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第6話 英雄の理解(ルミナ☆バスター)

 目が覚めた。

 窓のカーテンの隙間からは優しい朝日が射している。


「ん…、んーーーーーっ」


 ごろんと仰向けになり、そのまま大きく伸びをする。


(起きたか、琴乃よ)

「…まだ眠い」

(まぁまだ目覚ましも鳴ってないしな。鳴るまで二度寝するか?)

「いや、起きる」


 そう言い、椎名しいな琴乃ことのはゆっくりと上体を起こす。


「……、……?」


 座った姿勢のまま首を傾げる。


(どうした? 琴乃よ)

「貴方誰?」


 寝起きだったため普通に会話していたが、頭の中からやたら渋い謎の男の声が聞こえる。


(我はお前だ)

「私は貴方みたいに愉快な一人称じゃない」


 (ふむ…)と間を置く謎の声。


(琴乃の深層心理から分離した人格だ)

「じゃあ何で男の声?」

(我はお前の男性性が分離した人格だからな)

「男性性…?」


 また首を傾げる。


(勇気、攻撃性、自信、決断力、俗に言う男らしいと言われる性質の事だな。お前、魔法が使えるようになって"力が怖い"と思ったろう。その恐怖心が覚醒した魔力と作用し合い我を生み出したのだ)

「勝手に生まれないで」

(フ…、さすが琴乃だ…。切れ味鋭い…)


 「ふぅ…」とため息を吐く琴乃。そしてチラッと、収納棚の横に引っ掛けてある小さな黒猫ぬいぐるみのキーホルダーを見た。


「ねぇ、貴方あのキーホルダーの中に行ってくれない? 頭の中で喋られるの不快なんだけど」

(む? 我は琴乃から分離した人格だと言ったろう? 言わば今の琴乃は二重人格のようなもので、それをあんな小さき縫物へなど移動できるわけが――)


 頭の中で喋る声を無視しつつ黒猫ぬいのキーホルダーを手に持つ。そして頭の声がその中へ移動するように念じてみた。


(唸れ、私の魔力。このうるさい声を封印よ)


 すると黒猫ぬいのキーホルダーがパァと光り、頭の中から声が消えた。


「!??? おい琴乃!!! 冗談ではない!!! 早く戻すのだ!!!」


 どうやって発声しているのかは知らないが、手元の黒猫ぬいから先ほどの渋い声が聞こえる。とりあえず無事に移動は成功したらしい。


「よし。これで安心」

「『よし、安心』ではない!!! 早く戻すのだ!!!」

「絶対嫌」


 琴乃は騒ぐ黒猫ぬいを掛け布団でグルグル巻きにし、物理的に声を小さくさせ、身支度のため自室を出て行った。




「コーセー、おはよう」

(おはようございますコーセーさん!)

「おはようおーが。ティオリアさん、ちゃんと動画観れた?」


 登校するため家の外へ出たヒロ男(日色凰我)コーセー(夜久輝星)。いつも通り家の前で挨拶を交わし、一緒に歩き始める。

 そしてティオリアがちゃんと暇つぶし出来たかをコーセーが確認する。


(はい! とっても楽しかったです! 今二作品目の途中ですが、続きが楽しみで夜が待ち遠しいです!)


 ティオリアがそれに元気に答え、問題無かったことを伝える。


「楽しんで貰えたみたいで良かったよ。おーがはちゃんと寝れたか?」

「あぁ、大丈夫だ。もともと俺は寝る時に周りの音とか気にならないからな。あれくらいなら全然問題ねぇよ」

「そっか、良かった」

(途中までおーがさんも一緒に観てたんですよ!)

