの独特の言い回しに少し混乱しそうになるが、言わんとしていることは何となくわかってきた。


「琴乃、恐怖を感じるのは自然なことだ。だが飲まれるな。恐怖に飲まれさえしなければ、お前はこんな犬っころに負けはせん。こいつが怯えているこのノワール様は琴乃の一部でしかない(・・・・・・・・・・)のだからなぁ!」


 ノワールの自信満々な態度に、ほんの少し気力が戻ってくるのを感じる。

 ぐっと足に力を込め、立ち上がる。


「ぐす…、わかった…。少し…がんばる。どうすれば良い?」

「魂を開放しろ。理性で押さえつけている力を解き放つのだ。やり方は琴乃の心がすでに知っている」


 それを聞き、琴乃は目を閉じる。そして両手を胸元に当て、呟いた。


「コード:アニマ・リベロ」


 その瞬間、琴乃は光に包まれる。光が消えるとそこには黒地に紫があしらわれたドレスのような衣装に身を包んだ琴乃が立っていた。手には紫の大きな宝石が輝く黒い大杖を持ち、髪先が紫色に発光している。

 そして琴乃は大杖を黒猫ぬいに向け、詠唱した。


「コード:レオ・リーベル」


 すると今度は黒猫ぬいが光に包まれる。その光はどんどん大きくなり、光が消えると巨大な漆黒の獅子がニヤついた表情で巨大犬を見下ろしていた。獅子の体毛の毛先も琴乃の髪と同じように紫色に発光している。


