第8話 人形の暗躍(ルミナ☆レーザー)
朝、コーセーこと夜久輝星(愛称:やっ君)は学校へ行くため玄関の扉を開ける。
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃーい! 気を付けてねー!」
母親と挨拶を交わし、通りに出る。
そこには見知ったいつもの人物が一人歩いていた。
「おはようおーが、ティオリアさん」
二人に挨拶をする。
「……おはようコーセー」(おはようございますコーセーさん)
おーがこと日色凰我(愛称:ヒロ男)と、ヒロ男の身体の中に居候している異世界人、ティオリア・クラルスが挨拶を返す。
「……、おーがどうした? そんな渋い顔して…」
ヒロ男は朝っぱらからとても渋い顔をしていた。
(さっきまでおーがさんと空の飛び方について話してたんですよ。そしたら表情がどんどんこんな風に…)
「おーが…」
憐れむようにヒロ男を見るコーセー。
とりあえず学校へ向けて歩き出し、話を聞いてみる。
「光線はある程度出せるようになっただろ? その要領でイメージしてみれば良いんじゃないのか?」
そう、昨日の緑地公園での練習のおかげでヒロ男はやっと手頃な遠距離攻撃、『ルミナ☆レーザー』を習得することができた。懐中電灯的な光の『ルミナ☆ライト』を光線と言い張っていた一昨日とは違い、今のヒロ男はイメージの質が"物理至上主義"から卒業しつつあるのだ。
そのイメージのまま、物理に引っ張られずにいられれば空を飛ぶことはそんなに難しくないはずなのだが…。
「…、飛ぶって…、いったい何なんだ…」
ヒロ男はまた物理の呪縛に囚われていた。
(私としては魔力を全く使わずに飛んでるというこの世界の"飛行機"の方が信じられませんけどね。怖すぎですよ。落ちちゃいますよ)
「へー、異世界人の感覚だとそうなるんだね。まぁ確かに、あんな鉄の塊が空を飛んでるって冷静に考えるとすごいことだよね」
過去の偉人たちが磨き上げてきたこの世界の航空技術。ティオリアの感想を聞き、改めてその偉大さを再認識する。
「そうだよ。飛ぶには"揚力"が必要なんだ。何でそれ無しで飛べるんだよ。魔法っていったいどうなってるんだよ…」
ヒロ男は頭を抱えた。
「ヒロ男くんって…ばか?」
合流した椎名琴乃がドストレートにヒロ男を罵倒する。
ヒロ男はまた渋い顔をする。
「難しく考えすぎ。魔力を操作する、浮くイメージをする、そうすれば飛べる。なんでこれができないわけ?」
(琴乃さん…、少し手加減してあげて…)
言葉のナイフでヒロ男を切り刻む琴乃に手心を求めるティオリア。コーセーは隣で苦笑いを浮かべる。
「ふははははは! 凰我よ! 頭を空っぽにするのだ! お前は見た目通りバカなのだから考えるだけ無駄だ!」
「てめぇ言いやがったなノワール!!! 誰が見た目通りバカだふざけんじゃねぇ!!!」
ヒロ男が琴乃のカバンに乗っていたノワールを掴もうとすると、ノワールはスィッっと飛んで躱し、そのままびゅんびゅんとヒロ男の周りを飛び回る。
「ほぉら空飛ぶ我が羨ましいか! ふははははは!」
「うがああああ!!!」
腕を振り回し、ぴょんぴょん跳ねてノワール捕まえようとするヒロ男。しかし空飛ぶノワールを捕まえることはできない。
コーセーはその光景を苦笑いのまま眺め、合流してから気になっていた事を琴乃に尋ねる。
「そういえば椎名さん、ノワールの入れ物もう完成したんだね」
