第4話 英雄の受容(ルミナ☆スロー)
昼下がり、ヒロ男はコーセーの部屋でアニメ作品を視聴していた。
『か~、め~、〇~、め~、波あああああああ!!!!!』
(…ふむ、魔力を一点に圧縮してからの解放広範囲放出。魔力の収束砲としては相当高位の魔法ですね…)
「これは魔力じゃなくて"気"ってエネルギーを使ってる設定だよ。気が大きくなると肉体も強く速くなるから直感的でわかり易いよね」
("気"…、魔力との違いがわからない…)
ティオリアがぶつぶつ言いながら作品の中の技を分析する。
『スターラ〇トぉ…、ブレ〇カぁーーーーー!!!』
(これは…、魔法陣で威力を増幅しているのでしょうか…)
「ネットには『空気中の魔力素を収束』って書いてあるね」
(めちゃくちゃなことやってますね…。打ち放題じゃないですか…)
「一応本人も消耗するみたいだよ?」
(それにしたってぶっ飛んでます…)
と、このようにまずは技だけに焦点を当て、ノートPCから動画サイトにアクセスし、さまざまな作品の必殺技部分だけを視聴しながら動画を漁っている。
ティオリアは楽しみながら真剣に技の成り立ちを想像し、分析。コーセーが作品の設定を補足しそれを手伝っている。
ちなみに化け物騒動のせいで学校は休校になった。警察やらマスコミなどがわらわらと集まり、教員たちはその対応に追われ、生徒の相手をしている余裕が無くなってしまったのだ。
巨大ガラスに一時捕らわれていたコーセーと椎名琴乃のことは徹底して秘匿され、本人たちに余計な精神的負担を掛けないように配慮がなされた。そのおかげでコーセーもマスコミに捕まらずに無事帰宅することができている。おそらくいずれ情報は漏れるだろうが、接触された時の対応を考える時間を確保できたのは有難かった。
化け物と戦った謎の少女に関してはすでに『あの馬鹿』が動画を投稿しており、その戦いぶりが世間に公開されている。
戦いの後に校舎へ向かって歩く姿が動画に映っており、それについて聞かれた学校側は…。
「あのような奇抜な恰好で授業を受けるのを許可するほど我が校は緩くない」
と返答しており、学校と謎の少女との関係性を遠回しに否定している。
そしてその謎の少女ことヒロ男は現在、左手で頭を抱え、右手にペンを持ち、ノートにティオリアの分析を書き写し、ひたすらうんうん唸っていた。
「……おーが…、今まで突っ込まなかったけどさ、お前いったい何やってんだ?」
さすがに耐え切れなくなったコーセーがヒロ男に声を掛ける。
「スポーツってのはな、動きの理解と身体の強さが合わさって初めて最高のパフォーマンスを発揮できるんだ。俺は今までわからない動きはこうやってノートに文にしてみたり絵を描いてみたりして理解を深めてきた。だが…! この"魔法"というのは俺の理解の外側にある…!」
悔しそうに顔を歪ませるヒロ男。
コーセーは、この真面目で不器用な男の姿にため息を吐いた。
(おーがさん、魔法は"心の力"です。筋肉じゃないんですよ)
「心の力が何故物理に干渉できるんだ…、まるで魔法みたいじゃないか…。………その魔法について考えてるんだった…、くそ…混乱してきた…」
ついにペンを置き、両手で頭を抱え始めたヒロ男。
本気で悩むヒロ男の姿に、ティオリアは少しの微笑ましい気持ちと、少しの苦しい気持ちが広がる。
その二つの感情が混ざり合う今の心を表現する言葉はわからないが、ヒロ男のことを助けたいとは思った。
(仕方ありません。おーがさん、変身しますよ)
「え?」
突然の変身宣言に困惑するヒロ男がぱぁぁと光に包まれ、『魔法少女ティア』の姿となりコーセーの部屋に降臨した。
(…! 昨日『私の写身』って言ってたから、この姿はティオリアさんってことだよな…。とんでもない美人だ…、近くで見ると余計そう見える。中身がおーがだってわかってても緊張する…)
ノートPCの画面を一緒に見るために隣合って座っていた二人。その状態で突然ヒロ男が美少女の姿になり、自室に美少女と二人きりという状況になってしまった。
(ふーーーーー……、余計なことは考えるな俺。これはおーがこれはおーがこれはおーがこれはおーが―――)
コーセーは心の中でそう唱え続けながら、ノートPCの画面を操作し良さげな動画を探す。
そんなコーセーを余所にティオリアが話し始める。
(おーがさん、身体の力を抜いてリラックスしてください。私が中から魔力の流れに"波"を起こします。それを感じてください)
「えーと…、それがわかると何になるんだ?」
(おーがさんが魔法を理解できないのは魔力が"どういうものわからない"からだと思うんです。なので、まずは魔力を理解するところからやってみましょう)
ティオリアはそう言うとヒロ男の中の魔力に干渉し始めた。するとヒロ男がそわそわと反応し出す。
「…っ、ティ、ティオリア、えーと…、身体が変なんだが…」
(魔力の揺らぎに感覚が刺激されてるんです。刺激に惑わされず、その奥の流れを感じ取ってください)
「……っ、そんなこと言われても、~~~~っ」
少し身を捩るヒロ男。
(何で胸と下腹部がそわそわすんだよ…! 今まで"この身体"については考えないようにしてたのに…!)
