ep.55 重要参考人
警察署の事務室の一画。横長の椅子にちょこんと座った少女に、しゃがんで目線を合わせた警官が優しく話し掛ける。
「お嬢ちゃん、そろそろまともな住所教えて貰えないかな? ご両親に連絡もしないといけないし…」
「アサラオン皇国防衛魔導団本部宿舎三階三〇二号室」
「……、はぁ…」
警官は右手で頭を抱える。近くにいた他の警官たちがその様子を眺めながら話す。
「いや~なかなか手強いなあの嬢ちゃん」
「ですね。というかなんでここにいるんです?」
「ちょっと目を離した隙にあそこに座っててそのまま動かなくなったってよ。いい度胸してるよほんと」
「それは…、なんとまぁ…」
少女、疑似ちゃんはパトカーに押し込まれた後警察署まで運ばれてきた。そして住所や両親の連絡先などを聞かれたのだが、疑似ちゃんは身体に刻まれた記憶を頼りにテキトーに返答。異世界の住所と連絡先をひたすら連呼する疑似ちゃんに、警官たちは頭を悩ませていた。
(推測、この世界の治安維持組織。潜入成功。観察を続行)
疑似ちゃんはそんなことを考えながら事務作業をする警官たちを眺めていた。パトカーに押し込まれた時はどう脱出するかを考えていたが、すぐに「この組織の内部を知るチャンス」と考え直し、大人しく警察署までやってきた。
(魔導士の姿無し。出動中? 室内に魔導士用装備無し。別室にまとめてある可能性あり)
じっくり周囲を見渡し、主人であるゼノウィータの障害になりそうな魔導士を探す疑似ちゃん。しかし日本の警察署にそんな存在がいるはずもなく…。
(敵対反応無し。待機続行)
やさしい警官たちに見守られ、疑似ちゃんはそのまま事務室に居座る。
「あの子、例の動画の子ですよね? それについての話は聞けたんですか?」
「だめだ。それについては『知らない』としか答えん。だからなんとかご両親に話を聞きたいんだが…、あの様子じゃなぁ…」
「話が通じてませんよねぇ…。よくここまで引っ張って来れましたね? あれじゃ任意同行も無理でしょ?」
「かなり苦しいが"補導"って体だそうだ。まぁ見ての通り別嬪だからな。街中を薄着でうろついて会話の要領を得ないってなったら変な輩に拐われても不思議じゃない。俺としてはそういう"保護"には賛成だよ」
「ですね。これで早くご両親の連絡先教えてくれれば安心なんですけど…」
しかし視線の先の少女は相変わらず「アサラオン皇国防衛魔導団本部宿舎――」と答えていて、「余程アニメとか漫画が好きなんだなぁ」と苦笑いを浮かべた。
そのまましばらく事務室に居座り続けた疑似ちゃん。日が傾き始めた頃、その思考に変化が起こる。
(出動中と思われる魔導士の帰還無し。これ以上の観察は無意味と判定。騒ぎを起こして治安維持組織の反応を観察)
疑似ちゃんはス…と立ち上がり、一番近くにいた警官の近くへ歩いていく。
「お? どうした? やっと何か教えてくれる気になったかい?」
疑似ちゃんに気付いた警官が話し掛けるも、疑似ちゃんは無視して警官の胸元にそっと手を置く。
「??? 何かのおまじな――ぐっ! ぐあっ!」
突然警官が苦しみ出し、胸を押さえてデスクに蹲る。
「おい!? どうした!? 大丈夫か!?」
「なんだ!? 何があった!?」
周りの警官たちもすぐに異常に気が付きわらわらと集まって来る。疑似ちゃんはどさくさに紛れてその場から離れていく。
「ぐ…ぐががががが…!」
「大丈夫か!? しっかりしろ! ――!? な…ななな…!」
苦しむ警官がメキメキと身体を膨張させていき、周りで心配していた警官たちの顔が青ざめていく。
「があああああああ!!!」
そして巨大化した警官は咆哮を上げ、同時に腹がグバァ…!と縦に大きく割れ、中から大量の触手が溢れ出し周りの警官に絡み付いていく。
ビュルルルルルル
「うわあああ!???」「なんだこれえええ!???」「きゃああああああ!!!」
そして巨大化した警官、ラベスは搦め捕った警官たちを次々に腹の中へと引き込んでいく。
ビュルルルルルル
「うわあああああああ!!!!!」「いやあああああああ!!!!!」
地獄絵図と化した警察署の事務室を、疑似ちゃんは部屋の隅から静かに観察していた。




