ep.2 俺の尊厳が懸かってるんだよおおおお!!!
「逃げろおお!!!」「どけ!!!」「助けてえええ!!!」
化け物は頭を抱えてブンブン身体を振り、「ぐがががが」と呻き声を上げている。
そんな常軌を逸した光景を目の当たりにし、コーセーは完全に思考停止に陥っていた。
「コーセー!!!」
ヒロ男の声にコーセーは「はっ!」と正気に戻った。
そしてヒロ男はコーセーの目をじ…と見つめ、一言発した。
「逃げろ」
「……っ!」
その目を見て、コーセーはヒロ男の覚悟を全て感じ取ってしまった。
―――死ぬかもしれない、でも逃げるわけにはいかない―――
「ぐ…!」と歯を食いしばり、何の役にも立てない自分を呪いながら、ヒロ男に言葉を投げる。
「死ぬのは許さない! 絶対に帰って来いよ! 凰我!!!」
「あぁ! 帰ってしっかり奢ってやる! 食いたいもん決めて待ってろ輝星!!!」
そしてコーセーは周りの人々と共にその場を離れ、ヒロ男は化け物へ向かっていった。
「ががが、ぐがあああ」
化け物は依然頭を抱えたまま唸っている。
そして未だにスマホを向けて撮影している馬鹿どもにヒロ男が声を張り上げる。
「この馬鹿野郎ども!!! 動画撮ってねぇでさっさと逃げろ!!!」
しかしその声で移動を開始したのは一人。それ以外は全く動こうとしない。
(くそ…! あれはもう無理だ…! 俺のやるべきは警察が来るまでこいつを足止めすることだ!)
苦虫を噛み潰したような顔で馬鹿どものことを切り捨て、被害の拡大を最小限に抑えることに全神経を集中させる。
「があああああああ!!!!!」
ドガアアアン!
再び化け物が地面に腕を叩きつける。
割れたタイルがドガガガガガと弾丸のように周囲に飛び散っていく。
馬鹿どもはさっと身を屈め、遮蔽物に身を隠し難を逃れ、ヒロ男は人間離れした動体視力とボディコントロールで破片を全て躱す。
「がう、がああうううう!!!」
突然化け物が周囲を確認し出した。
(…! 移動する気か! させん!!!)
ヒロ男は咄嗟に足元の石を投擲し、化け物の顔面にダメージを与える。
ビュビュン
バシッ バシンッ
「が!? がう!!!」
化け物の注意がヒロ男に向いた。
(よし! おれに向かって来い! 追い駆けっ子だぜ!)
ヒロ男はぐっと重心を下げ、化け物の突進に備える。
「がああああああ!!!」
ドン!
化け物が凄まじい速さで"射出"される。
(!!!!! ちょっと待て!!!)
急接近する化け物の腕をギリギリで躱し、ゴロゴロと転がるがすぐに立ち上がるヒロ男。しかし顔を上げたヒロ男の目の前に、すでに巨大な腕が迫っていた。
(あ、これ、人間に相手できる奴じゃねぇわ)
迫る腕がぶつかる瞬間、妙に冷静な感想が出てくるヒロ男。
その冷静な思考のまま、一応両腕を胸の前でクロスさせ、防御姿勢は取っておく。
めぎゃああ
ドガアン!
「……がはっ」
巨大な腕にふっ飛ばされたヒロ男は商店の壁に叩きつけられ、全身の痛みで身動きが取れなくなった。
「ひ!!!」「やべぇぞ!!!」「死ぬううう!!!」
ヒロ男がふっ飛ばされた光景を目撃した馬鹿どもがやっと危険を理解し移動を開始した。
しかしその馬鹿どもに化け物の視線が向いた。
(待て…、俺はまだ生きてるぞ…。そっちに行きたきゃ俺に止めが先だろうが…)
また石を投げてやろうと石を拾おうとするが、ヒロ男の手はピクリとも動かない。
(だめか…。わりぃコーセー…、飯…、奢れねぇわ…)
意識が薄れていく。
ゆっくり目を閉じていく。
しかしそこへ突然少女のような声が聞こえてきた。
(まだです! 私の力を貸します! 敵を倒して!)