ティオリアに聞こえないように心の中で叫ぶヒロ男。
ここまで来て今更"女の子に身体"に困惑し始めたのだ。
(おーがさんどうですか? 何か掴めました?)
「く…っ、ダメだ。別の扉が開きそうだ」
(はい?)「別の扉?」
二人が不思議そうに聞いてくるが、そんなことを気にしている場合ではない。
これは自分だけではどうにもならないと判断し、コーセーに悟られないようにティオリアに助けを求める。
(ティオリア、その…、口にするのは憚られるんだが、俺が今置かれている状況は共有しないといけないと判断したから"あえて"言うぞ。"胸"と"下腹部"がそわそわして集中できん)
(はい!??? ななな何言ってるんですかセクハラですよ!!!)
ティオリアが取り乱すがヒロ男は真剣そのものだ。
(感覚が共有されてるって最初に言ってたな。お前"これ"どうやってスルーしてるんだ?)
(どどどどどどうやってって言われても…! えーと…、ま、魔力を操作すると身体がじんわり温かくなるから…、その延長線上の生理現象だと割り切って気にしないようにしてるんですけど…)
(く…っ! つまり慣れるしかないってことか…! わかった…! "流れ"とやらを探すことに全力で集中する…!)
(そ、その意気です! がんばりましょう!)
そしてヒロ男は目を閉じ、「すー…、はー…、すー…、はー…」と深呼吸しながら集中し出した。
ヒロ男のその姿を見てコーセーがティオリアに尋ねる。
「ティオリアさん、魔力の流れを感じるってそんなに難しいの?」
(いえ…、今おーがさんが苦戦してるのはその前段階でして…)
「前段階?」
コーセーが純粋な気持ちで質問するが、先ほどのヒロ男との会話の内容をコーセーに話したくないティオリアはテキトーに言い訳を始める。
(き、きっとおーがさんは肉体の感覚が強過ぎて体内のエネルギーを感じ取り難いんです。でも昨日から何回も魔法を使ってるので、コツさえ掴めばきっとすぐに空を飛んだり魔力の収束砲を使えるようになりますよ)
「ふーん…」
それを聞き、改めて集中するヒロ男を眺める。
(親友が美少女の姿で俺の部屋で瞑想している…。なんだこの状況…)
謎の現状に困惑しつつ、また動画を漁り始める。
すると一般人だった少女がひょんな事から魔法を使えるようになるシーンが目に入った。それを見てふと疑問が湧いた。
「ねぇティオリアさん、この世界の人間は魔法は使えないのかな?」
(いえ、使えるはずですよ。生き物は動物も人間も皆魔力を持っていますので)
「ふーん…、俺も使えたりする?」
(あら、興味有りですか? ではコーセーさんにも魔力を感じる練習をして貰いましょうか。おーがさんの手を握ってください)
「こう?」
ティオリアに言われるままヒロ男の手を握るコーセー。少し緊張したが勢いで誤魔化した。
しかしヒロ男から予想外の反応が返ってくる。
「ひゃ!???」
「うおぁ!? 変な声出すなよおーが、びっくりした」
「あぁ…! す、すまん…!」
可愛い声で変な声を出され、内心ドッキドキのコーセー。必死に平静を装う。
そしてヒロ男はヒロ男で困惑していた。
(くそ…! これもティオリアが起こしてる"波"ってやつの影響か…!? 感覚の敏感さがえらいことになってる…!)