琴乃の男性性の人格であるノワール。琴乃はその人格をキーホルダーの小さな黒猫ぬいぐるみにぶち込んでいた。しかし今のノワールは子猫サイズのリアルな動きをする黒猫ぬいぐるみにアップデートされている。
「うん。私、手芸得意なんだ。"ノワールの移動"も問題無くできたし、これであの黒猫ぬいのキーホルダーも安全」
「はは、良かったね」
昨日までノワールが入っていた黒猫ぬいは琴乃のお気に入りだという。ノワールが喋る度に琴乃が殴っていたので、琴乃はこのままでは黒猫ぬいがすぐボロボロになってしまうと嘆いていたのだ。
今ノワールが入っている『リアル可動式子猫サイズ黒猫ぬい』はおそらくかなり頑丈に作られているはずだ。これで琴乃も気兼ねなく殴れることだろう。
ぽん
「ふふん、凰我よ。地べたを這い蹲る気分はどうだ? お前が飛べるようになったらまた追いかけっこの相手をしてやろう」
「はぁ…! はぁ…! くそっ…! くそぅっ…!」
ノワールは琴乃の頭に着地しヒロ男を煽る。煽られたヒロ男は息を切らして両手を地面につけ崩れ落ちている。
「……私が言うのもなんだけど、ノワール、少し手加減してあげて?」
「む? 仕方ないな。この遊びは今回で終わりにするか」
揃って強者ムーブを取る琴乃とノワールにヒロ男が叫ぶ。
「畜生!!! お前ら覚えてろよ!? 絶対飛べるようになって見返してやるからな!? そしてノワール! お前は真っ先に地面に叩きつけてやる!」
「ふははははは! 楽しみにしておるぞ凰我よ!」
こうして話はまとまり(?)、並んで学校を目指す三人。
すると進行方向の先で、同じ学校の生徒がスーツ姿の二人組に話し掛けられているのが見えた。
「……。やっ君、あれ何かな?」
「なんだろうね…。宗教の勧誘とか…じゃなさそうだよね、スーツだし」
訝しむ琴乃とコーセー。
「警察かマスコミじゃねぇの? 一昨日のカラス絡みだろ」
「あぁ…」
ヒロ男の言葉に納得するコーセー。
実は昨日は絶対マスコミがいるだろうと思って身構えていたのだが、結局一日そのような影は全く現れず、今日になってその存在をすっかり忘れていた。
「…。ノワール、今のうちにどっか歩いてて」
「やれやれ仕方ないな。では放課後なったら校門近くをうろついてるのでな、それまでさらばだ」
ノワールはそう言うと琴乃の頭からぴょんと降り、どこかへ歩いていった。
ノワールを見送り、三人は再び歩き出す。するとすぐに例のスーツ姿の二人組に声を掛けられた。
「おはよう君たち。ちょっとお話いいかな?」
警察手帳を見せながら優しい口調で聞いてくる。
「あ、おはようございます。少しなら大丈夫ですよ」
コーセーが一歩前に出て対応する。琴乃の目には緊張が浮かび、ヒロ男は特に変わることなくコーセーの対応を眺める。
「実は私たちは今SNSで話題になっている二人の女性を探しているんだ。『魔法少女ティア』と『魔法少女ルナ』。動画のことは君たち知ってるかな?」
「はい、知ってます。クラスでも皆騒いでますし、うちの学校でも暴れてましたしね」
冷静に、慎重に情報を出していく。
「君たちもあの学校の生徒なんだね。"巨大なカラス"の話は本当なのかい?」
「はい。僕もこの目で見ました。その後女の子が一人でカラスを撃退してて唖然としましたよ」
嘘を言わず、本当の事も言わずに話を進める。
「…、その女の子と面識は?」
「あの髪色と衣装ですよ? 学校に居たら生徒指導室送りですよ」
嘘を言わないように、逸らす。
「でも警察が調べてるってことは、他の動画の化け物も全部本物なんですか?」
