ep.42 暗躍
15時頃、一人の少女が街を歩く。
腰まで届く長髪は明るい黒で、毛先が薄っすらと薄紫色にグラデーションが掛かる珍しい髪色をしていた。瞳の色は一見黒だが、角度を変えると深い紫色が顔を覗かせる。
容姿もとても整っていて、高校生くらいの少女の年相応の可愛らしい私服が良く似合っている。
髪色と服装、それ以外は"例の動画群"の少女の一人と瓜二つだった。
「ねぇねぇお姉ちゃん、ちょっと待ってよ」
そんな少女に軽薄そうな男が軽く声を掛ける。
「へへ、お姉ちゃん一人? ちょっと俺に付き合ってよ」
「………」
少女は無言で男を見る。見られた男は少女のあまりの美しさに心臓が跳ねた。
「………、二人きりになれる場所あるんだけど、来てよ」
「………」
男は少女の手を掴むとぐいぐい引っ張り、路地裏へ入っていく。
そして奥まで少女を連れ込むと、男は少女を挟んで壁に手を置く。
「……無抵抗でここまで来たってことは、OKってことで良いんだよね?」
「………」
男の確認に少女は無言を貫く。そして男の胸に両手を置いた。
「何? 今更抵抗しても――ぐ!???」
突然男が苦しみ出す。よろよろと少女から離れ、地面に蹲る。
「ぐ…! が…! あ゛あ゛あ゛…!」
男の身体は膨張を始め、どんどん膨らんでいく。
そんな男を余所に、少女はふわぁと浮き上がり、建物の上へ乗る。そしてチラッと、下で苦しむ男を見る。
「がああああああ!!!」
男は"ラベスと化し"、大きな咆哮を上げる。
そのラベスを、ティオリアと瓜二つの少女は、無表情で見下ろしていた。
「あー…、部活が無いってなるとなんか身が入らねぇな…」
放課後、いつもより早い時間に校外へ出たヒロ男が呟く。
「おーが? テストの準備期間だからな? 部活に命懸けてるやつらに勉強させるための、学校側の苦肉の策だからな?」
「わかってるよ。だから飯奢った後、俺に勉強教えてくださいコーセーさん、よろしくお願いします」
両手を合わせ、拝む形でコーセーに頭を下げるヒロ男。
そして昨日流れてしまった飯奢りの件を今日こそ達成するため、ヒロ男とコーセーと琴乃は放課後の街を歩く。
「…ヒロ男くんってもしかしてテストの度にやっ君に泣きついてるの?」
「そうだよ? おーが勉強苦手だからね」
コーセーの返事を聞き、蔑むような目でヒロ男を見る琴乃。
「ははは、そんな目で見ないであげてよ。おーがは別に頭悪いわけじゃないんだ。勉強の効率が悪いだけなんだよ」
コーセーが笑ってフォローを入れる。
(効率が悪いっていうのはどういうことです?)
ティオリアが質問すると、コーセーは簡潔に答えた。
「頑固なんだよ」
「あぁ…」(あぁ…)
「なるほど」
琴乃とティオリアが同時に同じ反応をし、琴乃のカバンに乗っているノワールも納得したように頷く。
ヒロ男はこれまで物理の呪縛に囚われ魔法の習得にそれはもう苦労していた。それと似たような"頑固さ"が勉強においても発揮されている。
「ま、スポーツ視点で見ればその頑固さも『信念』とか『プライド』って言い換えられるんだけどね」
コーセーが更にフォローを重ねる。
「やっ君、それすんごい広く守備範囲取ってない?」
「広げないとフォローが範囲に入らないのだろう」
(それってフォローの体裁を保ててないんじゃ…)
ズバズバと言いたいことを言う琴乃とノワールとティオリア。ヒロ男はもはや言い返す気力も無い。
するとその時、ティオリアが"嫌な気配"を感じ取った。
(!!! おーが! ラベスよ! かなり近いわ!)
「何!?」
ティオリアの言葉ですぐさま気力を立ち上げるヒロ男。そしてコーセーがティオリアに質問を投げる。
「ティオリアさん! ラベスが現れたってことは近くにゼノウィータがいるんじゃないの!? 気配は感じない!?」
(…だめ! ゼノウィータの気配は無いわ! ラベスを作ってさっさと逃げたみたい…!)
悔しさが滲む声色のティオリアにヒロ男が叫ぶ。
「ゼノは後だ! 今は現れたラベスを倒す! ティオリア! 方角は!?」
(…えぇ! この先の路地裏みたい! 行くわよおーが!)
「おう!」
「おーが!? ティオリアさん!? ちょっと待っ――」
コーセーの制止も聞かず、通りのど真ん中で変身を開始するヒロ男とティオリア。光に包まれ『魔法少女ティア』が姿を現す。
変身が完了したヒロ男はダンッ!と地面を蹴り、一番近くの建物の上へ跳んで行った。
コーセーは冷汗を掻きながら周囲の反応を見る。しかし意外にも通りを歩く人々は冷静さを保っていた。上空を跳ぶヒロ男を発見して驚いている人がいる程度だ。
「……?? どういうことだ…?」
「間に合った…、それに効果もばっちり。準備しておいて良かった」
「え?」
琴乃が良くわからないことを呟く。
「えっと…、昨日動画撮られちゃって恥ずかしかったから、"ステルスできる魔法"とかできないかなって思ってね?」
「今し方琴乃が凰我に使ってやったのだ。まぁステルスと言っても注意を引かないようにする程度だ。勘の良い奴やすでに見ている奴には効果は無いようだぞ?」
「す、すごいね椎名さん…。そんな魔法まで…」
琴乃の魔法の万能性に驚く。攻撃、防御、更には隠密まで。もはや琴乃にできない事は無いのではないかと思えてくる。
「それより琴乃よ、凰我に良い所を全部持って行かれてしまう。我らも早く行くぞ」
「別に手柄が欲しいわけじゃないんだけど…、まぁ人数は多い方が良いよね。やっ君、私たちも行ってくる。そこのベンチで待ってて」
「あ、うん、わかった。気を付けてね」
言葉を交わし、琴乃はノワールを抱えて通りを走っていった。