ティオリアに聞こえないように心の中で状況を整理するヒロ男。
ちなみにティオリアとしては、魔力の流れに波を起こすことで感覚を過敏にし、魔力の流れを感じやすくさせるという意図がある。ヒロ男が感じる胸と下腹部のそわそわ感も、コーセーに握られる手の触覚の過剰な感覚も、全てそのための副産物なのだ。
ある意味その余計な感覚のせい魔力を感じ難くなっていたりもするが、二人はそのことに気付いていない。
そしてヒロ男の困惑を余所にティオリアはコーセーにレクチャーを開始。
(コーセーさん、おーがさんの手から何かの"脈動"を感じませんか?)
「んー……、うん、感じる。鼓動とは違う、何か"温かい波"を感じる」
(それが私が起こしている魔力の波です。すごいですコーセーさん! こんなすぐに感じ取るなんて! 魔法はコーセーさんの方がセンスありますね!)
「え? そ、そう?」
褒められて少し嬉しそうにするコーセー。ヒロ男は気にしないように必死に集中する。
(その"温かさ"はコーセーさんの中にも流れています。次は手から感じる"温かさの波"を頼りに自分の中のそれを感じてみてください)
「ん……」
コーセーは小さく返事をし、ヒロ男のように目を閉じ、静かに集中し始めた。
その間もヒロ男は必死に身体中の過剰な感覚を無視しようと戦っていた。
(無視だ。全て無視だ。これは雑念だ。飲まれちゃいけない。俺に"その扉"はまだ早い。……いやちょっと待て、ティオリアは今俺と同じ感覚を共有しているはずなんだ。いくら何でも平然とし過ぎじゃないのか? 『割り切って気にしないように』なんて言ってたが無理があるぞ。俺とティオリアの違いはなんだ。魔法に対する知識量、経験値。でも初対面の時ならいざ知らず、今のティオリアならその辺の情報はきっちり俺に流してくれるはずだ。つまりそれは除外。となると…性別? 当然男の胸にはこんな立派なパーツはついてない。本来無いはずのパーツからの刺激に俺の魂が過剰に反応してるだけなんじゃないか? その理論なら胸と下腹部だけが異様にそわそわするのも説明が付く。つまり…、そのパーツを受け入れろってことか…!)
全力で思考を走らせそれっぽい仮説(?)に辿り着く。
「しかし…! それを受け入れるってことは女子の身体になるのを許容するということだ…! くそ! 俺は男だ! 日色凰我だ! この身体はティオリアの物だ! 俺の身体じゃ――――………。……これのせいか。この、自分の身体の状態を受け入れない心が、魔力を感じるのを邪魔してるのか」
必死に思考を走らせていたヒロ男は、その仮説に確信めいたものを感じた。
ス…と、胸を触った。
(…!!! …っ)
一瞬ティオリアが驚いたが、ヒロ男が何かを感じ取ろうとしているのがわかり、声を抑える。
(やわらかいな…、肌がふわっふわじゃねぇか…。ティオリアは、こんな華奢な身体で戦ってきたんだな…。そして変身状態の時だけは、それが"俺の身体"なんだ)
少しずつ、そわそわしていた感覚が収まっていくのを感じる。
(俺が男だっていう誇りを捨てる気は無い。だが、変身という儀式を挟んだ先でだけ、
認めよう。変身した俺は、『魔法少女ティア』。"魔法使いの女の子"だ)
その瞬間"ドクン…、ドクン…"と、身体の中心から鼓動とは違う激しい脈動を感じた。過剰なそわそわ感は完全に消え、身体の中心にじんわりと温かいものを感じる。
「……これが魔力か。こんなわかりやすいもんが今まで隠れてたとはな…。『魔法は心の力』とはよく言ったもんだ」
そのあまりに明瞭な魔力の感覚に呆れ笑いが出る。これを感じ取れないんじゃそりゃセンスを疑われるわ、と素直に納得した。
(……、おーがさん、魔力は感じましたか?)
「あぁ、良く感じる。そしてそわそわ感も消えた。俺の魂が過剰反応してたらしい」
(そうなんですね…。まぁ一先ず前進ですね、おめでとうございます)
「おう! ありがとな!」
ティオリアからの労いを受け、元気に返事をするヒロ男。
(ではおーがさん、そろそろ"手"を下ろして貰えますか? いつまで揉んでるんです?)