「ふははははは!!! 喧嘩を売る相手を間違えたな犬っころよ!!! 琴乃は貴様が食えるほど安い女ではないわ!!!」


 楽しそうに吠えるノワールの後ろで琴乃はふわぁ…と浮遊し始め、上空から巨大犬へ大杖を向ける。

 すると大杖の先端に魔力が収束し、ビュバアアアア!と光線が放たれる。


「がう!?」


 バレーボール大ほどの太さのその光線を巨大犬はギリギリで躱す。光線は地面に当たりドガアン!と爆発を起こす。

 巨大犬はそのままノワールから距離を取ろうとするが…。


「逃がさんよ!!!」


 バゴン!と、巨大犬を猫パンチで弾き飛ばし、巨大犬はゴロンゴロンと転がっていく。

 そこへ琴乃は容赦なく攻撃を加える。


「足を潰す…!」


 巨大犬に向けた大杖の周りに魔力が収束し、ズバアアア!とショットガンの様に幾重にも光線が放射される。

 それは転がる巨大犬にズバババババと降り注ぎ、その身体に穴を開け、ボガアン!と爆発し、巨大犬の四肢を弾け飛ばしていく。


「が、ぐがああ!」


 身体に穴を開けられ、四肢を飛ばされた巨大犬は藻掻きながら、足の傷口から触手をニョロニョロ伸ばし足を再生させようとする。

 それを顔をしかめながら確認した琴乃が声を上げる。


「ノワール!」

「おうよ!」


 琴乃に呼ばれたノワールは空中を駆け、琴乃のすぐ後ろへ陣取る。そして琴乃は両手で大杖を支えて巨大犬へ向け、詠唱を開始。


「コード:ルナティック!」


 大杖の先端に大きな魔法陣が出現。ノワールが続く。


「闇夜に輝くは白銀の月、月光で目覚めし狂気がマナを躍らせ、我らが血肉を沸騰させる―――」


 ノリノリで恥ずかしい中二病フレーズを唱えるノワール。琴乃は何とも言えない顔でそれを聞くが、詠唱に合わせ、魔法陣には凄まじい量の魔力が収束していく。

 そしてノワールが満足したタイミングで二人が叫ぶ。


「「ルナ・ラディウス・マグナ!!!」」


 ドガアアアアアア!!!と魔法陣から巨大な魔力の奔流が放たれ、巨大犬を一瞬で飲み込み、ドガアアアアアアン!!!と大爆発を起こした。

 しかしその爆発のエネルギーは周囲に拡散することはなく、光の柱となって上空へ放出された。


「ふん!!! さすが琴乃だ!!! アフターケアもばっちりだな!!!」

「当然。…ノワール、少し声のボリューム落として」

「ふははははは!!! 細かいことは気にするな!!! 勝利の余韻をもっと味わわせろ!!!」


 ノワールは琴乃にすり寄り、琴乃はノワールのたてがみをもふもふしながら、キラキラ光る光の柱を眺めた。




 光が消えた後、琴乃はコーセーのところへ飛んで行った。


「やっ君!!! 大丈夫!!?」

「大丈夫…、ちょっと擦りむいただけ――いっ!」


 立ち上がろうとするコーセーだったが、どこか怪我をしているらしく転がった状態から動けないでいた。


「待ってて! 今治してあげる!」


 琴乃は大杖をコーセーに掲げ、少し集中するとふわっとコーセーの身体が光り、そして消えた。


「…どう? 痛いの消えた?」

「え…、あ、消えた。す、すごいね椎名さん、ありがとう」


 痛かった部位を確認しながらゆっくりと立ち上がるコーセー。琴乃はそれを確認しほっと胸を撫で下ろす。


「椎名さん、その格好…。それに…、ノワール…だよね…?」


 コーセーは黒いドレスに身を包んだ琴乃と巨大化したノワールを交互に見て思わず突っ込んでしまった。


「…! あ、あんまり見ないで…」


 琴乃は少し視線を外し右手で左腕を抱き寄せた。頬が少し赤くなっている。

 その仕草にコーセーまで釣られて恥ずかしくなり、急いで視線をノワールへ移す。


「ご、ごめん! でも! す、すごく可愛いと思うよ!」

「ふははははは! 我の事はもっと見てくれて良いぞ!? これが我の真の姿だ!!!」


 上機嫌のノワールに顔が真っ赤の琴乃が大杖を振り下ろし、ぼふっとたてがみを叩く。

 その様子を見て、二人の中身が全く変わっていないことに安堵する。


 すると突然後ろから声を掛けられた。


「ちょっと良いかな!? 君、今SNSでバズってる子の友達か何か!? 少し話聞かせて欲しいんだけど…!」


 大学生くらいの男がスマホ片手に興奮した様子で聞いてきた。


「え…、えっと…」


 琴乃は身を縮こませ、コーセーとノワールがス…と琴乃の前に出る。


「小僧、ここに残っておった度胸とすぐ我らに声を掛ける行動力は認めてやるが、少しTPOを弁えた方が良いぞ? 失せるがいい」

「すげぇ…! ライオンが喋ってる…! "琴乃ちゃん"の使い魔みたいな感じなのかな!?」


(!!! まずい…! 椎名さんの個人情報が洩れる…! ノワールが大声で喋ってたのを聞いてたんだ…!)


 コーセーの額に汗が滲む。この情報社会で個人情報が洩れることはとんでもないリスクになる。ましてや化け物騒ぎと魔法少女は今一番ホットなネタだ。下手をしたら琴乃は家まで特定され、外を歩けなくなるかもしれない。


