第3話 英雄の矜持(ルミナ☆ナイフ)
「ふあああああああああぁぁぁぁ、良く寝たぜ」
朝、ヒロ男は大きく伸びをし立ち上がる。
(おはようございます凰我さん。意外に早起きなんですね?)
「……、やっぱり夢じゃねぇのか…」
ティオリアの声を聞いた途端、重しを乗せたかのように身体が重くなった気がした。
(ちょっと! おはようって言ってるんだから返事してよ!)
独り言を言って返事を返さなかったことにティオリアがプリプリ怒り出す。
「ごめんて、おはようティオリア。朝から元気だな」
(魂だけの状態だから眠くならないの。今日の夜は何か暇つぶし出来るものを用意してから寝てください)
「えぇ…、面倒な幽霊だな…」
(幽霊じゃない!!! せめて天使と呼んで!)
頭の中から聞こえる声と言い合いをしながら階段を下りるヒロ男。
サッと顔を洗い、リビングに行くと体格の良い男性、ヒロ男の父がスマホを見ながらパンを食べていた。
「おはよう親父。今日はパンなんだな」
「んぐ…、おはよう凰我。昨日帰りが遅くて即行寝ちまったから何も準備してなかったんだ。たまには簡単でいいだろ?」
「あー…、俺もすぐ寝ちまったからなぁ。悪いな親父、何か準備しとくんだった」
「バカ言え、お子ちゃまはそういうの気にしなくていいんだよ。そういうのは未来の嫁にしてやれ」
そう言いながらヒロ男にパンの入った袋をポイッと投げてくる父。
ヒロ男はそれを受け取りながら苦笑いする。
「気がはえぇよ、彼女なんていねぇし」
「全く、お前ってやつは…。ティオリアちゃん、こいつに彼女できるように揉んでやってくれないか?」
(えーと…、ちょっと私には荷が重いですね)
「……………、は!?????? ちょっと待て! 何普通に会話してんのあんたら!」
突如始まった父とティオリアの絡みに一瞬理解が追い付かなかったヒロ男。
そんなヒロ男に父がため息を吐きながら話す。
「凰我よ、幽霊だろうと異世界人だろうと、お客さんが来たら家族に紹介するもんだ。その責務を放棄してぐっすり寝ちまうとは…。俺は悲しいぞ…」
(昨晩お父さまが凰我さんの部屋の前を通った時にご挨拶しておきました! あの距離ならギリギリ声を届けられますので!)
「な…ん…??? え…??? は???」
意味不明な説教を始める父と、ヒロ男が寝てる間に勝手に自己紹介をしていたティオリアに挟まれ大混乱のヒロ男。
「いやな? 俺も廊下歩てたら突然可愛い声が聞こえて腰抜かしそうになったんだがよ。話してみたら物腰柔らかい良い子じゃねえのよ。とりあえずその時は俺も疲れてたから簡単に話しただけなんだがな? 今日廊下歩いてたらまた挨拶して来てくれてよ。いや~ティオリアちゃんみたいな子が家に居てくれるとパーッと空気が明るくなるよな!」
(ふふふ、褒めても何もできませんよ? それとさっきは話の流れ上スルーしましたけど、私のことは幽霊ではなく天使と呼んでください)
「はっはっはっはっはっ! こりゃすまなかった! 可愛い天使様の頼みなら仕方ねぇな!」
結局その後も父とティオリアは楽し気に会話に花を咲かせ、ヒロ男は混乱した頭でパンをもぐもぐ食べた。
「じゃ、俺は行くぞ。二人で仲良くな」
(いってらっしゃいませ、お父さま)
「いってらっしゃい…」
挨拶を交わし、父は仕事へ。
リビングから出て行く父を見送り、再びズゥンと身体の重さを感じたヒロ男。「はぁぁぁぁ」とため息を吐く。
「どこまで話した?」
(変身と戦い以外は話しました。凰我さん、男らしさに拘っていたようなので)
拘っていなかったら話していたのか…、と少しヒヤッとする。
「…親父には余計な心配掛けたくないんだ。戦いに関してはこれからも話さないでくれると助かる」
(…家族思いなんですね)
「男手一つで育ててくれてるんだ。心労は少ない方が良いだろ?」
ヒロ男の話を聞き、ティオリアは一つ疑問が湧いた。
(お母さまについては…聞いても大丈夫ですか…?)
