30.敵か味方か
レイラとリリアナは二人で帝国兵の近くまで盛り土を登った。
「まだ生きてる?」
レイラが帝国兵に話しかける。
「う」
顔以外が埋まっている帝国兵がうめき声を上げた。かなり衰弱している。当然か。
「まだ生きてるみたいね」
リリアナも帝国兵の声を聴いて、若干声のトーンが下がる。警戒しているという事はやはり帝国兵は敵として認識しているのだろうか。それに気が付いたようだ。
「ちょっとあんた」
レイラが再度声をかける。
帝国兵が、うつろな目でレイラを見て、ようやくこちらを認識したようだ。
「た、助けてくれ」
その声は弱弱しい。この状態で約一日放置されれば同然か。
「あんた、なんで埋まってるの?」
「お、お前がやったんだろう」
その言葉を聞いて、レイラが若干口元を緩ませ、リリアナに視線を向ける。
「聞いた?」
「え、ええ」
本当に帝国兵が生き埋めになっているとは思っていなかったのか、リリアナは現状を目の当たりにして若干引いていた。
「これで信じる気になった?」
「そうね」
実際に生き埋めになっている帝国兵からの言葉を聞いてしまっては認めるしかない様だ。
リリアナの答えを聞いたレイラは帝国兵に視線を戻す。
「あ、そうそう。最後にあった時、捕まった魔女の弟子がどこに連れていかれてるか聞いたわよね?」
そして、先日聞いた質問を再度聞いた。
「あ、ああ」
帝国兵はうつろな目をしながらレイラの質問に答える。
「答える気になった?」
一日経って、帝国兵の気が変わった事を期待しているようだ。
「し、知らないものは知らない」
だが昨日と答えは変わらなかった。
「あなた、このままだとここで死ぬことになると思うけど」
「本当に知らないんだ」
この様子だと、帝国への忠誠を守るために、口を閉ざしているのではなく、本当に知らない様だ。
「そう、なら代わりの質問に答えなさい」
「な、なんだ?」
「あの霧を出す装置、どこで作ってるの?」
それもまた、帝国と戦う上で重要な情報だ。
「そ、それもしらんと言っただろう」
確かに前にもその質問はした。
「いいの? 今答えたら助かるかもしれないのに」
レイラは俺と違って、帝国兵は本当は知っているのに知らないフリをしていると疑っているようだ。
「本当に知らない」
それでも知らないものは答えようがないか。
「でも、あなたはここであの装置を使ったのよね」
「ああ」
「どこで受け取ったの?」
以前帝国兵は俺たちと戦った時に、霧の発生装置を使った。少なくともどこかで霧の発生装置を受け取っているはずだ。
「き、基地だ」
「その基地はどこにあるの?」
「この島の中にある」
「どこよ」
「ま、町の中だ」
「まさか、町の中であれを作ってるの?」
「それはない。どこからか運ばれてくるのを見た」
それは有力な情報だ。
「なら、あれはどこか別の場所で作られている?」
「ああ」
つまりこの島には兵士が駐留する基地とは別に、霧の装置を作る生産拠点が既に作られているという事だ。
「どこよ」
「知らない」
だが肝心の生産拠点の場所までは分からない様だ。
「兵士なのに?」
「島全体の兵士の配置を知っているのは、一部の将校だけだ」
現場に出るような一般兵に、重要な情報を与えたりはしないか。
「じゃあ、将校を捕まえれば、霧の製造場所が分かるのね」
「お、おそらくは」
「そいつはどこにいるの」
「ふつうは前線には出てこない」
まあ、階級の高い兵士が直接戦う事は無いだろう。
「基地の奥に籠ってるって事?」
「そういう事だ」
「まさか殴り込みに行くわけにもいかないわね」
「警備は多い。この前みたいな幸運は起きないぞ」
どうやらこの帝国兵は自分が負けたのは俺達の運が良かっただけだと思っているらしい。
「だったら他に、誰なら知ってるのよ」
「それは、輸送に携わっている者なら知っているだろう」
言われてみれば、兵士が駐留する拠点とは別に、兵器を生産する拠点があるというならば、それを運ぶ人員がいるはずだ。
「あなたは違うの」
「ああ、俺は違う」
この帝国兵は戦闘用の兵士だ。
それとは別に物資の輸送に携わっている帝国兵がいるのだろう。
「あら、残念ね。せっかく水を持って来たのに」
レイラがわざとらしく、帝国兵の前で水を飲んで見せる。
この島にも金属製の水筒はあり、レイラはそれを持ち歩いていた。
「く、くれ」
「あの霧を作る装置がどこで作られているかを話したらね」
