ep.29 勝手に生まれないで
目が覚めた。
窓のカーテンの隙間からは優しい朝日が射している。
「ん…、んーーーーーっ」
ごろんと仰向けになり、そのまま大きく伸びをする。
(起きたか、琴乃よ)
「…まだ眠い」
(まぁまだ目覚ましも鳴ってないしな。鳴るまで二度寝するか?)
「いや、起きる」
そう言い、椎名琴乃はゆっくりと上体を起こす。
「……、……?」
座った姿勢のまま首を傾げる。
(どうした? 琴乃よ)
「貴方誰?」
寝起きだったため普通に会話していたが、頭の中からやたら渋い謎の男の声が聞こえる。
(我はお前だ)
「私は貴方みたいに愉快な一人称じゃない」
(ふむ…)と間を置く謎の声。
(琴乃の深層心理から分離した人格だ)
「じゃあ何で男の声?」
(我はお前の男性性が分離した人格だからな)
「男性性…?」
また首を傾げる。
(勇気、攻撃性、自信、決断力、俗に言う男らしいと言われる性質の事だな。お前、魔法が使えるようになって"力が怖い"と思ったろう。その恐怖心が覚醒した魔力と作用し合い我を生み出したのだ)
「勝手に生まれないで」
(フ…、さすが琴乃だ…。切れ味鋭い…)
「ふぅ…」とため息を吐く琴乃。そしてチラッと、収納棚の横に引っ掛けてある小さな黒猫ぬいぐるみのキーホルダーを見た。
「ねぇ、貴方あのキーホルダーの中に行ってくれない? 頭の中で喋られるの不快なんだけど」
(む? 我は琴乃から分離した人格だと言ったろう? 言わば今の琴乃は二重人格のようなもので、それをあんな小さき縫物へなど移動できるわけが――)
頭の中で喋る声を無視しつつ黒猫ぬいのキーホルダーを手に持つ。そして頭の声がその中へ移動するように念じてみた。
(唸れ、私の魔力。このうるさい声を封印よ)
すると黒猫ぬいのキーホルダーがパァと光り、頭の中から声が消えた。
「!??? おい琴乃!!! 冗談ではない!!! 早く戻すのだ!!!」
どうやって発声しているのかは知らないが、手元の黒猫ぬいから先ほどの渋い声が聞こえる。とりあえず無事に移動は成功したらしい。
「よし。これで安心」
「『よし、安心』ではない!!! 早く戻すのだ!!!」
「絶対嫌」
琴乃は騒ぐ黒猫ぬいを掛け布団でグルグル巻きにし、物理的に声を小さくさせ、身支度のため自室を出て行った。
「コーセー、おはよう」
(おはようございますコーセーさん!)
「おはようおーが。ティオリアさん、ちゃんと動画観れた?」
登校するため家の外へ出たヒロ男とコーセー。いつも通り家の前で挨拶を交わし、一緒に歩き始める。
そしてティオリアがちゃんと暇つぶし出来たかをコーセーが確認する。
(はい! とっても楽しかったです! 今二作品目の途中ですが、続きが楽しみで夜が待ち遠しいです!)
ティオリアがそれに元気に答え、問題無かったことを伝える。
「楽しんで貰えたみたいで良かったよ。おーがはちゃんと寝れたか?」
「あぁ、大丈夫だ。もともと俺は寝る時に周りの音とか気にならないからな。あれくらいなら全然問題ねぇよ」
「そっか、良かった」
(途中までおーがさんも一緒に観てたんですよ!)
「へー、そりゃ意外だな。どういう心境の変化だ?」
ティオリアからの情報を受け、興味深そうに質問するコーセー。
「いや…、俺魔法少女が何なのかよく知らなかったからさ、良い機会だから一緒に観てみたんだよ」
「ほう。で、どうだった?」
「魔法って重火器みたいだなぁって思った」
少し遠い目をしているヒロ男を見て、コーセーは苦笑いした。
(な〇はシリーズならそういう感想も出るかもなぁ)
とりあえずティオリアにも感想を聞いてみる。
「ティオリアさんはどう?」
(そうですね、シンプルな魔法が多かったですがそれ故に効果は絶大です。私の世界の魔導士たちはいろいろな魔法に手を出しがちですが一つの系統を極めることの重要性があの作品からは見て取れて、特にディバ〇ンシューターとディバ〇ンバスターの使い分けは――)
早口気味で語り出すティオリア。言ってることが半分くらいしかわからないので「うんうん」と頷いてわかっている風を装う。
そしてヒロ男は何故か難しい顔で地面に手をかざして手の平をピカピカ光らせている。
(う~む…、カオス…)
コーセーは苦笑いのままヒロ男の奇行を眺め、ティオリアの感想を聞く。
そうやって歩いていると、前方の電柱に琴乃が寄り掛かっているのが見えた。
琴乃はコーセーが来たことに気付くと、てててーと近くに小走りしてきた。
「おはようやっ君、ティオリアさん、ヒロ男くん」
「おはよう椎名さん」
(おはようございます琴乃さん!)
「おはよう椎名」
琴乃が現れたことでティオリアの感想トークが止まった。今のうちに次の話を始めてしまおうと琴乃に話し掛ける。
「通学路で会うのは珍しいね。もしかして待ってた?」
「うん、ティオリアさんに早急に相談したいことがあって…」
(相談ですか? 何かありました?)
すると琴乃はカバンを漁り、小さい黒猫のぬいぐるみが付いたキーホルダーを取り出した。
「挨拶」
琴乃が何故かぬいぐるみに言葉を掛けると…。
「お初にお目に掛かる。我は琴乃の精神より生まれし者である」
ぬいぐるみが喋り始めた。
「ティオリアさん、こいつどう思う?」
(え? えーと、え? 何ですかコレ?)
「おい! "こいつ"とか"コレ"とか失礼だぞ! 琴乃よ! 我に名を寄越せ! 魂が震えるような格好良い名を寄越すのだ!」
不満を露わにしてピクピク動くぬいぐるみ。喋るだけでなく動けるらしい。
その異常な光景にヒロ男とコーセーは完全にフリーズしてしまっている。
「『クロ』で」
ため息を吐きながら琴乃は面倒そうに黒猫ぬいに名前を付ける。
「何だそのテキトーな命名は! もういい! 自分で名乗ってやるわ! 我が名は『ノワール』! この名以外は受け入れん! わかったな!?」