「6年前に病気で死んだ」
ポンと一言。
(……そう…ですか…)
続ける言葉に悩み、こんな言葉しか出なかった。
ティオリアの困惑を感じ取ったのか、ヒロ男はリビングの椅子から立ち上がり、隣の部屋へ入る。
そこには小さな仏壇があった。
ヒロ男は仏壇の前に座ると写真立ての中で微笑む優し気な女性に話し掛ける。
「母さん、紹介するよ。異世界人のティオリアだ。自称天使の変なやつだけど、三ヶ月間一緒にいることになった」
それを見て、ティオリアも言葉を重ねた。
(初めましてお母さま、ティオリアです。三ヶ月間、こちらにお世話になることになりました。よろしくお願いします)
ティオリアの言葉を聞きながらヒロ男は優しく微笑み、手を合わせて目を閉じた。
「で、俺は遠距離攻撃のイメージが全く湧かん。助けてくれコーセー」
「何でティオリアさんじゃなくて俺に言うんだよ…」
家を出て、丁度同じタイミングで隣の家から出てきたコーセーこと夜久輝星と挨拶を交わし、昨日の戦闘で大問題になった遠距離攻撃について助けを求めるヒロ男。
昨日は戦いの後コーセーの部屋に戻ると既にコーセーの両親が帰宅していて、そこであまり変な話もできないのですぐに帰宅したのだ。そして即行で寝落ちした。
(お願いしますコーセーさん。ラベス相手に遠距離攻撃無しというのは死活問題なんです。さっき少し凰我さんとも話したんですが、この人本当に脳筋で…)
「あの…、もうちょっとオブラートに包んで貰っていい…?」
ティオリアの切実な雰囲気の言葉に紛れるナイフにヒロ男の顔が引き攣る。
コーセーは「うーん…」と考え、パッと思いつく魔法っぽい遠距離攻撃の例を挙げていく。
「かめ〇め波とか波〇拳とか、スペシ〇ム光線とかエメリ〇ム光線とか、霊〇とか虚〇とか、あとはアニメドラ〇エのベギ〇マとか、俺が思い付くのはこれくらいかなぁ」
「何だその暗号群は…、最初の数個しかわからんぞ…」
(コーセーさん、それって魔法の名前なんですか?)
難しい顔のヒロ男。そして純粋に質問するティオリア。
コーセーはヒロ男が遠距離攻撃のイメージができない理由を何となく察した。
「そういえばおーがって、漫画とかアニメとかあんまり見ないよな。ゲームもしないし。ティオリアさん、今俺が挙げたのは全部この世界の娯楽作品の中の技なんだ。気とか霊気とか妖気とか魔法力とか、全部その作品の中の主要エネルギーを放出して攻撃する技だよ」
(へー! コーセーさん! その作品見てみたいです!)
ティオリアが未知の娯楽にがっつり食い付いた。その声の弾み方にコーセーは微笑ましい気持ちになる。
「うん、じゃあ学校から帰ったら家で鑑賞会しようか。おーがのイメージトレーニングも兼ねてね」
(やったー!)
「…かめ〇め波…、波〇拳…、スペシ〇ム光線…」
喜ぶティオリアとは対照的に、ヒロ男はブツブツと技名を呟いて難しい表情だ。
「おーがのヒーロー像って特撮だったよな? ウ〇トラマンなんて光線技のオンパレードだぞ? 何でイメージできないんだよ」
コーセーが疑問を投げると、ヒロ男は神妙な表情になって答えた。
「ウ〇トラマンはもちろん理想のヒーローの一つだ。でもあれはちょっと現実離れが過ぎるというか…」
「仮面ラ〇ダーは? あれも一応遠距離攻撃あるぞ?」
「あれは武器頼りじゃねぇか…」
「はぁ…」とため息を吐くコーセー。この日色凰我という男、現実の身体能力が高過ぎるが故に娯楽世界のイメージの投影を強烈に拒んでいるらしい。
「石を投げろ」
「は?」
コーセーの唐突な指示に困惑するヒロ男。
「魔法っぽい遠距離攻撃のイメージが湧くまでの繋ぎだよ。お前野球ボール150キロで投げられるんだから変身状態なら相当な威力になるはずだ」
「確かに!!!」
嬉しそうに両手でガッツポーズするヒロ男。
それを見て少し嫌な予感がしたコーセー。一応釘を刺しておく。
「おーが、"繋ぎ"だぞ? 間違っても投石を極めようとするなよ?」