「琴乃? 何を言っている。こいつは『琴葉ことのはルナ』だ。聞き間違えたか?」

「あ! 『ルナちゃん』っていうんだ! 可愛い名前だね!」


 ノワールがシレっと偽名を捏造する。琴乃が目を見開いてノワールを凝視する。

 そしてしつこい男にノワールが最終警告を出す。


「小僧、これ以上関わるなら貴様のスマホを粉砕してやるぞ?」

ぐい

「うわ!?」


 ノワールが巨体を活かして男を押し倒し、前足で踏み踏みする。


「あー…前足に力が入ってしまうなぁ? 貴様の内臓はどれくらい耐えられるのやら…」

「ひ…! わ、悪かった! すぐ消えるから許して!」


 男は慌てた様子で立ち上がり、どこかへ走って行った。

 その後ろ姿を見送り、コーセーが口を開く。


「よし、二人とも、すぐに移動しよう」

「む?」「移動?」


 ノワールと琴乃が同時に首を傾げる。


「きっとすぐに警察が来る。職質されたら面倒だよ。ノワール、もう一つの気配はどうなってる?」

「ふむ……、少し前まで"向こう"に気配があったが、今は消えてるな」


 ノワールが鼻先で方向を指す。


「学校方面か…、たぶんおーがは近い方から処理しようとしたんだね。今気配が消えてるならたぶん無事に倒せたんだと思う。で、おーがは今こっちに向かってるはずだ。俺たちも向こうへ行こう。ノワール、悪いんだけど乗せて貰っていいかな? 今のノワールが飛んでればおーがはすぐに気付いてくれると思うんだ」

「良かろう。乗れ、二人とも」


 そしてノワールはコーセーと琴乃を背に乗せ、悠々と空中を"駆け"始めた。


「……、ねぇノワール、"走る真似"する必要ある? 無駄に揺れるだけじゃない?」


 背中で揺られながら疑問を投げる琴乃。


「ふははははは! 四つ足動物が微動だにせず空中を浮遊移動する姿を想像してみろ! シュール過ぎて腹が捩れるわ!」

「ははは…、確かにシュールだね…」


 その光景を想像して苦笑いするコーセー。


「確かに…、"見せ方"は大事だよね…」


 琴乃は額に手を当て、呆れた表情をしつつも理解を示した。




 その後、ヒロ男は無事にノワールを発見し合流。皆で、昨日魔法の練習をした緑地公園の奥へ移動した。


(それにしても本当に驚きました。まさか琴乃さんがラベスを倒しただなんて…。街中へ向かっていたらラベスの気配が消えて…、私たちすごく焦ってたんですよ?)


 ティオリアが心底安心したように話す。

 昨日の様にゼノウィータがラベスを吸収してしまったのかと本気で焦っていたのだ。


「それにノワールがでっかいライオンになってたのにも驚いたよ。新手のラベスかと思って攻撃するとこだったぜ」

(私の制止が間に合って良かったです)


 黒猫ぬいに戻り琴乃の膝に乗っているノワールを見ながらヒロ男が話す。

 ノワールのたてがみに隠れコーセーたちが見えなかったため、焦っていたこともあり、ヒロ男はノワールを敵と判断して攻撃しようとしたのだ。

 その時ティオリアがノワールの背中に乗っていた二人の魔力を感知し、急いでヒロ男を制止させ事無きを得た。


「ふはははは! 危うく我の格好良い顔を殴られるところだったぞ!」

「一応防御する準備はしてたから、攻撃されてても大丈夫だったと思う」


 琴乃はそう言って目の前に半透明の魔力の壁を作り出した。

 ヒロ男が「ほえ~」と言いながら"それ"をコンコン叩く。


(本当に息をするように無詠唱で魔法を使えるんですね…。それに昨日の今日で"変身"まで…。琴乃さんが私の世界で生まれていたなら間違いなく歴史に名を残す魔導士になってましたよ)


 ティオリアが感嘆していると、琴乃は首を横に振る。


「私の魔法のイメージの大部分はこの世界のエンタメに根差してる。きっと他の世界の私じゃ同じことはできないと思うよ」

(なるほど…、魔法を扱う才能とこの世界での特殊な魔法のイメージが合わさったことで奇跡的なパフォーマンスを発揮しているというわけですね)

「琴乃は天才だからな! 形は違えど世界に名を轟かせることには変わりな――」

ぎゅむ


 琴乃が黒猫ぬいの頭を握り潰す。


(そうだコーセーさん、ちょっと相談があるのですがいいですか?)

「ん? どうしたの?」


 大人しく皆の話を聞いていたコーセーに声が掛かる。


(実はついにおーがさんが収束砲を習得したのですが――)

「マジかおーが! すごいじゃん!」

「ふ、ついにやったぜ。ティオリアとコーセーのおかげ――」

(で・す・が!!!)