「……私たちのスタンスとしては状況証拠で判断ということになってるよ。SNSの動画は信じないけど、監視カメラの映像や破壊された通りの地面、そして倒された信号機などから、そこで"何があったのか"を調査してる。今探してる二人は重要参考人ってところだね」
「へ~、ちなみにその二人がSNSの動画みたいに通りを破壊してたら何か罪になったりするんですか?」
なんとか調査の中身を覗き込もうと質問する。
「ははは、動画が本当だったらか。そうだな、"器物損壊"と"往来妨害"は絶対言われるだろうな。あとは、ルナって子が持ってた大きな杖は、場合によっては"銃刀法違反"、"凶器の携帯"に問われるかもね」
「ははは、杖って鈍器なんですね。勉強になります」
表面上、和やかな雰囲気で会話は進む。その裏でコーセーは高速で思考をぶん回す。そしておそらく二人の警察もコーセーの裏を読もうとじっくり観察しているはずだ。
「…さて、あまり捕まえておくと遅刻させてしまうね。捜査協力に感謝するよ。ありがとう、気を付けて行っておいで」
「ありがとうございます。そちらもがんばってください」
コーセーがお辞儀をすると、ヒロ男と琴乃も頭を軽く下げる。警官二人は軽く手を振りながら近くに駐車してある車に向かって歩いていった。
「ふー、さんきゅーコーセー。さすがの話術だぜ」
ヒロ男が笑ってコーセーの肩をポンと叩く。
(ほんと、コーセーさんって"ああいう仕事"向いてるんじゃないですか?)
「うん…、やっ君すごい…」
ティオリアと琴乃もコーセーを絶賛する。
「はは、なんとかなって良かったよ。けど面識を聞かれた時に露骨に逸らしちゃったから、もしかしたら怪しまれたかもね」
「え? 逸らしてたか? 普通に話進んでたぞ?」
ヒロ男が首を傾げる。
「質問に答えなかったからね。気付く人は間違いなく気付くよ。…まぁ、たぶん大丈夫だよ」
「…、全然わからん…」
思わぬトラブルに見舞われたが、その後三人は無事に学校に到着した。コーセーと琴乃は同じクラスなので一緒に教室へ入り、ヒロ男と別れた。そしてヒロ男も自身の教室へ入っていく。
「!!! 来たぞ皆!!! ヒロ男だ!!!」
((!???))
教室に入るや否や誰かの声が響き、クラスメイト達がドバァっとヒロ男に群がって来る。
「ヒロ男!!! 誰だあの"新たな美少女"は!!! ティアちゃん以外にも魔法少女がいたのか!?」
「ヒロ男!!! あの子と知り合いなんだろ!? そうなんだろ!? 紹介してくれ!!!」
「ヒロ男くん!!! あの黒ライオン何!? マスコットなの!? 普段どこに居るの!?」
「ヒロ男くんあの子紹介して!!! 私のポエムをあの黒ライオンに詠唱してもらうの!!!」
(あぁ…、美少女だの紹介しろだの言ってる奴らに『あれは一組の椎名だ』と暴露してやりたい…)
(何言ってるんですか止めてください。そんなことしたら琴乃さんの砲撃魔法が飛んできますよ?)
どこか遠い目をしながらとんでもないことを考えるヒロ男にティオリアが突っ込みを入れる。
そして興奮するクラスメイト達に向けてティオリアが話し掛ける。
(皆さんおはようございます! とりあえず一旦落ち着いてください! おーがさんを通してあげてください! 話せることは話しますから!)
ティオリアが呼び掛けるとクラスメイト達は落ち着きを取り戻し、「ティアちゃんおはよー」「おはよー」と挨拶が届く。
ヒロ男は静かになったクラスメイト達を掻き分け進み、自分の席に着くとス…と机の上に組んだ両腕に顔を埋める。
(さぁ順番に質問してください! 順番ですよ!)