「は?」
ちょっと怖い声色のティオリアにそう言われ、自身の手の位置を確認してみる。まるで右手が意思を持っているかの如く左胸を入念に揉み解していた。
「ご、ごごごごごめんティオリア! ここまでするつもりは全然無くて! むしろ何でまだ触ってたのか自分でもわからなくて!」
(えぇえぇそうですよね。おーがさんも男の子ですものね。無意識に女の子の身体に触りたくなっちゃうのもわかりますよ。でももう少し節度は守ってくださいね)
「違くて!!!」
痴話喧嘩する二人を余所に、コーセーは一人集中する。そして…。
(あ、見つけた。これが魔力か)
無事に魔力を感じることができた。そして目を開き、二人が喧嘩しているのに気付いて困惑するのだった。
その後ヒロ男は変身を解き、コーセーと二人で緑地公園へ向かった。
人気の少ない場所で魔法の練習をするためだ。
ちなみにヒロ男の"お触りの件"は、「ティオリアが元の身体に戻った暁にヒロ男に直接コークスクリューブローを捻じ込む」という話で決着している。
そして二人は滅多に人が来ない緑地公園の奥へ到着した。
(さぁおーがさん、また変身しますよ!)
「……」
ティオリアの言葉に少し考えるヒロ男。
「なぁ、俺も魔力を感じ取れるようになったってことは魔法を使えて戦えるってことだよな? 変身する必要あるのか?」
(もちろんあります! おーがさんの大きい"器"におーがさんの魂と私の魂が入って二人分の魔力を使えるんです! とってもお得です! ちなみに変身時に私の姿になるのは私の魂がおーがさんの魂の表面に貼り付いてるような状態だからで、それが肉体にも反映されてるからですね! ついでにもう一つ! 魂だけでは魔力を回復できないんですが、おーがさんの身体にお邪魔させていただいてるおかげで私も魔力を回復できてます! ありがとうございます! なのでたくさん食べてたくさん寝てくださいね!)
「そ、そうなのか…、わかった」
(というわけで変身しますね!)
一通り説明したティオリアはヒロ男に本日三回目の変身を強行した。
ヒロ男が光に包まれ、光の中から魔法少女ティアが姿を現す。
「…これが日常になっていくことに其処は彼とない恐怖を感じる…」
(三ヶ月の辛抱です! 魔法の練習をがんばって一緒にゼノウィータを倒しましょう!)
公園に入ってから妙にテンションが高いティオリアの話を聞きながら、コーセーはクスクス笑う。
「ふふふ、ティオリアさんなんだが楽しそうだね? どうしたの?」
(えぇ! 魔法は私の人生のオトモですので、それを人に教えることができるのはとっても嬉しいことなのです! 特にコーセーさんには期待してますのでがんばって立派な魔導士になりましょう!)
「ははは! 魔導士にはならないけど期待してくれるのは嬉しいよ。よし、じゃあ始めますか」
そして二人はティオリアの指導の下、魔法の練習を開始。
ヒロ男にはまず"魔力は物理に干渉できる"という刷り込みを行うため、手に持った小石を魔力で浮かせる練習をさせた。彼の最大の壁は強固に形成された物理現象という名のイメージなのだ。おそらくこの刷り込みさえできてしまえば、ヒロ男はほっといても勝手に技を開発していくはずだ。
コーセーには最も基本的な魔法である身体強化魔法を教えた。ヒロ男が無意識に使っている意味不明な高出力のものじゃなくとも、ある程度身体能力を底上げできれば今日のようにラベスに襲われても逃げられる確率が上がるのだ。
身体を強化するイメージをさせ、その場でジャンプ。イメージをして、ジャンプ。それを繰り返して魔法が発動しているかを細かく確認していく。
「なんかコーセーの方が楽しそうだな」
「俺はおーががやってる奴の方が興味あるが」
(二人とも真剣にやってください!)
先生に叱られながら、二人は練習に励む。
そしてその様子を木の影から眺める人影が一つあった。ティオリアがその気配に気付く。
(…! 二人とも、見られてます!)
