ep.31 立ち位置
学校に着いた三人は、ティオリアが休み時間に質問攻めに会う以外は特に変わらずいつも通り過ごし、あっという間に放課後になった。
ヒロ男は前日休校になって流れていた部活の助っ人に走り回り、コーセーと琴乃は二人で街の通りを歩いていた。
一昨日にヒロ男が約束していたコーセーへの奢りの件を消化するため、登校時に二人で待ち合わせの約束をしていたのだが、せっかくならと琴乃もお邪魔することになったのだ。
「やっ君とヒロ男くんってほんと仲良いよね」
「家が隣同士だしね、兄弟みたいなもんだよ」
「それにしたって仲良いと思うよ? 全然タイプ違うのに」
琴乃から見るとヒロ男は熱血バカ、コーセーは優しいインテリだ。噛み合う要素が見当たらない。
「うまい具合に弱点が被ってないからね。良い感じに助け合えるんだよ」
「ふーん…、男の子同士の友情って不思議」
「男性性の分離体である我が男の友情について教えて――」
ぼふ
喋り出した黒猫ぬいの顔面に琴乃が拳を振り下ろした。
ぬいぐるみのため特にダメージは無いが、ノワールは大人しく喋るのを止める。
「ははは…、ノワールってだいぶ強烈なキャラしてるよね。椎名さんの分身とは思えないよ」
「それは私も同意見。これが私の深層心理だなんて認めたくない」
琴乃が無表情でそんなことを言うが…。
「琴乃よ、それは少し違うぞ? 確かに我は琴乃の深層心理から分離したが、我の人格構成に使われているのは男性性のみだ。つまり我は琴乃の完全な分身というわけではない」
「? よくわからない」
ノワールが説明するが琴乃は首を傾げる。
「えーと…、つまり男性性、女性性、その他の要素、それらを統合した状態が琴乃さんの人格であって、男性性だけのノワールは琴乃さんの一部だけど琴乃さんではない…みたいな感じ?」
「うむ、概ねそんな感じだ。理解が早いな輝星よ」
やっと喋れて少し嬉しそうな声色のノワール。
「加えて言うと、ずっと分離分離と言っているが、正確には切り離されているわけではない。今の琴乃の中にも男性性はある。でなければ今朝我を捕まえた時のような感情の爆発は起きようがない」
「んー…、つまり分離じゃなくて…男性性だけに別のOSがくっ付いたような感じ?」
「良い表現だ。それが最も近いだろう」
コーセーの例えにノワールは満足そうに返事をする。
(なるほど…、普段の椎名さんは抑制が強過ぎるから、ノワールっていう"出力装置"を置くことで力を制御しようとしてるんだ。椎名さんは…、無意識に"戦う覚悟"をし始めてるんだ…)
何故ひょっこりノワールが生まれて来たのか、その理由を察し、コーセーは思わず神妙な表情になる。
(昨日あんなことがあって、ほんとは怖くて仕方ないだろうに…)
そう思うと、コーセーの口から言葉が自然に零れた。
「強いね、椎名さんは」
「? 今の話の流れでなんでそうなるの?」
「我もわからぬぞ。ちゃんと流れを守るのだ。自分だけ納得して終わろうとするな」
揃って聞き返してくる二人を見て、やはり"根っこは同じ"なんだなぁと感じクスっと笑う。
「何となくそう思っただけだよ。深い意味は無い」
「…そうなんだ」
「引くな琴乃! 輝星の見え見えの嘘に乗ってやる必要は無い! さぁ話せ輝星! 我は気になって気になって仕方がな――」
ぼふ
再び琴乃が拳を振り下ろし、ノワールは静かになる。
(手慣れてきたなぁ)
黒猫ぬいの首を片手で握り締める琴乃を眺めながら、コーセーはまたクスっと笑った。
その後二人は手芸店に足を運んだ。琴乃が買うものがあるらしい。
「何買うの?」
「ん…、ノワールの"入れ物"を新しく作ろうかと思って…」
商品を物色しながら琴乃が答える。
「我はこのままでも良いぞ? カバンの揺られるのも存外悪いものではないな!」
「…咄嗟にその黒猫ぬいにぶち込んじゃったけど、一応それお気に入りなの。貴方が入りっぱなしだときっとすぐボロボロになっちゃう」
「琴乃が殴るからではな――」
ぼふ
ノワールを黙らせた琴乃は樹脂の棒のようなものを吟味し始める。
「それは何に使うの?」
「骨。殴り応えと耐久性を向上させようと思って…」
「おい! 殴る前提で設計するな! お前我を何だと思って――」
ぼふ
再び殴られる黒猫ぬい。あまりに頻繁に殴られているので少し不憫に思えてきた。
助け船になるかはわからないが、コーセーはちょっと提案をすることにした。
「ね、ねぇ椎名さん、骨格を入れるなら簡単に可動できるようにするのはどうかな? ノワールは"この状態"でもピクピク動いてるから、手足を付けてあげれば自分で動けるんじゃない?」
「おぉ! 良いではないか! 琴乃! その方向で作るのだ!」
「……ふむ、近くで騒がれるより勝手に動いてもらう方が良いか。わかった、やってみる」
コーセーの提案を素直に受け入れ、樹脂の棒や生地などの素材を買い店の外へ。
そして近くの公共ベンチに二人で腰掛ける。
「どんなデザインにするの?」
「子猫。良くも悪くもノワールのイメージがこの黒猫ぬいに固定されちゃってるからそれを踏襲する」
「ぬぅ…子猫か…。我としてはもっと格好良い感じにして欲しいが…」
「ノワール、せっかく作ってくれるんだからそこは我慢しよう」
「うむ…そうだな…。琴乃、よろしく頼む」
「素直でよろしい。まかせて」
そして琴乃はカバンからノートを取り出し、骨格をどう組み上げるかをスケッチし始めた。
ノワールが要望を次々出し、琴乃が文句を言い、コーセーが宥めながら、三人で設計を進める。
ヒロ男との約束の時間までまだ少しある。三人は和気あいあいと穏やかな時間を過ごすのだった。