ヒロ男はクラスメイト達の対応をティオリアに丸投げし、大人しく皆の話を聞き流すのだった。
一方、一組の琴乃は冷や冷やしながら友人と会話していた。
「おはよー」
「琴乃おはよ。ねぇ、黒ライオンの動画見た?」
「う、うん、見たよ。すごいよね」
なんとか平静を装う。
「ね。黒ライオンの渋い声堪んないよね~。でもその声であの詠唱はちょっとねー」
「ははは…、台無しだよね…」
なんとか笑顔を作るも苦笑いになってしまう。
「女の子のドレス可愛いよね。一度でいいからああいうの着てみたいな~」
「ぜ、絶対似合うよ。作ってみたら? 着たら見せてよね」
「ははは! 見せないよ! 恥ずかしいもん!」
「ははは…」
"恥ずかしい"という言葉に似や汗が出る。
「でもこの子ほんとにかっこいいなぁ。ね、見てよこの髪。サラサラで毛先が紫色に光っててさ、神秘的だよね。杖の振り回し方も超かっこいい! 憧れちゃうよ」
「(にこにこ)」
返答に困り、必死に笑顔を作る。そして友人が見ている"例の動画"を覗く振りをする。
すると友人がチラッと琴乃の横顔を見た。
「………、なんかこの子、琴乃に雰囲気似てるね?」
(!!!!!??)
ビクンと跳ねそうな肩を理性で押さえつけ、無理やり言葉を捻り出す。
「そ、そ、そうかな…?」
「うん! かっこ可愛い所が良く似てるよ!」
「えーと…、一応、ありがとう…?」
「ははは! 誉め言葉は素直に受け取れー!」
ケラケラ笑う友人。琴乃はなんとか笑顔を維持する。
動画の中の黒ライオンは恥ずかしい中二病詠唱をノリノリで唱えていた。
15時頃、一人の少女が街を歩く。
腰まで届く長髪は明るい黒で、毛先が薄っすらと薄紫色にグラデーションが掛かる珍しい髪色をしていた。瞳の色は一見黒だが、角度を変えると深い紫色が顔を覗かせる。
容姿もとても整っていて、高校生くらいの少女の年相応の可愛らしい私服が良く似合っている。
髪色と服装、それ以外は"例の動画群"の少女の一人と瓜二つだった。
「ねぇねぇお姉ちゃん、ちょっと待ってよ」
そんな少女に軽薄そうな男が軽く声を掛ける。
「へへ、お姉ちゃん一人? ちょっと俺に付き合ってよ」
「………」
少女は無言で男を見る。見られた男は少女のあまりの美しさに心臓が跳ねた。
「………、二人きりになれる場所あるんだけど、来てよ」
「………」
男は少女の手を掴むとぐいぐい引っ張り、路地裏へ入っていく。
そして奥まで少女を連れ込むと、男は少女を挟んで壁に手を置く。
「……無抵抗でここまで来たってことは、OKってことで良いんだよね?」
「………」
男の確認に少女は無言を貫く。そして男の胸に両手を置いた。
「何? 今更抵抗しても――ぐ!???」
突然男が苦しみ出す。よろよろと少女から離れ、地面に蹲る。
「ぐ…! が…! あ゛あ゛あ゛…!」
男の身体は膨張を始め、どんどん膨らんでいく。
そんな男を余所に、少女はふわぁと浮き上がり、建物の上へ乗る。そしてチラッと、下で苦しむ男を見る。
「がああああああ!!!」
男は"ラベスと化し"、大きな咆哮を上げる。
そのラベスを、ティオリアと瓜二つの少女は、無表情で見下ろしていた。
「あー…、部活が無いってなるとなんか身が入らねぇな…」
放課後、いつもより早い時間に校外へ出たヒロ男が呟く。
「おーが? テストの準備期間だからな? 部活に命懸けてるやつらに勉強させるための、学校側の苦肉の策だからな?」
「わかってるよ。だから飯奢った後、俺に勉強教えてくださいコーセーさん、よろしくお願いします」
両手を合わせ、拝む形でコーセーに頭を下げるヒロ男。
そして昨日流れてしまった飯奢りの件を今日こそ達成するため、ヒロ男とコーセーと琴乃は放課後の街を歩く。
「…ヒロ男くんってもしかしてテストの度にやっ君に泣きついてるの?」
「そうだよ? おーが勉強苦手だからね」
コーセーの返事を聞き、蔑むような目でヒロ男を見る琴乃。
「ははは、そんな目で見ないであげてよ。おーがは別に頭悪いわけじゃないんだ。勉強の効率が悪いだけなんだよ」
コーセーが笑ってフォローを入れる。
(効率が悪いっていうのはどういうことです?)
