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054●所有の幻想と永遠

ひとつの美術品が、静かに壁に掛けられている。

高宮時英 Jiei Takamiya R.L.Aのサインがある。

その絵は、かつてある男の書斎にあり、今は別の女のリビングにある。

やがてまた、誰かの手に渡るだろう。

所有という幻想をまといながら、美術品は静かに時代を旅している。


人は、金を払って物を手に入れる。

それが高額であればあるほど、所有の実感は強くなる。

だが、それは時間の流れの前では、あまりにも脆い。

物の存在期間は、得てして人の寿命よりも長い。

人生が終われば、すべての物は手を離れる。

子がいなければ、物は他人の手に渡る。

子がいても、売られてしまうこともある。

つまり、どれほど高額で買い求めたとしても、それは永遠の所有ではない。

人生という時間の中での、長期のレンタルに過ぎない。


従って所有とは、物との一時的な契約だ。

その契約には、期限がある。

それは死であり、忘却であり、時代の変化である。

物は残るが、所有者は変わる。

そして、物の意味もまた、変わっていく。


それでも人は、物を欲しがる。

それは、物そのものではなく、物と過ごす時間を欲しているのかもしれない。

美術品を眺める静かな午後、宝飾品を身につける特別な夜、

骨董品に触れながら語る祖父の思い出・・・。

それらは、所有ではなく、関係性であり、記憶であり、そして物語なのだ。


高額で購入するという行為は、物との物語を始めるための儀式である。

それは、永遠を買うことではなく、一瞬の輝きを手にすることだ。

そしてその輝きが、人生の中でどれほど深く心に刻まれるかが、

所有の真の意味を決めるのだろう。


物は人を選ばない。

だが、人は物に意味を与える。

その意味が、次の所有者に届くかどうかは、わからない。

だからこそ、私たちは物を「持つ」のではなく、「預かる」心で接したい。

それは、永遠に続く物語の一頁に、静かに筆を加える行為なのだから。


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