「わかってるよ! 投石で削ってルミナ☆ストライクで止め刺せば良いんだろ!? 完璧な"繋ぎ"だぜ! さすがコーセー! 頼りになる!」
繋ぎの意味を取り違えている。まずい。
「おーが、遠距離攻撃にはバリエーションも重要だ。投石の他にもいくつか技があった方が良い。だから今日は帰ったら鑑賞会だよ。絶対だよ」
「? あぁ、ティオリアも観たがってるしな。助っ人さっさと終わらせてコーセーん家行くよ」
念を押してくるコーセーに首を傾げつつも鑑賞会を了承するヒロ男。
コーセーは内心「まずったなぁ」と思いつつも、とりあえず鑑賞はしてくれるそうなので、「おーがのイメージ修正に関してはその時で良いか」、と今は問題を横に置くことにした。
(コーセーさん、安心してください。遠距離攻撃魔法はしっかり習得して貰いますので)
「ティオリアさん、頼りにしてるよ」
「???」
ティオリアのコーセーの会話の意味がわからずキョトンとしているヒロ男。
コーセーはそんなヒロ男に苦笑いし、二人は並んで学校へと歩いていく。
学校に到着し、二年生の教室がまとまる二階へ向かうヒロ男とコーセー。階段を上がった目の前の部屋がコーセーの教室なので、コーセーとはここで一旦お別れだ。
「じゃ、おーが、家で待ってるからな。絶対来いよ」
「わかってるよ、心配性だな。じゃ、またな」
そう言ってヒロ男は廊下を進む。
「おーが!」
咄嗟にコーセーがヒロ男を呼び止める。
「ん? どうした? 何か言い忘れたか?」
振り返るヒロ男に、コーセーはこの言葉を贈った。
「"がんばれ"よ?」
「? あぁ、サンキュ。じゃあな」
コーセーの言葉の意味が一瞬よくわからなかったヒロ男だったが、すぐに戦い全般の件だろうと思い、素直にお礼を言う。そしてまた二つ隣の自分の教室へ向かい歩き始めるヒロ男。
ヒロ男は勘違いしていた。コーセーの"がんばれ"は、ヒロ男が教室に入った瞬間に訪れる"受難"に対する言葉だったのだ。
コーセーと別れ廊下を歩くヒロ男。そんな彼を、周りの生徒たちがチラチラ横目に流し、どこからかヒソヒソと声が聞こえる。
(……、凰我さんって人気者ですか? 学校に入ってからずっと、皆さん凰我さんのこと見てますよ?)
(人気なのはむしろティオリアの方だな。………はぁ、昨日の動画、拡散してるんだろうなぁ…。気が重い…)
教室に入ったらきっと"何人か"に根掘り葉掘り聞かれるんだろうなぁと思うと、とても憂鬱な気分になるヒロ男。
(ちなみに今のこの会話って周りに聞こえてたりは……)
(安心してください。話し掛ける対象は選べますので、今私の声が聞こえてるのは凰我さんだけです)
(良かった)
ティオリアの器用な対応に感謝しつつ、ヒロ男は教室へ入った。
「!!! 来たぞ皆!!! ヒロ男だ!!!」
((!???))
教室に入るや否や誰かの声が響き、クラスメイト達がドバァっとヒロ男に群がって来る。
「ヒロ男!!! 誰だあの美少女は!!! あの動画はなんだ!?」
「ヒロ男!!! お前変身できるのか!? ついに本物のヒーロー的な力に目覚めたのか!? だが何故TSなんだ!?」
「ヒロ男くん!!! どこかの芸能事務所にでも入ったの!?」
「ヒロ男くんタレントになるの!? サインして!!!」
「な…ななな……」と困惑するヒロ男。そして(やっぱり大人気ですね)と呑気な声が頭に中に響く。
「あの美少女を紹介しろヒロ男!!! 一目惚れした!!!」
「落ち着け! あれはヒロ男かもしれん!」
「お前が落ち着け!」
「あれってどうやって撮影してるの!? あの女の子嫌がってなかった!?」
「素材良いんだから仕事選んでって伝えてあげて! そしてサイン貰って来て!!!」
好き放題言葉を投げてくるクラスメイトたち。そして次の言葉がヒロ男に更なる衝撃をもたらす。
「魔法少女"ティア"ちゃん最高ー!!!」
(!!!!!)