「へー、そりゃ意外だな。どういう心境の変化だ?」


 ティオリアからの情報を受け、興味深そうに質問するコーセー。


「いや…、俺魔法少女が何なのか(・・・・・・・・・)よく知らなかったからさ、良い機会だから一緒に観てみたんだよ」

「ほう。で、どうだった?」

「魔法って重火器みたいだなぁって思った」


 少し遠い目をしているヒロ男を見て、コーセーは苦笑いした。


(な〇はシリーズならそういう感想も出るかもなぁ)


 とりあえずティオリアにも感想を聞いてみる。


「ティオリアさんはどう?」

(そうですね、シンプルな魔法が多かったですがそれ故に効果は絶大です。私の世界の魔導士たちはいろいろな魔法に手を出しがちですが一つの系統を極めることの重要性があの作品からは見て取れて、特にディバ〇ンシューターとディバ〇ンバスターの使い分けは――)


 早口気味で語り出すティオリア。言ってることが半分くらいしかわからないので「うんうん」と頷いてわかっている風を装う。

 そしてヒロ男は何故か難しい顔で地面に手をかざして手の平をピカピカ光らせている。


(う~む…、カオス…)


 コーセーは苦笑いのままヒロ男の奇行を眺め、ティオリアの感想を聞く。


 そうやって歩いていると、前方の電柱に琴乃が寄り掛かっているのが見えた。

 琴乃はコーセーが来たことに気付くと、てててーと近くに小走りしてきた。


「おはようやっ君、ティオリアさん、ヒロ男くん」

「おはよう椎名さん」

(おはようございます琴乃さん!)

「おはよう椎名」


 琴乃が現れたことでティオリアの感想トークが止まった。今のうちに次の話を始めてしまおうと琴乃に話し掛ける。


「通学路で会うのは珍しいね。もしかして待ってた?」

「うん、ティオリアさんに早急に相談したいことがあって…」

(相談ですか? 何かありました?)


 すると琴乃はカバンを漁り、小さい黒猫のぬいぐるみが付いたキーホルダーを取り出した。


「挨拶」


 琴乃が何故かぬいぐるみに言葉を掛けると…。


「お初にお目に掛かる。我は琴乃の精神より生まれし者である」


 ぬいぐるみが喋り始めた。


「ティオリアさん、こいつどう思う?」

(え? えーと、え? 何ですかコレ?)

「おい! "こいつ"とか"コレ"とか失礼だぞ! 琴乃よ! 我に名を寄越せ! 魂が震えるような格好良い名を寄越すのだ!」


 不満を露わにしてピクピク動くぬいぐるみ。喋るだけでなく動けるらしい。

 その異常な光景にヒロ男とコーセーは完全にフリーズしてしまっている。


「『クロ』で」


 ため息を吐きながら琴乃は面倒そうに黒猫ぬいに名前を付ける。


「何だそのテキトーな命名は! もういい! 自分で名乗ってやるわ! 我が名は『ノワール』! この名以外は受け入れん! わかったな!?」


 うるさい黒猫ぬいに、琴乃は額に手を当て再びため息を吐く。


(え、えーと…。ノワールさん? 貴方は何者ですか?)


 困惑しつつもティオリアは何とか質問を絞り出す。


「うむ、我は琴乃の覚醒した魔力によって深層心理から分離した、琴乃の"男性性"の人格である。こやつ、せっかく魔法が使えるようになったというのに"力"を怖がって震えておったのよ。それを我と言う人格として分離して"力"の制御権を我に押し付けておるのだ。"我ながら"困ったやつよ」

「…あんまり余計な事言うと首千切っちゃうよ?」

「ふはははは! 貴様がぬいぐるみなんぞに封印してくれたおかげで痛みなど感じぬわ! 我を痛めつけたいのなら素直に我を身体に戻すのだ!」

「絶対嫌」


 言い合いをする琴乃と黒猫ぬい。ティオリアはその言い合いの中身から、黒猫ぬいに封印されているというノワールの状態を推測する。


(えーと…、琴乃さんとノワールさんの間に薄っすらと魔力パスが見えます。それにここまで感情表現豊かな人格が入ってるというのにこのぬいぐるみからはそこまで強い気配を感じません。たぶんですけど、ノワールさんの大元の人格は琴乃さんの中にしっかりあって、このぬいぐるみから出力される形に経路が固定化されているのでは…)