ティオリアが質問すると、コーセーは簡潔に答えた。
「頑固なんだよ」
「あぁ…」(あぁ…)
「なるほど」
琴乃とティオリアが同時に同じ反応をし、琴乃のカバンに乗っているノワールも納得したように頷く。
ヒロ男はこれまで物理の呪縛に囚われ魔法の習得にそれはもう苦労していた。それと似たような"頑固さ"が勉強においても発揮されている。
「ま、スポーツ視点で見ればその頑固さも『信念』とか『プライド』って言い換えられるんだけどね」
コーセーが更にフォローを重ねる。
「やっ君、それすんごい広く守備範囲取ってない?」
「広げないとフォローが範囲に入らないのだろう」
(それってフォローの体裁を保ててないんじゃ…)
ズバズバと言いたいことを言う琴乃とノワールとティオリア。ヒロ男はもはや言い返す気力も無い。
するとその時、ティオリアが"嫌な気配"を感じ取った。
(!!! おーが! ラベスよ! かなり近いわ!)
「何!?」
ティオリアの言葉ですぐさま気力を立ち上げるヒロ男。そしてコーセーがティオリアに質問を投げる。
「ティオリアさん! ラベスが現れたってことは近くにゼノウィータがいるんじゃないの!? 気配は感じない!?」
(…だめ! ゼノウィータの気配は無いわ! ラベスを作ってさっさと逃げたみたい…!)
悔しさが滲む声色のティオリアにヒロ男が叫ぶ。
「ゼノは後だ! 今は現れたラベスを倒す! ティオリア! 方角は!?」
(…えぇ! この先の路地裏みたい! 行くわよおーが!)
「おう!」
「おーが!? ティオリアさん!? ちょっと待っ――」
コーセーの制止も聞かず、通りのど真ん中で変身を開始するヒロ男とティオリア。光に包まれ『魔法少女ティア』が姿を現す。
変身が完了したヒロ男はダンッ!と地面を蹴り、一番近くの建物の上へ跳んで行った。
コーセーは冷汗を掻きながら周囲の反応を見る。しかし意外にも通りを歩く人々は冷静さを保っていた。上空を跳ぶヒロ男を発見して驚いている人がいる程度だ。
「……?? どういうことだ…?」
「間に合った…、それに効果もばっちり。準備しておいて良かった」
「え?」
琴乃が良くわからないことを呟く。
「えっと…、昨日動画撮られちゃって恥ずかしかったから、"ステルスできる魔法"とかできないかなって思ってね?」
「今し方琴乃が凰我に使ってやったのだ。まぁステルスと言っても注意を引かないようにする程度だ。勘の良い奴やすでに見ている奴には効果は無いようだぞ?」
「す、すごいね椎名さん…。そんな魔法まで…」
琴乃の魔法の万能性に驚く。攻撃、防御、更には隠密まで。もはや琴乃にできない事は無いのではないかと思えてくる。
「それより琴乃よ、凰我に良い所を全部持って行かれてしまう。我らも早く行くぞ」
「別に手柄が欲しいわけじゃないんだけど…、まぁ人数は多い方が良いよね。やっ君、私たちも行ってくる。そこのベンチで待ってて」
「あ、うん、わかった。気を付けてね」
言葉を交わし、琴乃はノワールを抱えて通りを走っていった。
(おーが! その下! 建物の間にいる!)
(おう!)
ザッ!と建物の縁に立ち、下を覗き込む。そこにはキョロキョロと周りを確認するラベスの姿があった。
(人影無し! 路地の奥! 人型ラベス一匹! このまま処理できればすごく平和的よ! おーが頑張って!)