 説明途中で喜び始めた二人を"圧"を込めた言葉で黙らせる。

 静かになったのを確認し、再び説明を開始。


(確かに収束砲習得は大変喜ばしいです。私もその点はすごく嬉しいです。でも、威力が"強過ぎる"んです。あの威力で収束砲を使うとすぐにバテちゃいます。なので昨日琴乃さんが使ってた指から収束砲を出す魔法の練習をして貰いたいんです。私、ちょっと琴乃さんとお話したいことがあって、その間コーセーさんにおーがさんの監督を貰っていいですか?)

「いいけど、監督って何をすればいいの?」

(おーがさんの"雑念"を聞いてあげてください)

「あぁ…、なるほど。わかったよ」


 話が終わるとぱぁ…とヒロ男が光りに包まれ、『魔法少女ティア』の姿に変身する。

 そしてヒロ男とコーセーは立ち上がり、琴乃からほんの少し離れ練習を開始。


「おーが、今日は大人しく言うこと聞くんだな。昨日は駄々こねてたのに」

「まぁ…、今日使った『ルミナ☆バスター』は俺も確かに"過剰火力"だと思ったしな…。あの時のティオリアの、『言いたいことがあるけど言い難い』みたいな雰囲気が居た堪れなくてさ。俺もティオリアには安心して見ててもらいたいんだよ」

「そっか…、がんばろうぜ」

「おう」


 ちなみにティオリアはヒロ男の中にいるためこの会話は丸聞こえである。

 ティオリアは少しニヤつきながら、二人の邪魔をしないように琴乃に意識を向ける。


(琴乃さん、少しお話いいですか? 念じていただければ私に声が届きます。今、この声はおーがさんとコーセーさんには聞こえてません)

(なるほど、秘密のお話ってわけだね。大丈夫だよ、何のお話?)


 そしてティオリアは真剣な雰囲気になり、尋ねた。


(単刀直入に聞きます。琴乃さんは、戦う"覚悟"はありますか?)

(……)


 黒猫ぬいを撫で、少し考える琴乃。


(今、私は『特殊遊撃魔導士ティオリア・クラルス』として聞いています。おーがさんは生まれついての戦士です。私と会う前から覚悟が決まっていた人でした。そんなおーがさんと共に育ってきたコーセーさんもある種の覚悟を持っています。でも、琴乃さんは普通の女の子です)

(……)

(正直に言えば琴乃さんを戦力として数えたい気持ちはあります。でも、いくらすごい魔法が使えても、"戦いたくない人"が使う魔法は戦力としては見れないんです。ラベスに取り込まれてしまうと肉体は魔力に分解され、吸収されてしまいます。運よく吸収直後のラベスを誰かが倒してくれて、魔力から肉体を再構成されても、取り込まれた時の記憶が消えるわけではありません。特に女性の魔導士は、取り込まれた時のショックから精神を壊してしまうことが多いんです)

(……)

(琴乃さん…、もし、無理をして戦おうとしているのなら――)

(私ね)


 ティオリアの言葉を遮る。


(私、本当についさっきまで、『自分は弱虫で、表立って動けない人間だ』って思ってたの。ううん、今も思ってる。でも、ノワールが教えてくれたの。皆、心のどこかに弱虫を飼ってて、それとうまく付き合いながら生きてるんだって。だから、がんばってみようって思ったの。怖いのは皆同じ、じゃあ私だけ逃げてちゃダメだって。そしたら変身できたの。そして今はこの力を"大切な人"のために使いたいって思ってる。その人のためなら私は命でも懸けられる。実際"命を懸けた"事がきっかけでノワールが力を貸してくれたの。もちろん世界をめちゃくちゃにされたくないって気持ちもあるよ? でもそれ以上に、その人を守りたいって気持ちが強いの。……こんな感じで、覚悟とはちょっと違うし、結構不純な理由でここにいるんだけど、ティオリアさん的にはどう思う?)