当然そういう話になるだろう。
「知らんと言っただろう」
「だったら、何か手掛かりとなる情報は?」
「いつも、車で運ばれてくる。恐らくこの島の中で作っているはずだ」
「それだけ?」
島の中で作っていることぐらいは、俺でも予想がつく。あまり有力な手掛かりとは言えない。
「あ、ああ」
「じゃあ、この水は上げられないわね」
「だったら、霧が出ている場所で作っているという噂は聞いた」
霧を作っている場所を魔女に襲われては元も子もない。
つまり霧を作っている場所も、霧で守られているという事か。
「ふーん」
とはいえそれが分かったところで、具体的な場所が分かる訳ではない。
「ほ、本当だ」
「兵士にも教えないって事は、余程重要な場所なのかしら」
魔女に対する切り札となるのだから、場所は一部の者にしか知らされていないのだろう。
「こ、これ以上は知らない」
どうやらこれ以上はこの兵士に聞いても無駄なようだ。
「あんたはこの話は知ってた?」
レイラが急にリリアナに話を振る。
「噂程度にはね」
リリアナが答える。
リリアはしばらく逃がし屋として活動するために、港町にいたというなら、町にいる帝国兵の動きを探っていたのかもしれない。
「じゃあ詳細な場所は知らないの?」
「知らないわよ」
詳しい場所までは知らないらしい。
「あれを作っているというなら、それを壊さないと」
魔女側の立場としては、霧を作っている拠点は放っておけないだろう。
「あなたがやるつもり?」
「北の魔女との協力ができないというなら一人でもやるわよ」
「どうしてそこまで?」
「師匠の仇だからに決まってるでしょ」
東の魔女もあの霧でやられた。そう考えるとレイラからすれば敵討ちの意味も込めて、自分の手で霧の生産拠点を破壊したいのだろう。
「み、水を…」
自分の事が忘れられていると思ったのか、帝国兵が声を上げる。
「ところで、コイツの事知ってる?」
レイラがリリアナの事を指さしながら、帝国兵に尋ねる。
「し、知らない」
帝国兵が今にも消え入りそうな声で答える。
レイラとしても、リリアナが帝国兵の仲間ではないかと疑っていたのだろう。
今の帝国兵の言葉で、その疑いは晴れたと言ってもいい。
「で、まだ疑うの?」
レイラがリリアナに視線を移して問い詰める。
「それは…」
リリアナはまだ判断に迷っているようだ。
「今のであたしがこいつを埋めた事は分かったでしょ」
「ええ、そうみたいね」
この帝国兵が本物の帝国兵であり、レイラが埋めたというところまでは信じてくっれたようだ。
「じゃあ、北の魔女と連絡を取ってくれるかしら」
「それは無理よ」
「あんた、ここまでやってもあたし達が信用できないの?」
態度を変えないリリアナに対して、レイラが声を荒げる
「この魔道具の仕様上無理なのよ」
どうやら何か理由があるようだ。
「何よ、仕様って」
「これは受信専用」
「受信しかできないって事?」
「そうよ。師匠からの連絡を受ける事は出来ても、こっちから話しかける事は出来ないのよ」
「本当かしら」
「嘘だと思うならこの魔道具を調べてもいいわよ」
「そんなのすぐに分かる訳ないじゃない」
どうやら魔女の弟子なら誰でも知っている物という訳ではないらしい。
そもそもレイラはこの魔道具を持っていない。
「いくら駄々をこねても、無理なものは無理よ」
「あんたはどう?」
レイラは自力で魔道具の分析をするのを諦めたのか、俺に話を振った。
「見せてくれ」
「何か分かった?」
レイラが俺をピアスに近づける。
一見すると変哲の無いピアスに見える。
確かに魔力を感じるがそれ以上の事は分からない。
「俺にはこの魔道具の知識はないみたいだな」
「つまり、何も分からないって事?」
「平たく言えばそうなるな」
「ここまで来て収穫無しなんて」
港町からここにくるまでそこそこの距離がある。
これでは移動しただけ無駄だったと思ったのだろう。
「これが受信専用だって教えたじゃない」
リリアナからすれば、一応情報は与えた以上、収穫無しと言われるのは不服のようだ。
「そんなの収穫の内に入らないわよ」
まあ、それを知ったところで北の魔女に会える訳ではない。
「師匠に用があるなら直接会いに行くしかないのよ」
「でもどこにいるか分からないんでしょ?」
「まあ、色々忙しいからね」
「じゃあ会いに行くっていうのも、無理じゃない」