(任せろ! 昨日覚えた新技でハチの巣だぜ!)
ヒロ男はそう言うとラベスに人差し指を向けた。そして指先にシュパァァァと魔力が収束していく。
「ルミナ☆レーザー!!!」
ピュンッ!と指先から細い光線が発射される。
ズビッ! ボンッ!
「ぐぎゃ!?」
光線はラベスの体を貫通し地面で小さな爆発を起こす。
「ルミナ☆レーザー! ルミナ☆レーザー! ルミナ☆レーザー! ルミナ☆レーザー! ルミナ☆レーザー!」
ピュンピュンと次々に光線を発射するヒロ男。ラベスに風穴を量産していく。
「があああ!!!」
しかしラベスは風穴内で触手を蠢かせ、すぐさま風穴を塞いでいく。そして建物の上に立つヒロ男を睨んで咆哮を上げる。
(うまく核を打ち抜ければ楽なんだけど…! 体内で器用に核を移動させて躱してるわね、猪口才な…!)
ラベスの核の位置を感知できるティオリアだが、ラベスは核を移動できるためヒロ男に場所を伝えてもあまり意味が無い。ティオリアは思考を走らせ、なんとか今のヒロ男の手札で安全に、かつ周囲への被害を最小限にラベスを倒す方法を考える。
(面倒くせぇ! ルミナ☆バスターで消し炭に――)
(やめなさいバカ!!! "あれ"の百分の一くらいの威力でいいのよ!!!)
超絶過剰火力で燃費最悪の超必殺技を使おうとするヒロ男に突っ込みを入れて制止させる。
するとラベスがグ…としゃがみ込み、ドンッ!と跳躍。ヒロ男の目の前を通り過ぎ、上空で折り返すとヒロ男目懸けて落下してくる。
「く…っ!!!」
すぐさまバックステップし、ラベスののし掛かりを回避する。ラベスは両手両足でドガンッ!と建物へ着地しヒロ男を睨みつける。
そしてラベスの手足に力が入り、今まさに駆け出そうとした瞬間、横から四本の光線が飛んで来て、ラベスの四肢を全てボガンッ!と弾け飛ばし、ラベスを這い蹲らせる。
「ノワール! 押さえ付けて!」
「おうよ!」
光線の飛んで来た方から変身した琴乃と、大きくなって黒ライオン化したノワールが割って入る。ノワールはそのまま転がっているラベスの上に乗り、全力で体重を掛け押さえ付ける。
「ティアちゃん止め!!!」
「え? あ、あぁ!」
ヒロ男は一瞬自分に声を掛けられたとわからなかったが、すぐに理解し攻撃準備に入る。
「ルううミいいナああああ☆!!!」
ヒロ男が詠唱を開始すると周囲に光の粒子が現れ、残光を残しながら急速に渦を巻きヒロ男に集中していく。光の粒子の輝きがどんどん増していく。
「ストラあああああああああああイク!!!!!」
ドオオン!とラベスに向かって射出されるヒロ男。ノワールがそれを確認しすぐに離脱。ヒロ男は右足をラベスに向け一直線に伸ばし、閃光となってラベスを突き破る。
ズザアアアアア!と格好良く着地し、バッとすぐに立ち上がりポーズを決める。その背中の向こうでは体に大穴を開けられたラベスに急激に光が集まり、ドカアアアアン!と爆発四散した。
(よし!!! やっぱルミナ☆ストライクが一番しっくり来るな!!!)