「「…!」」
二人が驚き、周囲を見渡す。
すると近くの木の影に『椎名琴乃』が立っているのを発見した。
「あ、見つかっちゃった」
「し、椎名さん! こんなところで何やってるの!?」
「え…、こっちのセリフ…」
二人に見つかった琴乃はてててーと近くにやってきた。
そして二人にペコっとお辞儀をした。
「二人とも、今日は助けてくれてありがとう。私気絶しててお礼言えなかったから、さっきやっ君の家に行ってきたの。でも誰も居なくて…。帰ろうとしたら歩ている二人を見つけてね、尾行しちゃった」
「尾行って…」
さらっと怖いことを言う琴乃。ちなみに『やっ君』というのはコーセーの学校での愛称である。
(変です。歩いてた時おーがさんは変身してません。この子おーがさんのことわかってるんじゃ…)
(いや、誰かから俺が変身できるって聞いてたんだろ。普通のやつはそんな話信じないけど、椎名は昔からぽやぽやしてるからな)
(いえ…、もっと根本的な違和感と言いますか…)
琴乃の言葉に何か引っ掛かりを覚えたティオリア。ヒロ男と脳内会議をしてみる。
しかしヒロ男の反応は楽観的だ。椎名琴乃は小学校からの付き合いなのだ。彼女の独特な性格はヒロ男もよく知っている。
なのでヒロ男は『魔法少女ティア』として対応する。
「貴方も無事で良かったです。捕まった時はどうなることかと思いました」
「……ヒロ男くん何その話し方…、きしょいよ…?」
「はい!????」
ドストレートにきしょいと言われショックを受けるヒロ男。
(あの…、やっぱり気付かれてますよね…?)
(いやいやいやいや! 何でわかるんだよ! 見た目完全に女子だぞ!? 身長まで変わってるんだぞ!?)
「な、何を言ってるんですか…? 私はティアという者で――」
「やっ君がさっき貴方の事『おーが』って呼んでた。それに話し方もやっ君が女の子にする話し方じゃなかった。やっ君があの話し方をするのはヒロ男くんだけ」
「……っっっ!!!」
驚愕の表情を浮かべるヒロ男。ちらっとコーセーを見ると、コーセーは両手を合わせ「すまん!」と頭を下げていた。
ヒロ男は土下座した。
「後生だ椎名! 俺がこの姿になってることは誰にも言わないでくれ!」
「え…? でも教室で変身したって聞いたよ?」
("設定"があるんです。おーがさんの心を守るための大切な設定が)
ティオリアが堪らず助け船を出す。突然頭に響いた声に琴乃は目を丸くする。
「おー…!、これが噂のテレパシー…! 貴方が本物のティアさん?」
(初めまして椎名さん、私はティオリアと言います。ティアという名はおーがさんが変身したこの姿の通称みたいなものです)
「初めましてティオリアさん。へー、ティアって名前も"設定"の一部って訳だね。その設定の中身とか、ヒロ男くんがこんなことになってる理由とか、もろもろ聞いても大丈夫?」
(えぇ、今回は不可抗力でバレてしまったのでお話しますね。でもくれぐれも他言無用でお願いします)
「わかった。口は堅い方だから安心して」
そしてティオリアの話が始まろうという時に、ヒロ男がぼそっと零す。
「(口は堅いのかも知れねぇけど、いざ開いたらナイフじゃねぇか…)」
「何か言った?」
「いえ何も」
ヒロ男は大人しく正座し、ティオリアが琴乃にこれまでのことを説明するのを聞くのだった。
「なるほど、化け物が出て、ヒロ男くんが死に掛けてティオリアさんがフュージョンして大勝利。でもその時に撮られた動画が拡散したことでデジタルタトゥーを警戒。魔法少女ティアという偶像を生み出し、ティオリアさんの教室での演説で"設定"を強固なものにした、と」
(えーと…、たぶんそれで合ってます)
「言い回しが独特だが概ね合ってるぞ」
「うむ…」と頷く琴乃。そしてヒロ男に哀れみの視線を向けてくる。
「ヒロ男くん…、貴方はもうちょっと命の恩人に対して敬意を払った方が良いと思う…。ティオリアさんの身体で触手に絡まれに行ったりスカートでラ〇ダーキックしたり…、私はティオリアさんの心の方が心配…」
(椎名さん…、優しい…)
「ティオリアさん、私の事は『琴乃』でいいよ。何かあったらすぐ私に言って。このろくでなしにデコピンくらいお見舞いしてやるから」
(わかりました! ありがとうございます! 琴乃さん!)
「ろくでなし…」
琴乃の辛辣な言葉に渋い表情のヒロ男。しかし変身状態のヒロ男はそんな表情ですら可愛らしく見えてしまう。琴乃はそこに喝を入れる。
「ヒロ男くん、貴方が『魔法少女ティア』として戦うなら"見せ方"をちゃんと考えて。女の子はただがんばれば良いって訳じゃないの。貴方の見せ方一つでティアちゃんの価値がプラスにもマイナスにもなるの。触手に絡まれるなんて論外。……まさかとは思うけど、おっぱい触ったりしてないよね…?」
「ぶっ!」
琴乃の鋭い言葉にヒロ男が噴き出す。それを見て琴乃が目を見開く。
「触ったの!? サイテー! この人でなし!」
「ぐぐ…、触ったこと自体は事実だから言い訳できん…」
(琴乃さん! そのことについてはもう話はついてますので! 大丈夫ですので!)