 その説明を聞き琴乃が首を傾げる。そしてノワールは…。


「何!? 魔力パスが繋がっているということはつまり…!」


 何か思い付いたような事を言ったかと思えば、次の瞬間黒猫ぬいはふわふわと空中を浮遊し出した。

 その光景にヒロ男とコーセーは絶句する。


「あ! クロ助降りて来い!」

「ふはははは! これはこれで面白いかもしれんな! 琴乃よ! 我はこのままでも良いかもしれんぞ!」


 笑いながらひゅんひゅん飛行する黒猫ぬいに、琴乃は右拳を握りしめプルプルと震える。


「いい加減にしろ!!!」


 琴乃は覚えたばかりの身体強化魔法と空中移動を使い、一瞬で空中の黒猫ぬいに接近。黒猫ぬいを鷲掴みにしてシュタッと地面に降りてきた。


「ふむ、捕まってしまったか。さすが琴乃だと言っておこう」

「これ以上好き勝手したら水入りの瓶詰めにして放置してやるから」

「おい! それは非道が過ぎるのではないか!?」

「嫌なら迷惑掛けないで」


 凄まじい殺気を放ち黒猫ぬいを握り締める琴乃。


「わ、わかった。少し調子に乗り過ぎたようだ。大人しくぬいぐるみに徹するとしよう」

「それでいい」


 大人しくなった黒猫ぬいを手に乗せ、「ふぅ…」とため息を吐く。


「で、ティオリアさん、こいつどう思う?」


 スパッと空気を切り替えて最初の質問へ戻る琴乃。

 若干まだ混乱しているティオリアだったが、何とか口を開く。


(お話を聞く限り、ノワールさんは琴乃さんの分身みたいな存在ですよね。しかも同じ精神を共有してますから、あまり喧嘩せず仲良くした方が良いと思います。ノワールさんと喧嘩するってことは、自分自身を傷つけるのと変わりませんから。おそらく喧嘩が続くと琴乃さんの人格にも影響が出ると思います)

「……、なんて厄介な…」


 ティオリアの見解を聞いた琴乃は苦々しい表情で黒猫ぬいを見る。


(ノワールさんもあまり琴乃さんを困らせないでください。琴乃さんあっての貴方なんですからね?)

「う、うむ…、わかった。助言感謝する…」


 そして琴乃はため息を吐きながら黒猫ぬいをカバンの取っ手にぶら下げた。


「む? "ここ"で良いのか?」

「私に"自傷"の趣味は無い。できるだけ優しくする。……今まで雑に扱ってごめんね」

「……、…フ、さすが琴乃よ。本質を掴むのが早い。我もすまなかった。これから互いに協力してやって行こうではないか」


 互いに謝罪し合う琴乃とノワール。

 そして未だ固まっているヒロ男とコーセーに声を掛ける。


「行こ? 遅刻しちゃうよ?」

「あ、うん」「お、おう…」


 琴乃に促され、三人並んで通りを歩き始めた。


「えーと…、ノワール? 俺『日色凰我』、よろしくな」

「あぁ名乗らずとも良いぞ? 我は分離するまでの琴乃の記憶を共有している。凰我よ、よろしく頼む。輝星とティオリアもな」

「うん、よろしく…」(よろしくお願いします)