その名を知っているということは昨晩の戦いの動画も拡散しているということだ。あの馬鹿はやはり喜々として動画を投稿したらしい。
イラッっとした。
「うるせえええええ!!!!! 一気に捲し立てんじゃねぇ!!! 俺は冒頭だけ撮影を手伝っただけだ!!! その後のことは何も知らん!!!」
周囲から「えー!?」やら「ぶーぶー!!!」という声が沸き上がる。
「あー!!! あー!!! 俺はもう何も喋りません! 何聞いても無駄だからな! 何も聞こえなーい!」
ヒロ男は纏わり付くクラスメイトたちを強引に掻き分け自分の席に着き、机に顔を埋める。
「ヒロ男頼む! あの子の名前を教えてくれ!」
「変身を見せてくれヒロ男!」
「ヒロ男くんサイン!」
尚もヒロ男に群がるクラスメイトたち。しかしヒロ男はその全てを無視し机に蹲る。
「ヒロ男!」「ヒロ男ぉ!」「ヒロ男くん!」
この騒ぎはホームルームが始まるまで続くのだった。
窓際の席でぽけーっと窓の外を眺めるヒロ男。教壇では国語教師が催眠の呪言を唱え、それに飲まれた数名の哀れな生徒たちが机に沈む。
現在三限目。今日の授業は五限までなので、昼休みを含めればやっと折り返しといったところだ。
(外では一組の連中が体育か…。コーセーは…、…いた。相変わらず足はえーなあいつ)
ヒロ男の視線の先には50m走の練習をするコーセーの姿があった。数人のグループに分かれて練習しているようで、コーセーはそのグループ内で頭二つ分くらい跳び抜けて足が速い。
(へー、コーセーさん運動神経良いんですね)
(あいつ昔から足の速さだけは俺とタメ張ってたからな。俺より小さいくせに)
様々なスポーツで全国区レベルのスペックを誇るヒロ男。もちろん短距離走も全国区だ。コーセーはそんなヒロ男に足の速さだけは引けを取らなかった。
当然陸上部からコーセーにラブコールが行っていたのだが、コーセーは「俺は勉強の方が性に合ってるから」と断り、小学生から今までずっと帰宅部をやっている。
(俺が言うのも変な話だけど、あいつも部活入ったら絶対すげえ活躍してたと思うよ)
(そうなんですねぇ。……凰我さんも部活というのに入らずフラフラしてるんですか?)
ティオリアが素朴な質問をしてくる。それを聞き、そう言えば学校での話はほとんど話していないことに気が付く。
呪言を聞くよりティオリアと話していた方が有意義だと感じ、簡単に説明することにした。
(俺はガキの頃からヒーローに憧れててさ。幼心に「ヒーロー=強靭な肉体」って思ってたのよ。で、いろんなスポーツを齧って自主トレなんかもやってたら、いつの間にか全スポーツで全国大会行けるレベルになってた)
(ふむふむ、…ふむ? それがどうフラフラに繋がるんです?)
それなら部活とやらに入ればいいではないかと疑問に思うティオリア。
(俺がなりたいのはスポーツマンじゃなくてヒーローだ。だから特定の部に入らない代わりに流れの練習相手ってことで全部活動に貢献することにした。もちろん中には嫌な顔する先輩や先生もいたけどさ、全部実力で黙らせてきた。コーセーみたいに頭良ければもっと穏便にできたんだろうけど、俺にはあれが限界だった。だから部活動の助っ人は絶対に手を抜かない。俺の存在でその部活に喝が入って強くなってくれれば、俺のフラフラの意味もできるだろ?)
(なるほど……)
ヒロ男の自分語りを静かに聞いていたティオリアは、一言だけ返すと黙ってしまった。
ちょっと話過ぎたか?とヒロ男が心配に思っていると、ティオリアが話し出す。
(凰我さん、昨日の最初の戦闘の時に私が言った『ちっぽけなプライド』という言葉の謝罪をさせてください。昨日から今まで貴方の為人を見てきましたが、理想のヒーローらしくあろうという貴方の志はとても尊いものです。他人の私があんな言葉で貶していいほど軽いものでは無かった。本当にすみませんでした)
(ティオリア…、おまえ…)
突然の謝罪に少し困惑するヒロ男。ヒロ男自身あの時の自分には「何もたもたしてやがる!」と罵声を浴びせたい気持ちなのだ。しかしティオリアはそのもたつきの原因を"尊いもの"という言葉で救い上げてくれたのだ。
何か、返事をしなければ。そう思い、適切な言葉を一生懸命脳内検索する。
その時。
(!!! 凰我さん! ラベスです! こっちに接近中!)
