088⚫️ありがとう
帝王は、静かに目を開けた。
炉は小さな炎を保っている。
その向かいには、ソレイユが微笑んでいた。
帝王は、胸の奥に安堵の波が広がるのを感じた。
「おはよう、帝王さん。よく眠れたかしら?」
そう問われて、この島で初めて、自分が熟睡したのを帝王は感じた。
「わたしは、もう、行かなければならないわ。」
「そうか・・・。行くのであるな。余の力の及ぶところではない。そなたに会えて、嬉しかったぞ・・・。ソレイユ・・・ありがとう。感謝する。」
それは突然起きた。
帝王を激しい眩暈が襲う。
帝王は地面に膝をついた。
ソレイユはそっと彼の背に手を添える。
「あなたの世界線が、動き始めているのね。」
「・・・余は、どうなるのだ?どこへ行くのだ?」
「言ったでしょ。それは、あなたが決めること。誰かに命じられるのではなく、自分で選ぶの。あなたが世界をどう見るかで、世界は変わるのよ。」
帝王は、火の残り香を感じながら立ち上がる。
空は澄み切っている。
「余は・・・かつて、命令で世界を動かしていた。全ては我が掌中にあると信じていた。だが・・・命令ではどうにもならぬことあるのだな。自分だけのことを考えいたのでは、ひとりであることと同じなのだな。」
ソレイユは微笑む。
「それが、あなたの’旅’の始まり。道しるべは、もうあなたの中にある。」
帝王は、石の臣下たちを見渡す。
ファウスト、メフィスト、マルガレーテ、そしてヴァーグナーとヘレナ。
彼ら彼女らは静かに並んでいた。
「そなたらは、余の孤独を支えてくれた。感謝する。だが、余は旅に出るぞ。ヒトと語るために。」
風が吹いた。火が静かに消えた。
ソレイユの姿も、光の粒となって空へと溶けていく。
「ソレイユ・・・何度でも言おう。ありがとう。感謝する。」
帝王は、空間の揺らぎの中へ、まっすぐに歩き始める。
その背には、もう、孤独の影はなかった。
彼が一人で歩き出したその道は、
いつか、他の誰かの道と交わることだろう。