 ここで琴乃が口を挟む。


「ねぇノワール、一応言っておくけど、"余計な事"言わないでよ?」

「フ、わかっている。野暮なことはせん」


 こうして何とも言えない雰囲気のまま、三人は学校へ向かうのだった。




 学校に着いた三人は、ティオリアが休み時間に質問攻めに会う以外は特に変わらずいつも通り過ごし、あっという間に放課後になった。


 ヒロ男は前日休校になって流れていた部活の助っ人に走り回り、コーセーと琴乃は二人で街の通りを歩いていた。

 一昨日にヒロ男が約束していたコーセーへの奢りの件を消化するため、登校時に二人で待ち合わせの約束をしていたのだが、せっかくならと琴乃もお邪魔することになったのだ。


「やっ君とヒロ男くんってほんと仲良いよね」

「家が隣同士だしね、兄弟みたいなもんだよ」

「それにしたって仲良いと思うよ? 全然タイプ違うのに」


 琴乃から見るとヒロ男は熱血バカ、コーセーは優しいインテリだ。噛み合う要素が見当たらない。


「うまい具合に弱点が被ってないからね。良い感じに助け合えるんだよ」

「ふーん…、男の子同士の友情って不思議」

「男性性の分離体である我が男の友情について教えて――」

ぼふ


 喋り出した黒猫ぬいの顔面に琴乃が拳を振り下ろした。

 ぬいぐるみのため特にダメージは無いが、ノワールは大人しく喋るのを止める。


「ははは…、ノワールってだいぶ強烈なキャラしてるよね。椎名さんの分身とは思えないよ」

「それは私も同意見。これが私の深層心理だなんて認めたくない」


 琴乃が無表情でそんなことを言うが…。


「琴乃よ、それは少し違うぞ? 確かに我は琴乃の深層心理から分離したが、我の人格構成に使われているのは男性性のみだ。つまり我は琴乃の完全な分身というわけではない」

「? よくわからない」


 ノワールが説明するが琴乃は首を傾げる。


「えーと…、つまり男性性、女性性、その他の要素、それらを統合した状態が琴乃さんの人格であって、男性性だけのノワールは琴乃さんの一部だけど琴乃さんではない…みたいな感じ?」

「うむ、概ねそんな感じだ。理解が早いな輝星よ」


 やっと喋れて少し嬉しそうな声色のノワール。


「加えて言うと、ずっと分離分離と言っているが、正確には切り離されているわけではない。今の琴乃の中にも男性性はある。でなければ今朝我を捕まえた時のような感情の爆発は起きようがない」

「んー…、つまり分離じゃなくて…男性性だけに別のOSがくっ付いたような感じ?」

「良い表現だ。それが最も近いだろう」


 コーセーの例えにノワールは満足そうに返事をする。


(なるほど…、普段の椎名さんは抑制が強過ぎるから、ノワールっていう"出力装置"を置くことで力を制御しようとしてるんだ。椎名さんは…、無意識に"戦う覚悟"をし始めてるんだ…)


 何故ひょっこりノワールが生まれて来たのか、その理由を察し、コーセーは思わず神妙な表情になる。


(昨日あんなことがあって、ほんとは怖くて仕方ないだろうに…)


 そう思うと、コーセーの口から言葉が自然に零れた。


「強いね、椎名さんは」

「? 今の話の流れでなんでそうなるの?」

「我もわからぬぞ。ちゃんと流れを守るのだ。自分だけ納得して終わろうとするな」


 揃って聞き返してくる二人を見て、やはり"根っこは同じ"なんだなぁと感じクスっと笑う。


「何となくそう思っただけだよ。深い意味は無い」

「…そうなんだ」

「引くな琴乃! 輝星の見え見えの嘘に乗ってやる必要は無い! さぁ話せ輝星! 我は気になって気になって仕方がな――」

ぼふ


 再び琴乃が拳を振り下ろし、ノワールは静かになる。


(手慣れてきたなぁ)


 黒猫ぬいの首を片手で握り締める琴乃を眺めながら、コーセーはまたクスっと笑った。




 その後二人は手芸店に足を運んだ。琴乃が買うものがあるらしい。


「何買うの?」

「ん…、ノワールの"入れ物"を新しく作ろうかと思って…」


 商品を物色しながら琴乃が答える。


「我はこのままでも良いぞ? カバンの揺られるのも存外悪いものではないな!」

「…咄嗟にその黒猫ぬいにぶち込んじゃったけど、一応それお気に入りなの。貴方が入りっぱなしだときっとすぐボロボロになっちゃう」

「琴乃が殴るからではな――」

ぼふ


 ノワールを黙らせた琴乃は樹脂の棒のようなものを吟味し始める。


「それは何に使うの?」

「骨。殴り応えと耐久性を向上させようと思って…」

「おい! 殴る前提で設計するな! お前我を何だと思って――」

ぼふ


 再び殴られる黒猫ぬい。あまりに頻繁に殴られているので少し不憫に思えてきた。

 助け船になるかはわからないが、コーセーはちょっと提案をすることにした。


「ね、ねぇ椎名さん、骨格を入れるなら簡単に可動できるようにするのはどうかな? ノワールは"この状態"でもピクピク動いてるから、手足を付けてあげれば自分で動けるんじゃない?」