(なんだと!?)
突然ティオリアが慌て出し、ラベスが近づいていると報告してくる。
ぶわぁぁぁぁぁぁ………
(く…! この嫌な感じは…!)
(ラベスの魔力です! あ…! 凰我さん上を見て! ラベスを視認しました!)
言われた通り窓から上を見ると、巨大なカラスが校庭へ降下していく姿が目に飛び込んで来る。
「きゃあああああ!」「なんだあれ!!!」「逃げろおおおお!!!」
校庭から生徒たちの悲鳴が響く。
「いやあああああああああ!!!!!」
ひと際大きな悲鳴が上がる。巨大ガラスの腹からわらわらと伸びた触手に女子生徒が捕らえられてしまったのだ。
「放せええええ!!!」
コーセーが巨大ガラスに接近し、女子生徒の救出を試みる。
「ばか! コーセー!」
(いけない!!!)
巨大ガラスはあろうことかコーセーまで触手で捕まえ、大きな翼を羽ばたかせ高度を上げていく。
(ティオリア! 行くぞ! 変身だ!)
(え!? でもここで変身したら…!)
ティオリアは一瞬躊躇した。
ヒロ男はずっとティオリアの写身への変身がバレるのを嫌がっていた。それはただ嫌なわけではない。ヒロ男のヒーロー像は彼の生き方そのものにかなり深く根ざしている。女の子に変身するということは、そのヒーロー像にひびを入れてしまう行為なのだ。
ティオリアはさっきそれを理解した。もし、クラスメイトたちが集まるこの教室で変身したら、彼の心に消えない傷をつけてしまうかもしれない。
しかしヒロ男が一喝する。
(んなこと気にしてる場合か!!! ヒーローは自分の都合で人を見捨てることはしない! ティオリア! "おまえが教えてくれた"ことだ!!!)
(!!!!!)
ヒロ男の叫びがティオリアの心を強く揺さぶった。同時に、不思議な安心感が広がる。魂をお邪魔させてもらっている相手がこの人で良かったと、心の底から思った。
(わかりました…! いくわよおーが!!!)
(おう!!!)
その瞬間ヒロ男は眩い光に包まれる。
「なんだ!?」「ヒロ男が光り輝いているだと!?」
「これって動画の…!」「え!? ヒロ男くんマジなの!?」
教室中から騒めきの声が上がる。そしてヒロ男を包んだ光が消えると、そこにはふわっとした衣装に身を包むとんでもない美少女が立っていた。
「ティアちゃんきたあああああ!!!」
「でもヒロ男だぞ!?」
「え!? 依り代なんじゃないの!?」
「『#魔法少女ヒロ男』は本当だったんだ!!!」
「『#魔法少女ティア』だろうがよおおお!?」
教室は大混乱である。
ヒロ男は混乱するクラスメイトたちを無視し、窓を開け、今まさに目の前を通過しようという巨大ガラスに跳び移るため、足に力を込める。
と、その前に、クラスメイトたちに言っておかなければならないことがある。
ヒロ男はクルっとクラスメイトたちに向き直り、叫んだ。
「私はティアです!!! 凰我は依り代!!! 以上!!!」
それだけ言い残し、『魔法少女ティア』となったヒロ男は窓枠を蹴り、巨大ガラスへ大跳躍していった。
「いやあああ!!! 助けて!!! 助けてえええええ!!!」
「椎名さん! 落ち着いて!」
盛大に取り乱すクラスメイト『椎名 琴乃』を何とか落ち着かせようと、必死に声を掛け続けるコーセー。
琴乃は巨大ガラスの腹から生える触手にぎゅううっとがっちり巻き付かれ、それから逃れようとじたばたと足を動かしている。
コーセーも触手にがっちり巻かれ、自力での脱出は絶望的な状況だ。
(どうする…!? ティオリアさんが取り込まれたら分解されるって言ってたけど、取り込まれるってどういう状態のことを言ってるんだ!? 今もある意味取り込まれてるけど分解されてる様子は無い――)
ずる…
「きゃああああ!!!」「うわ!」
触手が少し伸び、巨大ガラスから少し下にぶら下がる状態にされた。コーセーが巨大ガラスの方を見ると、腹がぐばぁ…と縦に割れ、中から細い触手がわらわらと溢れ出した。
(な、なるほど…。あの中に取り込むってことね…)
そのあまりにグロテスクな光景に血の気が引いていく。