「椎名さん落ち着いて!」
ヒロ男に掴み掛かりそうな勢いの琴乃を何とか宥めるティオリアとコーセー。
しかしその時、ティオリアが遠くで嫌な気配を感知した。
(おーがさん! ラベスです! しかも二体!)
「何!? どこだ!?」
(この方角は…街中ですね…! 急ぎましょう!)
それを聞き、すぐに正座からパッと立ち上がるヒロ男。
「悪いコーセー! あと椎名も! 文句は後でゆっくり聞くから!」
「あ! おーが! 無理するなよ!?」
「わかってるよ!」
「スカートは死守!」
「わ、わかってるよ!」
各々から言葉を貰い、ヒロ男は街中を目指し大きく跳躍していった。
「……行っちゃった」
ヒロ男が跳んで行った方角を見つめ呟く琴乃。
「ヒロ男くんも、ティオリアさんも、怖くないのかな」
「…怖いと思うよ。でも、ヒロ男は自分が死ぬとしても、人助けを止めないと思う。ティオリアさんもね。あの二人似てるとこあるんだよ」
「そう…なんだね…」
琴乃は今日の事件のことを思い出す。
巨大なカラスが目の前に現れて、それから伸びるニョロ助に捕まって。
コーセーが助けに来てくれたけど一緒に捕まって、食べられそうになって…。
終始錯乱して叫んでばかりだった自分が恥ずかしくもあるが、では錯乱していなかったらあの恐怖に耐えられたか、と聞かれればそれはNOだ。あの恐怖はそう簡単に耐えられるものではない。
それがわかっているから、その化け物と戦いに行った二人はすごいと思うし、戦う力が無いくせに自分を助けようとしてくれたコーセーがすごく格好良く見えた。
お礼を言うためにわざわざコーセーの家に出向いたのはコーセーの顔を見たかったからであって、自分はこんなに単純なやつだったんだなぁと、心の中では自分に呆れている。
とりあえず今はティオリアのことが心配だ。
あんなに可愛くて良い子をあのろくでなしに任せっぱなしというのは女子として看過できない。
ろくでなしを監視し、ティオリアのケアをするには、ろくでなしの近くに居なくてはならない。それは自動的にコーセーの近くに居れるということだ。
しかしただ"居るだけ"ではどうも居心地が悪い気がする。
だから、コーセーにこの言葉を言った。
「ねぇやっ君、私に魔法教えて」
家々の屋根を跳び、跳躍しながら現場を目指すヒロ男。
途中でティオリアがある報告をしてきた。
(…おーがさん、ラベスの気配が一つ消えました)
「なに? 何があった?」
(……)
ティオリアは考え、慎重答える。
(誰かがラベスを倒すことに成功した、というのが一番クリーンですが、正直これは考えられません。あとは滅多に無いことですがラベス同士の共食いという可能性もあります。でも残ったラベスの気配が大きくなってないのでこれも考え難い…。残りの可能性は…)
「……、なんだ?」
良い淀むティオリアの続きをヒロ男が促す。
(…ゼノウィータが、そこにいた可能性が一番高いです。ゼノウィータは魔力の気配を極々小さくすることができます。その状態の奴はかなり近づかないと感知できません)
「……」
「ゴクリ…」と、息を飲む。しかし自分を鼓舞するように強気に言葉を発する。
「はっ! うまくすれば今回で戦いが終わりってことだな! 見つけたらぶっ飛ばしてやるぜ!」
(おーがさん…。…そうですね! 奴も私の魔法のダメージからまだまだ回復できてないはずです! ちゃっちゃと止めを刺して、三ヶ月のロスタイムは悠々自適に異世界バカンスです!)
互いに自分を鼓舞し、気合を入れて先を急ぐ。
すると遠くから悲鳴が聞こえ始め、声を頼りに進むと人型のラベスが人を取り込もうとしているのを目撃した。
(!!! おーが!!!)
(任せろ!!!)
ダンッ!と商店の屋根を蹴り、ラベスと触手に捕まっている人の間に身体を潜り込ませる。
「はああああ!」
ずばばばばっと手刀を繰り出し触手を切断。捕まっていた人は「ぐぇ」と呻き声を上げ落下した。
「早く逃げてください! こいつは任せて!」
ヒロ男が丁寧口調でそう言うと、捕まっていた人は「ひええええ」と悲鳴を上げながら走って行った。
(ふーーー……、よし! いくわよおーが! スタンダードな人型ラベス、さっさと片付けちゃいなさい!)