「おぉ! 良いではないか! 琴乃! その方向で作るのだ!」

「……ふむ、近くで騒がれるより勝手に動いてもらう方が良いか。わかった、やってみる」


 コーセーの提案を素直に受け入れ、樹脂の棒や生地などの素材を買い店の外へ。

 そして近くの公共ベンチに二人で腰掛ける。


「どんなデザインにするの?」

「子猫。良くも悪くもノワールのイメージがこの黒猫ぬいに固定されちゃってるからそれを踏襲する」

「ぬぅ…子猫か…。我としてはもっと格好良い感じにして欲しいが…」

「ノワール、せっかく作ってくれるんだからそこは我慢しよう」

「うむ…そうだな…。琴乃、よろしく頼む」

「素直でよろしい。まかせて」


 そして琴乃はカバンからノートを取り出し、骨格をどう組み上げるかをスケッチし始めた。

 ノワールが要望を次々出し、琴乃が文句を言い、コーセーが宥めながら、三人で設計を進める。

 ヒロ男との約束の時間までまだ少しある。三人は和気あいあいと穏やかな時間を過ごすのだった。




「サンキューヒロ男、今回も助かった。また頼むな」

「おう! いつでも声掛けてくれ!」


 ヒロ男が校庭で陸上部員の男子生徒と拳を合わせ合う。男子生徒の後ろには十数人の部員が集まっていた。


「あ! それと"ティアちゃん"もがんばって! 俺らも応援してるから!」

(あ、はい、ありがとうございます。皆さんも練習頑張ってください♪)


 ティオリアの声が部員全員に届けられると、「おっしゃああああ!」やら「やるぞおらああああ!」などと声が上がり、部員たちは揃って走っていった。

 ヒロ男はそんな彼らを苦笑いで見送り、急ぎ早に校門へ歩き出す。


(ティオリア、すっかり大人気だな)

(ははは、ちょっと恥ずかしいですけど、応援は素直に嬉しいですね)


 SNSの動画の件と、昨日の校庭での戦闘でティオリアの存在はすでに学校中に認知されていた。

 声だけの存在なので、いきなりティオリア目当てでヒロ男に突撃してくるような馬鹿は今のところいないが、ヒロ男のクラスメイトは黙っているティオリアにも自然に話し掛けるため、先ほどのような意図しない激励が発生し、生徒たちのモチベーションを爆上げさせていた。

 ちなみに先ほどヒロ男とグータッチしていたのがヒロ男のクラスメイトである。


(それにしてもおーがさん、本当に身体能力おばけですね。野球部での投球勝負とバッティング勝負。サッカー部での1on1。それに陸上部での各種目勝負。全部圧倒してたじゃないですか。身体強化魔法を使ってないのが信じられません。昨日おーがさんが"良く思わない先輩や先生がいた"と話してましたけど納得しました。あれは確かに嫉妬や妬みを向けられても仕方ありません)


 今日初めてヒロ男の部活動助っ人を見学したティオリアが感嘆の言葉を贈る。そしてその圧倒的な身体能力故にしてきた苦労にも理解を示した。


(さんきゅ。まぁ真剣に一つの部活に向き合ってるやつから見たら俺の行動は邪道もいい所だろうからな。イラつくのもわかるよ。でも"それも含めて"俺みたいなのがいる意味があると思うんだ。スポーツのそういうイラつきってさ、突き詰めると"焦り"から来てるからな)

(焦り…ですか?)