そしてその細い触手はあろうことか琴乃に巻き付いていく。
「いやあああああ!!! いやああああああ!!!」
「やめろ!!! 取り込むなら俺からにしろ!!!」
触手はある程度琴乃に巻き付くと、グイィと上へ引っ張り上げていく。
上昇しつつ、更に触手がくるくる巻き付いていく。
琴乃が引っ張り上げられるその先は腹の割れ目の中だ。
「いやあああああああ!!!!!」
「やめろおおおおお!!!!!」
二人が叫ぶ。その時。
「コーセーーーー!!! …さん!!!」
べしゃああああ、とティオリアの姿のヒロ男が飛んで来て琴乃を引っ張る触手にしがみ付いた。
「きゃああ!!!」
「おー…ティアさん!?」
「助けに来ました! あと少しの辛抱です!」
ヒロ男は琴乃の背中に乗り、上からわらわら迫る触手群を凄まじいスピードの手刀で切り刻んでいく。
「はあああああ!」
その勢いのまま二人を拘束している触手にも手刀を叩き込み拘束を解く。吊り上げ張力を失った三人は地面へと落下していく。
「きゃああああああああ!!!!!」
「ティ! ティアさああああん!?」
「大丈夫です!!!」
空中で二人を器用に抱えるヒロ男。
そして。
どおおぉぉん
重い落下音を校庭に響かせ、ヒロ男は無事に着地に成功。
「二人とも大丈夫!?」
すぐに抱えた二人に安否確認を取る。
「………」
「ありがとう、俺は大丈夫。椎名さんは気絶したみたいだ。俺が運ぶ。お…ティアさん、あとは頼んだ」
「任せてください輝星さん! あんな鳥ぶっ飛ばしてやります!」
グッと、片手で力強いガッツポーズを取るヒロ男。
美少女姿でそのポーズを取ると何故か非常に可愛く見える。本人にはとても言えないが。
とりあえず琴乃を抱え、すぐさま移動を開始するコーセー。
校舎へ走りつつ、コーセーは思う。
(昨日変身を見てなきゃ絶対におーがだって信じられないな…。女性口調上手すぎだろおーが…)
"演技力"という、親友の意外な才能に困惑するコーセーであった。
(……よし、あそこまで行けば大丈夫だろ)
(えぇ! あとは私たちが"あれ"を片付けるだけよ!)
上空の巨大ガラスを見るヒロ男。巨大ガラスは大きく円を描きながら滞空し、ちらちらとヒロ男を確認しているようだ。
(なぁティオリア、学校の他のやつらが狙われたら結構厄介だぞ? どうすればいい)
横目に校舎を見ながらティオリアに尋ねる。校舎の中の生徒たちは「ティアちゃーん!」「可愛いー!」「がんばれー!」などとヒロ男に声援を送ってきている。
(大丈夫よ。ラベスの攻撃対象は魔力を多く保持している生き物、つまり私たちが現れた時点で他の人は眼中に無いわ)
(そりゃ好都合だ。校庭の中央で戦えば建物への被害も抑えられる)
情報を受け取り、ヒロ男はタッタッ!と軽やかにステップし、校庭の中央へ立ち位置を変更。上空の巨大ガラスを睨みつける。
(で、おーが、どうやって攻撃するの?)
(………)
ティオリアの質問を受け、サッと周囲を確認してみる。
さすが校庭だ。生徒が走り回っても怪我をしないように石ころ一つ無い。
(……カウンターとか?)
(貴方ねぇ…)
ティオリアのため息が聞こえてきそうな雰囲気だ。
しかしティオリアは新しい情報を提供し出した。
(いい? 今の貴方は無意識に身体強化魔法を使ってる状態なの。それの延長線上の技術で空中を自在に移動することができるわ)
(は? 強化で…空中移動? どういうこった?)
突然の魔法講座にヒロ男が混乱し出す。
(深く考えちゃダメ! おーが! 貴方は飛べるの! 鳥なのよ! レッツ☆フライ!)
(いきなりIQ下がり過ぎてねぇか…?)
ともあれ、せっかくティオリアが案を出してくれたのだ。とりあえずがんばって飛ぶイメージをしてみる。
(飛ぶ…飛ぶ…、羽ばたくのか…? それともア〇ムみたいにジェット噴射…、そんなの出ねぇよ…。ウ〇トラマンみたいにピーンと両手伸ばしてジャンプしてみるか? ……恥ずかしすぎるぞそれ…。ドラゴ〇ボールではふわふわ浮いてた気がするな。…あれってどうやって飛んでるんだ…?)