(…えぇ、まぁ、一番おーがらしい魔法よね…)
満足気なヒロ男に何とも言えない声色で返すティオリア。
そんなヒロ男のところに琴乃がノワールを引き連れて歩いてきた。そして琴乃はヒロ男の胸元に人差し指を置き、グリグリグリグリと捻じり始める。
「ルミナ☆ストライク禁止って言ったでしょ!? 何やってるの!? 丸見えなのよ! もっと人目を気にして!」
琴乃は以前、ルミナ☆ストライクを使うことでスカートの中身が丸見えになる事を問題視し、写身を使わせているティオリアのためにルミナ☆ストライク禁止を言い渡していたのだ。今回それを破った事にだいぶご立腹のようだ。
「お、落ち着けしい――ルナちゃん。ほら、ここには私たち以外居ないから大丈夫だよ――」
「ティアさーーーーん!!! 今回もかっこ良かったよーーーー!!!」
「………嘘だろ……」
怒る琴乃を宥めるため人目が無いことを伝えようとしたら、遠くからいつもの馬鹿の声が聞こえてくる。
ヒロ男と琴乃が声の方を見ると、馬鹿が隣の建物の上でスマホ片手に嬉しそうに手を振っている。
すると馬鹿の後方からもう一人、息を切らした男が現れた。
「はぁ! はぁ! くそっ! 間に合わなかったか! あ、リーダー! もしかしてルナちゃんも撮れた!?」
「ふふん、小田よ、僕を誰だと思ってる? 当然ばっちりさ!☆」
「さすがリーダー! 最高だぜ!」
落下防止用の柵の向こうで二人の馬鹿が楽しそうに話している。琴乃はそんな様子を目を点にして口をパクパクさせながら眺めている。
「ふん、昨日絡んで来た小僧か。性懲りも無くウロウロしおって」
ノワールがため息を吐く。後から来た男の事を知っているようだ。
(ティオリア…、あの馬鹿いつから居たかわかるか…?)
(いえ…、全然気が付きませんでした…。私たちがここに来てからあまり時間も経ってませんし、仮に下で私たちを見つけて建物を上って来たにしても、今目の前にいるのが信じられません…。速すぎます…)
ティオリアが本気で驚愕している。魔法を使えるならいざ知らず、奴らはこの世界の一般人。魔法など使えるはずもない。つまり奴らは己が身の力一つでそこまで辿り着いたのだ。
それを思うと、ヒロ男は目の前の馬鹿どもに不思議なリスペクトを感じた。動機はどうあれ、自身の限界に挑戦し、仲間と喜びを分かち合う。部活に命を懸ける学生たちと彼らの何が違うというのか。彼らも立派なスポーツマンだったのだ。
「……、ノワール、あの人たちこっちに連れて来て貰っていいですか?」
「え゛?」「む? 何故だ?」
ヒロ男がノワールに頼みごとをすると琴乃がすごい声を漏らし、ノワールは不思議そうに聞き返す。
「仕事を頼もうと思って」
「ふむ? まぁ我は構わぬが…」
ふわっと柵を跳び越え、隣の建物へ移動するノワール。琴乃はススス…とその場から後ずさり距離を確保する。
するとすぐにノワールが戻って来た。背に馬鹿を乗せ、口に小田を咥えている。ノワールが二人を降ろすと丁度その時、近くで爆散したラベスの魔力が集まり出し、全裸の男が一人再構成され転がった。
ヒロ男はそれを確認すると馬鹿に話し掛ける。
「今回も貴方には驚かされましたよ。まさかこの短時間で屋上に現れるとは…」
「ふっ、ティアさんのいるところにならどこにでも行くよ☆」
格好付けて気色悪いことを言う馬鹿。そんな馬鹿に、ヒロ男は無表情をキープし、仕事を頼む。
「実は私たち、あまり人と関われなくて。なので今そこに転がった人を頼んでいいですか? それと警察が私たちを探してるみたいなので、あんまりそちら方面に情報を渡さないでいただけると"嬉しい"です」
「!!! わかったよ! ティアさんの頼み、しかと受け取ったよ!」
"推し"を喜ばせたい一心で無邪気に頼みごとを引き受ける馬鹿。その後ろの小田という男も両手でガッツポーズし、力強く頷いている。