 歩きながらティオリアの質問に答える。


(『もっと良い結果が出したい』『もっとやれるはずだ』みたいな事を考えてるとこに俺みたいなのが現れて、自分がぶつかってる壁の向こう側でパフォーマンスを発揮してたらそりゃ絶望するさ。本当はそういうのって大会とかで味わう挫折なんだけど、フラフラしてる俺ならさっさとそいつの壁を認識させてやれる。壁と向き合うタイミングが早ければ、それだけ肉体的にも精神的にも自分と向き合える時間が増える。そういう意味では俺へのヘイトも悪い事ではないのさ)

(…おーがさん、貴方って人は…)


 心の中でため息を吐くティオリア。

 昨日ヒロ男が自身の目標のために部活動の助っ人をやっているという話を聞いたが、そこに自己犠牲的なヒール役をも内包していることに呆れ、感嘆した。

 日色凰我という男はどこまでも不器用で、そして真っ直ぐなのだ。


(ま、偉そうに言ってるが、俺も現在進行形で壁にぶつかってるけどな。とてつもないでっけぇ壁に…)

(…察しはつきますが一応聞いてあげます。何に悩んでるんですか?)

(光線がわからない…)


 (はぁ…)と、ティオリアは今度はわかるようにため息を吐く。


(俺は光線ってのは"光の線"だと思ってた。だから昨日手から光が出た時すごく嬉しかったし、レーザービームみたいに出力を上げて行けば敵も倒せるって思ってたんだ。だけど昨日アニメを見てて思った。何故魔法が当たった箇所が爆発するんだ。演出だよな? そうだと言ってくれ)

(えーと、おーがさん、私もルミナ☆シュートという砲撃魔法はよく使ってましたけど、着弾地点はしっかり爆発してましたよ)


 それを聞いたヒロ男は驚愕の表情を浮かべる。


(なんてことだ…。ティオリア、教えてくれ、魔法っていったい何なんだ…?)

(はぁ、仕方ありませんね。コーセーさんたちと合流するまで私の世界の魔法史について教えてあげますから、頭空っぽにして聞いててください)

(魔法史…)


 変な顔になるヒロ男にティオリアが釘を刺す。


(良いですか? 深く考えないでください。頭空っぽですよ? わかりました?)

(わ、わかった。ただただ聞く。無心になる)

(よろしい。ではいきましょう。そもそも魔法というのは――)


 こうしてティオリア先生の魔法史の講義が始まり、ヒロ男は歩きながら、それをラジオの様にひたすら頭に流し込んでいった。




 無心で歩くヒロ男。頭の中では美しい声の魔法史ラジオが流れる。

 コーセーとの待ち合わせ場所まで丁度半分くらいのところまで来ただろうか。まだまだ魔法史ラジオを楽しめそうだ。


 しかしそのラジオ放送は唐突に終わりを告げる。


(…!!! おーが! ラベスが現れた! 二体よ! 学校の方角へ向かってる!)

(なんだと!?)


 それを聞いたヒロ男はすぐに身体強化魔法を発動。跳躍して民家の屋根へ跳び移る。


(おーが、貴方変身しないでも身体強化を…!)

(魔力の扱いが少しわかってきたからか、今まで無意識に使ってたこれも意識的に使えるようになった。でも…)


 屋根を走って跳躍するも、変身状態より明らかに出力が低い。身体の重さも相まって飛距離が出ないし、屋根へのダメージも心配だ。


(ティオリア、変身だ! 屋根踏み抜いちまう!)

(わかった! いくわよおーが!)


 跳躍したヒロ男が空中で光に包まれる。そして光の中から『魔法少女ティア』がその姿を現し、ふわ…と屋根に着地。すぐさま大跳躍し、凄まじいスピードで家々の屋根を蹴り、走り抜けていく。


(よし! これならすぐに――)

(待って! ラベスが二手に分かれた! 一体が街中に向かってる!)

(なんだって!?)


 足を止めるヒロ男。街中にはコーセーと琴乃がいる。助けに行きたいが、しかし学校へ向かっているラベスも放置はできない。

 ギリ…と歯を噛みしめる。


(……、おーが…! 学校方面のラベスを先に処理するわよ…!)

(だが…! コーセーたちが…!)

(あの二人は身体強化魔法を使えるわ…! きっと、逃げ切れると思う…! 信じましょう…!)