(…? 誰だ?)
知らない声を疑問に思い、反射的に誰か聞き返すヒロ男。しかし声は焦った様子で捲し立てる。
(あとで自己紹介します! 今は私の力を受け取って! 貴方も! 私も消えてしまう!)
(…よくわからねぇが、あんたの力ならあの化け物を倒せるのか?)
(あんな"雑魚"瞬殺です! 負ける道理が無いわ!)
その言葉に目が少し開く。
(雑魚…、雑魚と来たか。ふふ、良いじゃねぇの。その力、貸して貰おうか)
そう心の中で言った途端、ヒロ男はパアアアアア!と眩い光に包まれる。
その光の中で、さっきまで全身に感じていた痛みが消え去っていくのを感じ、ヒロ男の目の前に一人の少女が姿を現した。
とんでもない美少女だった。その美少女は少しフワッとした衣装に身を包みヒロ男に微笑んでいる。
しかしその姿は薄っすら透けていて、今にも消えてしまいそうなほど儚かった。
(良かった、間に合った。これから私は貴方の中に入ります。力の使い方は中からレクチャーします。一緒に戦いましょう)
少女はそう言うと優しくヒロ男に抱きつき、光の粒子となってヒロ男の中へ消えていった。
その瞬間ヒロ男の身体は更に強烈な光に包まれ、眩しくて何も見えなくなってしまう。
(眩しい!)
(少し我慢です! あぁちなみにここは外とは時間の流れが違うので一息つけますよ! 今のうちに気合を入れておいてください!)
頭の中から声が響く。そしてよくわからないことを言ってくる。
そしてすぐに光は収まり外の景色が見えてくる。
外では化け物が少し重心を落とし始めたタイミングだった。そこから加速し、馬鹿どもを攻撃するつもりらしい。
(させん!)
ヒロ男はダッと地面を蹴り、化け物の顔面を殴ろうとした。
メゴッ
「は!???」
蹴り出そうとした足が地面にめり込んだ。しかし反力を地面に吸収されたはずなのに身体はすごい速さで化け物目掛けて射出された。脳内にクエスチョンマークが大量に現れる。
(えぇい! 今は殴ることだけ考えろ俺! 食らえこのやろう!!!)
そのまま化け物に殴り掛かるヒロ男。
ビュン!
ボゴオオオオン!
「ぐぎゃあああああ!!!」
巨大な化け物が大きく弾き跳び、ゴロゴロ転がっていく。
(ナイスパンチ! さすが男の子ね! "女の子の身体"でもすごい威力!)
頭の中でまた声が響く。しかもさっきより意味不明なことを言っている。
(あ! 気付いてないんですね! 横見て横! 店の窓に貴方の姿が映ってますよ!)
言われるまま横を向く。そこには窓が鏡の様に世界を映しており、そこに立つヒロ男は、
さっきの美少女の姿になっていた。
(…? …??? は!?????)
(あははは! 驚き過ぎ驚き過ぎ!)
頭の中で笑い声が響く。
しかしそんなことは無視して身体を触る。
(きゃあ! ちょっと! 一応私の身体の写身なんだから変な触り方しないで!)
(……すまん)
少し触ってわかった。わかってしまった。"上"があって"下"が無い。ヒロ男は完全に女の子の身体になっていたのだ。
そしてもう一つ気付いてしまった。窓に、馬鹿が一人映り込んでいる。そいつはあろうことか、スマホをヒロ男に向けている。
いったいいつから撮影しているのか。今そこにいるということは逃げなかったということだ。つまり最初から撮っていた。"ヒロ男が女の子に変身するところを"。
(まずいまずいまずいまずいまずいまずい何か言い訳をばばばばば)
「わ…」
「!」
ヒロ男が言葉を発したのを聞き、馬鹿が身構える。キッとスマホを向けてくる。
「私はこの人の身体を借りて降臨しました!!! さ、さぁ覚悟しなさいデカ物!!!」
ビシッと化け物を指差し、精一杯の女性口調で口上を上げた。
(何してるんですか?)
(俺の尊厳が懸かってるんだよおおおお!!!)