 琴乃の告白を聞き、ティオリアはクスっと笑った。


(覚悟の無い人に命は懸けられません。すでにそういう行動を取っているなら私からはもう何も言うことはありませんよ。琴乃さん、改めて、これからよろしくお願いします。頼りにさせて貰います)


 ティオリアの返答を聞き、琴乃は微笑む。


(こちらこそよろしく。新米魔導士だからいろいろ教えてね)

(もちろんです! …ふふふ、しかしコーセーさん(・・・・・・)ですか、そうですか、ふふふ。もしかして昨日の件がきっかけですか?)


 話の流れから琴乃の想い人を特定したティオリアが楽しそうに質問する。琴乃は少し頬を赤らめ、恥ずかしそうに答える。


(前から気になってはいたの。でもそれはそういうんじゃなかったんだけど…、でも、昨日必死に助けてくれようとしてるのを見たら……ダメだった…)

(きゃあああ! 良いですね良いですね! 私応援しますよ! それでそれで! 彼のどんなところが気になってたんですか!?)

(えっと…、ぱっと見気弱そうに見えるんだけど、実はすごく芯が強いところとか…。さり気なく周りのフォローしてるところとか…。話す雰囲気もすごく優しくて――)


 こうして真剣な対話は恋バナに変わり、二人はしばらく年相応の可愛らしい会話に花を咲かせるのだった。




 放課後だったこともあり、あの後すぐに周囲が暗くなり始めた。

 皆は解散し、各々の家に帰宅した。


 帰宅した琴乃はすぐに汗を流し、自室の机にノートとぬいぐるみの素材を広げる。


「さっそく作り始めるのか。期待しているぞ琴乃よ。完全なる我が依り代を完成させるのだ!」

「はいはい、ぱぱっと作ってあげるから大人しくしてて」


 自由に浮遊する黒猫ぬいをつんっと触り、何か参考になるWebサイトはないかとスマホを操作する。

 するとSNSの動画が目に付いた。ヒロ男の今日の戦いぶりがすでに拡散されている。


(ヒロ男くんのバカ…。スカートでこんな高い所をぴょんぴょんと…)


 ぬいぐるみ作りが一段落したらじっくり粗探しをしてやろうと思い、動画を一旦閉じる。

 すると閉じた動画の画面の横に、ヒロ男ではない(・・・・・・・)魔法少女の動画が投稿されているのに気が付いた。

 サムネには黒いドレスを着た少女と大きな黒いライオンが映っている。


「………」


 すごく嫌な予感がする。

 震える指でそのサムネをタップする。


『コード:ルナティック!』


 動画の中の少女が詠唱すると大杖の前に魔法陣が展開される。


『闇夜に輝くは白銀の月、月光で目覚めし狂気がマナを躍らせ、我らが血肉を沸騰させる―――』


 少女の後ろのでかい黒ライオンがノリノリで恥ずかしい中二病フレーズを唱え、魔法陣の前に紫色の光が収束していく。


『『ルナ・ラディウス・マグナ!!!』』


 少女とライオンが同時に叫ぶとでかい光線が発射された。


「ほう、今日の我らの晴れ姿が映っておるな。ふはははは! 良く撮れているではないか!」


 部屋を自由に飛び回っていたノワールが近くに来てスマホを覗き込み、呑気な事を言っている。

 動画のコメントを見ると、「新手の魔法少女か!?」「この黒ライオンすげぇな。CG進化し過ぎだろ」「琴葉ルナちゃんっていうらしい」「本名バレしてんの草」「魔法少女ルナか。保存した」「#魔法少女ルナ」などと言葉が続いている。


 琴乃はスマホを机に置き、両手で頭を抱えた。


「ふははははは! 凰我共々人気者の仲間入りだな! これからもっと我らの活躍を歴史に刻み付けてやろうではないか! ふははははは――」

がし


 琴乃は笑う黒猫ぬいを捕まえ…。


ぼすんっ


 ゴミ箱の中に叩きつけた。

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