「…、じゃあ頼みましたよ。ノワール、行きましょう」
「うむ、二人とも乗れ」
ノワールはヒロ男と琴乃を背に乗せるとぴょんぴょんと建物を跳び移り、馬鹿コンビの前から離脱した。
その後、変身を解いたヒロ男と琴乃はコーセーと合流。今日もラベスが現れたが、一般の目に晒されずに処理できたため街は至って平和だった。そのおかげで四日前にコーセーと交わしていた"飯を奢る"という約束がやっと果たされ、三人はお腹一杯の幸せな気分で飲食店を後にした。
そして三人はそのままここ数日お世話になっている緑地公園の奥地へ移動した。理由はヒロ男の遠距離攻撃をなんとかするためである。
「魔力込めすぎ。だから貫通して威力が伝わり切らないの。もっと抑えて」
「抑えるって…! どれくらいだよ…!」
「見てて」
琴乃は魔力で作った五十センチ四方くらいの物体に光線を打ち込む。すると物体の中心くらいでドガンッと爆発し、物体は粉々に砕け散った。
「やって」
実演した琴乃は一言ヒロ男に投げる。変身状態のヒロ男は爆散した物体の隣に浮いていたもう一つの物体に人差し指を向ける。
「ルミナ☆レーザー!」
ピュンッと光線が発射され、ズビッと物体を貫通。地面に当たってボンッと小さく爆発する。
それを見て琴乃はじとっとした視線をヒロ男に向ける。
「私の見てた…?」
「見てたよ!!! むしろお前はなんでそんな当たり前の様にできてんだ!? どうなってんだよ!?」
そんな二人のやり取りを、コーセーは後ろからふわふわ浮きながら眺める。
「ティオリアさん、おーがが収束してる魔力ってそんなに多いの?」
(多いですね。普通の魔導士がおーがさんと同じ収束量で連射したらあっという間にバテて倒れちゃうくらい多いです。おーがさんはピンピンしてますけどね。さすがの魔力量です)
コーセーの質問に丁寧に答えるティオリア。しかしヒロ男が欲しい情報が全く出て来ない。
「だ・か・ら!!! どれくらい抑えれば良いんだよ!? 俺が無駄に収束してるのはもうわかったよ! しかもコーセーいつの間にか飛べるようになってるし! お前らいったいなんなんだよ!?」
頭を抱えるヒロ男。それを見て琴乃がため息を吐く。
「一回限界まで少なくしてやってみて。そこから少しずつ多くして微調整しよう。ヒロ男くんにはトライ&エラーを高速でぶん回させた方が理解が早いと思う」
「賛成。俺もそう思うよ。おーがは実際試して回数こなす方が性に合ってると思う」
幼馴染二人の提案を受け、ヒロ男は涙目で物体に指を向ける。そして…。
「ルミナ☆レーザー!」
ピュンッ ズビッ ボンッ
光線は物体を貫通した。琴乃は憐れむような目でヒロ男を見る。
「抑えたよ!!! これ以上抑えられねぇよ!?」
(ははは…、確かに相当抑えられてましたよ。でもまだまだかなり多いですね…)
「畜生ーーー!!!」
その後のヒロ男はティオリアの監督の下、如何に少なく魔力を操作するかという練習を始めた。
コーセーと琴乃はそれを横目に軽く勉強を始め、ノワールはヒロ男の横でヒロ男を煽って遊んでいた。
しばらくそのまま時を過ごし、少し日が落ちてきた辺りで緑地公園を後にした三人は揃って帰路に就く。
琴乃を家まで送り、ヒロ男とコーセーも隣り合った自宅に辿り着く。
「じゃ、シャワー浴びて飯食ったらそっち行くよ。勝手に入るから窓の鍵開けといてくれ」
「おう。俺晩飯の仕度とかするから軽くつまめる物持ってくよ」
そう言って別れる二人。テスト勉強をするための情報をやり取りし、それぞれの家へ入っていく。
そんな二人を上空から遠目に眺める一人の少女。
毛先が薄紫色の、サラサラで美しい黒い長髪をはためかせ、ティオリアと瓜二つの少女はフィ…と身を翻す。そして静かに闇に消えていった。