 ヒロ男は目をグッと閉じ、キッと目を開き学校方面へ走り出す。


(即行でぶっ倒して助けに行くぞ!)

(えぇ!)




 通りでは"巨大な野犬"が爆走していた。


「なんだあれ!?」「やばいぞ!」「逃げろ!」「きゃあああ!」


 それを見た人々の悲鳴が響く。

 巨大な野犬はただひたすらに走る。どこか目的地があるかのようだ。

 そんな巨大犬の横っ面に一人の少女が跳び蹴りをお見舞いする。


「はあああああ!!!」

ボゴン

「ぎゃん!」


 どしゃあああと転倒して滑っていく巨大犬。幸い巻き込まれた人はいないようだ。


「皆さん!!! 今のうちに逃げてください!!!」


 少女…変身状態のヒロ男が声を上げ、周囲の人々に逃げるように促す。

 そしていまがたの飛び蹴りをティオリアに謝罪する。


(悪いティオリア、今回はスカート気にしてる余裕は無い)

(気にしないで。人が死ぬくらいならいくらでも見せる)


 その即答にヒロ男は、つえぇ女だな、と心の中で微笑む。


「ティアちゃん?」「今バズってる動画の?」「え? 本物なの?」


 変身状態のヒロ男を見て、周囲の人々はざわざわし出し、スマホを取り出す輩まで現れ始める。その光景にヒロ男はイラっとした。


「死にたい人だけ残ってください!!! 周りを気にして戦えるほど私は器用じゃありません!!!」


 そして足元の小石を拾い、起き上がろうとしている巨大犬目掛けて投石した。


「ルミナ☆スロー!!!」


 ビュンッ!と放られた小石は巨大犬の足元に"着弾"し、ボガアアアン!と地面にクレーターを作り出した。

 それを目の当たりにした人々が一斉に逃げ出す。


「逃げろおおお!」「まじで死ぬぞおおお!」「助けてえええ!」


(よし、それでいい)


 逃げる群衆を微笑んで見送り、ヒロ男は改めて巨大犬へ向き直る。


(犬型…、ゼノウィータがよく使っていたタイプね。本当に動き方を変えてきたみたい)


 ティオリアの声に緊張が滲んでいる。ゼノウィータの行動の変化に警戒を強めているようだ。


(ティオリア、あれの注意点は?)

(単純に速いわ。口でも前足でも触手でも、捕まったら即アウトだと思って)

(…なるほど、了解だ!)


 ヒロ男は足元の小石を持てるだけ持ち、次々に投石を開始。


「ルミナ☆スロー! ルミナ☆スロー!! ルミナ☆スロー!!!」

「がう!!!」

バスンッ! バスンッ! バスンッ!


 巨大犬は投石を躱そうとするがとんでもない飛来スピードのため全て命中。

 しかし小石は巨大犬の体表をえぐり、めり込んではいるが、言わば触手の塊であるラベスには大したダメージになっていないように見える。


「があううう!!!」


 巨大犬は避けるのを諦めヒロ男に跳び掛かろうと突進し、ヒロ男は十分に距離を確保しそれを回避。ふわ…と信号機の上へ着地する。


(昨日のヤクザラベスより少し遅いくらいか…。でものし掛かられたりしたらそのまま奴に取り込まれてジ・エンド。なるほど、ティオリアが近接が危険だと口酸っぱく言う理由がよくわかるな)

(やっと理解したわね。それでどうするの? このまま投石を続けてもラベスは倒せないわよ?)


 巨大犬は「がう!!!」と信号機へ跳び掛かり、メキメキと信号機を破壊し倒していく。

 ヒロ男はふわ…と跳躍し、更に高い案内標識の上へ着地。信号機を噛み噛みしている巨大犬を見下ろす。


(……、ティオリア、俺、もっと魔法の…"心の力"ってやつを信じてみようと思う)

(え…いきなりどうしたの?)