(おうよ! ルミナ☆ナイフで切り刻んでやるぜ!)
(……射線上の一般人とか建物とか切らないようにね?)
やる気満々のヒロ男にティオリアが周囲に被害を広げないように注意を促す。
すると獲物を奪われたラベスは「うがああああ!!!」と咆哮を上げ、凄まじいスピードでヒロ男に突進してきた。
(!!! 速ぇ!!!)
(おーが避けて!!!)
サッと跳んで横へ離脱しようとするも、なんとガシィと足を掴まれてしまった。
(なんだと!?)
そのまま縦に割れた腹の中に放り込もうとするラベス。腹の中からは細い触手がビュアアアアとヒロ男目掛けて伸びて来ていた。
「ルミナ☆ナイフ!」
小さく魔力を収束させ、詠唱の硬直を最小限にスパンッとラベスの指を切る。
「ぎゃああああ!」
指を切られ握力が弱まり、その隙にヒロ男が脱出。しかし今度は触手にびゅるびゅると巻き付かれ捕まってしまった。
(いやああああああああ今回もなのおおおおおお!!?)
(うひゃあああああああきしょくわりいいいいい!!!)
二人で絶叫した。叫びつつヒロ男は手刀で触手を切り刻んで脱出を試みる。
(離れろ離れろ離れろ離れろ!!!)
そして粗方触手を振りほどき、いざ離脱しようとすると今度は指を切ってない手で掴まれ捕まってしまった。
(しつけぇ!!!)
そして今度は少し多めに魔力を収束し…。
「ルミナ☆ナイフ!!!」
ズバァンッとラベスの手首を切断。
「ぎゃああああああ!!!」
大きく悲鳴を上げるラベスを放置し、ヒロ男は一旦大跳躍でラベスから距離を取る。
(はぁ…、はぁ…、何だあいつ、前のより強くねぇか?)
(ラベスは取り込んだ生き物が多ければ多いほど強くなるの。あのラベス、おそらく何人か取り込んでるわ。早く倒して救出しないと…)
(く…! まじかよ…! 悪食野郎め…!)
ふわぁとラベスの遠くまで跳んで行き、トッと着地。
(どうするの? 今までは近接でもギリギリ何とかなってたけど、あのレベルのラベスに近接は自殺行為よ)
遠目に見えるラベスは切り落とされた手首を触手で繋ぎ合わせ、何事も無かったかのように手をグッパッグッパッと動かしている。腹の触手もまた生えてきたようで、にょろにょろしてるのが見える。
ティオリアの言う通り、"あれ"に近づくのはかなり危ないかもしれない。
(よし、コーセーの助言を使う時が来たな)
ヒロ男はそう言うと、足元の石を拾った。
(え、おーが、貴方まさか!)
ティオリアが何か言っているのを置いておいて、ヒロ男は石に魔力を込めコーティングする。そして…。
(そおおおおおおい!!!)
身体全体を使い腕を鞭のようにしならせ、ビュンッ!と投石した。その瞬間ドンッ!という、石ころが空気の壁を突き破る激しい音が響き、周囲の商店の窓ガラスがミシミシ音を発する。
放たれた石はラベスの足に直撃し、バカアアン!と肉を弾けさせ貫通。大穴が開いた足では巨体を支えられず、ゴロンとラベスが転倒する。
(よっしゃあああ!!! さすがコーセー! 最高だぜ! 『ルミナ☆スロー』と名付けよう!)
(ちょちょちょちょっと待って何で投石でソニックブーム起こしてんのよバカなんじゃないの!? それに何で石ころでラベスの体表を貫通できるのよ!?)
(石に魔力込めてやったからな! "半魔力弾"だぜ!)
大混乱のティオリアへの返答はそこそこに、ヒロ男は止めの準備に取り掛かる。
「ルううミいいナああああ☆!!!」
ヒロ男が詠唱を開始すると周囲に光の粒子が現れ、残光を残しながら急速に渦を巻きヒロ男に集中していく。光の粒子の輝きがどんどん増していく。
「ストラあああああああああああイク!!!!!」
ドオオン!とラベスに向かって射出されるヒロ男。右足をラベスに向け一直線に伸ばし、閃光となってラベスを突き破る。
ズザアアアアア!と格好良く着地し、バッとすぐに立ち上がりポーズを決めるヒロ男。その背中の向こうでは体に大穴を開けられたラベスに急激に光が集まり、ドカアアアアン!と爆発四散した。
(よし! 少し梃子摺ったけど何とか撃破だな!)