「仮に会えたとして、そう簡単に取り合ってくれないと思うけど」
「そもそもあんたが北の魔女の弟子だっていう証明もしてもらってないけど」
そういえば、その問題もあった。
「あたしがこの魔道具を持ってるだけじゃダメなの?」
「私からしたら、その魔道具が北の魔女が作った魔道具かどうかなんて分からないわよ」
「そういえばそうね」
「それに、あんたが他の北の魔女の弟子から、その魔道具を奪っただけっていうのも考えられるでしょ」
レイラの言う通り、俺たちからすれば、リリアナが本当に北の魔女の弟子かどうかの確証が取れていない。
この埋もれている帝国兵がリリアナの事を知らないだけで、最悪帝国に寝返っているという可能性すらある。
「ならどうするの? あたしをそいつみたいに生き埋めにする?」
今のリリアナは杖を没収されている。
レイラがその気になれば生き埋めにするのは簡単だろう。
「あんたはどう思う?」
レイラが俺に意見を求めてきた。
だが今、目の前には生き埋めになっている帝国兵がいる。
という事は、リリアナの疑いを晴らす簡単な方法がある。
「そうだな、帝国兵にトドメを刺してもらうっていうのは?」
帝国兵を殺せるなら、身の潔白は証明できる。
「それってリリアナに杖を返すって事でしょ」
「そうなるな」
当然素手ではなく、魔法を使ってトドメを刺す事になる。つまりは杖を返すという事と同義だ。
「杖を返したとたんに逃げる可能性だってあるわよ」
レイラはそこまでリリアナの事を信用している訳ではないらしい。
「それより、リリアナの話が本当なら、いつ北の魔女から連絡が来ておもおかしくないぞ」
「ねえ、最後に北の魔女から連絡が来たのはいつ?」
「覚えてないわ」
「あんた、それってほとんど連絡がこないって事じゃないの?」
「非常時の連絡手段なんだから、そんな頻繁に使う訳ないでしょ」
だとしたら、北の魔女から連絡を待って、リリアナが本物の北の魔女の弟子だというのを確かめるというのは現実的ではない。
「だったら普段は違う連絡手段があるの?」
「定例会があるわ」
なんだか会社みたいだな。
「定例会?」
東の魔女の唯一の弟子だったレイラからすれば聞きなれない言葉か。
「皆が一同に集まって、互いの状況を連絡しあうのよ」
「そんな事やってるのね」
「そうよ。だからその時に一緒に来れば、師匠に会えるかも」
「それはいつよ」
「不定期ね」
「いつ開催するとか決まってないの?」
「数日前には師匠から連絡が来るけど」
「なら次はいつよ」
「決まってないわ」
帝国が侵攻しているこの状況でそんな事をやっている余裕はないか。
「やっぱりダメじゃない」
北の魔女に会うのも、リリアナが北の魔女の弟子である裏どりをするのも、今のままでは難しい。
このまま話させていても平行線だ。俺が助け舟を出そう。
「北の魔女と協力するつもりなら、リリアナをあまり危害を加えないほうが良い」
北の魔女と戦うつもりならともかく。協力を仰ぐなら、北の魔女の弟子に下手な事をするのは避けた方が良い。
「だからって、リリアナの言っていることが本当かはまだ分からないでしょ」
「だから杖を返して、帝国兵を倒せるか見てみればいい」
それが今のところ一番の方法だ。
「あたし達を攻撃してきたら?」
もちろんその可能性は残っている。
「その時は偽物だったとして倒して、ピアスを奪っておけばいい」
「また戦うの?」
レイラはリリアナと戦うのはあまり乗り気ではない様だ。
「この前勝っただろう」
「そうね。大して強くなかったわね」
「あんた、いい性格してるわね」
本人のいる前で言う事ではないような気もするが、まあ嫌味としてあえて聞かせているのだろう。
「あんたがゴネてるから話が面倒になってるんでしょ」
「私には私の事情があるのよ。そう簡単に師匠に取り次ぐなんてできないわ」
先ほどの話が本当なら、そもそもリリアナが今すぐ北の魔女に取り次ぐ方法がないのは本当かもしれないが、どこまで信じていいのかは不明だ。
「あんた、本当に北の魔女の弟子なら帝国兵と戦えるでしょ」
海岸でレイラと戦った以上、戦闘能力が無いとは言わせない。
「当然よ」
リリアナも当然その気の様だ。
「なら、やれるわよね」
レイラはリリアナに対して彼女の杖を差し出す。
つまり、リリアナに帝国兵が殺せるか見るつもりのようだ。
「分かったわよ」
リリアナはレイラから杖を受け取り、帝国兵の方を向いた。