 何やら悟りを開いたかのような事を言い出すヒロ男にティオリアが困惑する。


(昨日一緒に観たアニメの技を真似してみようと思う。深いことは考えず、見たままをイメージしてみるよ)

(ちょっと待って、言ってることは今まで私が言ってきた事だから嬉しいんだけど、今このタイミングで言われるとすごく嫌な予感が…)


 ティオリアが心配を口にするが、ヒロ男はそのまま魔力を操作し集中し出す。ヒロ男の身体の周囲に魔力の粒子が現れ、キラキラと光を放ってヒロ男に集まっていく。


「ルうううミいいいナあああああああ☆!!!」


 両手の平を巨大犬へ向け、手の平の前に魔力が急速に収束していく。そしてヒロ男の身体がふわぁ…と宙に浮き、足元に大きな魔法陣が浮かび上がる。


(おーがが…! 浮いた…!!!)


 ティオリアが驚きの声を上げると同時にヒロ男が叫ぶ。


「バスタあああああああああああ!!!!!」


 ドガアアアアアア!!!とヒロ男の両手から巨大な魔力の奔流が放たれ、巨大犬を一瞬で飲み込み、ドガアアアアアアン!!!と大爆発を起こした。

 しかしその爆発のエネルギーは周囲に拡散することはなく、光の柱となって上空へ放出された。


 ヒロ男はふわ…と案内標識の上へ降り、どこか満足そうな表情で爆心地を眺める。

 そしてその美しい立ち姿と表情を、スマホを持った馬鹿が斜め下からばっちり撮影していたのだった。




(ティオリア、どうだ? 魔力の収束砲、これでばっちりだろ?)

(え? あ、えーと…)


 どこか達観したような雰囲気のヒロ男。そんなヒロ男に意見を求められ、ティオリアは困惑する。


((おーがが収束砲を使えたのは素直に嬉しい…、でも威力が化け物過ぎるんだけど…。少なく見積もっても一個隊で協力して使う戦術魔法クラス…、いったいどうやってこんな出力を…。いえ、それよりも個人でこんな出力の魔法を使ったらあっという間に魔力が枯渇してしまう…、この魔法は使わせない方が良い。でも…、おーががせっかくがんばって形にした魔法よ? それを否定することなんて…))


 ヒロ男にどう返事をするか悩んでいると、ヒロ男は少し残念そうな表情をした。


(そうか、何か問題があるんだな? 今回はうまくいったと思ったんだが、やっぱり魔法は難しいな…)

(ち、ちがっ! 違うの! ばっちりよ! 収束砲としては完璧! 私の世界でも運用したいレベルの素晴らしい魔法よ! で、でも…その…ちょ~っと威力が強過ぎるっていうか――)


 ティオリアが必死にヒロ男を励まそうとしていると、ヒロ男が立つ案内標識の下から声が掛かった。


「ティアさん! お疲れ様! すごい必殺技だったね! びっくりしちゃったよ!」

(あ、マジかよ…。あの馬鹿また現れやがった)


 いつもの馬鹿だった。今回も笑顔でスマホを構えている。


「また貴方ですか! いい加減にしないと死にますよ!?」

「大丈夫! "遺書"持ち歩いてるからね☆!」


 グッと親指を立てる馬鹿。ヒロ男は額に手を当ててため息を吐く。


(移動するぞティオリア。もう一匹のラベスをさっさとぶっ倒さないと)

(あ…、えぇ…、そうよね…! もう一匹は…、今は移動してない。たぶん街中で暴れてるわ! 急ぐわよおーが!)

(おう!)


 ヒロ男はダッと跳躍し、建物の屋根へと跳び移る。そして急いで街中へ走り始めた。


「ティアさん!!! いつも応援してるよ!!! がんばってねー!!!」


 後方で叫ぶ馬鹿を無視し、ヒロ男はグン!と加速した。


(…? おーが? 飛ばないの? さっき飛んでたじゃない)


 走るヒロ男に疑問を投げるティオリアだったが…。


(偶然だ。何で浮いたのかわからん。今は急いでるからそんな不確実なもんには頼れん。だからいつも通り走る!)


 ヒロ男から返って来た返事はいつも通りのヒロ男で、そんなヒロ男の不器用さにティオリアはため息を吐いた。

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