ep.62 固まる誤解と謎の魔導士
とある廃ビル。
疑似ちゃんは蠢く大きな肉の塊に乗った頭と右腕だけの存在に話し掛ける。
「ゼノウィータ、戻りました」
「……」
その存在、ゼノウィータはゆっくりと目を開く。
「報告します。この世界の治安維持組織『警察』と、警察内部の特殊部隊『SAT』の戦闘を観測しました。双方とも魔導士を配備しておらず、武装は全て物理仕様。ラベスの魔力障壁の前に成す術もなく、次々ラベスに吸収されていきました。我々の世界のゴロツキの方がマシなレベルの雑魚でした」
疑似ちゃんの報告を聞き、ゼノウィータは目を細める。
「………吸収した魔力はどうした?」
「観察対象の魔導士二名が現れ、私が回収する前に倒されました。私自身、テキトーに作ったラベスがあそこまで成長するとは思っておらず、一定以上に成長した段階で回収を諦めました。あの量の魔力を運んだらオリジナルに感知されてしまいます」
「……」
ゼノウィータは小さくため息をつき、目を閉じる。
「それと、黒い魔導士を育てたかもしれない新たな魔導士の情報を得ました」
「…ほぅ? 話せ」
ゼノウィータのは再び目を開き、興味深そうに耳を傾ける。
「観察対象二人の戦闘終了後、私も帰還しようとしたのですが、周囲の人混みから『リーダー』なる人物を嘲笑する会話が聞こえてきました。会話の内容から察するに、リーダーは黒い魔導士を育て、その活躍を影ながら応援し、戦いぶりを見て嬉し涙を流す人物だとわかりました。リーダーについて話していた者たちも嘲笑しつつ畏怖を抱いていたようなので、実力がありつつ適度に親しまれている人物のようです」
「……やはり魔導士が隠れているか。しかし、先の警察とやらの不甲斐なさを見るに、この世界では魔力を扱う者たちは社会の裏で暗躍する立場らしいな。面倒なことだ…」
疑似ちゃんからもたらされたリーダーという新たな魔導士の影。その存在にゼノウィータは再びため息をつく。
「この世界の情報端末で確認できる娯楽作品群。これももしかすると実在のものをモデルにしているのかもしれません。でなければここまでぶっ飛んだ描写は生まれないでしょう」
そう言う疑似ちゃんが持つ情報端末の画面には、巨大な機械人形が縦横無尽に飛び回り、光線の雨を掻い潜るサーカスのような映像が流れる。
ゼノウィータも遠目にそれを確認し、再び目を閉じる。
「……裏でそのような兵器が運用されているとなると、やはり今のままでは身動きが取れんな。来い」
「はい」
ゼノウィータに呼ばれ、疑似ちゃんは肉の塊の近くへ歩いていく。そして肉の塊は椅子の形に凹み、疑似ちゃんはそこに腰を下ろす。すると肉の塊から何本もの白い触手が伸び、疑似ちゃんの肌に貼り付き、魔力を吸い上げ始めた。
「…………」
沈黙し、魔力を吸われる疑似ちゃん。目を閉じ、思考すらしない。
一方のゼノウィータは静かに考える。
(この地が危険なのは十分に理解した。癪だが、他の地に移動することも選択肢か…)
少しイラッとし、触手の数を増やしさらに疑似ちゃんに貼り付ける。八つ当たりの様に疑似ちゃんから強めに魔力を吸い上げる。
ねちゃ…
「………っ」
疑似ちゃんの耳元で触手が蠢く音が響き、背筋がゾワッと反応する。ティオリアの身体に刻まれたにゅるにゅるねちゃねちゃに対する嫌悪感が、感情を持たないはずの疑似人格に叩きつけられる。
(…も、問題無し…っ、待機…続行…っ)
背筋のぞわぞわに耐え、疑似ちゃんは主たるゼノウィータに魔力を献上する。
しばらく後、ゼノウィータはネズミほどの小さな体に人格を移し、闇に紛れながら隣町を目指していた。
(やれやれ、あまりリスクは取りたくないのだがな。しかし信じられるのは自分だけだ)
情報収集にティオリアの身体に埋め込んだ疑似人格を使ってはいるが、ゼノウィータはそれを100%信じてはいない。他の地への移動を検討し始めたゼノウィータとしては移動先の目星は自分で付けておきたかった。
しかし、今のゼノウィータの状態はかなり危険だ。人格を移しているこの体を破壊されれば人格まで失われてしまう。廃ビルに残してきた本体に影響は無いが、人格が無くなればそれはゼノウィータではなくただのラベスだ。
(限界まで魔力を絞った体だ。ティオリアに感知される心配は無い。しかし、そのせいで戦闘能力も最低限。絶対に魔導士に見つかるわけにはいかん)
気配を殺し、ネズミになりすまし走る。時折慎重に屋根に上り、周囲を確認する。地形を記憶に刻み付けていく。
そうやって隣町の近くまできた時、遠くの空に人影が飛んでいるのが見えた。
(……魔導士か?)
身を潜め、その人影に集中する。
(小型の杖と、装備は…見たことがない型だ。この世界の魔導装備か…)
その人影が身に着けている外装はアサラオン皇国防衛魔導団の一般魔導士に支給されるものに似ていた。しかし細部の意匠はかなり違っていて、似た別の装備だということがわかる。
その人影はフラフラしながら飛行し、そのままどこかへ飛んでいった。
(……、哨戒か…。何かと戦闘した直後のようだ)
ゼノウィータは少し考え、踵を返し廃ビルへ戻り始めた。
(まさか普通に魔導士が飛んでいるとはな…。ならば移動は現実的ではない。今の拠点周りを制圧し、徐々に侵攻するのが一番安全か…)
ゼノウィータはそう結論づけ、闇に消えた。