(はぁ…、おーがさん、投石に関してはコーセーさんと相談しましょう…。ソニックブームは危ないです…)
(む…? そうか…、確かにガラス割れそうだったからな…、わかった)
勝利の後の脳内会議をする二人。すると"いつもの声"が割り込んで来る。
「ティアさんお疲れ様! 素晴らしい投石フォームだったよ! 美しかった!」
馬鹿だった。性懲りもなくスマホを構えて動画撮影をしている。
ヒロ男は額に手を当ててため息を吐く。
「また貴方ですか。どこにでも現れますね」
「ティアさんのいるところにならどこにでも行くさ☆」
それを聞き、精一杯可哀想な物を見る目で見てやると、「あぁその表情も美しい」と呟き出したので無表情にした。
(ティオリア…、こいつ本当にそのうち死ぬんじゃないか…?)
(可能性はありますけど、私たちにはどうすることもできません…。無事を祈るしか――あ、おーがさん、四散したラベスの魔力が再構成されていきますよ。出現から撃破までの時間が短かったので取り込まれてた人も全員無事なはずです)
(お、そりゃ良かった。がんばった甲斐があるな!)
ティオリアの報告を聞き、ラベスが爆発四散した場所を眺める。
すると、ぱぁ…、と光が集まり、光が人の形になってバラバラと並び始めた。
(ひーふーみー……十五人か…だいぶ取り込まれてたな)
(えぇ、あの強さも納得です。でもこの人たち身体に妙な模様がありますね? 魔力から再構成された後にも模様が残るなんて…、魂に刻まれるほど、よっぽど大事な模様なんですね)
ティオリアの言葉でヒロ男も気が付いた。ラベスを倒して魔力から再構成されたこの人物たち、全員厳つい入れ墨をしているのだ。
(………ティオリア、こいつら、ヤクザだ…、反社会組織の人間だ…)
(…! …なるほど。ゼノウィータ…、考えましたね…)
ティオリアが深刻な声色でそう言い、すぐに切り替えるように言葉を続ける。
(とりあえず私たちにできるのはここまでです。あとはこの撮影してる人に任せて帰りましょう)
(賛成だ、帰ろう)
「あの、私は帰るのでこの全裸の人たちのことは任せますね? 頼みましたよ?」
「ティアさんからの頼みなら喜んでお引き受け致しますぅぅ!!!」
気持ち悪い返答に顔が引き攣るが、使いようによっては便利かもしれないと、馬鹿への評価を少しだけ改めた。
そして家々の屋根を跳躍しながらコーセーのいる緑地公園へ向かうヒロ男。
ティオリアから質問が来た。
(そういえば今回は触手に絡まれた時おーがさんも叫んでましたね。いったいどうしたんですか?)
(えーと、んー…)
言うか悩んだが、"お触り事件"にも関係することなので、隠すのは違うと思って話すことにした。
(コーセーの部屋で魔力を感じる練習してた時にさ、俺が感じてるそわそわをティオリアが感じてるように思えなくて、その違いって何かを深掘って考えてたんだ。そして最終的に、俺は変身時の女子の身体を拒絶してるから魔力を感じられないし、女子の身体のパーツに魂が過剰反応するんだって気づいた。だから、変身時だけは女子の身体であることを認めようって思ったんだ。そしたら魔力を感じられるようになって、そわそわも消えた)
(そうだったんですね…、でもそれが叫びとどう関係が?)
(たぶん今、ティオリアの身体と俺の魂の波長みたいなものが前より合ってるんだと思う。そのせいか触手に触られた時背筋がぞわぞわした。ティオリアがああいうのを嫌がる理由がよくわかったよ)
ヒロ男の話を聞き、ティオリアがクスクス笑い出す。
(いつもうるせぇ!って言ってたおーがさんが一緒に叫んでくれたので何事かと思いましたけど、そういう理由だったんですね。私の気持ちがわかって貰えたんなら胸を揉ませた甲斐もあったのかもしれませんね?)
(だからごめんて! あんまり引っ張るとさすがの俺も泣くぞ!?)
(ふふふ、冗談ですよ♪)
ヒロ男は嘆き、ティオリアはクスクスと笑う。
時々ハプニングはあるが、ティオリアはこういう時間がとても心地良いと感じるのだった。