(おーがああああ!!! 深く考えるなって言ってるでしょうがあああ!!!)
ヒロ男が混乱し、ティオリアが頭を抱えてそうな声で叫ぶ。
その時、目の前にぶわっと触手が現れた。思考していて完全に棒立ちになっていたヒロ男目掛けて巨大ガラスが急降下して来ていたのだ。
(!!!!!)(しまった!!!)
急いで体制を立て直そうとバックステップするもそれは悪手で、空中で足の踏ん張りの効かないヒロ男に大量の細い触手がビュルビュルと巻き付き、そのまま上空へ連行されてしまう。
(いやあああああまたなのおおおおお!!!?)
(だぁぁうるせえな! ほんとに毎回叫ぶ気かよ!?)
触手に絡まれ空中を運ばれるヒロ男の姿に校舎の生徒たちからは悲鳴が上がる。
「はあああ!」
ズババババッと手刀で触手を切り刻み、何とか拘束から脱出するヒロ男。そしてそのまま触手を掴んで巨大ガラスの本体へ登っていく。
(ちょちょちょちょちょ!!! おーが!!! あぶない!!! あぶないわよ!!! 捕まったら一瞬で取り込まれちゃうわよ!!!)
(近づかなきゃどうにもなんねぇだろうが! それに、ちょっと新しい技思い付いたんだよ!)
(わ、技ぁ!?)
巨大ガラスの腹から大量に湧き出す触手を手刀でギリギリ捌きながら巨大ガラスの足まで到達。そして一気に背中まで移動し、"詠唱"を開始。
「ルミナぁぁ☆!」
するとヒロ男の右腕に魔力が集中し、ぱぁぁと輝き出す。
巨大ガラスは詠唱中の硬直を見逃さず、ヒロ男を捕まえようとビュルビュルと大量の触手を差し向ける。
しかしヒロ男の方が早い。
「ナあああああイフ!!!」
ビュンと振り抜かれた右手が、ズバアアアン!と巨大ガラスの片翼を切り飛ばした。
「キアアアアアアアアアアア!!!」
巨大ガラスが悲鳴を上げ校庭へ落下していく。
ヒロ男は軽く巨大ガラスの背を蹴り距離を開ける。
(よっしゃあああ! これなら回避行動は取れねぇだろ! 止めだぜ!!!)
(威力が…威力がおかしい…)
手刀の範疇を完全に超えた威力の攻撃にドン引きするティオリアを余所に、ヒロ男は決め技の準備に取り掛かる。身体の周囲に光の粒子が現れ、残光を残しながら急速に渦を巻き、ヒロ男に光の粒子が集中する。
「ルううミいいナあああああ☆!!!」
落ちていく巨大ガラスに狙いを定めるヒロ男、そして光の粒子がその輝きをどんどん増していく。
「ストラあああああああああああイク!!!!!」
ドオオン!と巨大ガラスに向かって射出されるヒロ男。右足をラベスに向け一直線に伸ばし、閃光となって巨大ガラスを突き破る。
ズガアアン!
「キア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!?」
ドオオオン!と格好良く着地し、ポーズを決めるヒロ男。上空では体に大穴を開けた巨大ガラスに急激に光が集まり、ドカアアアアン!と爆発四散した。
ス…と立ち上がるヒロ男。今回の技の組み立てには大満足で、「ふふん!」と得意げに頷いた。
校舎からも「ティアちゃああああん!」「かっこいいいいい!」「かわいいいいい!」「結婚してくれええええ!」などの声援が届く。
しかし校門の近くから予想外の声が掛かる。
「ティアさん! お疲れ様! 今回もすごく可愛かったよ!」
「えぇぇぇ…、なんでぇぇぇ…?」
馬鹿だった。スマホを構えた馬鹿が校門に立って動画撮影をしている。
いったいいつからそこに居たのか、戦っている最中は全く気が付かなかった。
「あの…、私が戦ってる化け物はすごくあぶないので…、貴方そのうち死にますよ?」
「ティアさんの近くで死ねるなら本望です!」
「迷惑ですのでやめてください」
「あぁ…、蔑む表情も美しい…」
精一杯の警告のつもりだったが気色悪い返答をされ表情が引き攣る。
(まずいぞティオリア。これ以上こいつに関わると俺はこの馬鹿を殺してしまうかもしれん)
(我慢してください。私だって動画撮られるのは恥ずかしいんですからね?)
(ぐぐぅ…)
とりあえずこれ以上関わりたくないので放置して校舎へ向かうことにしたヒロ男。
「ティアさん! 応援してます! がんばってください!」
背後で馬鹿が何か言っているが、ヒロ男は無視して校庭を歩いた。
(さて、クラスの連中にはどんな言い訳しようかねぇ)
(やっぱり何も考えてなかったんですね…)
歩きながら言い訳を考えるヒロ男。しかし良い言い訳は思いつかない。
(……よし。凰我さん、少し私に任せて貰えませんか?)
(ん? 任せるって?)
何かを決意したかのような雰囲気のティオリア。
(変身状態のまま教室に戻りましょう。凰我さんは何も喋らないでください。私が何とかします)
(………、わかった、任せる)
そう言葉を交わし、ヒロ男は歓声鳴り止まぬ校舎へ近づき、跳躍して二階の教室へ戻った。
「ティアちゃん帰ってきたあああああ!!!」
「おかえりティアちゃん!!!」「絡まれてたけど大丈夫たったの!?」
「待て!!! ヒロ男かもしれん!!!」
「お前いい加減落ち着けよ」「どっちでもいいだろうが!」
好き勝手なことを言ってくるクラスメイトたち。軽く文句を言いたい気分だが、ティオリアに喋るなと言われている。信じて待つ。
するとヒロ男の表情筋が"勝手に"動き出し、微笑んだ。
「皆さん、今回は驚かせてしまって申し訳ありませんでした」
"勝手に"声が出た。首から上のコントロールが効かない。
(ティ、ティオリアが喋ってるのか!?)
(はい。かなり疲れますが、少しこのまま顔の操作を借りますよ)
「ティアちゃん声可愛い」
「演説か?」
「撮影したい――」
「我慢しろ馬鹿」「サイテー」
教室中からざわざわと声が聞こえる。しかし先ほどまでの熱狂的な雰囲気ではなく、ティオリアの次の言葉を待つように落ち着いた雰囲気になっている。
「私はティアと言います。凰我さんの身体をお借りしてこの世界に顕現している者です。私はあの化け物の親玉を追っていて、凰我さんはそれに協力してくれていたんです。今朝、凰我さんが何も言わなかったのは私を気遣ってのことで…、でも、結果的に今回のハプニングで皆さんの前に出て来てしまいました。私はまだしばらく凰我さんの身体を借りねばなりません。なので、どうかあまり凰我さんを質問攻めにはしないであげてください。話せることは私が直接お話しますので」
「え!? 話してくれるの!? 毎回変身してくれるってこと!?」
今朝、動画の美少女の名前を聞きたがっていたクラスメイトが嬉しそうに聞き返すが…。
「いえ、頭に直接言葉を届けます」
(こんな風に)
ティオリアが、いつもヒロ男と話しているときのようにクラスメイトの頭に直接言葉を送った。
するとクラスメイトたちはざわざわし出す。
「頭の中で声が…!」「なんだこれ…!」「すごい…!」
ティオリアはニコッと笑い、口を開く。
「ではそろそろ身体を凰我さんにお返ししたいので、質問の続きは先ほどのように対応しますね。では皆さん、眩しいので目を閉じてください」
すると魔法少女ヒロ男は眩い光に包まれる。
その光の空間内は外とは時間の流れが異なっており、ヒロ男とティオリアはこの空間では"向かい合って"話すことができる。
ヒロ男が半透明のティオリアに話し掛ける。
「良いのかよ、こんな面倒なこと引き受けて」
「問題ありません。確かに最初は質問が多くて大変でしょうけど、落ち着けば私もクラスメイトの皆さんと楽しくおしゃべりできるメリットもあるんですよ? せっかく異世界に来てるんです。お友達はたくさん欲しいじゃないですか♪」
そう言って可愛らしく笑うティオリアは、ヒロ男にはすごく格好良く見えた。
ヒロ男はフッと微笑む。
「…そうか。変な事言ってきたやつがいたらすぐ言えよ? 俺がぶん殴ってやる」
「ふふふ、わかりました。頼りにしてますよ、おーがさん?」
そうして少しの間二人は笑い合い、光の空間を後にする。
その後、変身の解けたヒロ男はクラスメイトに労われ、ティオリアは約束通り皆の質問に丁寧に答えていった。
楽しそうに話すティオリアの声を聞きながら、ヒロ男はまた微笑むのだった。




